魔物降臨 4
「た、助けてくれ!俺達じゃ歯が立たねぇ!」
「死にたく無い死にたく無い!おいお前!俺達を助けろ!」
自分達に走り寄ってくるリサの姿を見て、脇道から大通りへ逃げてきた男性位冒険者達は、逃げやすい様に武具を捨て、助けを求めて命乞いをしながらリサの方へ進路を変える。
「馬鹿!こっちは駄目!一般人が居るから反対へ逃げて!」
リサは男性達にそう叫ぶが、彼等は足を止める様子を一切見せない。それどころか、リサのその話を聞いて嬉々とした表情を浮かべて、信じられない事を口走る。
「おい、聞いたか!このままソイツ等に擦り付けて逃げ切るぞ!」
「悪いなガキ!お前も犠牲になってくれ!」
「ふざけ……!」
彼等の言い分に顔を怒りで歪めながらも、入れ替わる様に彼等とすれ違った瞬間。脇道の建物が崩壊すると、砂埃を立ち込めさせながら瓦礫を勢い良く飛散させて、鶏型の魔物が大通りに姿を現した。
それだけでは無い。鶏型の魔物の足元。砂埃が噴き出る様に線を描いたと思うと、人型の魔物が途轍もない速度で飛び出して来た。
「やばい!真正面は流石にーー」
リサは咄嗟に勢いを殺して立ち止まり、氷剣を構えながら、自分の頭上にもう一本氷剣を創り出して、迎撃体制を取った。
だが、そんなリサを人型の魔物は無視して右側を通り過ぎると、リサのすぐ真後ろ。背中を向けて逃げる冒険者の片方に襲い掛かる。
「なんで俺にぐーー」
何か言い掛けた男性冒険者の頭を、人型の魔物はまるでトマトの様に握り潰す。
「うあぁぁぁぁ!!やめろやめろやめろぉぉぉぉ!!」
それを見て、一緒に逃げていた男性は叫び声を上げながら進路を直角に変えて、再び脇道へ逃げ込もうとする。が、運悪く、鶏型の魔物が吹き飛ばした瓦礫が、逃げ込もうとした脇道に飛来し、その男性冒険者を肉片に変えた。
彼等の行動に腹を立てていたリサも、彼等の死に様に顔を顰め、気を取り直す様に人型の魔物に向き直る。
「……え?」
情けない声が漏れ出る。あり得ない、意味が分からないと、頭が混乱して、無意識に動きが止まり構えが解ける。
人型の魔物の顔。血濡れた右の掌を上空に掲げながら、顔に赤い液体を滴らせるその表情は、目尻に皺を作りながら瞼を細め、唇を三日月の様に歪めながらーー恍惚そうに下卑た笑みを浮かべている。
人間染みた魔物の表情。その、“殺しを楽しんでいる”様な表情に、リサは凄まじい悪寒を覚えた。
「まさか……意思があるの?」
人型の魔物は空に掲げた手をゆっくりと下げると、リサには見向きもせずに避難を始めている先程の冒険者達に顔を向けた。
それを見たリサは出し惜しみは出来ないと考え、魔力を大量に使い、人型の魔物を堅牢な氷壁で覆い囲む。
それに対し、人型の魔物は明らかに不機嫌な表情を浮かべると、振り返ってリサを睨み付ける。いや、リサの目にそう映っただけで、実際に顔色は変わっていない可能性もある。だが、その表情を見たリサは息を呑み、氷剣を強く握り締めた。
この時、リサは人型の魔物の異常行動に意識を取られすぎており、周囲の状況を把握出来ていなかった。人型の魔物の後方で、此方から距離を取る冒険者と一般人達の姿が見えていたので、彼等の把握はしていた。が、自分の真後ろ。完全な死角に意識が入っておらず、且つ奴の存在が頭から抜け落ちていた。
一瞬の爆音に、身体全体を痺れさせる程の空気の振動。
無音の世界に閉じ込められたリサは、耳と鼻から血を噴き出すと、糸の切れた操り人形の様にその場に崩れ落ち、水中の中で踠く様に地面をぬたうつ。
焦点の定まらない視界に、激しい頭痛と吐き気。振り回される身体は自由が利かず、実質的に五感を全て奪われた状態。
そんな中、第六感がけたたましく警笛を鳴らす。
天と地が分からない状態で、自身の周囲に氷壁を張り巡らせる。その瞬間、色彩が混ざり合う視界の色が、紫単色に変化した。
何が起こったのか分からずに困惑しながらも、次第に取り戻していく五感に意識を集中させる、すると、空気を歪ませる様な音と共に氷壁が幾度も軋み、その原因が、鶏型の嘴による攻撃だと理解した。
多少の気怠さを覚えながらも、完全に取り戻した五感を確かめる様に、瞬きや掌の開閉を繰り返し、リサは氷剣を構え直すと自身を囲う氷壁を霧散させた。
人型の魔物はまだ氷牢の中にいる。冒険者達は既にこの場から逃げ、生存者は周囲に居ない。
リサはその場から飛び退き、鶏型の魔物の攻撃を避けながら、雷魔法を放つ。
激しい閃光を放つ雷撃は、鶏型の魔物の実体化した肉を黒く焦がしながら自由を奪い、地面へ流れ出る。
そして、地面を四方に這う雷撃の余波は、男性冒険者達の死体に襲い掛かると、血肉から芳しい香りと共に煙を立たせた。
氷牢に閉じ込められた人型の魔物にもその余波は届いており、氷壁を殴る手を止めさせると、棒状に硬直させた。
リサは、身体から炭化した羽を落として、皮を黒く収縮させる鶏型の魔物の胸部を、砕く様に斬り裂いて核を露出させる。そして、内包された魔素を自身の魔力に置き換えて、魔物の肉体から引き抜き、魔力を吸い上げる。
「核の中の魔力量……結構あるっぽいなぁ。さっきまで怠かったのに、今は身体が軽いもん。これなら、核さえ手に入れれば、魔法を連発しても問題無いかも」
とは言ったものの、霧散した魔力は時間が経てば魔素へ変わる為、空に浮かぶ魔法陣の事を考えると、無闇に連発する訳にも行かない。
それでも、複数体の魔物を相手取る場合に余裕が出来る事は有り難い。
そう考えながら軽くなった肩を回して、氷牢の中で未だに身体を硬直させている人型の魔物に近づくと、氷牢に触れ、内側の壁の表面に氷の刃を無数に創り出す。
そして、壁を這う様に氷の刃を高速で回転させながら、氷牢を狭めていき、人型の魔物の四肢や肉を削ぎ落としていく。
最終的に濃紫の血肉で挽肉を作り上げると、氷牢を霧散させて、唯一形を保っている核を拾い上げ、魔力を編み上げる。
その核を、先程魔力を吸い取った中身が空の核と融合させると、剣の形に変形させた。
「取り敢えず、この付近の魔物は倒したかな?逃げ遅れた人も居ないし……よっと」
リサは地面を蹴り付けて上空へ飛び上がり、核剣を右手に、2本の氷剣は自分の左右に浮遊させて、周囲を見下ろし索敵を始める。
北に向かった魔物の姿は無い。周囲の魔物も、この場に来た時点から殆どこの場に集まっており、唯一離れた場所に居た2体の魔物も、たった今倒した。
東にある街を囲う煉瓦塀の方はあまり魔物の姿は無く、西の大通りの方は魔物の数は多いものの、冒険者達の数も多いので、戦況は冒険者側が優位にいる。
であれば、自分が向かう場所は魔物が点在する脇道。逃げ遅れたものを救い、且つ戦況が悪い方へ傾かない様に、魔物の数を減らしていくのが最善だろう。リサはそう考え、魔物の数が比較的多い魔法陣の中央側、フォレアスタークが居る方角に戻りながら、人型の魔物を優先的に倒していく。
魔法で、氷剣で、煤で、核剣で。魔物を倒しては核剣を作り上げて、魔力を吸い出してから周囲の人々に渡していく。
それから、どれだけの時間が経ったのか分からないが、辺りは魔素とは別の原因で闇に閉ざされ、周囲の冒険者は松明を掲げ始める。
無慈悲にも訪れた夜。陽が落ちて、星明かりすら届かず、松明の灯りすら魔素の霧で阻まれる中。魔物の数は昼と比べて圧倒的に減ったものの、戦況は逆転し、次々と死傷者を増やしていく。
点々と色付くモノクロの世界で、戦闘開始時より魔力を蓄えたリサは四方八方に飛び回り、出し惜しみを一切せずに魔物達を爆散させていく。
そして、周囲に色を付けながら空に放たれた火球を確認すると、目の前の肉塊から核を引き抜き、再び飛び上がると魔法陣の中央、フォレアスタークのいる場所へ向かった。
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