⑤俺の話の続きの続き
俺を買ったタツ院国の正階医テンウ・スガーノの話は続いていた。
彼が聞いた噂では国王から領地を下賜された男とは。、トリ・レンの「秘魔術」で異世界に行った男だと言う。
男の名はタミ・イワ。
平民で出身地も王都に来た時期は不明だが、最年少で王国の数少ない特級剣士の資格を許された男だった。特級剣士は騎士爵と同等の純貴族扱いで、王国軍や近衛軍と行動を共にする事も頻繫に有り、危険な「古宮」捜索や魔獣掃討などを依頼され、高位貴族の護衛も任される事がある。そんなタミ・イワはある貴族達を切りつけた罪で重罪奴隷となったが理由は知られていない。
恩赦を与えられたのか、奴隷解放どころかそんな男に領地を下賜された。
何故そうなったのか詳しい経緯は誰も解らないがそれだけではない、国王は長らく空位となっていた「方伯」という爵位を彼に授与したのだった。そして彼は与えれた領地と地位で自治領ミネを興す。
その話が本当だとするとタミ・イワは何処かの異世界に行って戻って来たって事になるんだぞ。15年前の病の流行で俺の両親は死んでしまったが、病の原因はタミ・イワが解明した?あり得るのか?
何か他人事じゃ無い妙な感情が沸き起こる。
「そこで話は戻るがね」とテンウは言う。
「こんな物があるんだよ」と高価なそうな袋から、拳より小さいキラキラ光る物を取り出した。
「これは王国が「秘魔術」を行った際、水晶に似た未知なる物の破片だよ」と。
それは魔術庁長官の任を解かれた元王国の、今は只の魔術師トリ・レンからやっとの思いで買ったらしく、「随分とふっかれられた」と笑っている。トリ・レンは破片を回収し懐に納めていたのだ。
『術』は生きている、破片でも「秘魔術」は発動するのだと、規模は小さくなるが暗黒穴は出現するだろうと教えられた。
国王はその可能性からトリ・レンによる独断暴挙の後、全ての破片を回収し厳重に保管せよと魔術庁高位術者達に言い付けたが、トリ・レンはこっそりと一欠けら持ち出していたのだった。
かつての魔術庁長官は追放され、少しずつ居場所が無くなった元長官は数年前院国に亡命していた。
亡命に際して聴取をと取った1人がこのテンウの血縁者らしい。伝手を使って縁を結び色々と聞き出したみたいだ。
そして数日後、テンウ・スガーノはいよいよ「秘魔術」を実行すると言った。
「もちろん君に行ってもらうつもりだ」と俺の肩に手を置く。
そんな気はしていた、だから重罪奴隷にも関わらず逆らっても軽い罰で済ましたんだ。
亜人達にしてきた残忍卑劣な実験、異常な名誉欲。いかれた名ばかりの医者。こいつはそんな奴だ。
奴隷は首に刻印が彫られている魔具を嵌めている。この首輪の魔具を「付輪」と言い、この刻印は持ち主の証で、刑期が終えると外れる。
持ち主は奴隷を刑期に関係なく解放する権利があり、持ち主の判断で「付輪」を外せた。
中には奴隷に惚れ込んで娶った持ち主が居たって話だ。
外すには登録している持ち主の血を必要とし、奉仕奴隷が持ち主に危害を加えようとしたり命令に逆らったりすると、付輪に施されている『術』で持ち主が呪文を唱えると首輪が締まって窒息してしまう様になっていた。
これで済むのは罪の軽い奉仕奴隷だからだ。重罪奴隷はもっと残酷で高熱が発動し焼かれ、当然やり過ぎれば死にも至る。重罪奴隷の大半は過酷な重労働・危険な場所での探検や魔獣討伐の囮などで、殆どの者が使い捨てされて死ぬが、中には稀に刑期を終え自由になった者も居て首全体に酷い火傷の痕がある事が多い。俺はテンウに逆らったり反抗もしたが、この手の罰は受けなかった。
俺を殺すと生贄が居なくなる。タツ院国の祖とされるアラ・ターサの転憑’(うつり)人格ラテスの世界には亜人族達居なかったので、飛ばされた異世界では存在しない可能性もあるからだ。
最初からそのつもりだったのか、だから人族の俺を買ったんだな。
意地の悪い顔をして「君の素行を申し立てしてもいいんだよ??主人の命令に逆らう不良奴隷だってね。ただでさえ重罪刑なんだ、どのくらい刑期が延びる事になるだろうね」と笑った。
奴隷には刑期があり、その国の奴隷を管轄している役所が情報を管理していて、(犯罪奴隷の手続きなどの実務は委託されている仲介所が行ってるが)売買に関する記録、刑期の記録も管理され奴隷が持ち主の意に反したら、持ち主の申し立てで罰則としての刑期延長を王都の役所で審議される。
時間も掛かるうえに奴隷の為の審議などあってないに等しい上、結果が出るまでの日数は刑期に加算さえされない。持ち主のさじ加減でどうとでもなるのが現実だった。
「それに戻って来れなくても異世界で自由になれるじゃないか」と面白がっていやがる。
下衆野郎め。もう亜人族達への実験を止めてを解放したら従うと答え、テンウはその条件を飲んだ。
どうせまた亜人達奴隷を買い漁って同じ事をやるんだろうけどな。
少なくとも今いる奴らは助かるかも知れない。
格子に入れられている亜人族達が連れ出され、首に付いている付輪にテンウはナイフで指先を突き、己の血をほんの数滴ばかりそれぞれに垂らして「付輪」の『術』を解除した。
格子の中には獣族にドワーフ族、小人族と男女問わずに居て、格子を開けると俺は彼らに早くどっかに行け自由だと伝える。
その後テンウと研究室に赴くと「さぁ医学の歴史的偉大な発見を!!」と大層に叫びながら天井を天の如く拝み始めた。
馬鹿かこいつは。俺が異世界に行ったとしても医学なんて解る訳無いだろが。
ましては戻って来れるかさえ解んねぇんだから。
テンウは、「何でもいい異世界の物を持って帰れ。紙屑でも石ころでも持って帰れ」と言う。
「あとは私が世紀の大発見にする」と。「誰も異世界の物なんか理解できないのだから」と。
こいつはそうするんだろうなと溜息を吐き、さっさとやってくれと言った。
大仰なしぐさで破片を両手で掲げる。
自分に酔ってやがる、まるで生贄を捧げる儀式だな。
何かを呟き、それを床に叩きつけると破片が砕け散りすぐに小さな暗黒穴と思われる渦が現れた。それを見たテンウ・スガーノは狂喜している。
俺は足元の暗黒穴を見つめた。こうなりゃやけくそだ。
どんな世界に放り込まれるのか。
もう戻っては来れないだろう。
せめてこの世界より悪くない世界に行きたいと、この状況で悠長な事を考える。
そして俺は暗黒穴に飛び込んだ。
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