③俺の話
俺達はそれ以降の追手が来ない事を慎重に確認し、ワヅ王国内に無事入った。まだ油断は出来ないがこれでとりあえずはタツ院国からの直接的な脅威は当面考えなくて良い。
問題はこれからどうするか、だった。
ワヅ王国の土を踏んだといってもタツ院国と燐接している領土の一つで、王国貴族のソラク・トヨノ「トヨノ領」田舎町だ。国境自体超えるのは簡単だった。ワヅ王国内には大小含め貴族が納めてる領土があるが、このトヨノ領は王国領でも下から数えた方が早いくらいの規模だと聞いた事が有る。だから緩い監視の国境線だろうと考えたんだが正解だった。まぁ領都に入るには何かしらの検問があるに違いないけどな。
舗装もされていない田舎道を2人で歩く。みすぼらしい見た目だがそこは田舎だけあり、チラホラ見掛ける領民と余り大差ない。
「フツ、これからどうするの?」
「‥‥‥」
ステトは通りすがりの領民に売って貰った日差し除けの帽子の鍔を上げて聞いて来る。別に獣族も領民権がある王国だから大丈夫と思うがその土地によっては要らぬ目を引くとも限らない。獣族である事を目立たない様に彼女なりに気を遣ってくれてるんだろう。
「オレ達はその、ドウボウ中?」
「まぁそうだ」
「だからドコに行くのかって聞いてんだけど」
「俺に付いてくる必要はないんだぞ?お前はもう自由の身なんだからな」
「今さら何言ってんの、オレはアンタに自由にしてもらったんだヨ?あの医者から助けてくれた命のオンジン?だ、だからついて行く!」
ステトが笑って俺を小突く。
「ただの成り行きさ」
「それでも助けられたコトには変わんない。それにオレには行く所もナイし」
「‥‥‥解ったよ」
俺は彼女のその言葉に何処か安心してた自分が居る事を申し訳なく思った。
俺の名は「フツ」ただのフツだ。21歳で生まれはワヅ王国の王都だと思う。細かい自分の身の上はそんなに知らない。物心ついた頃には両親と王都に住んでいたから、生まれもそうだと思ってる。
5..6歳くらいの時に孤児になり、厄災で荒れた王国で幼い子供が生きて行くのは簡単じゃない。
そこは鉄板通り物乞いにかっぱらい、怪しい大人の小間使い何でもしたさ、そのお陰で食っていけたんだからな。自然と裏社会の連中とも近くなり、その地域一帯を縄張りにしていた組の仕事を手伝う様になる。それと何故か頭に目を掛けられ、読み書きや計算、王国の基本的社会知識、その他色んな事を教えてくれた。その内正式に組の一員となって仕事を任されるようになり、気が付けば若手の有望株と言われる様になっていた。賭博の管理に取り立て、幹部連中の用心棒、組が面倒見てる娼婦館などでの揉め事を収めてた。喧嘩なんて当たり前で別の奴らとの抗争も頻繁に起こるし殺す事もあった。殺らなきゃ殺られる世界だ、舐められたら終わり。
下手こいて捕まったりしたが要領の良さで重罪にならない様な罪ばかりでだった。
軽罪犯は奉仕奴隷として決められた刑期が終えるまで労働させられる。重罪以外は奉仕奴隷としか罰せられないし、売買はされるが出身国内でという決まりだった。(生きる為に自ら奴隷になった「契約奴隷」には当てはまらない)俺は他の生き方を知らないから自由になるとまた悪事に手を付けの繰り返しだ。
頭が裏で手を回してくれたのか、売られても王都かその周辺ばかり。刑期も小便刑並みの短さだった。そんな生活を繰り返し組での立ち位置も幹部の一員にまでなって、頭に期待されてる事は解っていた、反面俺はこのままでいいのかと真剣に悩んでいたんだ。そんな折簡単な仕事を頼まれる。これが運の尽きで、その仕事を共にした新顔のせいで捕まっちまった。罠だったと思ったが後の祭り、初めて重罪刑に処せられる事になる。軽罪の場合のみ王国内で売買という決まりは適用されず、
競売で院国に売られ「テンウ・スガーノ」という人物に買われた。
「タツ院国」は医療国家だ。
それは奉仕行為ではなく、しっかりと利潤を求めての医療と言うのがタツ院の教えらしい。タツ院の院社は院国のみならず各国に存在する。人々は院社で病や怪我の治療の対価に金銭を払う。薬を求めるにも金銭が必要で、中には高額な治療や薬もあり、金のない者は市井の薬師に頼らざる得なかった。しかしタツ院の医療知識には勝てず、更に納税義務も果たすという事で他国は受け入れていた。その結果、医療に関しては院国に依存する事になる。タツ院国には貴族階級は無いが、それに類似した階級がある。王はいないが院主がいる。院主は「淨階医」と言う位で、その下に「明階医」。ここまでが院国中枢を担う位になり、院主である淨階医は終身位で各専門分野の頂点である明階医の中から選ばれるという。さらにその下に「正階医」「権階医」「直階医」と続く。
「正階医」は薬の生成や医学研究、臨床実験などが主な役割で、およそ一般の患者を診るのは権階医と直階医が殆どだ。
俺を買ったテンウ・スガーノは正階医で野心家だった。家柄もよく、明階医に格上げされる事を切に願っていたみたいだ。テンガ本人は医療行為よりも研究に傾倒していて新しい医学的発見を成し遂げ、その分野のトップとなって格上げを夢見ている身の程知らずの男だった。
俺はテンガの研究の為の手伝い、新種薬草の探索から血の提供、調合の手伝いや身の回りの世話をさせられた。重罪刑なのに大して辛くない扱いで、何か裏があるんじゃないかと思ったが深く考えず、幸運くらいにしか受け止めてなかった。
それからテンウは少しずつ本性を現し始めると、新たに人族以外の奴隷を次々に買い付けた。
院国は人族至上国家だから亜人族に権利は認められず医療行為は人族のみとしている。
理由はアラ・ターサに「転憑」した人格ラテスの世界では亜人族等は存在せず、確かな治療が出来ないからで後の弟子達はその意味を歪曲して受け止め、人族至上主義となったらしい。だからかは解らないが亜人族奴隷達で「人体実験」をし始めやがった。幸か不幸かテンウ自身の医療技術は低い。
外科的な実験ではなく投薬などで経過観察し記録した。中には猛毒になりうる物に手を加えた独自の薬や、効き目も解らない薬草らしき物を採取してきては投与し、幾人の亜人を殺した。
俺が止めに入ると、その度檻に入れられ何故か食事抜きやの軽い罰の繰り越しだった。
俺はもうテンウに対して嫌悪以外の感情を持ってない、何度でも逆らう重罪奴隷になっていた。
テンウの実験を手伝わされ数ヶ月が経った頃、ある日浮足立った姿で歴史に名を残す手段がやっと手に入ったと熱く話し出す。よっぽど嬉しかったのか冷めた目で見る俺を置いて、いかれた目説明を始めた。
読んで頂き有難う御座います