㉞パパさんという男
「旦那様、お連れ致しました。」
侍従と言った鳥人コヒ・メズがパパさんの後ろに下がる。
「うん有難ね。」
俺がそのまま突っ立てると「座りなよ」と向かいの席を勧めたので腰を降ろす。
「余り驚いてないね?」
見張りが付いてる事は番頭の羊人レンから聞いていたからな。牢から出された時に想像はついてたよ。
それよりカーラと過ごしてるはず。
「カ、、娘さんとは?」
「食事の後に末の娘がカーラちゃんを連れて行ってしまってさ。またあれこれ旅の話を聞いてるんだろうけど。可愛いよね、そんな姉妹の時間を邪魔できないよ。淋しい私は癒しを求めて馴染の可愛い子ちゃん達に会いに来たって訳だよ。」
細身の豹人の女が来て俺に何を飲むか聞きパパさんに笑って話し掛けて来た。
「クスナ様が御仕事以外で誰かと御一緒するなんて珍しいですわね。」
「やだな~ママ、まるで私に友達が居ないみたいじゃない。」
パパさんが常連なのは噓じゃない様だ。俺は麦酒を頼む。
ママと言われた女が合図を送ると別の獣人の女が運んで来て、それを受け取り俺の隣に座って「どうぞ」とグラスを渡してくれた。いや距離が近いんだけど。
「この店の印象は?」
パパさんに聞かれたので店内を改めて見回す。
薄暗い店内にはいくつもの客席があり、客の隣に獣族の女達が1人又は複数人居る。
ママと同じ様に体を寄せ恋人同士かと思わせるものだった。
「ざっと見た感じ女達は全員獣族で客の男達は人族だけで1人客のみ。身なりからして周辺領の者じゃ無い。待ち合わせでもなさそうだし、1人じゃ取引や商談は出来ない。純粋に楽しむ為に来てるんじゃないのかな?」
「へ~面白いね君、一目でそれが解るなんて。その通りだよ、じゃあ何故客達はこの店に来ると思う?彼等からすれば卑しい存在のはずの獣族の女達しか居ないし、人族の遊女店とか沢山あるのに。」
「さぁ?でもこんな美しい女性相手に飲めるんですから不思議でも無いんじゃないんですかね。」
ママさんを見て言ったら頭を俺の方に預けて笑い、艶かしく体を寄せて来た。
近いよママさん。
「ママに懐かれちゃうなんて、妬けちゃうな~。」
飲んでたグラスを置き「さて」と仕切りを直した。
「やってくれたんだって!?」
来た、喧嘩騒ぎの事だよなやっぱり。
商売に来た貴族付の連中を殴るなんて不味かったに違いない。
店に迷惑掛からない様な言い訳を考えてると意外な言葉をパパさんは言った。
「やるじゃない」
「??」
「カーラちゃん所の丁稚君を庇ったんだって?買ってあげた物を潰されたみたいだし、酷いよねそれは。
いるんだよ未だにさ。選民思想を領に持ち込むお馬鹿さんが。いい加減嫌になるよ、亜人族が居なかったら商売も成り立たないって事を解ってないんだから。」
思いも寄らぬ反応だったんで驚いた。割り切った男だと思ってたし、実際に仲介所の活用など割り切ってる。もっと酷薄で事務的な思考の持ち主かと思ってた。
「罪を問わないんですか!?」
「何で?馬鹿にお灸を据えただけでしょ!? 他の亜人族達の評判が悪くならない様に気を遣ってくれたみたいだし。でも勘違いしたら駄目だよ、だからって暴力はいけない。」
「すいません。」
俺は素直に謝罪した。
「君だったら気付いたんじゃないのかな!?仲介所の牢屋には粗野な輩が居なかった事と人族しか居なかった事をね。この領に来る者達の殆どは商売で来てる、荒事は少ないし犯罪を犯すのも人族だけだ。ここの亜人族達は皆解ってるんだ、この領じゃ暴力も犯罪も犯す必要も無い。
仕事があって食べていけるんだから。ナンコー領は私の店みたいなものだ、民は店の従業員なんだよ。
従業員を守るのも店主の役目、彼らに手を出したら償いをしてもらう。暴力で無く私のやり方でね。」
「フツ君だったよね? 君出身は?」
この話は終わりと言わんばかり俺の話題に移る。
「娘さんに聞いてないんですか!?」
「今回の彼女の仕事に同行してる経緯は聞いたよ、でもカーラちゃんは余計な事は言わない。良い商売人は口が堅いのさ、情報も立派な商品だからね。」
「物心ついた時から王都で過ごしてました。」
別に隠すもんでもない。
「王都に居てたのに君は亜人族に差別意識がないんだ?」
「ええまぁ。接する機会が多かったんで。」
「珍しいね。さっき何故この店を選ぶのか聞いたよね?君の言う通り仕事で来る客じゃない、彼等はわざわざあの獣人達に会いに来てるんだ、日頃あんなに散々見下しておいてさ。背徳の味は蜜の味って事なんだろうね。」
パパさんは面白がって続ける
「遊女店来る客達は自領でそれなりの地位に付いてる者達だ、尊大で傲慢な彼等は大なり小なり差別意識を持ってるもんなんだよ。だって中央じゃ未だに「外側領」は田舎者扱いでしょ?」
「そうでしょうね。でもこの領を見たら考え直しますよ。」
「ふふそうかい?有難ね。そんな彼等が普段虐げてる種族の女達に甘えたり、弱音を吐いたり慰められたりして喜んでる。彼女達からそんな情報が漏れて弱みを握られてるとも知らずにさ。しかも田舎者相手にだよ?滑稽だよね。」
パパさんは普段から馬鹿にされても見下されても笑顔を崩さないんだろう、自領の利益の為に。そして裏では自分が馬鹿にして見下してる。腰の低い態度も自信の表れだ。こういう男は危険だと俺は知ってる。
表情が真顔に変わった。
「君の目的は何だい?」
目的?
俺は唐突の質問に自分の「目的」を思い出す。
俺は同じく【秘魔術】で異世界から戻ったと言われてる男に会いに行く事。
自分の持ち帰った『力』の謎を知りたい事。その為にミネに行く事。
そんな与太話みたいな事言える訳がない。第一信じて貰えない。
「君とあの子猫ちゃんはモグリだ。お隣(スタダ領)の息子さんから「クリエネージュ」を与えられた。
そのくらいの情報なんてカーラちゃんに聞くまでも無い。情報は商人にとって重要だ、情報網もある。
王都で君が何をしていたなんてすぐ調べれば解るんだよ。君は何の為に娘と行動を供にしてる?」
何の為、か。俺が彼女の仕事をする事で結果的に利用してる。でも何も疚しい気持ちは無いしするつもりも無い。一緒に居てる時は護衛に集中してるつもりだ。
答えに困ってるとパパさんの話は続いた。
「私の感が言うんだよ。領主相手に君のその態度、私みたいな男でも一応伯爵なんだからモグリで平民ならもっと縮み上がって当然なんだよ。どんな修羅場を経験して来たんだい?それに頭の回転も速いし、話して感じたけど教養もある。そんな男がただの護衛なんて信じないよ。何より君は気付いてないかも知れないけど自然と人を惹き付けてる。少なくともあの娘が知り合って間もない君を「気心を知った仲」と言うくらいにね。これは珍しい事なんだよ。カーラちゃんは私に似て疑り深いからね。」
言いたい事は解る。でも似てるってか?それに惹き付ける??
「ただの護衛のつもりですけど、買い被りなんじゃないですかね?」
「ママもそう思うでしょ!?」
次は俺に密着している豹人に振る。
ママは俺から離れ真剣な眼差しで俺を見て少し考え言った。
「私達獣人相手に「美しい」なんて言葉普通は使いません。それなりの御世辞はお客様達もおっしゃりますが、心の中で蔑んでいるのが透けて見えます。この方はそれが有りません。
粗野に見えても思いやりが有り、スクナ様お相手に動揺もせず自然体で受け答え出来る度胸もお有りです。でも何処か、何て言うんでしょう?少し「遠い」感じがしました、浮世離れされてる、とても不思議なお方。でも、ええ魅力的な雄だと私も思います。」
止めてくれ。あんな『世界』に行けば大抵の事に動じなくなるさ。
にしても褒め過ぎだよな。
変な方向に話が向かったので、俺は隣のママの肩を抱き麦酒を飲み直す。
「この通り単純な男ですよ。」
ママは抵抗せず逆に俺の体に手を這わせた。
何かあったら俺は『力』ずくでもこの領を出る。
「どうだろうね、私も君に興味が出たよ?!まあいいや、今日はね。」
パパさんは立ち上がり侍従コヒ・メズに合図をして店を出ようとする。
「それじゃ楽しんでね、ここはご馳走するから。」
思い出したように振り返った。
「それと明日久し振りに領内を視察するんだ。迎えをやるから子猫ちゃんを連れて君もおいで。」
勝手な事言い残して去って行った。何で俺達が。余り関わりたくないが手遅れな気もする。
気が重くなったので、酒を飲んで少しママさんとの時間を楽しんだ。
「そろそろ帰らないと」言うと、ママさんに「泊まって行く?」とからかわれたんで
「毎度どうも有難ね」とパパさんの口癖を真似ると受けた。
カーラの父親で伯爵、『成金貴族』と揶揄される男。
あのパパさんは思った以上に危険な男だった。
は~早くツルギ領に行きたい
ホクに何か買って帰ってやらないと。




