①②⑨【外医】と【内医】
身分証明魔具を覚えていますか?笑
赤ら顔で酒の匂いがする権階医の男が俺に言う。
「要件を言え要件を、私は忙しい。薬か診察か?」
「酒を飲む時間はあるのかよ」
忙しいだぁ?どうせ奥に引っ込んで飲み直すつもりなんだろ。
「院社の(ヤック)中では飲まん」
「いや外でも駄目だと思うぞ」
しかし参ったな、いくら閑古鳥が鳴いてる院社とは言え、まさか酔ってる医者が出て来るとは思わなかった。折角足を運んだのに、この医者じゃ真面な話を聞けそうにない。
「どうする?」
「困りましたね‥‥」
この酔っ払いの医者が俺達の問いに答えたとして、果たしてそれが信用出来るかどうか。カーラも迷ってるみたいだ。
「冷やかしか?此処は院社で井戸端会議する所じゃないぞ」
「院社は居酒屋でもねぇよ」
「上手い事返したな、よし話を聞いてやる」
「その乗りが酔ってる証拠だってーの!」
「いいから言え!何の話だ?」
面倒くせぇなこの医者。
「『薬』の事で少し聞きたい事があるのです」
「『薬』?」
半分諦めた俺とは違い、彼女は取り敢えずでも聞く事にしたみたいだ。
「何の『薬』の事が聞きたいんだお嬢さん?」
「『コセ・ポーション』の事でお伺いした事が有ります」
「ダメだな」
即答しやがった、もしかして何かを知ってて隠すつもりか。
「話せって言ったのはそっちだろ、何か不味い事でもあんのか?」
「ある」
「は?」
これも即答だったが、どうやら俺が思った怪しさだからじゃない。
「俺は【外医】だ」
一応の上司は権階医となってるが真階医との医療的立場に上下はないらしい。それに体の外側を専門とする【外医】と内側を専門とする【内医】を置く決まりで、権階医と真階医のどちらでもいいのだが、片方が【外医】ならもう片方は【内医】になると聞いた事があった。
「傷を治す類の薬しか、俺では詳しい事は答えられん」
「『コセ・ポーション』は【外医】の専門外か?」
「そうだ」
「参考までに聞かせてくれ、【外医】が専門とする薬ってどんなのがあるんだ?」
「主に『抗炎薬』『消毒薬』『軟膏薬』だな」
「それだけ?」
「他にもあるが、取り敢えずそれだけ扱えれば十分だ」
「本当かよ」
取り敢えずって、何か適当過ぎるぞこの酔っ払い医者。
「心配するな、怪我をした時は診てやる」
「絶対あんたの世話にはならねぇよ」
酔った医者に傷を弄り回されるとか、自分で何とかした方がマシだ。
「それでは【内医】のお医者様は今何処に?」
「奥で横になってる」
「え?お体が悪いんですか?」
「ん?あぁそうじゃない」
「もしかしてまだ寝てんのか」
「朝方まで読書してたからな」
「本当に大丈夫なのかそれで」
「何がだ?」
「あんたもだけど、その【内医】がだよ」
「心配するな、こう言っちゃ何だがアイツは医療知識だけは誰にも負けん」
でも普通営業中に寝てる医者なんて有り得ない、そもそも起こせよな。
「どうするお嬢さん」
「宜しければその方を起こして頂けますか?」
「解った。おいお前、薬を盗むんじゃないぞ」
「いいから早く起こしに行ってくれ」
酔っ払いの中年権階医が奥へ消えると俺はカーラに感想を言う。
「あれを見る限りじゃ、十五年前までの医者達と違って出世の為に金を稼ぐつもりなんてさらさらないんだろうぜ」
「勤務中にお酒を飲むのはどうかと思いますが、ええあの方にそんな気はなさそうですね」
「それに真階医も寝てるくらいだから野心は無いと思って良い」
「‥‥でもその真階医の方はどうして知識に長けてるんでしょう」
「それが怪しいって?」
「失礼なのかも知れませんけど、ええ」
「でも亜人族への診察を再開しない限りはもう金は稼げないぞ?」
「それ程の医療知識があるなら何か別の方法を考え付いたのかも知れません」
「今でも稼ぎが評価に繋がるなら、いくら知識を持ってても無駄じゃねぇのか?」
出世を望むのは悪じゃない、問題はそのやり方だ。四十年前に居た真階医の様に、毒か何か解らない『薬』を生成して稼ぎ、その後も自分が生成したその薬を飲んだ者達を生かす為に『薬』を買わせ続けて稼いだ卑劣なやり方は当然許せない。カーラは子爵さんと俺の話を聞いて先入観で医者の事を疑う様になっているのかも知れない。
「それにしてもこんなに不用心だと本当に盗まれても文句は言えねぇよな」
「でもこれじゃ盗んでも大したお金にはなりませんね」
待ってる間に改めて棚に並んでいる薬類を見ると、『鎮痛薬』『栄養薬』『滋養薬』『筋向上薬』など、直ぐ手に取れる棚に置いてるくらいだから安価な薬ばかりだった。
「フツさんが王都に居た時は身分証明魔具をお持ちだったんですか?」
「捕まる前は普通に持ってたぞ」
身分証明魔具には医療記録や処方箋の記録が残り、どの院社に行っても一から説明する手間が省ける。又、犯罪絡みと思われる駆け込み患者に対して王都は近衛兵に、それ以外の土地では領兵に直ぐに連絡が入る仕組みになっていた。因みに犯罪を犯して奴隷になると身分証明魔具は没収、その情報は奴隷の首に付けられる付輪に奴隷情報と共に受け継がれ、奴隷を解放されても住もうと思う土地の領主の許可が下りないと身分証明魔具の再発行は出来ない。加えて再発行には高額な補償金を要するので一旦奴隷に落とされた犯罪者達が、刑期を終えてモグリのままなのは仕方のない事だった。
「今の俺はモグリだから気軽に院社の世話になんかなれないけど、薬師にってのもなぁ」
「そんな時の為の薬師でもあるんですが、中には信用出来ない者もいますからね」
身分証明魔具((マエマ)を所持していないモグリに対しての治療費は高く設定されていて、その理由は身元が解らない患者は犯罪者かどうか知る術が無い、要は信用が無いって事だ。一方、身分証明魔具が無くても誰でも診てくれてる薬師はモグリや金の無い庶民などに重宝されていた。ただ医療の腕には差があり、尚且つ気に入らない奴は診ない、何て事も普通にある。
「奴隷とかモグリを相手に吹っ掛けるってのも無理そうだし、何で移動しないのかな」
「やはり何か企んでると思いますか?」
「ま、その真階医を見て判断しようぜ」
豊富な医療知識を持ってるって事は勤勉な医者なんだろう、真面目な医者だったらそれはそれで歓迎すべきだ。
次回更新は、調子に乗って明日9/6か、無理でも9/7に更新予定です。
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