①⑤⑥長い夜《教え子》
明日からは晴れるみたいですね。
それから話は自然と医療に関するものになったが、それは別にゲン・セイが院社の権階医だから探りを入れたのではなく共通の話題が無かったからだ。内容も怪我をした時に自分で出来る応急処置の方法や、安い『薬』でも数種類を組合わせると効果が高くなる事や、逆に効果が減る組み合わせなど四十年前の事件と全く関係無い話で結構勉強になった。
「だぁからだ~な、しょこをなぁんとかしゅるのが医者の」
「呂律が回ってないぞ」
「何だぁって?」
「酔ってるだろ、早いんだよ飲むのが」
俺が三杯目を飲み始めた時この権階医は既に七杯目を飲み干してた。
「うえっぷ」
「おい」
出たそれ、酔った合図だ。
「もう満足したろ、その辺で止めとけ」
「ううう~ん、解ぁった。少し、休む、ぞ」
「そうしてくれ」
「うぷ」
「「うぷ」から先は絶対我慢しろよな」
「‥‥‥ぐぅぅぅぅ」
「え?おい、休むってそっちかよ??待て待て起きろ!」
「ぐ~」
「勘弁してくれ‥‥」
「どうしま、まぁホントに今日は珍しい事ばっかり」
今日は他に客が居ないからか俺が困っていると女店主が来てそう言った。
「酔って寝るのがそんなに珍しいか?」
「はい。先生がここまでお飲みになるのは初めて見ました」
「奢りだからだろ」
「お金に興味が無い方ですから、そうじゃないと思います」
「じぁ何か嫌な事が有って憂さでも晴らしたかったんだよ」
「逆だと思いますきっと」
「逆って何が?」
「誰かとこうしてお酒を飲むのが楽しかったんじゃないかと思います」
「‥‥‥この権階医はいつも1人なのか?」
「ツルギ領ではタツ院国のお医者さんと一緒に出歩く亜人族は居ませんから」
「人族は?」
「さぁ?でも人目を気にして避けてる節はありますね」
亜人族の民が多いツルギ領では人族至上主義のタツ院国民である院社の医者は嫌われている。人族の領民も医者と仲良くしてる所を見られたら気まずい思いをするんだろう、だから医者と患者の関係以上のものは築けず友はおろか知人さえ出来ないのかも知れない。
「‥‥‥何も悪い事してないのに最初っから嫌われて権階医も大変だな」
「私は先生を嫌ってませんよ?」
笑顔で俺にそう言った女店主を改めて見返す。
「本人は寝ちゃったけど、あんた達は親しいのか?」
「座っても?」
「それは構わないけど店の方は?」
他に客が居ないのは解っていたが一応聞いおかないとな。
「ご覧の通りですから大丈夫です」
「店的に良いのかそれ」
彼女は別に店を閉めた訳でもないけどこの手の事ばかり言ってる気がする。
「このお店は趣味みたいなものなので」
「趣味?」
「ワタシの仕事は他に有ってこの店で儲けようと思ってないんです」
「看板を出してないのもそれでか?」
「余りこの店にお客さんが来ても支障が出ますからね」
「なるほどな、て事はあんたは別に何かしてるのか?」
「はい」
女店主は寝てしまったゲン・セイを優しい目で見ながら答えた。
「それであんたとこの権階医がどんな関係‥‥って悪い。余計なお世話だよな」
「うふふ、お気遣い有難うございます。でも先生との関係に疚しい事は何も有りませんよ、そもそも先生はお国に奥様とお子様がいらっしゃるようですから」
「ちょっと待った」
「はい?」
「権階医とあんたの話は良いけど、その何だ、悪いからそれ以上言わなくて良いよ」
この2人の関係性を知りたいだけでゲン・セイの個人的な事を本人が寝ている間に聞くって何か違う。それに2人して疚しい関係じゃないと言い切るくらいだからそうなんだろうしな。
「いけないワタシったら先生の事ベラベラと、ごめんなさい」
「俺に謝る必要無いぞ」
「あ、そうですよね、何言ってるんだろワタシ。え~っとですね、ワタシの本業は薬師なんです」
薬師は院社程の治療や効果は望めないがその分安価で種族関係無く診てくれる。その為市井の者達に重宝されている存在だ。
「それとこの権階医と何の関係があるんだ?」
薬師と院社の医者だから商売敵って事か?その割に店は行き付けになって親しそうにしてる。
「先生はその名の通り先生で、ワタシとは師匠と弟子の関係なんですよ」
「師匠?弟子?それじゃ、この権階医はあんたに医療の事を教えてるのか?」
「はい」
「でも権階医が‥‥亜人のあんたにそんな事したら自分の国に背く事になるのに良いのかな?」
「タツ院国の専門知識なんてワタシには理解出来ないから大丈夫と先生は仰っています、ワタシとしても人族に対してだけの医療知識なんかワタシが診る患者さん達には役に立たちませんからね」
女店主は本業の薬師として亜人族だけ診ているみたいで、その返事に非難めいた響きは無い。
「ですから薬草の知識とか怪我の対処諸々、亜人族にも使える知識と技術を教えて頂いてワタシが患者さんの事で相談すると助言もして下さいます」
「やるじゃねぇか」
デンボの一件からこの権階医に対する印象は良いものへと変わっている。酔っ払い医者の汚名は拭えないがこれを聞いて更にその評価が上がった。
「あんたと権階医の関係は解ったけど薬師の趣味が飲み屋って変わってるよな」
薬師の稼ぎが足りないからとか?いや趣味って言ってるし看板も出してないから違うか。
「それは先生の、その」
「何だ?」
「‥‥‥先生が気軽に入れる店が有ったら良いなって」
「え?まさかわざわざ権階医の為に!?」
「わざわざなんてそんな、あ、いらっしゃい!」
他の客が入って来た事で女店主が席を立つ。
「趣味なんて言っちゃいましたけど、こうして他の常連のお客様もいらっしゃる今はもう違うのかも」
「良いじゃねぇか、客が権階医だけじゃあんたの接客が勿体無いよ」
看板も出してないのに客が来るのは彼女が居るからだ。笑顔と接客、それに居心地の良い雰囲気。一度来ればまた来たくなるし俺もその気持ちになっていた。
「そろそろ起きろ」
「ううん?」
「いい加減店に迷惑だ、帰るぞ」
「むむ‥‥」
他の客も居なくなり、まだ酔っているのかゲン・セイは眠た気に頭だけ起こす。
「水飲むか?少しは酔いが醒めるぞ」
「‥‥飲んだ酒が勿体無い」
「飲んだんだから元は取れてる。店主!」
その何か違う勿体無いは無視して女店主に水を頼むと何かの葉が入ってる水を持って来た。
「はい先生、これをお飲みになって下さい」
「これは酔毒草か」
「酔いには一番効きますからね」
「だからって丸々入れる奴があるか」
「今日の先生はそうでもしないと醒めないでしょ」
「お前、これは‥‥苦いんだぞ」
「子供じゃないんですから」
「要らん!このくらい外で風に当たれば平気だ」
師弟のやり取りは自然な感じがより仲の良さを物語っていて下手すりゃ夫婦に見える。
「子供みたいな事言ってないで」
「持って来てくれたのに勿体無いだろ」
「ではお前が飲め」
「何で俺が」
「この根性無し財布が」
「財布に根性なんて要らねぇよ、要るのは払う能力だ」
「ではそれを済まして来い、俺は先に出てる」
「王様かあんた」
「先生」
「払いはそいつだ」
「そうじゃなくて‥‥全くもう」
ゲン・セイが先に店を出たので女店主も見送りに外に出た。
「あんたにはいつもああなのか?」
「可愛いですよね」
「は?」
可愛い??
「変わった師弟関係だな」
「有難うございます」
全然褒めてないんだけど。
「それでいくらだ?」
「いいえ」
勘定を払おうとすると首を横に振られる。
「お代は結構です」
「そうは行かねぇよ、この払いは礼を兼ねてるんだ」
「お礼?」
「ああ、この間‥‥」
ゲン・セイが連れの混血の為に『傷合薬』を融通してくれ、その礼で今日の払いは俺が持つ事になってると説明した。
「先生らしい」
「だから甘える訳には行かないんだよ」
「ではこうしましょう、先生を無事送り届けて下さるその手間賃という事で」
「酔ってても男なんだ、1人で帰れるだろ」
「ツルギ領に来られる院社の医者は言うほど安全じゃないんですよ」
「襲われるって?」
「今日はいつもより遅いですし、先生は何も仰らないですけどそれで怪我をされてます」
夜道じゃ危ないって、だからいつも昼酒なのか。
「どっちもどっちで下らねぇな」
「え?」
「人族至上主義に、それを根に持って闇討ちするとかさ」
「‥‥そうですね」
「解った、権階医の面倒は見るけど払いの事は別にしてくれ」
「え?でも」
「頼む、弟子のあんたに奢られたなんて後で何言われるか」
「‥‥‥ではまたお越しになって下さい、一杯でも二杯でも私が持ちますから」
「その時は甘えるよ」
勘定は銅貨八十枚と安くも高くもない手頃な金額で、なるほど趣味にしては良い稼ぎだ。
「遅い!」
「はいはい悪うござんした‥‥あ」
結局この権階医を送る羽目になったが何処に住んでるのか知らない事に気が付いた。
「おい、流石に自分の寝床覚えてるよな?」
「俺は何処でも寝れるぞぉ」
「誰もそんな事聞いてねぇって」
取り敢えず院社を目指して歩き出す。そうだ、折角だから寄って若い真階医のセン・ジュが起きてたらまた何か話でも聞くとするか。
次回更新は、10/28予定です。
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