リサ、秘密を知られる。
首をへし折られたら人間は死ぬ。いや、人間で無くとも、大抵の生物は首をへし折られたら死んでしまう。……訳では無い。
脳からの信号を遮断され、身体の機能が全て停止し、呼吸が出来ず血流も止まる為、酸欠で死ぬのだ。
であれば、首をへし折られても尚、酸素を肺に送り込み心臓を動かし続ければ、死ぬ事は無い。だが、それが瞬時に出来るかと言われると、余程の設備が整った病院で無い限り不可能と言ってもいい。
でもそれは、“魔法”という超常的な現象が存在しない場合。
魔法という概念が存在するこの世界であれば、例え心臓を潰されたとしても、数分は動けるだろう。
リサは首元から炎を噴き出すと、風生成で肺に酸素を送り込み、雷生成で心臓を何度も萎縮させ、氷生成で手足と胸と腰に氷の輪を創り出して、自分の体を強制的に動かし始める。
「あっづぁ!」
それに対して驚愕の表情を浮かべたドーラは、焼け爛れた左手を咄嗟に引き、ほんの少し体を屈めてその場から飛び退く体勢を取る。
だが、その瞬間に地面が泥化して、勢い良く地面に足を突っ込む事になる。
「なっ!あっぶな!」
ドーラは体を上手い事半回転させながら地面に腹を向けると、風生成を使い自分の体を浮かび上がらせた。
そして、空中に石生成で足場を作り出すと、そこに足底を張り付けて再び脚に力を溜める。
が、両足の付け根に、右足は上から、左足は下から何かが肉を斬り裂きながらぶつかり、軽い爆発音と共に両足を勢い良く斬り飛ばした。
空中でバランスを崩したドーラは、そのまま真下へ落下する。
身体強化が維持出来ない程の激痛。頭と顔を守る為に下に突き出された両手は、地面と衝突するとあらぬ方向へ曲がりながら鈍い音を響かせた。
「ああぁぁぁぁ!いだいだいだいだい!!!しぬぅぅぅぅぅ!がぁぁぁぁぁあ!!クソォ!こんな筈じゃぁ……!」
その光景。初めてリサの使う氷剣を見たリーリアは、恐怖や心配よりも、その洗練された……自分の父よりも完璧に創り上げられた氷剣を見て、声を漏らした。
「これが……氷剣……」
だが、ビルだけはリサやリーリア、ドーラを見る事無く、周囲に飛び散った肉片や血液を見て唖然としていた。
「何だよ……何なんだよ……これ」
周囲に飛び散ったリサの一部は、既に灰化が始まっており、訓練場の所々に灰柱を作り出し、足元からは大量の灰が舞い上がってリサを包み隠していた。
「あぁぁぁ……痛いよぉ……誰か助けて……謝るからぁ、襲った事謝るからぁ。このままじゃ死んじゃうよぉ……!」
切断された両足の付け根から大量の血を流しながら、地面を踠き近くに居たリーリアに辛うじて動く右手を伸ばすが、垂れ下がった肘先に顔を顰めて呻き声を上げる。
「あぁぐ……!痛いよぉ!お願いだから……まだ死にたくない……!」
体勢を崩した拍子に紫髪を纏めた黒い髪紐が解け、内側から魔人特有の核の角を露出させると、隠蔽されていた魔素が周囲へ漏れ出す。
それを感じ取ったリーリアは、喉を引き攣らせながら、地面に手を突いて、スカートを汚しながら後ろへずり下がる。
「いや……!来ないで!」
その時、リサの真正面に突如魔法陣が現れて、一瞬だけ光の柱を創り出すと、フォレアスタークが慌てた様子で姿を現した!
「映像が乱れておったが何があったのじゃ!?ーーリサ!?お主、その身体はどうしたのだ!?」
フォレアスタークは慌ててリサの身体に触れようと手を伸ばしたが、物凄い熱を持った灰に阻まれて顔を顰める。
「く……!」
リサに触れるのを諦め、周囲に視線を向けた瞬間、ドーラが当然叫び声を上げ始め、激しい炎に全身を包まれる。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー」
肺に溜まった息を全て吐き出す様に雄叫びを上げると、再び酸素を取り込む為に勢い良く息を吸い込む。だが、空気の代わりに流れ込む獄炎に気道や肺を爛れさせ、再び声を上げる事無く身体から力を抜くと、再び動き出す事は無かった。
突然の出来事に、その場に居た全員が息を呑む。
誰も魔法を行使した様子も見せず、魔素が大きく動いた感覚も感じ無いので、第三者の存在を警戒して背筋を凍らせた。
だが、3人は更に背筋を凍らせる事になる。
身体の脂肪や水分を蒸発させられ、木乃伊の様に全身を細らせて、炭化したドーラの肉体が手足の先から崩壊を始める。
そして、煤になって空中に舞い上がると、まるで吸い寄せられるかの様にリサの周囲を漂い始め、そのままリサの肉体に吸い込まれて行く。
入学初日……その前の入学試験から、今まで何度も見てきた煤魔法。それと全く同じ物に変質した魔人の少女が、更に幼い見た目の少女に取り込まれていく。それを見て、ビルとフォレアスタークは顔を青く染め上げた。
抉れた腹の肉は、内側から沸き立つ様に膨れ上がると、内臓を作り、血管を作り、肉を作り、皮を作り、最後に新品の様に綺麗な衣装を作り出す。
折れた首は、皮下に蛇が這っているかの様に蠢き、不自然に頭を激しく揺らしながら鈍い音を立てて正常な位置に戻る。
リサは口から大量の煤を吐き出し、手足と胸と腰に嵌めた氷の輪を霧散させると、地面に足を下ろして、いつの間にか閉じていた瞼を開く。
先程までの悲惨な惨状が、まるで嘘の様に綺麗に静まり返った訓練場。内包された魔素すら燃やし尽くされ、跡形も無く消え去った魔人の少女が居た場所を、リサは黙って見下ろす。
痛みを訴える悲痛な叫び声。今にも消えてしまいそうだった、か細い命乞い。苦痛に満ちた表情と、機能を失った両手足。はっきりとした意識の中、それを眺め、聞いていたが、リサは前程罪悪感を感じなかった。
人に戻れる方法があるのだから、出来れば生かしてあげたい。そう考えはしたものの、死が確定した少女に手を差し伸べるつもりは無かった。
「……はぁ」
リサは溜息を吐いた。まだ体内に残っていた煤が外に漏れ出て、風に流された訳でも無く消え去る。
不可抗力とは言え、露見してしまった秘密。リーリアを助けられたので後悔はしていないが、リサは3人の顔を見る事が出来なかった。
「……リサ、儂の声が聞こえるか?」
フォレアスタークはリサに対して、リサ以外の人に語り掛けているかの様に声を掛ける。
「……残念だけど、ハッキリ聞こえるよ。……本当、残念だよ」
リサは真顔で、自分がフォレアスタークが呼び掛けるリサである事を伝えると、何かしら嘘を吐けば良かったと後悔した。もしかしたら、フォレアスタークもそれを望んでいたのかも知れない。だが、リサには彼の考えは分からない。
「……聞こえるのであれば、喜ぶべきじゃろう。聴覚を失う事は、途轍もなく辛い事だと聞くぞ」
見当外れな返事は意図的な物なのか。フォレアスタークはそのまま言葉を続けた。
「一度、研究室に場所を移すとするかのぅ。先の声を聞いて人が集まって来おった」
訓練場の入り口、煉瓦塀の隙間から、複数の生徒や教員が顔を覗かせてリサ達を見詰めている。何かあったのだろうが、何も無いその場所に、首を傾げながら。
リサは一瞬だけ躊躇った後、リーリアに歩み寄ると腰を折って手を差し伸べる。
「突き飛ばしてごめんね。怪我は無い?」
「は、はい……リサのお陰で一切怪我は無いです……」
差し出された手を取り、地面から引き上げられる様に立ち上がったリーリアは、何故かリサの手を離そうとしない。
リサはそれに対して苦笑いを浮かべると、手を繋いだまま研究室へと向かった。
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