⑯招待
[ありゃ‥‥熊か?」
いや違う、でかい猫だ、多分熊みたいな猫だ、自信無いけど。
本当に魔獣か?ちょっと見た目可愛いし。
「あいつをどうにかするのは何か気が引けるな」
「でも様子がヘン?だヨ」
改めてちゃんと見てみると、この熊猫は戦闘状態じゃない。
俺達の事を気にしてないか、目に入ってないのか解らないが今のところ危険は感じられなかった。
「ステト、このままゆっくり下がろうぜ」
「解った」
俺達がそろそろと後退しても熊猫は襲って来ない。
「あの3人はこんな大人しそうな魔獣にやられたのかよ」
熊猫は眠た気に俺達を見ている様だったが興味が無さそうで、無事にその場から離れる事が出来た。
「あの熊猫とは別の魔獣にやられたのかもな」
「まだ解んナイじゃん」
「確かに」
でもあの熊猫はやる気が無いみたいだし、ここまで離れたら大丈夫だろう。
「あ痛」
その時俺の頭に何かが当たる。
「この赤いのは?」
「リンカだヨ」
「へ~こんな風に実になってるのか」
リンカの木には大きな赤い実が沢山ぶら下がっていて、当たったのはその実だ。リンカの実は王都でも見掛ける事が有るが乾燥させたものしか俺は知らず、しかも一般的な果物より結構値段が高かった。
「なるほど、魔獣が居る森に自生してるとか値が張る筈だよ」
「オレはそれスッパイから好きじゃナイ」
「どれ」
少し安心感もあって俺は実をもぎ取って齧り付く。
「そんなに酸っぱく無いぞ?」
「ホント?」
「ほら、お前も食って見ろよ」
「スッパくない!ナンで?」
「新鮮だからじゃないか」
「コレだとヘーキだ、美味いヨ」
「カーラにも食わせてやるか」
せっかくだからもう何個か実を取り持って帰る事にした。
「ビ~」
「何だ?」
「ナンか聞こえたね」
鳴き声の様な音が聞こえ、その方向を2人して見る。
「ビ~」
「あいつかな?」
「コッチ見てるヨ」
「美味そうとか思ってるんだろ」
リンカを実を食ってる俺達が気になってるかも知れないな。
「ビニャ~~~~~~~~!!」
大人しかった熊猫が急に吠えた。
「え?何だよ急に」
「マズいんじゃナイのフツ?」
「うわ、こっちに来るぞ!」
何が気に入らなかったんだよ?しかも熊猫の癖に滅茶苦茶速い!
「気を付けろステト!」
「フツこそ!」
瞬く間に鋭い前爪で襲い掛かって来た熊猫を俺は転がって躱し、ステトは飛びのいて避ける。
「このっ」
転がりながらも何とかその前足をナイフで斬り付け、次の攻撃に備え素早く立ち上がった。
「ンンンッビニャオオオオオオオオ!!!!!!!」
「何だ?どうなってんだ?」
熊猫に向かってナイフを構えると、何故か熊猫がのたうち回ってる。
「フツ、アレ見て」
「あん?」
「足が落ちてるヨ」
ステトが指差す場所には一本切断されている魔獣の猫の前足が転がっていた。軽く斬り付けただけなのにまじか。何てナイフ造ったんだコワジ氏。
「アイツまだヤル気だ」
そう言ってステトが猫の首元に短剣を刺そうと近付くと、熊猫は切断されてない方の前足で彼女に殴り掛かった。
「ビァァァァ~」
「ウワっ」
「ステトっ」
ステトはそれを咄嗟に籠手で受け止めたがすっ飛ばされる。
「この野郎!」
「ビググッ」
熊猫の注意が彼女に向いた所を今度は後足に両方のナイフを突き立てると、熊猫は態勢を崩し横倒しになった。
「平気か?」
「ダイジョウブ!」
「怪我は?」
「ホラ」
ステトに声を掛けると彼女は立ち上がり、よく見ると受け止めた籠手もステトの腕も無傷だった。
「オジサンの籠手で助かった」
「あれで無傷かよ」
良い仕事してるわコワジ氏、そりゃあんた目的でオーパークまで来る筈さ。
「大人しかったのは何だったんだよ魔獣」
「でもコレは大人しいのと違うヨね」
お互いの無事を確認して熊猫を見ると動きが怠慢になってる。
「よし行こうぜ」
「ウン!」
あれじゃ真面に走れないだろ。
「はぁ~何か疲れた」
そうしてステトの先導で森を出て元のあぜ道に戻って来れた。
「そんなにキョリ無かったケド?」
「お前が早いんだよ」
疲れたのは追い付くのもあるんだからなっ。
「結局あの熊猫は何で急に襲って来たんだ?」
「さぁ?」
「それに見た目と違って動きが早いなんて卑怯じゃねぇか」
「魔獣にヒキョウとかナイと思うケド、でもフツはイイ動きしてたヨ」
「お前に言われてもなぁ、世辞にしか聞えない」
「セジ?」
「機嫌を取るって意味だ」
「フツはキゲン悪かったの?」
「そうじゃなくて、もう良い。まぁ褒めてくれて有難な」
「ウン、あの動きなら魔獣狩りもイケるヨ」
「絶対やらねぇ」
一息ついたので助けた3人が無事に森を抜けたかどうか辺りを見回す。
「何処行ったんだ?」
俺達が森に入ったのは確かにこの場所なんだが誰も居ない。
「フツさん!ステトさん!」
「あ、カーラだ」
「そんな走らなくても逃げねぇよ」
「はぁはぁ、お2人共ご無事で良かったです」
彼女は茂みに隠れていたらしく、駆け足で来ると安堵した顔でそう言ってくれた。
「まぁ何とかな、それよか坊っちゃん達は合流出来たのか?」
「はい。先ほど部下の方3人を連れて怪我の治療の為一旦オーパークへ戻られました」
「オーパーク?」
「此処から一番近い院社が有るのがオーパークで、馬も預けていらしたみたいですから」
一瞬、魔獣狩りの再挑戦かと思ったが、そう言えば坊ちゃんが白い馬預けてるとこ見てた。
「じぁ一先ず一安心て事で、俺達はこれからどうする?」
「私達もオーパークへ戻りましょう。明日ホタ様と一緒にスタダ領に行く事になりましたので」
「その調子じゃ報酬の話もしてくれたみたいだな」
カーラは曖昧に笑って答えない。いやしてくれたんだよな?
「カーラ!オジさんの籠手凄いヨ!」
「俺もこのナイフに助けられたよ」
「お役に立てて何よりです、流石コワジさんはオーパークいちの職人ですね」
あの切れ味はちょっとやり過ぎだけど。
「それでどんな魔獣に遭遇したんですか?」
「熊猫!」
猫獣人のステトが言う。
「熊猫、ですか」
「ウン、デッカい猫?熊?みたいな猫!」
それじゃ猫確定になるだろ。
「最初にこいつが言った熊猫が近いな」
「それは多分『グーロ』ですね」
「熊猫で合ってるのかその『グーロ』は」
「熊猫ではなくて猫の魔獣です」
まさかのステトが正解って、どう見ても熊寄りだろあれは。
「『グーロ』って変な魔獣でさ、急に怒って襲って来たんだよ。それまでは大人しかったのに」
むしろ可愛いくらいに思ってた。
「フツがリンカの実をもぎ取ったら襲って来たんだ!ビャ~って!!」
「それでですね」
「は?」
「リンカの実が理由です」
まじか。
「えーっと、何でそれであそこまで激怒するんだよ?」
「グーロは非常に大食漢な魔獣で、自分の縄張りにある食べ物を奪われる事を嫌います」
「じぁ何か、食い物の恨みで怒ったって?」
「そう言う事になりますね、縄張り内の餌になる物は凄く執着するみたいで、それを奪われるとその相手を敵と見なして襲って来るんです」
「アハハハ、食い意地張った猫だネ」
「リンカの実で襲われるって割に合わないぞ」
「沢山餌を奪われると人を食べる事もあるそうですから、果実で良かったのかも知れませんね」
しれっと人を食うって言ってるけど何て魔獣だ、全然可愛くなかった。
てことはホタ君か、あの3人の誰かが何かの実に手を出したって事になるよな。でなきゃ熊猫は襲って来ない。リンカの実が珍しかったのかどうかは知らないが何やってんだ、人の事言えないけど。
「オレ腹ヘッた」
「今からオーパークに戻ると丁度夕食の時間になりますね、ステトさんのお腹は持ちますか?」
「フツがリンカの実まだ持ってるからソレ食うヨ」
お前も猫で食い意地張って、人いや猫の事言えねぇぞ!
それから何事も無く無事にオーパークに戻り、明日はあの4人とスタダ領に向かうのかなどと考えていた。
「あれ?」
気が付くと数件ある宿も前を通り過ぎてる。確か俺達が泊まれそうな宿が集まってる界隈はここら辺の筈だ。
「良いのかこのまま進んで。宿が通り過ぎるぞ」
「今日はホタ様がお泊りになる宿に御招待さています」
「何処にあるんだその宿?」
「まだ先です」
彼女に付いて行くと街並みが変わり、そして足を止めたのは豪華な宿の前だった。
「こちらですね」
「おいおい、俺達が入っても大丈夫なのか?」
これは平民風情が利用する宿じゃない、見るからに高級宿で魔獣狩りに来る貴族御用達っぽいな。
「そうだヨ、こんなキレーなトコじゃ‥‥オレは獣人だし‥‥」
「俺が言ってるのは種族の事じゃ無い」
ステトが珍しく物怖じしてるが、それで文句言う奴が居たら俺が泣かせてやる。
「ステトさん『外側領』と『内側領』の亜人族の方々に対して扱いが違うのはご存知ですか?」
「‥‥『内側領』のコトは話に聞いたダケ」
カーラは真顔になりステトに向き直る。
「残念ながら貴方が聞いた事は嘘では有りません、『内側領』の貴族社会では差別が横行しています」
「だから、こんなトコ‥‥」
「でも此処は『外側領』です。亜人族の方々は大切な労働力や戦力で有り、勿論納税は課せられてますが、それは立派な領民の証なのです」
「サベツ、する貴族が居たら?
『内側領』の貴族が魔獣狩りをする為にオーパークに居たとしても、差別をすれば追い出されるのはその貴族の方ですよ」
「そうなのか?」
お得意さんにそんな事をするのかと思わず口を挟んだ。
「人族だけでは『外側領』みたいな不便で辺鄙な領は立ち行かないですからね」
「持ちつ持たれつか」
「はい」
でも田舎田舎って言い過ぎじゃない?
「それに今日は隣領とは言え、御領主様の御子息の御招待です。何の心配も要りません、あときっと食事は豪華になるでしょうね」
カーラはステトの両肩に手をやり片目を瞑って笑う。どうやら安心させてくれたみたいだった。
「へえ~」
その高級宿に入ると入口の先には広い空間が有り、豪華な照明魔具が明るく照らしている。組が面倒見ていた娼婦館でもこの手の魔具は有ったな。
「キンチョーする‥‥」
「周りなんて気にすんな」
数人見掛ける客が皆身なりの良い格好をしているからか、ステトは畏まって俺の後ろで小さくなってる。確かに俺達の見た目はこの宿じゃ浮いているが俺は気にしない、カーラも俺達を連れて奇異な視線を感じてるだろう、でも全く気にする素振りも無く受付に向かう。カーラが差別意識を持って無くて良かった。彼女の事は何も知らないが、今の俺達にとっては良い雇い主には違いない。
「カーラ殿!おお、お前達も無事だったか!待っていたぞ」
坊っちゃんの護衛してた兵のリーダー男で笑顔でこっちに来る。怪我も大した事はなさそうだった。
「怪我は大丈夫なのか?」
「この町にある院社で治療した、ホタ様以下全員大丈夫だ」
「無事にホタ君と会えたんだな、良かったよ」
「フツだな、カーラ殿から聞いているぞ、そっちはステトか」
「ああ」
「ウン」
「2人共この度は我らの事も含め、ホタ様を助けて頂き感謝致す」
礼儀正しく腰を折った。
「止せやい。カーラはまだしも、俺達はあんた等みたいなお偉いさんに頭下げてもらう程の人物でもないよ。だからって訳じゃ無いがこっちの無礼な物言いも勘弁してくれ」
「オレもテイネイ言葉苦手」
「気にするな、その「ホタ君」もホタ様が何も言わなければ我等は関知せん。紹介が遅れたが俺はスタダ領兵の副隊長のカム・スビムだ」
と手を差し出す。
「聞いた通り俺はフツ、ただのフツだ。今はカーラに護衛で雇われている」
「オレはステト」
軽くそれぞれ握返してお互いの紹介が終わった。
「あの口調、一応聞くがステトは女だよな?」
「そうだよ。俺も最初本人そう聞いたけど、ほらあれ見りゃ解るだろ?」
ステトがカーラの元へ行くと小声で聞いて来るので俺も小声で答える。
「ううむ、そうだないや悪かった」
俺が顎で指示した胸を見て気まずそうに眼を反らしたけど、うん気持ちは解るぞ。
「スビム副隊長、お互いの挨拶は終わりましたか?」
「うむ、では案内しよう。ホタ様が御待ちだ」
受付の終わったカーラがそう言って副隊長の案内に俺達は付いて行く。
「受付で何してたんだ?」
「ホタ様の御招待という事で最上室を用意せよと承っております、と言われたんですがフツさんもステトさんも落ち着かないですよね?」
「絶対落ち着かない」
「オレもそんなトコじゃ寝れないヨ」
俺はステトと同じ部屋だと寝れない。
「そう思ってホタ様には内密で部屋を普通に変更して貰ってたんですよ。それでも十分豪華な部屋になりますけど。ご好意を無下に出来ませんが快適に過ごせる部屋の方がいいですからね、もちろん私もです」
流石気が効いている。でも十分豪華って、調度品を汚したり壊したりしたらと考えると恐ろしくてどの道寝れないかも知れないぞ。
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