リサ、魔獣を運ぶ。
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ビルは、上空に飛んで逃げたリサに安堵しながらも、一瞬だけ視界に捉えた彼女の左腕と苦痛の表情に、かなり心を乱していた。
旗の様に不自然に靡く左腕。そして、普通の少女が見せる事の無い歪んだ顔を支える首の右側は、腐肉の様な青紫色に変色して見えた。
一瞬の事だったので、ビルの見間違いかも知れない。だが、確認しようにも、空に浮かぶ彼女に視線を移せないでいる。
目の前に居る魔人の男。外見に変化は無いものの、先程とは比べ物にならない程の筋力を有しているのは、今こうして地面の上に立っているのを見るだけで明らかだ。
彼は上空に逃げたリサを眺め、再び魔法陣を展開しようと試みるが、ビルがそれを妨害しているので不発に終わる。
それを感じ取った魔人は魔法陣を必要としない魔法を行使しようと魔力を編み始める。それを直感で感じ取ったビルは、魔人の周囲に赤と翠の魔法陣を描き出し、指揮棒の様に指を振って見せると炎弾と風刃を発射した。
だがその頃には、魔人はその場から抉れた地面だけを残して魔人はその場から移動しており、ビルの背後から迫り寄っていた。
ビルは身体強化を発動していたので、それに気付くとカウンターを決める為に、的確に顎を打ち砕くつもりで背後に鋭い蹴りを決める。
魔人の男は超人的な反応を見せて、その蹴りを紙一重で避ける。そしてそのままビル目掛けて握りしめた拳を振り抜くが、上から飛来した氷鳥に気が付くと、拳の標的を氷鳥に変えた。
氷鳥は呆気なく打ち砕かれたが、氷の粒子をその場に霧散させた。魔人はそれに驚き後方に飛び飛び退くと、その先の地面が泥化しており、一瞬だけ体勢を崩して視線をビルからリサに移す。
「ナイスリサちゃん!」
ビルはその瞬間、予め展開していた木陰にある翠の魔法陣から、魔人の右足に向けて風刃を放つ。魔人は又も超人的な反射速度でそれに気が付いたが、泥化した地面の所為で、左に飛び退く事が一瞬遅れてしまい、右足の膝上から下を失ってしまった。
右足を失ってしまった魔人は、泥化した地面から飛び退いた後何度か地面を転がり、その後弾む様に立ち上がると、血が止め処なく溢れる右足の切断面を、火生成で生み出した炎で焼き焦がす。
「痛覚無いの?お前」
足を斬られて声も上げず、炎で傷口を炙って顔も歪ませない魔人を見て、ビルは顔を顰める。
逆に、魔人の男はその穏やかな顔からは想像出来ない程の狂気的な笑みを浮かべて、姿勢を低くして脚に力を溜める。
そして、脚に溜めた力が解き放たれようとしたその瞬間、足元の地面が泥化しながら大きな窪みが生み出され、脚を伸ばした体勢で魔人は不恰好にその場に浮いていた。
その好機をビルが見逃す訳も無く。地面の窪みを埋める様に大きな赤と翠の2重の魔法陣を描き出し、更に魔人の周囲を囲む様に小さな赤の魔法陣を無数に描き出した。
だが、その魔法陣は誰かの手によって掻き消され、直後、宙に浮いた魔人の残りの手足が爆音と共に飛来した、炎を纏った氷剣によって斬り飛ばされた。
切断場所は斬られると同時に焼け焦げ、出血を防いでいる。
魔人は抗う事も出来ずに頭から地面に落ちると、それでも尚抵抗しようと魔法陣や魔法を生成するが、前者はビルに、後者はリサに全て妨害される。
暫くの間、魔法を行使して抵抗していた魔人であるが、魔力が底を尽きたのか抵抗を止め、纏っていた気味の悪い魔力も消え掛けていた。
ビルはそこで漸く空を見上げてリサに視線を送る。
リサはビルのその姿を見て、戦いが終わったのだと察し、地面へ下りると氷翼を霧散させて、その場に項垂れながら地面に手を突いた。
ビルは彼女の綺麗な手と首を見て胸を撫で下ろすと、リサに話し掛けた。
「良かった……一瞬怪我してる様に見えたから、凄く焦ったよ……」
「死ぬかと思った……本当に、死ぬかと思った……。ビルが居なかったら確実に死んでたよ。ありがと」
「俺もリサちゃんに助けられたし、お互い様だよ」
そう言葉を掛けると、ビルは手足を失った魔人の男に目をやる。
魔力を使い果たし、誤魔化していた肉体の損傷に耐え切れなかったのか、その魔人は口から泡を吹いて白目を剥いていた。一応息はある様だが、今後の事を考えると、ビルは魔人をこの場で殺したいと考えていた。だが、それをすると反感を買いそうだと思い、諦めた。
「リサちゃん、取り敢えず首飾り貸して。フォレアスさんにこの場に来てもらおう」
「ごめん……殴られた時に首飾り壊れちゃった」
リサはその場にアヒル座りになりながら、金属の紐を摘み上げて、魔法陣が描かれた装飾部を見せ付ける。
ビルはそれを見て落胆するが、すぐに笑顔になり言葉を掛けた。
「……面倒だけど、それでリサちゃんの命が助かったなら儲け物だ。リサちゃん、俺は先に転移魔法でこの魔人の男をフォレアスさんの所に運ぶ。リサちゃんには、マグベアーの運搬を任せるよ。……鳥作って。そっちの様子が見れる様に遠見の魔法陣を描くから」
リサが創り出しだした氷鳥に、ビルは遠見の魔法陣を描き出すと、魔人の首根っこを掴んでリサに「よろしくね」とだけ伝え、姿を消してしまった。
「任せるってーー行っちゃった」
リサは諦めた様にフラフラと立ち上がると、氷鎧を創り背中に氷翼を生やして飛び立つ。そして、マグベアーを埋めた休憩所まで飛ぶと、その場に着地して氷鎧と氷翼を霧散させた。
そして、氷で出来た大きな荷馬車を創り出すと、物質操作で地面からマグベアーを突き出し、氷の荷馬車の上に転がして乗せる。
その後は氷馬を2頭創り出し、軛と氷馬を一体化させてそのまま氷の荷馬車を引かせる。
荷馬車の見た目は普通の見た目をしているが、リサが荷馬車の構造を知らない為、細かな部品や構造は全く別の物になっている。簡単に言うと張りぼてだ。荷馬車の見た目をしたソリと言って良いだろう。一応、軛と車輪は可動式ではあるが……。
リサは御者が腰を下ろす場所に棺桶型の氷篭を創り出し、水の座布団を敷くと、その中で寝転がりながら空を見上げる。
周囲を警戒する気力も無いので、氷狼を4匹創り出し荷馬車の周囲を徘徊させ、新たに創った氷鳥2匹に、氷狼が殺した魔物の核や魔結晶を回収させて、自分の上に置かせている。
リサは警戒すらしないものの、氷鏡で前方の確認と、物質生成で地面を平す事はしている。そうしないと、氷で出来た軛がいつ砕けてもおかしく無いからだ。
と、言うより何度も砕けている。なので、リサは諦めて軛に氷の輪を引っ掛け、それを氷馬の首に掛けて引かせた。
そのまま氷の荷馬車に揺られる事数時間、陽も傾き始め森全体が赤く染め上がった頃。前方の道から土煙を上げながら、ケイルが勢い良くリサのいる方に走ってきた。
「リサぁぁぁ〜!!迎えにきたぞぉ〜!!!」
(うわぁ……変な人来たぁ……。他人のフリしとこ)
氷篭の中、リサは無数の核や魔石に埋もれながら、身動きを取らずに氷鏡を眺めながらやり過ごそうとするが、ケイルはお構い無しに荷馬車の前で足を止めて話し掛けてくる。
「リサ、ビルから怪我は無いと聞いているが、大丈夫か?……どうした?寝ているのか?」
「…………」
「無理も無いか……だが、この荷馬車は勝手に動いているのか?私が目の前に立った際は勝手に止まったが……」
そう言いながらケイルは道を開ける様に脇に逸れると、氷馬は再び歩き出した。
「ゴーレムか……。って、馬以外にも狼と鳥が居るのか。そう言えば、ビルの遠見の魔法陣の視点は鳥の物だったな」
リサの眠る氷の棺桶の中に、氷鳥が核と魔結晶を置いて行く所を眺めながらそう呟くと、ケイルは黙って荷馬車の後ろに回り、後を着いてくる。
リサはそれを見ると氷鏡から目を逸らして空を見上げると、夕空から夜空へと姿を変える所をただ無心で眺めていた。
それから十数時間。光球の明かりが街道を照らす中歩き続け、夜が明けようとしていた頃。漸くリサとケイルはガルガラに辿り着いた。




