リサ、核を溶かす。
本話には性的な表現が含まれております。苦手な方はご注意下さい。
学校に戻ったリサは、その足でフォレアスタークの研究室へ向かう。
夜遅く。という事もあり、生徒の姿は全く見当たらず、逆に普段見かけない様な学者風の人を見掛ける。何故か、彼らの横を通る度に驚かれ、少数ではあるが、遠くから敵対する様に魔法陣や杖を向けられているが、リサは気にする素振りを一切見せずに、本館突き当たりの研究室の前まで辿り着く。
ノックはせずに扉を少しだけ開ける。取り込み中であれば扉は開かないのだが、普通に開くという事は、何も問題無いのだろう。そう考えたリサは、扉を開いて中へ入る。
研究室の中にはリサの想像通り、フォレアスタークと先程の魔人の男、そして2人の治療術師。あとはビルの姿も見えた。
だが、想像とは違い、何故か治療術師の2人に物凄く警戒されており、片方は何故か、リサに杖を突き付けている。
何事かと思いながらもフォレアスタークに視線を動かすと、フォレアスタークの目の前で、魔法で出来た石枷で空中に磔にされている魔族の男が、リサに顔を向けていた。
魔族の男は物凄い形相で殺意を剥き出しにしながら、身体を激しく揺らし、目を充血させながら叫び始めた。
「お前ぇぇぇぇぇ!殺す殺す殺すぅぅぅぅぁぁぁああああああ!!!よくも、よくもよくもよくもよくもよくも!俺を騙しやがってぇぇぇぇぇ!!魔人の恥晒しがぁぁ!」
その声に、リサは顔を顰めながらも、頭巾を外して口元の煤の垂れ幕を霧散させた。
額には、先端が尖った拳大の真っ赤な人工魔石が付いたままだ。
「フォレアスおじさん、話は済んだの?」
リサは、未だに叫び続ける魔人の男を無視してフォレアスタークに歩み寄ると、回収した魔道具を手渡し、手足と首と腰に石枷を付けられて空中に磔にされた魔人の男を見上げる。
「済む済まない以前に、話が出来る状況では無い。リサの頼みでなければ、拷問を始めようと考えておった所じゃよ」
フォレアスタークはそう言うと、魔人の男に殺気の篭った視線を送る。すると魔人の男は、小さく呻き声を上げて押し黙ると、リサだけを睨み付ける。
そんな中、リサとフォレアスタークのやり取りを見ても、未だに困惑している2人の治療術師は、1人は杖を向け、1人はリサを見詰めたまま固まっている。
それを見て、首を傾げて彼等を手差した。すると、フォレアスタークは自分の額を指差して何かを伝える。それに合わせてリサは自分の額に触れると、「ん?」と不思議がり「あぁ!」と突然大きな声を出し、言葉を続けた。
「角つけっぱだったの忘れてた!ごめんね、そこの2人!変に警戒させて!」
人工魔石を手に持ったまま魔力の繋がりを断つと、額から剥がして、そのままポケットへ仕舞う。
「「「は?」」」
魔人の男と治療術師達の声が重なる。口を開き、目を丸め、リサの額を一点に見詰めるその姿は、まさに豆鉄砲を喰らった鳩の様だと、リサは吹き出す様に笑う。
「プフフ!変な顔!」
その言葉に魔人の男は顔を赤く染め上げ、再び口を開こうと息を大きく吸った瞬間、リサは男性の左頬に手を当てながら顔を見詰め、額の角に右手を伸ばす。
「な……何を……」
魔人の男は間の抜けた表情を浮かべると、怒りの熱とは別の、言葉では言い表せない不思議な感情で顔を赤く、熱くさせた。
人形の様に丸く、ほんのりと茶を帯びた黒い瞳を覗き込み、目の前の少女が自分の瞳では無く、核を見つめている事に不思議に思いながらも、まだ人間だった子供の頃に見た、綺麗な桃色の花を思い浮かべながら、ゆっくりと近付いてくる唇の視線を下す。
魔人の男は無意識に息を止めて、唇を固く縛る。そして、細く狭まる視界の中、少女の言葉に目を見開いた。
「じゃあいくよ〜」
「ーーえ?なにおおぉぉぉぉぉぁぁああああああ〜〜」
リサは足元の地面を盛り上げて、魔人の男の核に顔を近付けると、摘んでいた核の先を指先で溶かして魔素を放出させる。そして、空中へ霧散した魔素に自身の魔力を流して魔法を編み続ける。
魔力の使用は最小限に。魔素は大量に使う。そうして生み出された氷塊は、最初は小粒程度の大きさだったが、今は人の頭の2倍程の大きさになっていた。
「リサ、ストップじゃ」
フォレアスタークの言葉に、リサは魔人の男の核から手を離して魔素の放出を止める。
魔人の男は、最初の内は何度も大きく痙攣を繰り返していたが、今は白目を剥いて、細かく身体を跳ね上げながら気絶していた。
その所為か、魔人の男の股は濡れており、リサは、周囲に漂う、キノコやチーズといった菌類特有の刺激臭に似た匂いに、顔を顰めて鼻を摘むと、盛り上げた地面を平してから一歩下がり、フォレアスタークに話し掛ける。
「なんか臭い」
「其奴、漏らしておるからのぅ。換気と清めと“ソレ”を捨てる為に、一度壁を開けるとするかのぅ」
フォレアスタークは氷塊に視線を移すと、研究室の壁の一面を地面に埋める様に下げて、魔人の男の足元に魔法陣を使い半透明の板を創り出すと、石枷を霧散させて落とす様に板に乗せ、外へ運び出す。
リサと治療術師達はそれに続いて外に出る。
リサは氷塊を空に発射して、かなり上空まで飛んだ所でそれを霧散させて、中に含まれた魔素を魔素溜まりが出来ない様に拡散させた。
治療術師達は魔人の男の下半身を水生成で念入りに清めると、結構離れた植木の下にその水を捨てた。
「大丈夫かな?」
リサはフォレアスタークの隣に行き、半透明の板の上で、ズボンを濡らしながら横たわる魔人の男を見下ろしてそう言った。
「分からぬな。儂も初めての試みじゃ。お主達、此奴の容態を確認してくれんか」
治療術師達はフォレアスタークに従い魔人の男の身体に触れて容態を確認し始める。
「脈拍に異常が見られますが、先程の事が原因なのですぐに戻るでしょう。所々に肉が抉れて再生した痕がありますが、魔素病の時に生えていた魔結晶が、魔人化した時に溶けて空いた穴を、治療魔法で無理に再生させた痕かと。魔結晶化した骨があるかの確認は出来ませんが、其方よりも……」
「核の方じゃな。どうじゃ?取り外せそうか?」
「内包された魔素が消えたお陰で、核は透明になり“内部”が見える様になりました。確認した結果としましては、頭蓋が侵食により凹んではいるものの、脳への侵食は見られません。頭蓋の一部ごと取り外せば、核の除去が可能です」
「うむ、では手術室に運ぶぞ。リサ、ご苦労じゃった」
フォレアスタークはリサに労いの言葉を掛けると、一度研究室へ入り、壁を元に戻してから、治療術師達と共に魔人の男を連れて研究室を出て行った。
「成功すると良いね」
「……そう、だね」
これからフォレアスタークが行おうとしているのは、“魔人を人間へ戻す”為の手術である。
本来、魔人の核と心臓は、核に内包された魔素と魔人の持つ魔力によって結合しており、核を身体から引き剥がすと心臓が破裂する。
なので、その結合を弱める為に核から魔素を抜き出すのだが、それを行うのに魔人の身体が持たない事が多い。
熱で溶かそうにも周囲の皮膚や肉諸共溶けてしまったり、魔素を無理に流し出そうとして、負荷を掛け過ぎた魔素が頭蓋に流れ込み頭部が破裂したりと失敗が多い上、それを行うのに大量の魔力が必要な為、実質的に治療不可とされていた卓上の治療法だった。
だが、リサは高熱を操る事を得意とし、指先だけで局所的に核を溶かせる。
本来、火属性に適性のある1流の魔法使いが複数人で魔法を編み続け、漸く作り出せる熱量。フォレアスタークはリサのその個性に目を付け、大昔に廃れた治療法を、今回試みたのだ。
成功したかどうかまだ分からない。だが、明日の朝には分かるだろう。リサはそう考えながらビルに話し掛けたが、彼の顔には影が差していた。
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