①⑤⑤権階医(ゴーイ)の行きつけの店
この時点で午後ですがこれからの夜が長い笑
「そう言えば一昨日お前と一緒だったお嬢さんが随分血相を変えて来てたぞ、誰か大きな怪我でも負ったのか?」
「あ~それ」
カーラはデンボに俺が『嵩狼』に怪我を負わされたと聞いて、代わりに『造血薬』と『滋養薬』を手に入れてくれていた。(デンボは混血だから院社では門前払いだ)
「そいつはもう大丈夫ってか治ったんだ」
「治った?お嬢さんは『造血薬』を買って行ったがそれはその人物が激しく出血したからだろう?」
「流石腕の良い【外医】だな、その通りだよ」
「それが二日も経たん内に治った?『傷合特薬』を買ってもいないのにどういう事だ!?」
「単に運が良かっただけさ」
『傷合特薬』は非常に高価な薬だが深い外傷などを短期間で治せる。それを必要としなかったのはステトの治癒能力のお陰だなんて院社の医者に言える筈もなく、これ以上突っ込まれても困るので俺じゃない誰かの話にしておいた。
「余程幸運だったのだな。それで?俺に用とは新たに誰か怪我をしたのか!?」
「そうじゃなくてこの間の代金を払いに来たんだよ」
「代金?」
「代金は違うか、金を払うとあんたが怒られるからな」
「何の事を言ってるか解らんぞ」
「『傷合薬』の礼さ。約束通り酒で払いに来た」
「『傷合薬』‥‥おうおう、あの時の」
「忘れてたのか」
「あの時は良い感じで酒が回っていたからな、そうか俺に酒を奢りにきたか、感心感心」
「はぁ‥‥」
「どうした?」
「ちょっと後悔したんだよ」
奢るつもりが覚えてないって。
「だがこうして来たんだ、諦めて奢れ」
「何だそれ」
「よし、では早速行くか。俺の気が変わらん内にな」
「逆だ逆、気が変わるとしたら奢る方の俺だろ」
「いいから行くぞ」
「おいちょっと待てよ、あの真階医が寝てるんだったら院社にあんたが居ないと駄目なんじゃねぇのか?」
「構わん。今日はもう店仕舞い、いや院社仕舞いだ」
「本当に大丈夫なのかそれで」
何回これを言ったか、もう何でもいいけどな。
潔く院社を閉めた権階医のゲン・セイが、自身がよく行く店に俺を連れて行く言いそれに付いて行く。
「今日は何一つ自分で決めてない気がする」
「何を決めていなんだ?」
「何でもねぇよ、独り言さ」
人の尻に付いてばっかりだけど知らない土地だから仕方ない。
「どの店も空いてそうだし適当で良いんじゃねぇか?」
とっくに昼時を過ぎていた大通りにある飲食店は閑散としていて、別に行き付けじゃなくてもどの店でも歓迎されそうなのに前を歩く医者は素通りしてる。
「そうはいかん」
「その店の酒が美味いとか?」
「美味いのはその通りだが違う」
「じぁあんたの拘りか?」
「ツルギ領では特に医者が嫌われてるからだ」
「あ」
そうだった、タツ院国の医者なんて亜人族がやってる店じゃ歓迎されない。だからどの店でも良くないんだ。
「じぁ行き付けの店なんて見付けるの苦労しただろ?」
「うむ、だが幸いにも一軒だけあったのだ」
「その店は人族がやってるのか?」
「行けば解る」
ゲン・セイはさっき俺とナサが通った路地と反対側に向かって大通りを外れ、民家と変わりない建物が並ぶ一角に入る。
「どう見ても店なんか無さそうだけど?」
「もうそこだ」
立ち並ぶ民家に沿って歩いて行くとその中の一軒の前で立ち止まった。
「この店だ」
看板も何もないので店だとは解らない。一見普通の民家だが引き戸を開けると狐人?鼬人?とにかく亜人族の女が威勢のいい声を掛けて来る。
「いらっしゃいませ!あら先生?こんな時間に珍しいですね」
「今日だけは特別だ」
「特別?‥‥え!しかもお一人じゃないんですか??」
「彼は財布だ、気にするな」
「財布って言うな」
そうなんだけど、もっと別の言い方があるだろ。
「まぁ何て奇特な方‥‥」
「俺もそう思うよ」
「あ、すいませんお席ですよね。どうします先生?特別な日でしたら今日はあっちの卓席にします!?」
「いつもの所で良い」
「解りました、ではどうぞ」
ゲン・セイのいつもの席とは樽を台にした雑な客席で、そこに俺達は座った。
「あの亜人の女は従業員か?」
「彼女は店主だ」
「店主‥‥」
「何だ?」
「いや、意外に思ったからさ」
四十年前の事件を根に持ってる亜人族は少なくなってるにしろ、ツルギ領の領民は亜人族が多いから亜人族を差別するタツ院国の者を歓迎する店なんて有っても僅かだろう。だから院社の医者が行き付けにする様な店は人族がやっていると思っていて、それがこの店の主が亜人だった事にそう答えた。
「意外?人族の店じゃないからか!?」
「だってそうじゃねぇか、あんたは院国の医者で院社じゃ亜人族達を診ない。そんなあんたが亜人の女がやってる店を行き付けにしてるなんて意外と思うだろ。あの女店主は医者のあんたを何とも思って無いのかな?」
「彼女が何を思ってるなど知らんがこうして飲める」
「でも他の客が入って来たらいい顔されないんんじゃねぇのか?」
「だからここだ」
俺達が座っている樽を台にした席は、店内にある他の客席とは離れた場所に設置されている。このゲン・セイは彼なりに配慮してこの席を『いつもの席』にしてるみたいだ。そんなやり取りをしていると女店主が何も注文していないのに麦酒を二つ持って来る。
「頼んでないけど?」
「あれ?いつもの飲み方じゃないんですか?」
「いやこれで良い」
どうやら一杯目は麦酒と決めてるらしい。
「今日は珍しい事だらけですね」
「何がだ」
「だって先生が誰かとご一緒なんて初めじゃないですか」
「彼は財布だと言っただろう、誰かでは無い」
「財布が喋るかよ」
「細かい事を気にするな、先ずは一杯と行こう」
「細かいって‥‥全く、何杯飲む気なんだか」
お互い一杯目は麦酒を飲み、二杯目からは『バイジュウ』『タイジュウ』の『芋』酒を飲むのが通例だと言ってそれを頼む。ゲン・セイはこれらの酒を知ってもう他の酒では満足出来ないと俺に言い、運ばれて来た酒を勢いよく飲むと満足気に頷いた。
「タダ酒は美味いな」
「どっかで聞いた台詞だよ」
ステトがそれ言ってたし。
「どういう店なんだ此処は?」
「普通の飲み屋だ」
「看板を出さないのは普通って言わねぇよ」
「あの店主とはちょっとした縁でな」
「仲良いのか?」
「それなりにだが、お前が考えてる様なものではない」
「べつにそんな事思ってねぇけど、怪しいって思う奴は居るかもな」
「誰だそれは」
「誰って言うか、あんたとあのセン・ジュって真階医は院国の者だ。ツルギ領からすれば見張るくらいはしてると思うぞ」
デンボは四十年前の事件が有って以降、ツルギ領の院社に派遣されて来る医者には目を光らせてると言っていた。俺が感じたゲン・セイと言う権階医は人族至上のタツ院国に似つかわしくない男で、亜人の女将が居る店を行き付けにしてるのもそうだし、デンボの事もそうだった。野心も無さそうだから悪事を働いてるなんて思ってないが一応その事を匂わせて釘を刺しておく。
「何が言いたい?」
「別に。ただこの店に何か有ったら直ぐに伝わるって事だよ」
「‥‥‥お前が何を想像してるか知らんが疚しい事など無い。それより今日は俺に借りを返す為の酒だろう、気持良く飲ませろ」
「解った解った、そうだよな。この話はこれで終わりにするからやってくれ」
女店主の事と言いツルギ領からの移動を拒んでいるなど色々と事情が有りそうだが、確かに礼をする為に誘ったのにそれをここで勘ぐるなんて野暮だった。
次回更新は、10/26遅い時間帯予定です。
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