魔物降臨 2
肉片は付いているものの、魔物の肉体から核を引き剥がす事に成功したリサは、生存者の確認をする為に周囲に視線を向けた。だが、視界の端で上がり始めた紫煙に反射的に首を動かす。
紫煙を上げているのは、肉体を失い活動を停止した筈の魔物の核。それを見たリサは一瞬だけ首を傾げたが、フォレアスタークの言葉を思い出し、手放した氷剣を浮かせながら慌てて右手を核に突っ込む。
「魔素を吸い尽くすって……自分が作った魔物の核からも吸い出すの!?」
それだけでは無い。辺りに散らばった肉片や濃紫の体液からも魔素を吸い上げており、この空間一体に紫煙が上がり始める。
それを歯噛みしながら見詰めるリサは、核の中で何度も掻き混ぜる様に掌を開閉しながら魔力を流し込み、中に含まれた魔素を魔力で編んで自分の物にする。
「これで……核の魔素は私の魔力になったから吸われない筈」
リサの言葉通り、核から立ち昇る紫煙は止まった。
それを確認すると核から手を引き抜いて、周囲の肉片に視線を移す。
もう殆どの魔素を吸い出されたそれは、腐肉の様に爛れ溶けており、先程までの弾力は無くして軽く触るだけでも崩れてしまった。
辺りに飛散した濃紫の血液は先程より赤みを帯びており、殆どを霧散させながらもより血液に近い見た目に変わっている。
「無限に湧き続けるみたいな事言ってたけど……こういう事ね」
リサは核を片手に抱えながら立ち上がり、周囲に生存者がいるか確認をする。
その時、瓦礫の下から飛び出ている左手が動いたのを確認して、下手に瓦礫を踏まない様に氷鎧と氷翼を創り出して浮遊しながらその左手に近付き、取り除いても問題無い表面の瓦礫を退かして励ます様に声を掛ける。
「ちょっと待っててね!周りを一回確認してから瓦礫を一気に退かーー」
木の板を退かし、石の壁を退かし、木片や石片の隙間から、左手の主人の顔を覗き込もうと、細かな石粒を風生成で吹き飛ばした。だが、そこ顔は無く、代わりに桃色で不透明なゲル状の何かと、それを赤くテカらせる粘性の液体が落ちていた。
リサが瓦礫を動かした振動の所為か、ゲル状のそれは近くの隙間から自身の分体を滑り落とし、辛うじて元の形状を保った部分を残して質量を減らす。
水面に何かを投げ込む様な音を聞いたリサは、口を閉ざして顔を上げる。
周囲に落ちている人であったソレ等。先程の戦闘中に巻き起こった暴風の所為で、肉塊の大半が挽肉に成り果てており、それは周囲に生存者がいない事を示していた。
「…………次、行かなきゃ」
リサは周囲の物体から眼を逸らし、そのまま上空へ飛び立つと、近くの脇道に居た魔物へ急接近する。
その魔物は鶏型の魔物より小さい。だが、鶏と違い手足があり、その先には5本の指が備わっている。恥ずかしげも無く晒す裸体は肥満体型であり、歩く度に腹肉が硬く揺れる。他の魔物ぼ様に体毛は存在せず、直に露出した皮膚は鬱血した様な色をしていた。
人型の魔物。力士の様な見た目のその魔物は、その巨体からは考えられない速度で走り回り、周囲の生人に襲い掛かる。そして、五指の揃った手足の先と自身の口元を赤く染め上げていた。
リサは先程回収した核を溶かして、自分の腕程の長さの剣を作り出すと、氷剣の代わりにそれを強く握り、人型の魔物に斬り掛かる。
背後から不意を突いた、目にも止まらぬ速さの一撃。加速した身体は、相手を斬り裂いても止まるつもりは無いと言いたげに加速を弱めず人型の魔物に肉薄する。
リサは自身の間合いに魔物を入れた瞬間、核剣を横薙ぎに払い敵の首を刎ね飛ばさんと掌に力を込めた。
その瞬間、人型の魔物の姿が掻き消え、下方向から胸部に強い衝撃が襲い掛かる。
上空に勢い良く跳ね上げられる体。喉から鉄の味の生温かい液体が込み上げ、吐き出したソレを意図的に業火で蒸発させる。
内臓が潰れた感覚。氷鎧を纏い、身体強化を発動していなければ、今頃胴体を失っていただろう。
どの内蔵が潰されたかまでは分からないが、身体強化のお陰で心臓と背骨は無事。であれば、動きに支障は出ない。
リサは自由落下を始めた体の体勢を立て直し、此方を見上げる人型の魔物に対して剣を構え直す。
周囲の人が離れていくのを横目に、段々と狭まる地面を無視して核剣を振り翳す。
人型の魔物はその場で体を半身にして剣撃を最小限の動きで躱すと、右足を振り上げる。
「ウフフ!」
それを見たリサは笑みを溢しながら、辛うじて残っている氷鎧を支えに氷翼を大きく広げて上空に退避した。
それと同時に魔物の左足の付け根で何かが動き、小さな閃光と爆炎を発しながら、人型の魔物の左足を斬り飛ばした。
「私の得意分野は正々堂々の正面戦闘じゃ無いんだよね。って、魔物に言っても言葉が通じるか知らないけど」
身体の支えを失い、足を振り上げた勢いで空中で、後ろ向きに回転する人型の魔物に話し掛けながら、核剣に熱を帯びさせて、人型の魔物の股から右脇腹に掛けて袈裟斬りする。
肉の焼ける音と共に鋼の様に硬い肉を焼き切る。が、剣の長さが足りず、切断する事は叶わなかった。
ただ、身体の半分以上の肉は断ち、内側に生成されている骨の様な魔結晶が露出してへし折れている為、右足は使い物にならないだろう。そう考えた時、リサは記憶の片隅に何かが引っ掛かる違和感を覚え、直後、悪寒を感じて咄嗟に人型の魔物に斬り掛かった。
熱を帯びた核剣は、氷剣と比べて魔物の肉を斬り易かった。氷剣よりも強度があるのも理由だが、大きな理由は、肉が核剣に触れた瞬間焼け焦げて弾性を失うからだ。
うつ伏せに倒れる人型の魔物の背中を切り刻み、肉を削ぎ落としていくと、人の頭程の核が肉に埋もれた状態で露出する。
それを確認すると、リサは人型の魔物の両腕を斬り飛ばして、身動きを封じてから、肉に埋もれた核に左手を突っ込む。
核の内側を掻き混ぜる様に何度も掌を開閉させて、強い指示性を持った魔素を書き換える為に、無理矢理核に自分の魔力を流し込む。
そして、核が内包する魔素を全て自分の魔力に編み直すと、魔力操作を使い肉体から液状化した核を引き抜いた。
動きを止めて魔素を吸われ始めた肉体は放置する。肉体にまで魔力を流していたら、それこそ魔力が持たないと考えた為だ。
溶かした核は核剣に融合させて、剣幅を倍の幅に増やす。だが、倍に増えたからと言って、元が片刃の細い氷剣と大差無い幅だった為、普通の両刃の剣と変わらない。
リサは氷剣を左手に、赤みを帯びた核剣を右手に、周囲に居る生存者の確認を始める。
逃げ遅れた母子の傍で、唯一生き残れた1人の男性。彼は頭を握りつぶされて絶命した自分の家族だったであろうソレを抱きしめて、服を赤く濡らす。
声を上げず、ただ黙って涙を流す男性に、リサは真後ろで足を止めると、声を掛けるのを躊躇った。
「………………逃げるよ。お兄さん」
考えて考え抜いた結果、出て来た言葉はそれだけだった。だが、それだけで十分な筈だ。今なら逃げられる。それを伝えるだけなら、その一言だけで十分な筈なのだ。
男性は動く様子を見せない。声が聞こえなかったか、聴覚を失っているのか。その判断が出来ないリサは、仕方無く男性の赤く濡れた肩に手を置いた。
「早く逃げるよ……早く……」
何度も肩を揺さぶるが、男性は首を横に振り、一切立ち上がる素振りを見せない。
「お願いだから、ね?逃げようよ。確か、すぐ近くに下水道に入れる細穴があった筈……」
リサは氷剣を宙に浮かせると、男性の腕を掴んで無理矢理死体から引き剥がし、人々が逃げていった地下へ続く細穴の方へ引き摺り始める。
男性は何度も止めてくれと叫びながら、必死に死体に空いた手を伸ばして泣き喚く。いくら足掻いても、身体強化を行使した相手の腕を、生身の人間が振り解ける訳が無い。叩こうが、引っ掻こうが、噛みつこうが、傷付く事は決して無い。ただ、リサは男性のその反応に心を痛める。
自分が魔物に不意を付けた理由。それが、あの母子の犠牲のお陰で生まれた隙が理由だと、知っていたから。
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