リサ、呼び出される。
リサが2年生に進級して半年が経ったある日、リサは1人だけでフォレアスタークに呼び出された。
場所は本館3階、フォレアスタークの自室。普段とは違う雰囲気で書斎机の椅子に座るフォレアスタークの前に、リサは背筋を伸ばしながら立っていた。
「……リサよ、魔法の習得は順調かの?」
「うん。まだ時空魔法の遠見は出来ないけど、身体強化は使い熟せてるし、魔力操作や物質操作も前より細かく出来る様になったよ。魔法を前より効率良く編む事が出来るから、強度や威力なんかも上がったし」
リサは笑わない。ただ真顔で、淡々とフォレアスタークに答える。
フォレアスタークも、普段であればリサの珍しい態度に茶々を入れるが、顔色一つ変えずに頷くだけだった。
「そうか。それは上々じゃ」
フォレアスタークは椅子を回転させてリサに背を向けると、後ろにある大きな硝子張りの壁の外、暗く澱んだ雨雲を見上げる。
暫くの沈黙。硝子窓に雨粒がぶつかる音が部屋の中に鳴り響き、雨粒同士が結合して大きくなったら水滴が、室内に不気味な影模様を描き出す。
「…………用は何?」
決して、気不味くなった訳では無い。そう言わなければ、永遠に本題に入る事が無いと、リサは感じたので仕方無く、自分から言葉を発した。
フォレアスタークは動かない。リサに背を向け、雨雲を眺めながら、リサに気を送る事すらせず、呟く様に言葉を漏らし始める。
「儂は、魔族……魔人が憎い。彼奴らは人間を害する事を生き甲斐とし、殺す事に愉悦を覚え、苦しむ姿を見る為に自らの命さえも投げ捨てる。それで、自らの目的の結末の幕開けを見れないとしてもじゃ。故に……儂は、魔人を憎んでおる」
何故、憎んでいるのか。その事には一切触れない。言いたく無いし、言う気も無い。フォレアスタークの背中はそう言いたげに、少しだけ揺らいだ。
「……リサ、お主はどう思う?人としての知能を保ちながら、人間としての思考を捨て、破壊と殺戮の感情のみで人間世界に紛れ、虎視眈々と機会を待って息を潜めておる魔人供を、お主はどう思う?」
振り返ったその表情には、感情が一切篭っていない。押し殺しているのか、感じていないのか、若しくは、長年生きていても尚、内に秘めた激情を表現する術を得ていないのか。リサには分からない。だが、フォレアスタークの瞳を見て、リサは真面目に答えるべきだと考え、少しの沈黙の後、口を開く。
「正直、魔人だからどうっていうのは無いかな。怖い人は怖いし、危ない人は危ない。魔獣を見てたら分かるけど、襲ってくる個体と逃げる個体が居る。それは、魔人にも言えるんじゃ無いかな?単純に、人に危害を加える魔人が表に出てくるだけで、長閑な場所で物静かに暮らしてる魔人も居ると思う」
普段なら、外見通りの言動で誤魔化して居たであろう、真面目な答。それを望んでいるのだろう?そう問う様に、リサは静かな瞳を向ける。
互いに互いの瞳を見詰め、再び沈黙が流れると部屋の雑音が一層大きくなる。
リサも、フォレアスタークも見詰め合ったまま動かない。相手の腹を探る訳でも、圧力を掛けている訳でも無い。かと言って、その時間を楽しいと感じられる様な間柄でも、勿論無い。
どれ位の時間が経ったか分からないが、経っていても数分程度。だが、厭に長く感じた沈黙は、フォレアスタークによって破られた。
ゆっくりと、リサの視線を遮る様に閉じられた瞼。対照的に皺が刻まれた口が開く。
「リサ、魔人を殺せと言ったらーー」
「断る」
空模様は変わらない。だが、先程より更に激しく雨粒が硝子窓を激しく打ち、室内の湿度を上げていく。
多分、それは錯覚なのだろう。重く張り詰め、喉が詰まりそうな空気の所為で、そう感じただけかも知れない。
リサも、フォレアスタークも、一度息を深く吸う。同じ間に被った事で、更に互いの間の空気を気不味いものにする。
「……用がそれだけなら、下がっても良いかな?私こう見えて、今忙しいから」
フォレアスタークは書斎机に視線を落としたまま口を開かない。それを見たリサは了承の意と捉え、踵を返すと本棚に区切られたその場所を歩き出し、扉に向かうと取手に手を掛けた。
「待て」
「……何?」
リサは扉の取手から滑らせる様に手を外すと、スカートを膨らませながら振り返り、フォレアスタークを見る。
「先に言うけど、冗談でも、魔人を殺さないと破門や退学にするって言ったら、普通に学校を出てくからね。私は別に、卒業に拘ってる訳じゃ無いから」
リサはそう言うと、瞳に力を入れて睨み付ける。フォレアスタークはそれに動じる事無く首を横に振ると、話を続けた。
「大事な弟子に殺しを強要するつもりは無いわい。……リサ、最近ビルが学校に居らんのは知っておるじゃろう?」
「うん」
「その様子じゃと、内容も知っている様じゃな……。リサの考える通り、ビルは帝都に潜む魔人の捜索を行なっておる。リサが前にあった魔人の仲間じゃな」
温厚そうな顔付きの、手足を斬り飛ばされた魔人。いや、手足を斬り飛ばした魔人。リサは彼の狂気に満ちた顔を思い浮かべて目を伏せる。
「其奴の仲間が、帝都に魔物を発生させる魔道具を持ち込んでおり、しかも、それを街の中の至る所に隠しておる事を確認しておる。早よう残りの仲間と魔道具を見つけぬと、仲間を失い自棄になって発動させる可能性も有り得る。そこで、リサにも協力を願いたいんじゃ」
「……フォレアスおじさんが自分で動く訳にはいかないの?」
「ビルですら警戒されて行動を制限されておる位じゃ。儂が動けば魔人側が勘付き、無条件に魔道具を発動させるじゃろう。国が動いても同じじゃ。そこで、リサの創り出した動物の氷像に遠見の魔法陣を描き込み、街内を細かく捜索したいと思っておる。頼めるか?」
フォレアスタークの顔はいつになく真剣だった。そして、何処か申し訳無さそうな表情でもある。
「……最初に言ったやつ」
「なんじゃ?」
リサの呟きに、フォレアスタークは首を傾げた。
「魔人を殺せってやつ。私が殺さなくても、私が協力して遠見の魔法陣で魔人を見つけたら、フォレアスおじさんが代わりに殺すんでしょう?」
「……そうじゃ。そうしなければ、罪の無い者が無意味に殺されるからのぅ」
リサはそれを聞いて深く溜息を吐くと、瞼を閉じて顔に影を落とす。それを見たフォレアスタークは、協力は無理かと諦め、椅子を回してリサに再び背を向けた。
「……分かった。やるよ」
「……!よいのか?」
フォレアスタークは、自分の考えとは裏腹に協力的な返事に驚き、椅子を素早く回転させると書斎机に両手を置く。
「私が協力しなかった所為で、罪の無い人が大勢死んだら、それこそ耐えられないからね。それに、もうすぐ会う家族に“危険人物を野放しにしました”なんて、報告出来ないから」
「……感謝するぞ、リサよ」
フォレアスタークは頭を下げてリサに礼を述べた。リサは、意外だと思い眉を上げるが、すぐに戻して条件を伝える。
「但し、私に遠見の魔法陣と、目的の魔道具の外見を教える事。私も捜索に参加するから」
「それは、儂としても有難い申し出じゃ。ちと待っとくれ。今、紙に描くでのぅ」
フォレアスタークは紙を2枚引出しから取り出して、片方には遠見の魔法陣を。もう片方には目的の魔道具の見た目を描き出した。
描かれた魔道具の形は、鋸刃の代わりに平の鉈が取り付けられた、トラバサミの様な見た目だった。前に一瞬だけ見た、温厚そうな魔人が持っていた物と酷似している。
「これを見つけたら回収すれば良いのね」
リサは絵に描かれた魔法陣の刃を指差しながらそう尋ねると、フォレアスタークは頷きながらも、魔道具の説明をした。
「それは、魔人の核を砕く為に取り付けられた別の魔道具じゃ。下の台が目的の魔道具じゃが、2つで1つの魔道具じゃから、その上の部分を目印に探すと良い。下の台だけじゃと、正直虫除けや浄化の魔道具と見分けが付かんが……。核や魔石が嵌っておらん、魔法陣が描かれた円盤を見つけたら回収せよ。降魔の魔道具の可能性があるからのぅ」
「分かった。じゃあ、創る動物だけど……種類は何が良い?一応、鳥や猫、兎に鼠、後は蛇なら、すぐに精巧なやつが作れるけど」
フォレアスタークは顎を撫でながら考え込む。
「そうじゃな……鳥を1……2羽、鼠も2匹かのぅ。後は蛇を1匹の、合計2羽と3匹じゃな。指示は出せるのか?」
「細かいのは無理。一応、創り出した時の私の考えに沿って動いてくれるから、魔道具を見つけたら止まってくれるし、捜索範囲の指定くらいは出来るけど、後は創り出した動物に近い動きをするから……知ってるでしょ?」
「うむ。では、早速創ってもらうとするかのぅ。リサも、くれぐれも無茶はするで無いぞ」
「分かってるよ。後、動物が破損したら教えてね。創り直すから」
リサは氷鳥と氷鼠、氷蛇を創り、フォレアスタークに遠見の魔道具を付与してもらうと、硝子窓の一部を開けて、未だに雨が降り続ける外へ解き放った。
5000PV達成ありがとうございます。最近は、のんびりとしたリサちゃんの日常の書記を載せていました。
観測者としての私情を挟んでしまい申し訳無いとは思っているのですが、当方、何も無いほのぼのとした日常を眺める事に道楽を感じる性質故。
ですが、その日常だけでは、皆々様には少々刺激が足りないと存じております。
日常を見せつつ、多少の刺激がある様な、程よい塩梅を探し出して、皆々様に更にリサちゃんに興味を持っていただける様に、これからも精進いたします。




