㊲視察と思案
馬車はそのまま山や森の方向に走って行く。
パパさんは侍従コヒ・メズが入れたお茶を優雅に飲み始める。コヒは俺達にもお茶を用意してくれた。
ステトは酔い止めにハーブの入ったお茶を飲んだが、舌お子様な彼女は「ぶえぇ~」と言って背嚢から蜂蜜を取り出しお茶に足してるし。
それにしてもこの状況は身の丈に合わな過ぎる。
「何で俺達を付き合わせるんです?お役に立てそうも無いですし、そもそも視察なんて全く興味がない。」
俺は溢さない様に一口飲もうとするが難しい。
パパさんは俺の失礼な物言いに動じる事の無く器用にお茶を飲んで面白そうに俺を見てる。
この揺れでよく平気で飲めるよな。
「はっきり言う男だね君は、不敬罪になるよそれ。どうしてかな~知り合って間もないのに君には忌憚無くお喋りが出来るんだ。これが「惹き付ける」って事かも知れないね、ママじゃないけど不思議だよ。うん認めよう私も君が気に入ったみたいだ。」
意味が解らん。あとママの事ステトに言ってないから止めて。
パパさんは続ける
「貴族に物怖じしないで思った事を言うじゃない?それに洞察力もある。そんな人物は貴重なんだ。だからその真っ新な目でこの領をどう感じるか、色々意見を聞きたいんだよ。」
ステトが「オレは??」的に自分を指差す。
「ステトちゃんを1人留守番って可哀想じゃない、ねぇ?」
俺はこれも不敬罪になるだろう溜息を吐く。
「そもそもカ、、娘さんはいいんですか!?一緒に過ごす時間が減りますよ?」
「もちろんカーラちゃんとの父娘のひと時は大切だけど領主の仕事もしないとね。それにカーラちゃんは今朝着替えを取りに一旦店に戻ってしまった。」
この親父ーっ!!入れ違いじゃねぇか俺達に会わせたくないのか!?
俺の思いを察して「わざとじゃないからね」と片目を瞑る。
おっさんが可愛くないわ。
「それで何か思った事ないかい?何でもいいからさ。」
俺は少し考える。
「まず領兵の数が少ない。普通『外側領』は魔獣や野盗の出没も多いから、
他の領に比べ兵数の制限も緩いですよね?
まぁ実際は金も掛かるからそんなには養えないでしょうけど。
俺達が通って来た『外側領』の方がもうちょっと居てましたよ?」
ああそうか、目を付けられない為か。
ワヅ王国には軍が五つある。うち三つは主要な国境近くにある直轄領(名目は領主ではなく王族が代官として治めている領)に布陣し、王都には臨機応変に対応する遊軍と、王都治安と王宮警備を担う近衛軍が居る。国属貴族の領地には過度な軍事力を持たせない為、抱える領兵数に制限が課されていた。
『外側領』は他国の脅威が少ないとされているが魔領に近い、魔族(魔物)や魔獣の対応に領兵の数には明確な制限が無いが、田舎領の経済力では反乱を起こせる程の領兵数を揃えられないのが現実だ。
ナンコー領には可能だが、下手に領兵を多数抱えたら反乱の意ありとも思われかねない。
「案配を考えての事って訳ですか!?」
「良く見てる、やはり楽しいね君と話すのは。」
空いたカップをもういいとコヒに渡す。
「なに答えは簡単だよ、お金で済むんだったら危険を冒す必要は無いからね。
そういう仕事は仲介所に任して、領民には安心安全に仕事して欲しいんだ。
確かに君の言う理由もあるよ、領が発展した事で妬みが増えたしね。他にある?」
「それと此処は『外側領の窓口』だ、色んな往来がある。
その割に護衛を連れている者が居なかった事、ですね。」
「領都内で暴力沙汰が少ないのは、許可なく武装する事を許していないから。
護衛などは領都に入れない決まりでね、領都外で待機させている。」
「俺とステトも一応武器になる物持ってますけど??」
「君たちは娘のお供だ、多少の自衛の為の細かい物は流石に許すよ。
護衛達はそれこそ槍だの剣だの、盾まで持っているからね。
そういう大仰な武装は商売に必要ない。派遣されてる役人達も領都では護衛を引き連れてないよ。」
「で、でも仲介所からのヤツらは武器を持ってた、です。
ソイツらが悪さしたら?」
ステトが珍しく質問した。
「そんな事する者は居ないよ、仲介所から請け負う彼等も割の良い仕事と思ってるんじゃないかな?揉め事も少ないから比較的安全だし、領外の仕事には報酬を上乗せしてるからね。
領には種族関係なく常に仕事がある。もし犯罪など犯したら奴隷行きだし、刑期を終えても二度と領には入れない。良い稼ぎ口を失ってしまう事になるからね、誰も得しないさ。
肝心な仕事は信頼してる者達に任せてるよ、要は適材適所ってところかな。」
仕事に関しての割り切り、そこは徹底している。とことん経営者だ。
それも皆が潤う様な形で。これはこれで良いかもな。
「あの騎士、ナサって騎士ですけど混血ですよね?好んで亜人族を達を身近に置いてるみたいですけど、それに文句言う奴等とかは!?」
「ナサ?彼は領属騎士爵を持つれっきとした騎士だよ。文句なんて出ないよ。好んで側に亜人族を置いてる訳ではないけど、これも適材適所なだけで深い意味は無いし、側近には領属準男爵も居るけど彼は一応人族だ。どうして?」
俺はピカピカ団のデンと呼ばれた男と後の2人の差別的言動の事を言った。
暫く無言になったパパさんは諦めた様な悲しそうな顔で
「やっぱりね」と独り言の様に言った。
それ以上の話はせず馬車は山と森に向かって走り、整備されてない道の手前で停車する。
御者の隣にいた兵が扉を開け外に出る。
目の前には広大な森とそびえ立つ山々があった。
「どう? 綺麗でしょ」
同じく下車したパパさんが後ろから自慢げに言った。
俺はパパさんに頷く。
確かに絶景だ人知の及ぶものじゃない。
あの向こうに『魔領』と『辺境自治領ミネ』があるのか。
もう少しだ、目的の場所までもう少し。
「どうして麓に?」
「視察も兼ねて心の洗濯さ。」
深く息を吸いながら体を伸ばす。
ステトは意味を解ってないらしく、俺に「ドコを洗うって?」と聞いて来る。
その洗うじゃないからな。
「気分転換って事だろ。」
ナンコー領は『外側領』の交易拠点だが領の広さはそんなに無い。
魔獣狩りのオーカ領の方が広かった。
領外にある倉庫街や色町、宿場町の道は整備されいたがこの辺りは全く手を付けてない。余裕が無い訳ではないのに。
「どうかした?」
「麓は開発されてないですね。理由があるんですか!?」
「周りをよく見てごらん。」
パパさんが山沿いの整備されていない田舎道に目をやる。
ステトは何かに気が付いたらしい。
「フツあそこ。向こうも。」
一定の間隔で動く物が見える。武装した男達が人目に付かない場所で道沿いを見張っていた。
「彼等は仲介所からの仕事で此処の警戒をしてるんだ。
魔獣や魔物に対してじゃないよ、誰かが森に入らない様にさ。」
「他と逆ですね。」
「森に入らなければ魔獣達は人里に出て来ないんだ、此方から藪を突く必要は無い。この辺りを開発してしまうと魔獣達も怒るだろうしね。他にも理由があるけどこんな景色を汚すのは勿体ないじゃないか。」
「得る物もあるんじゃないですか?魔核やら素材やら。」
「それこそ買えばいい、危険を冒す必要ないよ。
フツ君、私はね「成金貴族」なんて呼ばれる事は何も気にしてないし逆に名誉だと思ってる。田舎の一領がここ迄発展出来たんだから。
でもねやはり性根は田舎者のままなんだ、いくら領が豊かになっても落ち着くのはこういう景色なんだよ、だからこの辺りだけは昔のままを保ってる。日頃領主として色んな人達との駆け引きばかりしていて
醜い所や汚い性を見せられる。たまに此処に来て息抜でもしないと、、、、」
笑ながら「やってられないよ」とぶっちゃけた。
領主って仕事は孤独なのかもな。
俺は顔を上げて森や山をもう一度眺めた。
確かにこの景観は美しい。
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