①④⑨ヒウツの苦悩
悪人が見当たらない苦笑
「何の用だ?」
水浴びを終え上着を着たヒウツが俺を見る。
「ステトの事だよ、集落の皆が自由にしてくれたって聞いたから有り‥‥いや」
礼を言うはおかしいか、そもそも族長が人質にしたんだしな。
「よくあの族長に逆らう気になったと思ってさ」
「その呼び方は止めろ」
「断る。あんた等には世話になったけど族長は別だ、人質なんてやり口を許せるかよ」
「‥‥ステトも同じような事を言っていた」
「あいつが言ったのはナサさんの事だろ?」
「ステトから聞いたのか?」
やっぱりな、ステトが自分事で怒りを口に出すとは思えない。
「いいや」
「だったらどうしてだ?」
「伊達に相棒してる訳じゃねぇよ」
「ふん」
「それで何で急に聞き分け良くなったんだ?」
「お前達の手助けでトメは無事だった、その恩に応えたまでだ」
「へぇ」
あれだけ俺達を敵視してたのに、これもステトが一緒だったからか。
「それでオイに何の用だ?」
「子爵さんの事さ。もしかして族長と揉めてるんじゃないか?」
「何故そう思う?」
「朝になったのに子爵さん達がまだ戻って来てないからだよ」
「夜の山は昼以上に危険だ、何事もなければ森屋敷で夜を明かしている」
「でも可能性は有るだろ」
「シデが後を追って森屋敷に向かった、シデが一緒ならヒラ様もそう無茶な事はせん」
「ああそれは聞いた。そうか、じぁ話が違ってくるな」
「話?」
「俺も森屋敷に行くつもりだったけど、その必要が無くなったって話だよ」
「お前はまだ病み上がりだ、それでもまた山に入る気だったのか?」
「確かにまだ本調子じゃないけど、このまま集落で待つってのも性に合わないからな。その案内をあんたに頼もうと思って声を掛けたんだ」
「ではもう俺に用は無い筈だ、大人しく客屋で待っていろ」
「いや有るんだよそれが」
「ふぅ、今度は何だ」
それを聞いたヒウツは溜息を吐いた。
「あのキョウーって兵長も麓で待ってるらしんだけど、あんたはその場所が何処か知ってるか?」
「森屋敷に向かう場所は知っているが、そこにアイツが居るかは保証出来ん」
「それで良いから俺をそこまで案内してくれねぇかな?」
「何の為だ?領主はじきに戻って来る」
「それでも子爵さんがステトの為に行ってくれて、それがもう解決してたなんて悪いじゃねぇか。だからせめて俺も迎えに行こうかなってさ」
「セフの孫娘とステトは共に行かないのか?」
「あの2人は用心の為に先に子爵さんの屋敷に帰らせる」
「用心?」
「そうだ。集落の鬼人族はもう大丈夫と思うけど族長がまたとち狂ったらどうする?そうなったらあんた達も困るだろ」
「‥‥待ってろ、フゼに一声かけて来る」
「そう来なくっちゃ」
「オイもヒラ様の様子を見に行こうと考えていた、ついでだけの事だ」
「あんたはもっと素直になった方が良いぞ、性格で損してると思うぜ」
「ぬかせ」
森屋敷は南北の狩場の丁度中間に位置するらしくその麓で子爵さん愛に溢れる兵長キョウー・ホウが待っていると思われ、ヒウツの案内でその場所まで歩いて向かう。
「なぁヒウツさん、ちょっと聞いて良いか?」
「人族は黙って歩けないのか」
「出たなそれ、俺は人族代表じゃねぇよ」
「‥‥何だ?」
「気を悪くしないでくれよ、あんたは族長がナサさんを将来族長にって事が気に食わないからナサさんを嫌うのか?」
「‥‥‥」
「心配しなくてもそんな話ナサさんは受けないぞ?」
「オイは‥‥小僧を嫌ってなどいない」
「その割にはやけに突っかかってたよな?」
「‥‥‥」
「言いたく無いなら別にいいけど」
「‥‥小僧が来てその父親を思い出す」
「親父さんってケシって人の事か?」
「ケシの、切っ掛けで‥‥色々なものを失った」
ヒウツが鬼人でナサの母親クデに恋慕していたのは従姉にあたるシデから聞いている。それが余所から来た人族のケシ、ナサの父親になるのだが、そのクデを奪われた事がナサにキツく当たっている理由の一つかもと言っていた。
「え~っと、色々って?」
ヒウツに自身の失恋話なんか聞ける訳ないので、他に何を失ったのかを聞いてみる。
「‥‥‥仕事、友、色々だ」
仕事か。この山で林業や狩猟を行うには肉体的にも環境的にも人族じゃ厳しいのは俺でも解るしヒウツ達鬼人族が主体だったんだろう。それがナサの父親が鬼人族の為に茶の栽培を始め、それが子爵さんの耳に入りツルギ領の新たな産業にする事になった。集落の仕事の重要順位が変わり、ケシのを魔獣から守るように頼まれる事も有ったと思う。それらががヒウツにとって耐えられるものじゃなかったのかも知れないな。
「仕事は何となく解るけど友って?」
「友は、友だ」
「それは知ってる‥‥ん?」
ケシは族長の息子マギと親友だったらしいけど、鬼人族の男達が被害に遭って友を失ったって事か?いや待てよ、それじゃ失ったとは言わない、四十年意識が戻ってないけど生きてるんだ。でもナサの親父さんケシが切っ掛けってやっぱり茶に関係してる事しか思い当たらない。同じく被害に遭って死んだ者は皆人族、それも客達でヒウツが知ってる者なんて‥‥‥まさか。
「ヒウツさん、あんたもしかしてデンボさんの親父さんと仲が良かったのか?」
「‥‥‥何故解った?」
「単純な引き算だよ」
「引き算?」
ナサの父親が切っ掛けだなんて茶の披露目の宴の一件しかないし、失ったってあの件で死んだツルギ領の者は全員加害者だ。子爵さんの弟とその取り巻き達が友なんて有り得ないから、思い付くのは集落に行商に来てた父親だけ。この事をヒウツに説明する。
「そうなるとデンボさんの親父さんしか残らないからな、でも意外だよ、ゴチェさんて人族だろ?」
「‥‥ゴチェは気の良い男でオイとも馬が合った、その男がアレを行い、それ以来オイは‥‥‥」
友と言うくらいなんだから馬が合う以上の仲だった筈で、その友が鬼人族達に毒を盛った実行犯と知った時はいくら脅されていたとは言え裏切られたと感じても不思議じゃない。人族であるケシが始めた茶の栽培が起点となり友であるゴチェが巻き込まれ、そのやるせない感情が人族を嫌う事に繋がり、子であるナサやデンボ達混血に対する態度も今みたいなったのか。
「‥‥‥‥‥どうすれば良いいのか、解らん」
「もういいよヒウツさん、悪かった」
話を持ち掛けたのは俺だがウツの心の傷をほじくる趣味は無い。
「でも次ナサさんと会う時はもっとこう建設的に頼むぜ」
「‥‥‥」
それからヒウツは口を開かず(どちらかと言えば元々口数少ない方だけど)黙々と俺の前を歩く。すると山の近くまで来たところで前からキョウー・ホウと思われる下半身が馬の男の姿が見え、その後ろに数匹の山馬が続いているのが見えた。
「無駄足だったようだぞ」
「迎えに来たんだ、間に合ったの方が正しいよ」
俺が手を振ると先頭のキョウー・ホウは当然?無視で、気が付いた他の領兵が隣の人物に山馬を寄せる。多分それは子爵さんで、俺が来た事を聞かされているんだな。
「フツ!」
「どうも子爵さん」
「‥‥ヒウツ」
俺とヒウツが立っている場所まで山馬を走らせた子爵さんは、ヒウツが俺と一緒に居るのが意外だったようだ。
「ヒウツさんに此処まで連れて来て貰ったんですよ」
「お前は傷を負ったと聞いているが平気なのか?」
「この通り元気です」
「この男と留め置いた猫娘のお陰で集落の娘を助ける事が出来た」
俺が答える前にヒウツが口を開く。
「随分素直に言うではないかヒウツ。その女性を解放したのもそれが理由か」
「‥‥‥」
「ふむ。それより森屋敷に居るシデの手が足りん、行ってやってくれるか?」
「‥‥‥元からオイは森屋敷に行くつもりだ」
「そうか、では頼む」
「うむ」
「ヒウツさん」
ヒウツが立ち去ろうとしたので声を掛けた。
「有難な」
「‥‥‥お前の言った事は考えておく」
ナサの事を言ってるんだろう、これで次また会っても喧嘩にはならない筈だ
森屋敷に向かうヒウツの背中を見ながら子爵さんが聞いてくる。
「あのヒウツが‥‥変わったのは気のせいか」
「別に変わってないんじゃないですか?」
「いや、今までのヒウツとは明かに違う。お前とその女性がそうさせのだろうな」
「ステトはそうでも俺は関係無いですよ」
あいつが体を張って心を開かせたんだ。
「とは言っても相変わらず無愛想だが」
「損な性格ですよね」
ヒウツはまだ葛藤を抱えているみたいだが少なくとも以前よりは歩み寄ろうとしている様に見えた。
次回更新は、10/13予定‥‥のつもりですが無理だったらごめんなさい。
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