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『ライオンとネズミと速記と反訳』

作者: 成城速記部

 ライオンが寝ていると、ネズミがぶつかってきました。ライオンが左前足で尻尾を捕まえ、まさにネズミを食べようとしたそのとき、

「待った。ライオンさん、私を今食べるのは損ですよ」

「ほぉ。どういう意味かね。もっと太らせてから食べるのがいいということか。そのためにはお前を食べさせてやらねばならぬ。あるいは逃がしてやるしかない。要は、それがお前のねらいだな」

「まあ、逃がしてほしいのは事実ですが、あなたのお役に立つというのは、おなかを満たすということではありません。第一、ネズミなんて、大きくなったって、猫の大きさにはなれません。おやつにもなりませんよ」

「確かに、ネズミで腹を満たすのは大変そうだ。しかし、どうやって役に立つというのだ」

「いや、まだそこまでは考えていないんで、言えないんですけど、これは投資だと思うんです。今食べちゃったら、そこまでの話。今食べないで、大きく育てて、大きな果実を収穫すれば、それが将来の利益です。仮に、仮にですよ、大きく育てられなかったとして、今食べちゃったときに得られるものが小さいのですから、失うものも少ないのです。つまり、今食べる利益は小さく、今食べない損失は小さい。一方、将来得られる利益が大きいことが期待できるのですから、ここは、投資すべきです。おわかりでないならもう一回言いましょうか」

「いや、いい。たまたま今は、そんなに腹を空かせていたわけではないので、お前を逃がしてやることにする。どういうふうに役に立ってくれるのかはわからないが、役に立ってくれたときに、この決断がいいのかどうか考えることにしよう」

 ネズミは許してもらえました。小さくてよかった。シマウマだったら、だめだったでしょう。お父さん、お母さん、ネズミに産んでくれてありがとう。

 問題は、どうやって役に立つのかです。このまま逃げてしまうのと、どちらがいいかです。仁義からすれば、ライオンの役に立つべきですが、何も思いつかなかったら、逃げるというのが、費用対効果が最も高くなりそうです。

 ネズミは、ライオンの観察から始めました。ライオンが苦手なことを見つければ、それをしてあげればいいのです。

 ライオンは、速記をしていました。百獣の王と呼ばれるゆえんは、ここにあります。動物界の王が、速記もできないなんてあり得ません。しかも、ただ速記をしているだけではいけません。速記界の王に君臨してこその百獣の王です。毎年優勝とは言わないまでも、何年も何年も速記大会で優勝できないということではいけません。

 ライオンは、だんだん歳をとってきて、反訳の失敗が多くなっていました。この日の大会でも、空読みを反訳してしまったり、原文帳一枚分反訳し忘れたり、ぐだぐだでした。ただし、速記というのは、ミスゼロを出せば、文句なしの優勝です。ライオンは、全身全霊をかけて見直しをし、ミスを一つ一つつぶしていきました。反訳終了一分前、ライオンは、恐らく最後の一つと思われる用字例ミスを発見しました。送り仮名が一文字多いのです。よし、これを直せばミスゼロだ、ライオンがそう思ったとき、うっかりと消しゴムを落としました。落ちていく消しゴムがはっきり見えました。しまった、間に合わない。ミス一でも勝てるかも知れないけれど、たった一つのミスの差なのに、格好よさが全然違う、この一文字を消したい、でも消しゴムが…。ライオンがそう思ったとき、何かが目の前を飛び込んできました。もちろんネズミです。これがネズミじゃなかったら、このお話はまだまだ続くことになってしまいますが、それほどの話じゃありません。

 ネズミは、前歯で、一文字多い送り仮名を、薄く削りました。昔で言うところの砂消しゴム的働きです。

 結果は、ライオンがミスゼロで優勝でした。百獣の王の面目躍如です。ちなみに、この送り仮名は、用字例通しだったので、ネズミの行為は、勝敗に関係なく、したがって不正でもありませんでした。

 物語の終わりに際し、気になるのは、このとき以降、ネズミの姿を誰も見たことがないということでした。



教訓:物語の解釈には、いろいろあっていい。

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