魔物降臨 5
「フォレアスおじさん、様子はどう?」
フォレアスタークの隣に着地すると、リサは空の魔法陣を見上げる。地上に降り注いでいる核の数は昼間よりも少なく、1分に2、3体程度だ。しかも、今の今までフォレアスタークが空中の核を無力化してくれていたお陰で、街に残る魔物も10体を切っている。
流石は、400年程前に大戦を終結させた勇者パーティの一員だ。リサは普段のフォレアスタークを思い出しながら初めて、フォレアスタークを凄い人物だと思い知った。
「思ったよりもあの魔法陣は不完全の様じゃ。周囲の魔素量も足りておらぬ様じゃし、これであれば、魔法陣の破壊も出来るやも知れぬ」
フォレアスタークは左目の観察眼を淡く光らせ、空に浮かぶ虹色の魔法陣を見詰めながら、ある提案をする。
「リサよ、儂の代わりに空中の核の無力化を頼めるか。儂は、あの魔法陣が大物を召喚する前に、時空魔法を編み上げて魔法陣の破壊を試みる。10分で良い、時間を稼いでおくれ」
その提案は、この地獄を、信じられない程簡単に終わらせることの出来る物だった。リサの魔力は、魔物の核からかなりの量を吸収していた事もあり、戦闘前よりも内包量が増えて有り余っていた。
10分程度であれば、一切の支障無く魔法を編み続けられる。核から肉体を剥がす事は勿論の事、地上へ落ちる時の対処や後始末まで、数時間は余裕で続けられるだろう。
「……分かった。すぐ変わる?」
「頼む。術式を編んでおる間儂は動けんが、手下共がどうにかする故、気にせんでよいからのぅ」
リサとフォレアスタークは互いに頷きあうと再び空を見上げ、リサはその場から飛び立ち、フォレアスタークは翠の魔法陣を掻き消した。
その瞬間、リサの首元から飛び散る火花は更に苛烈さを増し、リサ自身を煌びやかに輝き立てる。
リサは下を一瞥し、フォレアスタークが魔法陣を編み始めた事を確認して虹色の魔法陣に視線を送る。すると、空中の魔法陣の中央。自分のほぼ真上に白い線が浮かび上がり、虹色の魔法陣の上に重ねる様に、白い魔法陣を描き始めた。
「時空魔法って、本当に便利だよね……私も使えたら核の対処が楽なんだけどなぁ……」
自分が時空魔法を扱えない事に口を吐きながらも、リサは地上に降り注ぐ核目掛けて火魔法を飛ばし、核を覆い尽くす。そして、肉体の生成を諦めて魔素の放出を始めるのを確認すると、火を霧散させ、火魔法の高熱に当てられて自然発火した木材を、水生成で覆い尽くして酸素の供給を断つ。
10分。長い様で短い様で、あっという間に過ぎ去った時間は、気を緩めるには十分な長さだった。
シオン魔導学校の制服に身を包んだ青年。リサの視界の端に突如現れたその者は、何故か屋根の上を歩いていた。その手には、上空にいるリサから発せられる火花の光を反射する“何か”を持って。
「フォレアス!後ろ!」
反射的に走り出した青年の前に、リサは氷剣を突き刺した。遅れて、その声に反応したフォレアスタークの手下が屋根の上に飛び上がり、たたらを踏む青年を左右から取り押さえ、顔を屋根に押し付ける。
「離して下さい!僕は何もするつもりはーー」
「何もするつもりも無い奴が、そんな台詞を吐く訳無いだろう!」
青年は苦し紛れの言い訳をしたが、自分を取り押さえる男性に反論され、顔を引き攣らせながら呻き声を漏らした。
自分の後ろで騒ぎが起きている中、フォレアスタークは一切そちらに気を掛ける事無く、魔法陣の描き出しに集中している。それを見たリサは、動けないとはそういう事かと心の中で納得しながら、念の為、高度を落としてフォレアスタークの斜め後方に浮く。
「後ろ振り返ったら顔蹴るからね」
「その冗談に冗談で返せる程の余裕は持っておらんぞ」
「冗談じゃ無いから。……で、予想はしてたの?」
何を。それを言わずとも通じる筈だ。リサは、後ろで組み伏せられた男性生徒に視線を送りながら、フォレアスタークにそう尋ねた。
フォレアスタークは何処か悲しそうに、深く長い溜息を吐くと、頷く。
「……うむ。協力者が教員でなければ、生徒以外に選択肢はあるまい。……教員で無かっただけ良いと考えるべきか、生徒を調べずに居た己を罰するべきか。……両方じゃろうかのぅ」
後ろから聞こえる乾いた笑い声を聞きながら、何故か此方に大口を開けながら固まる男性生徒に違和感を感じ、リサはゆっくりとフォレアスタークの背後に降り立つ。その姿を見て、眉間に皺を寄せた男性生徒の顔に見覚えがあったリサは、それを確かめる様に彼の名前を呟いた。
「……べフィー?」
瞬間、彼の瞳が大きく開かれると共に、口内から何かが勢い良く飛び出して来た。
後ろに魔法陣を描いているフォレアスタークが居るので避ける訳にも行かず、空中から降り注ぐ核を相手に魔法を行使しているので、飛来する“小さな針”に対して魔法の意識を割く訳にも行かない。なので、氷翼で自分を包む様に、その針を弾き飛ばした。
そこで漸く、男性生徒を取り押さえていた手下達は、彼が何かしたのだと察知し、頭を屋根に思い切り叩き付け、彼が意識を失うまでそれを続けた。
粘性のある水音と、固い物がぶつかり合う音。最初の内は、べフィーも苦痛に満ちた呻き声を上げていたが、今は手を動かす事すらしていない。
「……リサ、もう完成するぞ」
「分かった」
リサは、先程まで見知った顔だった男性の顔から目を逸らして、虹色の魔法陣に重なる様に出来上がった、半分程の大きさの白色の魔法陣を見上げる。
その魔法陣は強い光を発しながら、まるで昼間の様に崩壊した街を照らしあげると、その光と共に虹色の魔法陣の一部を消し去り、空に黒い穴を開けた。
瞬間、虹色の魔法陣は金属を引っ掻く様な甲高い音を発しながら砕け散り、周囲の魔素の干渉を止め、地上に垂れ流して周囲を晴らした。
「……終わったの?」
「……うむ」
呆気ない。リサが最初に思ったのは、脅威が去った事に対する歓喜や、大勢の人々が犠牲になった悲哀では無く、これで終わってしまったのかという“虚無感”だった。
たったこれだけで。たったあれだけの時間で。たった一つの魔術で。終わる事の無いと言われた地獄が終わってしまった。
「くだらない)
言い掛けた言葉を呑み込みながら、その続きを心の中で吐き捨てる。
こんなあっさり終わるのであれば、最初から出来たではないか。手下に周囲の魔物を任せ、ビルと協力して、核の無力化と魔法陣の破壊を同時に行えば、こんなに犠牲者を出す前に終わらせる事が出来ただろう。リサは、自分の表情を誰にも見られない様にその場から飛び上がり、詰まった声でこう伝える。
「……残った魔物の討伐と、瓦礫に埋もれた人の救助に行ってくる」
「待つんじゃ。此方は終わっても、西北の魔法陣は未だ起動中じゃ。辺りの魔物は儂の手下に任せ、儂とお主はビルの元へ向かうぞ」
「…………分かった」
リサは一度、深呼吸をして身体の余分な力を抜くと、顔から表情を消してフォレアスタークの隣に降りる。
「……リサよ。先に言っておくが、魔道具の起動範囲内に冒険者ギルドがあれば、これでは済まなかったぞ。それに加え、お主が数時間も魔物の核から魔素を奪い続け、この場の魔素量を減らしたからこそ、魔法陣に解れが生まれたのじゃ。最初から魔法陣を消せた訳では、決して無い。お主が居たからこそ、この短時間で魔法陣を破壊出来たのじゃ」
フォレアスタークは、リサの心の内を見透かしたかの様に、魔物召喚の魔法陣が破壊出来た理由を淡々と伝えた。
リサはそれを聞いても、一切表情を浮かばせない。そして、その言葉を否定する様に、自分の考えた魔法陣の対処法を伝えた。
「それなら、肉体を剥がした核を、魔法陣の範囲外に転移させて、その先で魔素の処理をやれば済むでしょ?ビルと協力して、フォレアスおじさんが核の無力化を、ビルが遠見を使用しながら核と一緒に転移を。なんで最初からそうしなかったの?」
「……正直に言おう。あの場で、その考えが咄嗟に出なかった。それにじゃ、それ以外にも理由はある。それを行えば、片方の魔法陣の周囲に居る者達を全て見捨てる事になり、溢れ出た魔物が他の区画も襲い始めるからじゃ。最初に頭を過った考えはそれじゃよ」
その、最もな理由を聞いたリサは、奥歯を噛み締めながら俯き、フォレアスタークに対して謝罪する。
「……ごめん。ちゃんと考えて無かった」
「よい。お主が居らねば、いずれはそうしておったであろう。その場合は、死人で山が築かれる事になっておったがのぅ……。リサよ、氷鳥を創って西北へ飛ばしておくれ。ビルの元へ向かうぞ」
そして、リサ達は氷鳥が映し出した先、フォースオート学院にある、一番高い建物の屋根の上へ転移した。
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