魔物降臨 1
フォレアスタークは顔色を一切変えずに、リサ達に迅速に指示を出す。
「ビル、お主は貴族街へ向かえ。儂はリサの氷鳥で冒険者街へ向かう。リサとフロスティーゼは教員の指示に従い街の外へ退避、お主は他の学者や教師達に伝令を。リサ、氷鳥を1匹だけにし、冒険者街へ飛ばしーー」
「ーーフォレアスターク様、私は学園にいるお姉様の所へ向かいます」
フォレアスタークの指示を聞いて、リーリアはリサの手を握りながら指示を拒否した。
「……今は時間が惜しい。ビルよ、ついでに連れて行ってやれ。報告通りであれば、魔道具の起動場所も学園の近くじゃろう。連れて行った後は其奴の姉にでも御守をさせておけば良い」
「有難うございます、フォレアスターク様」
リーリアは惜しむ様にリサから手を離すと、一度頭を下げてビルの元へ行く。そして、開け放たれた壁から2人は外へ出ると、互いに手を繋いでビルの転移魔法でその場から消えた。
「フォレアスおじさん、私も手を貸すよ。まぁ、止めても冒険者として勝手に動くけど」
リサは自身の足元に魔法陣を描き出したフォレアスタークに駆け寄ると、氷剣を創り出して隣に立った。
フォレアスタークは、冗談めいた普段通りの笑い声を上げると、足元の魔法陣を輝かせて、目の前に浮かぶ遠見の魔法陣の映し出した先を見詰める。
「クカカカカカ!リサよ、降り立つのは四面楚歌の地獄!相方は近接戦闘がからきしな老耄!酷使されても文句を言うで無いぞ!?」
「ウフフ!上等だよ。フォレアスおじさんこそ、激しく動きすぎて腰をやらないでよ?」
リサは空元気を出しながら無理矢理笑みを浮かべて、魔法陣に映し出された地獄を眺めながら氷剣を握る右手に力を込める。
「先に言っておくが、魔素を使った魔法は使えぬ。魔法を使うのであれば、魔力のみで編むのじゃ。……準備はいいかの?」
リサはそれを聞いて、念の為に自分の魔力だけで氷剣を創り直し、首元から大量の火花を放ちながら身体強化を発動させると、フォレアスタークに顔を向けて、準備が出来たと頷く。
魔法陣が強く輝き、リサとフォレアスタークの姿を光の幕が覆い隠すと、一瞬の浮遊感と女性に顔を覗かれる様な感覚に襲われ、無意識に瞬きをした。
氷鳥が頭上で霧散するのを確認しながら、転移先の民家の屋根の上に足を付ける。顔を上げ耳に聞こえてくる阿鼻叫喚に、リサは歯噛みしながら地獄を見上げた。
上空に浮かんだ、毒々しくも七色に光る、辺り一体を呑み込める程の巨大な魔法陣。その魔法陣が産み落とす卵形の核は、肉体を纏いながら地上へ降り注ぎ、爆撃する様に建物を悉く踏み潰して廃墟へと変えていく。
逃げ惑う人々は、無意識に統率を取りながら流れる様に道を走るが、空を含めた全方位からの襲撃に行き場を失い、地面を赤く染め上げた。
所々から聞こえる咆哮は、リサも一度聴いた事ある悪魔の囁き。ソレの咆哮を近くで聞いた者達は無条件で身体を硬直させ、周囲の魔物に己を捧げる。
巨大な魔法陣は自身の形を保ち、且つ魔物を生み出し続ける為に、常に周囲から魔素を吸い上げており、空を濃紫色に染めて魔素の濃霧を街に立ち込めさせている。
そんな大量の魔素が何処から来ているのか。それは、大気中や地面に含まれた魔素は勿論の事、街の至る所に設置された魔道具の核や、冒険者が持ち込んだ魔結晶など、魔素を含んだ物から強制的に吸い上げ、己の物としていた。
「フォレアスおじさん!あの魔法陣消せないの!?」
「発動したら最後。周囲の魔素を吸い尽くし、枯れさせるまであれは止まらぬ。……リサ、儂は産み落ちる前の核から肉を剥がす。お主は地上の既に降り立った魔物を相手しておくれ」
「分かった、呼ぶ時は火球を空に撃って。気付けるか分からないけど」
リサは、既に此方を見ず、空に浮かぶ核に向かって魔法陣から魔法を放つフォレアスタークにそう伝えると、4階建の屋上から飛び降りた、そして、目視出来た中で一番近くにいる魔物の元へ駆け出した。
押し潰され、崩壊した建物。宿屋だったであろうソレは、瑞々しい肉塊を木片や瓦礫で擦り潰し、シミを作り出している。
その倒壊した建物の上には、それがまるで自分の巣であるかの様に、瓦礫に埋もれながらもまだ息のある餌を啄みながら寛ぐ、鶏型の魔物の姿があった。
今もまた、その場に現れたリサに対して助けを求めた少年の頭が、赤黒い嘴によってすり潰された。
鶏型の魔物はリサに視線を向けると、食事の邪魔をされたと機嫌を損ねたか、若しくは新しい餌が来たと喜んでいるのか、紫色の翼を大きく広げると、天高く頭を上げて咆哮を轟かせた。
「ーーコォォォォォケェコッッッッコオォォォォォォォ!!!!」
一度経験し、魔物の存在を把握しているのに対策しない程、リサは馬鹿では無い。氷で創り出した耳当てに、風生成で空気の振動を極力遮断して、魔物の咆哮をやり過ごすと、未だに空を見上げる鶏型の魔物に向かって飛び掛かる。
両翼の翼角と付け根に氷柱を叩き込み、翼の動きを一瞬だけ封じる。翼をもぎ取るつもりで撃った渾身の氷柱が、傷一つ付ける事無く後方に往なされたのを見て、リサは顔を引き攣らせながらも、魔物の懐に潜り込み、核に近いであろう胸元に氷剣を突き刺す。
切れ味と強度を持つ氷剣。そして、身体強化を行使した肉体を駆使しても、鋼鉄を思わせる程硬い羽を掻き分ける様に剣を入れ、ようやく辿り着いた皮はゴムの様に強い弾力を持っており、剣を押し返そうと波打つ。
しかもその弾力に加え、刃を簡単に通す事が出来ない程の強度を持っており、皮に刃先を入れるだけでも困難を極めた。
「硬すぎでしょ……!うわぁ!」
鶏の魔物は動きを取り戻した翼をバタつかせながら、身体を一瞬宙に浮かせて地面を鳴らす。
3m程ある大きな巨体を浮かせる為に巻き起こった暴風は、足元の倒壊した建物を窪ませながら、周囲に石や木片を飛散させる。
同時に、その強風によって数m程交代させられたリサは、飛来した木片によって切り開かれた右頬を親指で拭う。軽傷だからか、血はすぐに灰になって消え、傷口は既に跡形も無く消えている。
「コレは流石に厄介だね……私の血を浴びせればすぐ済むだろうけど、周りの被害を考えたら、ちょっと出来ないかな……」
仮に、魔物を跡形も無く燃やせたとしても、炎を消す為に魔物が暴れ出し、他の戦闘に乱入したり、避難民の集団へ突っ込む可能性がたかい。それであれば、自分だけに意識を持たせて、足止めをしていた方が得策だ。だが、リサは足止め係になるつもりなど毛頭無かった。
「これ位、本気出せば倒せるし……!」
とは言っても、どれだけ長期戦になるか分からず、下手に魔力は消費出来ない。今の周囲の魔素の状況では魔力を回復する事が出来ず、枯渇したら最後、抵抗する事も出来ずに延々と魔物に肉体を蹂躙される事になる。
身体強化を解く訳にはいかない。氷剣も何度も創り直す事になるだろう。そう考えるのであれば、大きな魔法の使用は禁物だ。リサは常に首元で爆ぜる火花を横目に、魔力消費を最小限に抑えて、再び氷柱を鶏型の魔物に叩き込んで、一瞬だけ怯ませる。
今度は自分の周りに煤を漂わせながら、刀身にも煤を這わせて、足元に創り出した氷の板を思い切り蹴り付けると、物凄い速度で鶏の魔物の胸部に飛び込んだ。
幾つも重なった羽を無理矢理貫きながら、隠れた皮に刃を突き立てる。先程より刀身は深く刺さり、半分以上が鶏型の魔物の身体に隠れているが、それでは足りない。
リサは鶏型の魔物が動き出す前に、空中に氷の板を創り出して、落下を始めようとして浮遊感を覚える身体を支えると、その板を強く蹴り付けて刀身を全て鶏型の魔物の肉体へ埋めた。
そして、刀身の内側から自分の周囲を漂う大量の煤を、鶏型の魔物の体内へ流し込み、氷剣を強く握り刀身に炎を纏わせた。
瞬間、鶏の魔物の胸部が歪に膨らみ、それに連動する様に腹や頭を膨らませると、内から湧き出た炎と爆風と共に肉体を四散させて、辺りをヘドロの様な血と肉で汚して、人の頭程の大きさの核を露わにした。
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