④俺の話の続き
テンウ・スガーノは自慢げに高揚した様子で語り出す。饒舌で癇に障る喋り方だったが、俺の身の上にも関係ある内容が入っていたので素直に聞いていた。
今から15年程前、大陸中で病が大流行し、王国はもちろんの事それはタツ院国やグアン帝国にも広がり、甚大な被害が出る。チスク国はまだ微少の範囲でおさまっていたが時間の問題と思われた。この非常事態にタツ院国は医療国家の面子を掛けて病の治療法を発見しようと努力していたが、結局院国の医者達は病の原因にさえ辿り着かないでいた。
そこにある王国内のタツ院国の「院社」に在籍していた権階医の一人が、魔領ウネにある【瘴気】が原因ではないかと言い始め、その風聞が広がり、ついには院国がこの説の音頭を取り王国に圧力を掛けて来た。
ワヅ王国19代国王ヨシン・ソナウは懐疑的だったが民衆の不安もあり行動に出、すぐに魔領内にあるの【瘴気】が疫病の原因なのか調査を始める。院国は魔領の森を焼き払う事を強弁したが、実際に隣接しているのは王国で、魔族との要らぬ軋轢を避けたい。国王は院国の意見を撥ねつけ、まずは調べる事で落ち着く。
まずは王国の識者達で構成された調査団が魔領ウネに入った。ところが数日経っても彼らは戻って来ず、
更に二次・三次と送り込んだが、誰も戻って来なかった。誰もが魔族(魔物)に殺されたのだと思っていたが、暫くすると調査に赴いた者達は1人2人と帰還し、ほぼ全員が無事戻って来たのだ。
中には死んだ者もいたが、それは魔獣にやられたものだとの証言があり、原因は【瘴気】のせいかは解らないが、判断力が鈍り中々調査が進まなかったらしく、その他にも貧血で倒れたり、呼吸困難になったりして問題が多発していたのだった。
タツ院国はしびれを切らし、自分達で森を燃やそうと、自軍を魔領に向ける為王国側の国境に集結させる。しかし王国側は他国の軍隊を横断させるつもりはない。
魔族が直接こちらに害を成してる訳でもなく【瘴気】の件も院国の言い掛かりだ。話し合いが行われ、堂々巡りを繰り返したが答えは出ない。時間だけが過ぎて行き、その場に居た者達に疲労が見え始めた頃、そこに当時の王国の魔術庁長官の祭魔術師(魔術者の位階名)がある事を提案する。「秘魔術」を使ってみてはどうかと。途方もない賭けだがやってみる価値はあると。院国の使者達は何の事か解らなかったが王国の「秘魔術」なるものに興味は有り、黙って成り行きを見守る。
他国の使者が集まる場にも関わらず国王ヨシン・ソナウは激怒し、祭魔術師トリ・レンに黙る様叫ぶ。先祖代々秘匿しその存在を知っているのは歴代国王と歴代宰相に歴代魔術庁長官くらいなのだ、他国に知られてはならない。そもそもあの術は未完成のもので、それを行使するなど選択肢に入る訳が無い。
院国は「秘魔術」とはどんなものかと詰め寄ったが国王は濁した。ただ実際この病の嵐の解決策は見えて来ず、今この時にでも国民は苦しんでいる。院国に更に原因と治療法の模索を要望し、他国にも何か解決策の模索を強く促す使者を送って自国も全力で事にあたると国王ヨシン・ソナウは約束した。
王国の「秘魔術」この魔術の名は【カヘテレーバ(戻りし者)】
これは初代国王ウアラ・ソナウの妻で魔女のソナウがこの世界に転移してきた初期、元の世界に帰る為に創られた術だった。非常に複雑で難しい術だったらしく、異世界への扉が開けたものの望む世界を特定する事が出来ない。それどころか戻って来れるかさえ解らない、かなり不安定な術となったのだ。ソナウはウアラを愛した。故に彼女は留まる決意をし、戻れないかも知れない術をそれ以上追求ぜず、この術の創造は途中で放棄していた。
祭魔術師トリ・レンは院国の使者が帰った後、国王と宰相に己の欲望を満たそうと思い付く限りの自説を述べる。罪人を集め恩赦を約束し、この病の情報を携えさせて異世界に飛ばさせて頂きたい、そしてもし1人でも戻って来れたら、何かしら病に対しての見識を手にしてるかも知れないでは有りませんかと。更に異世界の知識だけでも大変な価値を生み、誰も帰って来なくとも今以上に悪くなる事はないと言い加える。有象無象な事を並び立て執拗に説得して来たが最後まで国王は許さなかった。
しかし諦めきれなかった魔術の追求者であるトリ・レンは秘密裏に立場を利用して厳重に管理されていたソレを持ち出し、どういう経緯かは不明だが、ある1人の奴隷の男で許可無く勝手に「秘魔術【カヘテレーバ】」を強行したのだった。
【カヘテレーバ】は水晶に似た球体が触媒らしく、その素材が何で出来ているのか解らない。
その球体自体に複雑な術を施しているみたいだが、見た目はただの脆い球だ。
トリ・レンはその球体を地面に叩き付け破壊した。すると渦が巻き起こり少しずつ暗黒穴が広がり始める。渦はどんどん大きくなり、床一面広がった暗黒穴に男はそのに飛び込んで、姿が渦に消えると激しい風と共に暗黒穴も跡形もなく消えた。
トリ・レンは国王に黙って「秘魔術【カヘテレーバ】」を持ち出し、それを行使した事が国王に露見し長官職も祭魔術師の称号も剥奪され、魔術庁を追放される。後に誰かが密告して発覚しとの噂が立っったが真相は未だに解ってない。
暫くの時が過ぎ、何故か国中に蔓延していた病が収束に向かう。院国が治療法を発見した訳では無かった為、魔王が手を差し伸べたとか、帝国の転生者の王帝ショーン・ガンが異世界の知識で解決したとか色んな噂が飛び交った。
そして意外にも王国が病の原因が発表する。
「虫」が原因で、それらの虫が持っている菌が病を引き起こしたのだ。この小さな虫は針で血を吸うが、吸われた側は軽い痒みしか感じない。そうして虫が持つ菌が広がったのだった。
亜人族達の中には耐性がある種族が居る事が解り、彼等から血清を作って治療薬の作成に成功する。
院国は亜人族を治療しない為、亜人族達から血清を作る事さえせず、結果輸入に頼る事になり「医療国家」の評判は地に落ちた。
そして何とか収束に漕ぎつけたが、王国で1万6千人近く、院国で7千人、帝国5千人、チスク国約千5百人の死者を出し大厄災となって各国に影を落とす結果となり、亜人族達のお陰で治療薬が出来たにも関わらず、この菌に耐性が無い亜人種は人族と同じ様に病に侵されているのに「「虫」は亜人族達に寄生している」などの噂が出回り差別が横行し、逆恨みにも等しい形で今まで以上に院国の人族至上に拍車が掛かる事になった。
王国中の復興で活気も出始めていたある日、前代未聞の出来事が貴族社会で起こる、
国王が名ばかりの領地を突然1人の男に下賜したのだ。
読んで頂き有難うございます。