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作者: 松岡 涼介

 布団の中で、【株式会社大野テクノロジーズ 口コミ ブラック】 と検索した智哉は、スマホ画面に表示された様々な口コミサイトを次々と読み進める。

 ◆

 去年の十二月に早期選考で内々定を獲得した智哉は、周りがこれから本選考を受け始める時期に就職活動を終えた。第一志望からの内々定を地元にいる家族は大いに喜び、年末に東京から帰省した智哉の内定祝いをしてくれた。

 智哉が内々定を獲得した第一志望の企業は、東京の日本橋にある受託開発メインのIT企業「株式会社大野テクノロジーズ」である。中小企業ではあるが上場しており、残業もほとんどなく完全週休二日制。九月に参加した夏インターンでは、きれいなオフィスに優しい社員が多いと社内の雰囲気は最高だった。給与は特別高いわけではないが、平均並みにはあり、世間一般に言われる「ホワイト企業」の一つだと智哉や思った。

 夏インターン後、入念な対策を行い、三回の面接を受けて、年内に早期内々定の連絡を受けた。

 年明けにこのまま就職活動を続けるか悩んだが、夏からずっと第一志望であった企業からの内々定を目標に頑張ってきた智哉は、その達成感から早々に就職活動を切り上げた。

 しかし、喜びが冷め始めた二月中旬現在。春休みに突入した智哉は、大手企業や超ホワイトといわれる大企業など多くの有名企業にエントリーをしていく大学の友達、バイト先の同期を見て自分の選択に不安を感じていた。本当にこの企業に入社を決めてよかったのかと。

 ◆

 二月下旬。ここのところ智哉は寝る前にもう一人の自分と会話をしている。

「いやいや、頑張ったからこそ早期でいいところから内々定をもらったじゃないか」

「でも本当にそこはいい企業なのか」

無駄だとわかっていながらも、不安が脳内を飛び交う。寝付けない智哉は眠りにつくことをあきらめ、布団の中でスマホの画面を照らし、就活サイトの企業検索に入力を始める。【大野テクノロジーズ】

「座談会で社員が残業はほとんどないって言ってたじゃないか。実際に、就活サイトでも残業時間は少ないし」

「でも、それはサービス残業をさせているからでは」

就活サイトを閉じウェブ検索画面を開く。【株式会社大野テクノロジーズ 新卒募集要項】と入力する。

「初任給も別に平均並みにあるじゃないか」

「給料がよくてもすぐ辞めてしまうような職場環境じゃ意味がないだろ」

新卒社員の離職率を調べる。

「よかった、直近三年の新卒離職率は低い」

「すぐにやめられない環境なだけじゃないか」

「そんなこと考えたって意味がないだろ。大丈夫。ネットに乗ってる情報はどれもいいものばかりだ。入社してからじゃわからないことは、この企業に限らずどの企業に入社を決めたところで同じじゃないか」

智哉はわかっている。今していた自分の行動に意味がないことを。入社前に知ることのできる企業の実態には限度があることを。それでも頭の中によぎってしまう。もしとんでもなくブラックな企業だったら。

 智哉の消化できない不安は毎晩確実に大きくなっていった。

 ◆

 ファミレスでバイトをしている智哉は、締め作業を終え日付が変わるころ帰路についた。昼間は冬の終わりを感じさせるほどの気温だったが、夜はそんなことは無かったかのように鋭く冷たい空気が頬を突き刺す。今日も同期でバイトに出勤していたのは智哉だけだった。余計なことを考えないようにポケットからスマホを取り出したとき、電話が鳴った。壮太からだった。

 壮太は中学からの親友で高校は別々になったが、智哉が帰省するときは二人で遊ぶ仲だ。壮太は地元の工業高校へ進学し、卒業後地元のメーカーに就職している。現在社会人三年目だ。

「もしもし」

「おう、元気か」

 壮太は年末に地元で内々定をもらったことを伝えると、家族と同じように喜んでくれた。

「ああ、元気だよ。どうしたんだよ急に」

「来月中学の同窓会しようってなっててさあ。大学進学した奴らは就職活動だから忙しいだろうけど、久しぶりに参加できる奴らだけでも集まってしようってなってて。お前就活終えてるじゃん?参加するかなあって連絡したんやけど」

そういう壮太の声はどこか楽しそうだ。参加することを伝え、日程や場所、参加するメンバーの確認をする。

 なんとなく東京の大学生、都会で働く社会人というものに憧れ、東京の大学に進学した。しかし、智哉はその選択に自信を持っていた。智哉の通っていた高校は多くの学生が地元、もしくは隣の県の大学に進学しており、関東の大学に進学する者は少なかった。だからこそ智哉はどことなく優越感があった。周囲に流されず自分で自分の人生を決断したということを。ところが今は違う。これからの未来の選択に不安を感じている。高校生の頃と同じ、将来の選択であるにもかかわらず、自信に満ちていた当時の自分とは真反対だ。

 確認を終え電話を切ろうとした壮太に思わず口が開いた。

「壮太」

「なに?」

少し驚きつつも聞き返してくれる。

「お前、今の会社どうだ」

「どうって?」

「いい会社か?大変じゃないか?」

「どうしたん?急に。あんま智哉らしくないなあ」

少し笑いながらも壮太は丁寧に答えてくれた。

「大変ではあるな。時間ないし。繁忙期は残業当たり前だし。自分のミスで売り上げに影響が出ることもあるから責任あるし。うちの会社大卒も入社してくるからさ、俺のほうが先輩なのに給料あんま変わんねえし」

「そうか」

智哉は驚いた。二人で遊ぶときはたまに上司の愚痴などを聞くことはあったが、基本壮太は会社に関しては面白かった出来事ばかり話していたからだ。

「お前、今働いてて楽しいか?」

そう尋ねる智哉壮太は言った。

「まあ楽しくはあるかなあ。たまに同期と仕事終わりに飲んで上司の悪口言い合って笑ったり。金貯めて自分で車買ったり。彼女はいねえけどな。仕事も大変だけど、優しい上司もいるし、毎月の給料日楽しみやし」

電話の向こうでニヤニヤしている壮太の顔が浮かぶ。智哉はアパートの近くにある公園のベンチに座った。

「お前、働くの不安なんやろ」

「まあ、少しな」

「まあわからなくもないで。俺だって中学の同級生が大学とか専門学校に行く中で就職するって選択した時は不安やったからなあ」

「でも壮太は自分の選択に後悔とかしてないだろ?それはなんでなん?」

「そりゃあ、自分で選択したからじゃねえかなあ」

風に吹かれたブランコが少しだけ揺れた。

「当時自分で悩んで、必死に考えてした選択だから後悔してないな。まあ俺の会社が超ブラック企業じゃなかったってのもあるけど。それでも、周りに言われたからとか流されたからじゃなくて、当時十八年生きてきた自分がした決断だからその自分を信じてあげる。もしそれが間違いだと感じるんだったら、将来その決断が間違いじゃなかったと思える選択をすればいいだけだよ」

自分を信じてあげる。間違いじゃなかったと思えるを選択をすればいい。

 智哉はこれまで自分のした選択で今後の人生のすべてが決定してしまったと思い込んでいたことに気が付いた。

 そうじゃない。これからの未来にも多くの選択が待っている。ある時は失敗だと思っていた選択でも次の選択によって結果良かったと思える事だってあり得る。当然だ。無責任じゃないか。数年後の自分が今の自分によって人生が決まり切ってしまうというなんて。

 ブランコはまだ揺れ続けている。

「俺、今結構かっこいいこと言ったくね?」

何も返答しない智哉に恥ずかしくなったのだろう。ふざけたように話す壮太に智哉は言った。

「それな」

 電話を終えた智哉は立ち上がりアパートに向かった。ドアを開けると外より少しだけ温かい空気が全身を包み始める。今夜はすぐに眠りにつけそうだ。

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