リサ、先輩に会う。
魔人の男を捕まえてから数日。あの日以降、リサに対するビルの反応が変わっていた。
冷たい。という訳では無いが、あまり明るい表情は見せず、少しだけ距離を置く様子も見られる。何があったのか、リサはそれを尋ねる事はせず、普段通りに接する。
魔人の男の手術も無事終わり、今は目覚めて意識もハッキリとしている。魔人では無く、人間として。リサは見舞いに行きたいとフォレアスタークに申し出たが、男がリサと顔を合わせたく無いと伝えているらしい。それを聞いたリサは、自分を騙した奴の顔など見たく無いかと肩を落としたが、フォレアスタークが言うには理由は別にあるとの事。
それから更に数日が経った休息日。フォレアスタークの研究室で角型の人工魔石を額に付けて氷鏡を見詰めるリサに、暗い顔をしたビルが話し掛けてきた。
「リサ」
「ん?どうしたの?」
「あぁ……。悪いんだけど、もう2度と、魔人の変装をしないでくれないか?」
ビルは小さい声でそう呟きながら、地面を見詰める。少し離れた場所に居たリーリアは、気を利かせたのか、魔法の鍛錬を止めると研究室から出て行った。
「…………理由を聞いていい?」
俯いたまま返事をしない。
教えるつもりは無い。ビルの纏う雰囲気は、リサの問いを完全に拒絶していた。
「……私も、別に好きで魔人の格好をしてる訳じゃ無いよ?今は偶々、角が生えた姿を眺めてただけで……ちょっと格好良いとは思ってるけど」
「格好良い?魔人が?」
「ううん、綺麗な角が生えてるのが格好良いの。御伽話の神獣にも角は生えてるでしょ?」
ほんの少しだけ怒気を孕んだビルの言葉に、リサは宥める様に否定して額の角を取り外した。
「別に角じゃ無くても……輪っかとか、羽とか。そういうのに一度は憧れるでしょ?ビルも、格好良い翼が欲しいとか思った事ないの?」
「……あるね。なんなら、昔見た竜族の手が羨ましいと思って、幻術で自分の手に重ねたりした事あるよ」
ビルはそう言いながら苦笑いを浮かべてリサを見詰める。
その表情を見て、リサも普段通りの笑顔を見せると、手に持った人工魔石を壁際の棚に戻した。
「でしょ?まぁ、私は魔人に憧れてる訳じゃ無いけどね。……でも、ビルが嫌がるなら止めるよ。魔人に仲間だと思われて事件に巻き込まれるのも嫌だし」
ビルは小さい声で「ありがとう」と言ったが、リサにはそれの本当の意味は分からなかった。
「でもさ、魔人ってなんでこの魔石を、仲間の核だと思うんだろう?単純に、額から生えてるから。って訳でも無さそうだし……」
「そうだね……あ、そう言えば、ラズリーさんが俺とリーリアの人工魔石を見た時に、『変なオーラが見えます〜』だとか言ってたっけ」
「そう言えば、私も杖の宝石を最初に見せた時、そんな事言われた様な……スードラーも似た事言ってたし。私は変なオーラを感じないけど……」
「俺もそう感じた事は無いかな。だけど、魔人は感じ取れるんだろうね。鑑定眼で見える様な変なオーラが」
2人は黙り込む。
「……まぁいいや。取り敢えずリーリアに声を掛けに行こっか。気を遣わせた事を謝らないとね」
「そうだね。最近、俺に対して気を使ってくれてた事も、礼も言わないと」
リサとビルはそう言い合うと研究室を後にして、授業棟付近の訓練場へ向かった。
休息日という事もあり、学校内に生徒の姿は殆ど見受けられない。そんな中、煉瓦塀で囲まれた訓練場の中央で、黒髪を靡かせる制服姿の女子と、紫髪をサイドテールで纏めた同じ制服姿の女性が仲良さそうに会話している。
片方はリサ達もよく知って入りリーリア。だが、もう片方の髪を頭の左側で纏めた少女には、リサもビルも見覚えが無い。
リサとビルが訓練場を分ける塀から顔を覗かせていると、こちらに気付いたリーリアが手を振って、隣に居た紫髪の女性を連れて近付いてくる。
「リサ、ビルさん。お話は終わったのですか?」
「うん。ほらビル」
顔を見て、背中を押す。
「分かってるって……。リーリア、最近、俺の機嫌の所為で色々気を遣わせててごめん。もう大丈夫だから、ありがとね」
「うふふ!気になさらないでください、私が好きでしていた事ですから」
口元に手を当てながら笑うリーリアを見て、ビルはもう一度きちんと頭を下げた。
「本当にありがとね。……で、そっちの子は?」
顔を上げ、リーリアの一歩後ろでニコニコとしている少女に視線を送り、ビルはリーリアに尋ねる。すると、少女は一歩前に出て、2人に頭を下げて自己紹介を始めた。
「リーリアちゃんの“同級生”だね!私はドーラ、君達の“先輩”だよ!割と有名なんだけど……知らない?」
リサとビルは互いに顔を見合い、すぐに視線をドーラと名乗る少女に向け直すと、ビルが軽く挨拶をする。
「ごめん、あんまり他の生徒に詳しく無いんだよね。俺はサボり魔だからさ」
「そうなんだ……残念。そっちの女の子は学校の見学かな?だったら、私の事は知らないかぁ」
ドーラはリサを見てそう言うと、肩を態とらしく落とす。
リサはそれを見て苦笑いを浮かべながら「なんかごめんね」と謝ると、ドーラはケロッとした様子で顔を上げて、ニコニコと笑みを浮かべながら「謝らないでよ!」とツッコミを入れた。
「その話は私が悲しくなるからお終い!じゃあ、私はもう行くね。リーリアちゃんに話し掛けたのも、ただの人違いだったし」
そう言うとドーラは3人に手を振り、寄宿棟へと歩き出した。ビルはそんな彼女に走り寄ると、笑みを浮かべながら話し掛ける。
「先輩、ここで会ったのも何かの縁って事で、俺に魔法を教えてくださいよ。昼ご飯奢るんで」
「もしかして一目惚れしちゃった?悪いけど、私には婚約者が居るから諦めなよ。下手に手を出したら、婚約者が怒って恐ろしい事になるからね」
そんなやり取りを2人がしている間に、リサは氷鳥を創り出して、遠見の魔法陣を自分の手の甲に描き出すと、対になる魔法陣を氷鳥に付与して飛び立たせる。
そして、背中に手を回して手の甲を何も無い地面に向けると、ドーラとビルから死角になる空中に、魔力の線で文字を書いた。
リーリアは、空中に描き出されたその文字を見ると、目を見開いて、慌てた様にリサの顔に視線を送った。
描き出された文字の内容……それが、本当であるか確かめる為に取った行動。
それを、ドーラは見逃さなかった。突如変わった自分に対する気配を察知し、視界の端にリーリアを捉える様に視線を軽く動かしたのを、ビルは気付いた。
だが、それに気付いた所でリーリアが次に取った行動を止める事は叶わない。
リーリアは目を見開いたまま、自分が視界の端に捉えられて警戒されているとも知らずに、ドーラと名乗り話し掛けてきた人物に視線を向けた。
“魔人侵入、至急救援求む”ーーその文字を、頭の中で何度も反復しながら。
その視線に、何かを確認する様に振り返ったドーラは、自分の目を見て一歩後ろに下がったリーリアを見て、確信した。
その瞬間、ビルは身体強化を発動させてドーラの後頭部に蹴りを放つ。が、その足は空を切り裂くだけで終わる。
ドーラは、自身に蹴りが放たれると同時に、リーリアに接近していたのだ。
手を伸ばせば、互いに互いを掴める間合い。魔法を発動しようにも間に合わない間合い。そんな中、超人的な速度で振り抜かれたドーラの右腕が、ゆっくりとリーリアの腹部に伸ばされるのを眺めるリサの身体は、反射的に動き出した。
右側から思い切り突き飛ばされたリーリアは、足を縺れさせながら地面に倒れ込んだ。
突然の事に戸惑いながらも、鈍い衝撃音と瑞々しい音、そして、自分の足元に這い寄る赤い液体に首を傾げるリーリアは、先程まで自分が居た場所を、ゆっくりと顔を上げて確認する。
「ーーな、どうし……」
腹の片側に不自然で歪な括れを作り出し、そこから得体の知れない物体を地面に落として、赤い水溜りを波打たせながら広げる。
すぐ横の煉瓦塀には、人の頭程の大きさのある赤い塊がへばり付いており、まるで爆発したかの様に、細かい自身の分体を辺りに飛び散らせていた。
腹を貫かれたリサは、口から大量の血を流しながら、自分に伸ばされたドーラの右腕を、身体強化を使って思い切り掴み、リーリアを見ると笑顔を向ける。
そして、リサが口を開いた瞬間、ドーラの左手が伸び、リサの首をへし折った。
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