①⑤⑦長い夜《ゲン・セイの事情》
夜はこれから。
女店主に見送られ千鳥足の権階医のゲン・セイを俺が横で支えながら来た道を戻っている。
「せめて真っ直ぐ歩けよ」
「むぅ良い気分に水を差すな」
「あんたの弟子が用意してくれたあの水飲めば良かったんだ」
「‥‥弟子?ワカエがそう言ったのか!?」
あの女店主の名前はワカエらしい。
「あんたの事は師匠だってよ、師弟関係ならそう言やいいのに」
「ワカエは弟子などではない」
「でも薬師の彼女に色々教えてるんだろ?だったら師匠と弟子じゃねぇか」
「俺にそんな資格は無い」
「何だそれ」
「こんな話、酔いが醒めるではないか」
「そいつはご愁傷様、でももう聞いちまった。資格が無いってどういう事だ?」
「‥‥‥‥‥」
「送ってやるんだからそのくらい話しても良いだろ」
「俺は頼んでない」
「彼女がが送ってやってくれって言ったんだよ」
「余計な事を」
「優しい弟子じゃねぇか、あんたには勿体無いぞ。いいから話せよ」
「‥‥ワカエは、彼女の家族は事故で全員死んでる」
「事故?いつ?」
「三年前だ」
「それは残念だけど、関係有るのか?」
「俺はその場に居合わせたが何もしなかった‥‥」
「そりゃあんたはな、でその場に彼女は?」
「居なかった、居たら俺を許すまい」
「それであんたは罪悪感から彼女に色々教えてるのか?」
「いや、ワカエの家族と知ったのは教え出してからだ」
「じぁ何で教える事になったんだよ?」
「‥‥‥道端で転んだ子供を診ていた彼女を見掛けのが始めだった。それはもう未熟と言うか何と言うか、思わず手を貸しそうになったが直接俺が治療する訳にもいかん。せめてちゃんとした治療をするように口を出したのだ」
「見ず知らずのおっさんの言う事を素直に聞いたのか?」
「俺が白衣を着ていたから医者と解ったんだろう」
「でも院社の医者と解ってよく受け入れたな」
ゲン・セイは頷いて話を続ける。
「うむ、その事が俺をその気にさせたのかも知れん。ともかくその出会いがあって教える様になり身の上を知った、ワカエが薬師になった切っ掛けはその事故だとな。彼女の家族を見殺しにした俺に師匠の資格は無い」
「それがあってあんたは亜人族に優しくなったのか?」
「元々俺は医療に種族は関係無いと思っている、がお前の言う通りだな。あれから表立ってではないにしろ出来る事はするようになった」
「罪悪感からでもやらないより良いさ。それにあのワカエって弟子が師匠って言うなら師匠なんだよ」
いつの間にか酔っ払い権階医のゲン・セイはもう完全に酔いが醒めたみたいで、俺の支えを必要としなくなっていた。
「ついでに聞くけどあんたが移動をしないのは罪滅ぼしを続けたいからか?」
「‥‥‥タツ院国の医者は最低でも十年間他国で務める決まりだ。俺は既に六年ワヅ王国の院社を回りこうしてツルギ領に派遣された。既に十年は過ぎているが‥‥お前の言うように出来る限りこの地で過ごしたいと思っている」
話を聞く限りこの権階医は同じく移動を拒んだ過去の医者達とは違う。寧ろツルギ領にとって必要な医者なのかも知れない。
「良いんじゃねぇかそれで、それにあんたみたいな医者ならその内亜人族達も認めてくれるだろうぜ」
「ワカエを一人前の薬師にしたいのもあるがな」
「だったらいっその事亡命したらどうだ?そんな医者も居てるって聞くぞ」
ナンコー領にはそういった医者が居るとカーラは言っていたし、少し重い話をさせてしまったので冗談と受け取られる程度に軽く言ってみる。
「それが出来たら良いのだがそうもいかん」
「軽い気持ちで決めれるもんじゃないしな、解るよ」
「そうではない」
「じぁ何だよ?」
「お前はタツ院国の階医を幾つ知っている?」
「階医?え~っと俺が知ってるのは」
タツ院国には貴族階級に類似したものがあって、院国の王と言ってもいい院主は「淨階医」と言う位の者が担いその地位は終身だ。各専門分野の頂点である「明階医」が何人かいて、ここまでが院国中枢を担う位になり、院主である淨階医は明階医の中から選ばれる。その下には薬の生成や医学研究、臨床実験などが主な役割な「正階医セーイ」、実際に患者を診るのは「権階医」と「直階医」だと知っている事を話した。
「今お前が答えた他に二つの階医があるのは知らないのか?」
俺は初めて聞く話に首を振った。
「薬の管理をを専門とする「薬階医」にあらゆる雑務をこなす「助階医」で、ワヅ王国にも派遣されてるぞ」
「でも普通の院社には居ないんだろ?」
居てたら知ってる筈だ。
「基本的に彼等は各国の首都に有る本院社にしか派遣されん」
「本院社に行く機会なんて無ぇよ。でも何で本院社だけなんだ?規模の違いか?」
「そうだ、本院社は本部だから業務に携わる人員も多い」
「で?亡命とどう繋がる!?」
「俺は婿養子だ」
「?」
「俺は元々助階医でな、せいぜいが助手止まりの階医で俺の実家が代々そうなんだ」
何が言いたいのか、いきなり身の上を話し出す。
ゲン・セイは医療の現場をこよなく愛し、助階医と言う雑務しか与えられない地位でも腐らず職務に励んていたらしい。常に現場に出て研鑽を積み技術と知識を身に付け、権階医と直階医にも頼りにされ助手の範疇を越える仕事を任される様になる。更に新しい縫合方法など編み出したり手術に魔具を積極的に用いるなど、そして気が付けば【外医】の医者達の間では有名な存在になっていた。
「俺が身に付けたのは【外医】に特化するものだったが」
「それでも凄ぇじゃねぇか」
まぁ自分で言ってるくらいだから本当の事なんだろう、あの若い真階医のセン・ジュもこのゲン・セイを優れた【外医】と言ってたくらいだしな。
「それのお蔭で権階医になれた」
「それは養子になったからか?」
「そうだ、助階医の俺が優れた【外医】の腕を持っていると聞き付けた妻の父親がと家に来た。妻の家は代々権階医の家柄で男子が生まれずタツ院国はワヅ王国と違い女に家督を許してない。俺はと言うと三男で家督は継げん、義父は大した医者でも無く利用された気がしないでもないが実家の者全員は喜んだ」
「あんたの身の上は解ったけど、結局何が言いたいんだ?」
「国には妻と子が居る。タツ院国は世襲制だ、今俺が亡命をすれば家は廃絶になり妻の親にも迷惑が掛かる。せめて子供が成人になって家督を継がせるまでは無理だ」
「あ」
この権階医は国に妻子が居るって女店主が言ってたのに、軽口のつもりがまた重い話になってしまった。
「まぁ亡命は無理でもさ、移動を拒めるんだったらそれで良いじゃねぇか」
「さっきも言ったが既に最低十年の義務は終えている。本国への帰国決まればそれは拒めん」
「そうか、いやそうだったな。何か余計な事言ったみたいで悪い」
「お前が気に病む事は無いぞ。それに悪くない考えだ、いつかその時が来れば‥‥」
院国の医者も王国貴族と同じでお家第一とか、嫌われてる土地に派遣されたり孤独だったり医者である事も楽じゃない。
「悪いけどちょっとだけ寄り道させてくれ」
もう夜でカーラや他の皆に何も言ってないから心配してるかも知れない。子爵さん屋敷は院社とさほど離れてないし泊めて貰ってるんだから今からでも一言言っておく事にする。
「待たせたな」
「酔いはもう醒めている、俺の面倒見る必要は無いぞ」
「そうは行かねぇさ、あれ見てみろ」
夜の大通りは人影はまばらで店なども閉まっている。その軒下には柄の悪そうな亜人族の男達がたむろしていて白衣姿の権階医の事をジッと見ていた。
「あいつ等あんたに何かする気なんじゃねぇか」
「またか、俺を襲って何になるというのだ全く」
「それは俺も思うけど解ってんなら出掛ける時くらい白衣脱けよ」
「それじゃ落ち着かん」
「何だよその理由、襲われるよりいいだろ」
「いざとなったらこれがある」
そいう言っての丸い装飾品を取り出す。
「それ魔具か?」
「そうだ、他国に派遣される俺達には身を護る魔具を与えられている」
「知らない土地に行くのに必需品な訳だ」
王国も地方の領に派遣される倹税官みたいな役人に同じ様な魔具を持たせていた。
「でもワカエって弟子はあんたが前にも襲われて怪我したって言ってたぞ?魔具を使わなかったのか!?」
「ワカエめまた余計な事を言いおって、そうだ使っていない」
「何で?」
「ああいう者達は歯が立たんとなると意固地になるだろ」
「だからって敢えて殴らせるか普通」
「争いは何も生まんぞ、適用に殴らせれればそれで納得する。恨む気も解らんでもないからな」
「‥‥‥そこまで考えてるとは思ってなかったよ」
「俺が弱いのもあるが」
「いや強いよあんたは」
もう酔っ払い医者って呼ぶの止めるか、ゲン・セイは医者としても人としても出来る男だ。
次回更新は、10/30予定です。
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