リサ、ご令嬢と話す。
リーリア・フロスティーゼは驚愕していた。
自分の師匠であるラズリーに何度も話を聞かされた、自分と同じ氷剣を自在に操る黒髪の少女を目の前にして、唖然と立ち尽くしてしまう程に驚愕していた。
逃げた彼女を追い掛けて、学校の最高責任者であるフォレアスターク様に声を掛けられた事にも驚き、更に彼女がフォレアスターク様の弟子である事に更に驚いた。
その後、案内された立ち入り禁止の研究室に赴かれ、扉を開けた先に居た狼に、それの比では無い程驚き、まるで本物の狼の様に振る舞う氷狼に、驚きを超えて恐怖を感じた。
そして、フォレアスターク様が戯れ合いと称したやり取りに関しては、軽く腰を抜かしてしまった。
それ程、あの彼女ーーリサと呼ばれる少女の魔法を目の当たりにして、自身の思考を驚愕の一色に染め上げていた。
リーリアは心配して手を差し出してきたラズリーの手を借りて、引かれながら立ち上がると、尻についた砂を払い落として、自分の方を見向きもしないリサを見詰める。
正直、気に食わない。そう思った。
リーリアは聖人では無い。嫌いになる人も居れば、生理的に受け付けない人も居る。好みに思う人も居れば、特別扱いしたいと思える方も居る。祝福もするし、嫉妬もする。至って普通の人間だった。
自分の氷剣を見ても大した反応は見せず、なんなら、一切自分を眼中に収めようとしない彼女の態度に、苛立ちすら覚えていた。
驚いて尻餅を突くという“恥”を彼女が見なかった事に関しては、有難いと考えていたが、それでも、普段他人にされない態度を取られて少々不愉快だった。
それが、自分が名の有る貴族故の傲慢だと気付いていた。だからリーリアは一切の悪感情を表に出さずに、澄まし顔でリサに話し掛けた。
「貴女がリサですね。初めまして、私はリーリア・フロスティーゼ。フロスティーゼ領領主、レイン・フロスティーゼの娘です。以後、お見知りおきを」
腰を軽く折り、頭を下げる。最初は横目で見ていたリサであったが、途中から驚いた表情を浮かべながら勢い良くリーリアに振り向き、体を正面に向けていた。
私が貴族と知って態度を変えたか。リーリアはリサのその態度に、強欲な有象無象と同じ考えなのかと、心の中で落胆する。
別に、それが悪い事だとは思っていない。地位ある者に媚を売るのは生きて行く上で必須の技術だからだ。
だが、最初の彼女の態度を見て、もしかしたら、彼女は身分を気にせず平等に接してくれるのでは無いかと、淡い期待を抱いていたので、余計に落胆する羽目になったのだ。
そんな事を考えながらリサを見詰めるが、一向に挨拶を返す様子が見られない。それどころか、隣に居る赤髪の好青年ーービルと、何やら小声でやり取りをしていた。
何を話しているのかは分からない。だが、反応から察するに、挨拶の仕方に困っているのだろう。どの様な挨拶でも、彼女に対する考えは変わらないと言うのに。
その後すぐに小声のやり取りを止めると、リサは椅子から立ち上がり、一歩右にズレるとリーリアに挨拶を始めた。
「お初にお目に掛かります。ーー」
その瞬間、リサは右足を交差させる様に左足の後ろに下げた。それを見て、隣に立っていたビルは慌てた様子でリサの頭を引っ叩く。
「ーーあいだっ!」
ビルはそのままリサの肩を掴んで、2人で後ろを向くと、再び小声でやり取りを始める。
その姿を見て、リーリアは言葉を失っていた。
リサの行おうとしていた所作は“カーテシー”と呼ばれる、貴族が目上の相手に使うお辞儀作法であり、平民が行うお辞儀作法とは全くの別物であったからだ。
それを行ったという事は、彼女は何処かの貴族の生まれであるという事。リーリアはそれが事実か確認する為に、横目でラズリーやフォレアスタークの顔色を窺うが、彼女達は焦った様子や驚いた様子は一切見せず、さも当たり前かの様にリサを見詰めていた。
つまり、貴族の立ち居振る舞いを行う事が当たり前な人物という事になる。という事は……彼女は貴族なのだ。
しかも、学校指定の制服を着ていないという事は、学生では無くーー純粋なフォレアスターク様の弟子。リーリアは、再び開かれたリサの口から出た言葉で、更に頭を悩ませる。
「ーーごめんね、貴族として名乗って来たからびっくりしちゃって……。私はリサ。そこに居るフォレアスおじさんの弟子で、魔導学校の2年生だよ。多分、今後関わる事は無いだろうけど、よろしくね!」
「学生?フォレアスおじさん?ええと……貴女とフォレアスターク様は御親戚なのですか?」
「ううん、師匠ってだけで血は繋がって無いよ。ビルがフォレアスって呼んでるから、私も同じ様に呼んでるだけ」
先程とは打って変わってニコニコと話す姿は、本当に同じ人物なのかと疑ってしまう程だ。
しかも、媚を売るのでは無く、逆に引き離す様に放たれた言葉。
ーー今後関わる事は無いだろうけど。そんな事を言われたのは、今まで生きてきて初めてだった。リーリアは、その無造作に投げられた言葉に少しだけ心を痛める。
「そうでしたか。……話は変わりますが、何故、今後関わる事が無いと仰るのですか?同じ学生同士であれば、今後お会いする機会は幾らでもーー」
その言葉を否定したのは、隣に立つラズリーだった。
「ーーそれは無いですね〜。リサさんビル君は、フォレアスターク様の元で活動しているので、他の生徒とは少し違うんですよ〜。訓練場や訓練室を使う事はありませんし、授業を免除されているので、授業棟で会う事自体あまり無いのですよ〜」
「そうなの。それに、此処って関係者以外立ち入り禁止ってなってるからね。学校内で関わる機会は、まず無いかな」
「それ以前に、俺とリサちゃんは同学年とも殆ど関わらないからね。2年生になってからは特に」
それを聞いたリーリアは、実際に肩を落として落ち込んだ。少しだけ興味を引かれたリサだけでは無く、自分に対して友好的に接してくれたビルでさえも、今後関わる事が少ない事を、理解したからだ。
「そうでしたか……それは残念です。ーー折角対等なご学友が出来ると思っておりましたのに……」
最後の呟きは、隣に居るラズリーとフォレアスタークにだけ届き、リサとビルには届かなかった。
ラズリーは、何度も相談されていた悩みの解消案が断たれて、俯く彼女の頭に軽く触れる。
2人のそのやり取りを見たフォレアスタークは、顎を右手で撫でると「そうじゃ」と態とらしく声を上げて、皆に提案をした。
「フロスティーゼと小娘さえ良ければ、この場所で魔法指導を行ってはどうかのぅ?偶に使えぬ時もあるじゃろうが、周囲の損害を気にする必要も無いぞ。リサも、模擬戦相手が欲しいと言っておったろう。ビルが手が離せぬ間は、フロスティーゼを相手に出来るぞ?」
それを聞いた瞬間、リーリアは顔を明るくさせて口と目を大きく開くと、胸の前で指を組みながら、
「良いのですか!?フォレアスターク様!」
と、学校に入学してから初めて、感情を包み隠さず曝け出した。
「リサとビルが良ければのぅ。で、どうじゃ?」
リーリアはリサ達に視線を向けると、瞳を潤ませながら、祈る様に組んだ両手を口元へ近付ける。
「まぁ……あの氷剣以外で戦える魔法があるなら良いけど……正直、あんまり期待出来ないんだよね〜。普通に、暇な時の話し相手としては嬉しいけど、ビルが居る時は必要ないし」
「俺は歓迎するよ?フロスティーゼ家と話せる機会はそうそう無いし。だけどフォレアスさんは、俺にフロスティーゼ家の人と関わって欲しく無いんじゃ無いの?」
2人のどっち付かずの反応に、リーリアは困ってしまい眉を下げる。そして、助けを求める様にラズリーに視線を送ると、彼女は笑いながらリーリアの助けを無視してこう言った。
「リーリアさんとリサさんって似てますよね〜。雰囲気や仕草もですが、髪色は全く同じですし〜」
リーリアは助けを貰えなかった、と視線を逸らしてその言葉を無視した。
リサに関しては、然程興味が無いのか、腰に垂れた自分の髪に触れてチラリと目をやるだけで、それに対して応えはしない。
変に微妙な間が生まれ、ラズリーが気まずそうに笑みを浮かべていると、リーリアから助けを求める視線を送られたフォレアスタークが、リサとビルに向かって話し掛ける。
「儂はお主等とフロスティーゼ家が関わる事に否定的な意見は持っておらんぞ。そう言うわけじゃフロスティーゼ、今後はこの場所で小娘と魔法の鍛錬を行うと良い。そして、時間が空いた時で構わぬから、リサの模擬戦の相手になってやっとくれ」
「ーーは、はい!有り難うございます!フォレアスターク様!」
そして、その日はそのまま解散となり、休息日に入った。
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