リサ、鶏を作る。
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「さてと……やりますか」
再びラズリーとクリームに向き直りながら座ると、先程と全く同じ手順で魔結晶を溶かして混ぜていく。
もう見慣れてしまったのか、ラズリーは部屋の端に石椅子を創り出してそこに座ると、その場からリサの作業を眺めていた。だが、しっかりと鑑定眼は発動させており、興味自体は持っている事が分かる。
クリームの方は、魔物生成自体にあまり興味を持っている様には見えない。本当に、ただの監視の可能性が高い。その証拠に、常にラズリーを視界の端に捉えながら、普段通りの暖かい表情を浮かべている。
リサ自身、興味を持たれて色々聞かれるのは好みでは無いので、クリームの対応は寧ろ気楽で有難いとすら思っていた。
そう考えながら煮詰まってきた魔結晶にマグチックの生肉ーー胸肉と表記されていた肉塊を入れると、魔結晶の液体より明らかに質量を持っていたであろう肉塊は、液体の体積を変える事なく呑まれて消えてしまった。想定外の変化にリサは目を見開きつつも、素材が消える事自体は想定済みなので、再び指で掻き混ぜながら煮詰めていく。
そして、十分に煮詰まり色も濃紫色になると、リサは掻き混ぜる手を止め、氷生成で冷たい風を送って軽く冷まし、麻袋を掴みとその場から離れて2人の元へ戻る。
変化はすぐに起こった。
石の盃の中から肉の裂ける様な、押し出される様な、なんとも言えない生理的嫌悪感を抱かせる、瑞々しい音が聞こえてくる。そこから、発酵した小麦生地の様に膨れ上がった、赤黒い肉塊が姿を現した。その肉塊は表面に大きな気泡を作り出すと破裂音と共にそれを割り、中から黒い血肉を吐き出して盛り上がると、再び気泡を作り出しながら全身の肉を震わせる。
まるで、蕾の開花を早送りで見ている様な。だが、見ている物はそんな可愛らしい物では無い。生きたまま挽肉にされたナニカが、積み上がっていく姿と言った方がしっくりくるかも知れないが、そんなもの見たことは無い。だが、実際にアレがそうだと言われれば、疑う事なく目を背けるだろう。
だが、今目にしているソレは死肉では無く、その逆。この世に生まれ落ちようとしている最中の魔物だ。
ソレは、膝を抱えたリサと同じ位の大きさまで膨らむと成長を止め、黒紫色の羽毛を生やし始めた。
「うっぷ……ちょっと、気分が悪いかも……」
「当分は、鶏肉を食べる時にこの光景を思い出しそうです〜……」
「衝撃的な物ですが、上位の再生魔法に近い物を感じますね……衝撃的ですが……」
3人共顔色を悪くしながら各々感想を述べる。
「臭いものには蓋を……って事で、えい!」
リサは後々の事を見越して、魔物が動き出す前に、魔物を氷壁で覆い、逃げ場を封じる。
魔物は未だに肉体を作り続けている。羽が生え揃うと赤い嘴を。嘴が生えると黒い鶏冠を。鶏冠が生えると同じ色の肉垂を。そして、最後に金色の瞳を作り出すと、翼を大きく広げて天を仰いだ。
「ーーやばい!2人共耳をーー」
リサは咄嗟に耳を塞ぎ、2人も瞬時に耳を塞ぐ。そして、クリームは氷壁を、ラズリーは石壁を、鶏と部屋を区切る様にして生成すると、次の瞬間ーー
「ーーーーコオォォケコッッコオォォォォォォ!!!!」
雄鶏特有の雄叫びが響き渡ると、部屋が悲鳴を上げながら揺れ始め、クリームが創った氷壁の向こう側にある石壁に、無数の亀裂が走る。
3人は耳を塞ぎ、呼吸すら出来ない程に硬直しながら、歯を食いしばって響き渡る音が消えるのを待つ。ラズリーの右耳からは血が流れており、クリームは三半規管がやられてしまったのか、両耳から血を出しながらその場に倒れ込む。一番最初に耳を塞いだリサだけは、唯一無事にその場に立っていられた。
「やば……すぎ……!」
「リサさ……!いった……なに……を!」
その時、石壁が崩れ落ちる様に崩壊すると、リサとラズリーは言葉を失った。
訓練室の中央。紫色の鶏の魔物が立っている地面の床の中心には、何かが爆発した様な窪みが出来ており、予め張っていた氷壁はどこにも無い。そして、訓練室の壁や天井は、魔法で強化されている筈なのに所々に亀裂が走っていた。
何が起こったのか。簡単だ。“雄叫びを上げた”。ただそれだけだ。ただそれだけの行為で、リサの煤爆発と同等の破壊力を、この部屋に齎したのだ。
リサは咄嗟に鶏の頭上に大きな氷斧を創り出し、斧頭を煤で爆発させながら勢い良く振り落とすと、魔物の頭を2つにカチ割った。
そして、剥き出しになった“人の頭程の大きさの核”を見つけると、煤を生成して肉体から吹き飛ばした。その吹き飛ばされた核はクリームが創った氷壁に勢い良くぶつかると、先程の咆哮で脆くなっていたのか、氷壁を砕き割った。
だが、それでも尚、核は肉手を作り出して肉体へ戻ろうと踠き始めたので、リサは氷剣でその肉手を斬り飛ばして核を掴み取ると、無理矢理自分の魔力を注ぎ込んで内包された魔素を排出させ、その魔素を、核を失った魔物の肉体に自身の魔力と編みながら流し込む。
そこまでして漸く核の機能も停止して、部屋の中に魔素が溢れかえることも無く、無事とは言えないが、致命的な怪我を負う前に収める事が出来た。
歪な形をした大きな核は、リサの魔力を大量に吸い込んだ所為か、外側が赤く変色している。残った肉体の方も、大量の魔素と魔力を吸った所為で霧散することなく、安定した状態で残っていた。
呆然としながら魔物の死体を眺めるリサは、ハッと我に返り振り返ると、倒れているクリームに駆け寄り声を掛ける。
「クリーム!大丈夫!?ど、どうしようラズリー!」
「お、落ち着いてください〜……恐らく、両耳の鼓膜が破れているんでしょう。取り敢えず、保健室へ行きましょうか〜。これ位の事であれば、治療術師が跡形も無く治してくれますから〜」
リサが、クリームを持ち上げる様に氷篭とソリを創り出して、後ろから押して動かそうとしたその時、訓練室の扉があった場所からケイルが姿を現した。
「物凄い衝撃音と咆哮が聞こえたが何がーーなんだこの部屋は!って、クリーム先生!?」
リサは部屋の状況は後回しにして、ラズリーとクリームが負傷している事を簡潔に伝えると、ケイルは
「分かった!ラズリー先生もそれに乗ってくれ!私が保健室へ運んでいく!リサはこの場で待機!他の生徒が来ない様に、廊下に壁だけ張ってくれ!」
そう言うと、氷篭にラズリーも乗せて、物凄い速さで廊下を駆け抜けていった。
リサは言われた通りに廊下に氷壁を張り、近くにいた生徒達を近づけない様にすると、再び訓練室へ戻り、地面に置いた核を拾い上げる。
大きさも、内包されていた魔素量も、支持性ーー再生力も異常だった。何度か魔物生成を行っているが、今回の様な突然変異種は生まれて来なかった。普段と同じ溶かし方で、魔結晶の量も多く無い。唯一今回違うのは、魔物生成の素材に“魔獣肉”を使用した事。今までは、そこら辺に落ちていた木の枝や小型魔物の素材を用いて試していたが、今回は初めて魔獣肉を使用した魔物生成だった。もしかしたらーーいや、間違いなく、それが原因だろう。そう考えるリサは、念の為に核を部屋の端に置いて、鶏の魔物の死体に近付く。
赤い嘴に黒い鶏冠、紫色の羽毛に、赤黒い肉。
ーー赤黒い、肉?
リサは首を傾げつつ、その肉に触れる。筋肉質のその肉は、ほんのりと温かくかなりの弾力があり、所々につなぎ目の様に筋が入っていた。
筋が、入っている。
魔物の肉であるはずなのに、生暖かく、赤みを帯びていて、筋がある。
本来、魔物の肉は黒か濃紫で、どちらかと言えば冷たく、筋の様な物を作り出すことは無い。魔物は対象の外側を模るだけで、言ってしまえば綿の詰まった縫いぐるみと同じなのだ。内臓も無ければ、骨も血管も筋肉も無い。なのに、この魔物の肉は、“肉”として作り出されているのだ。
この魔物……リサの生み出した鶏の魔物は“魔物堕ち”に近い。それも、ただの魔物堕ちでは無く、それより上位の存在……肉体を持った魔物ーー“悪魔”と呼ばれる物に近い。
リサは、言葉を覚える為に何度も読んだ御伽話を思い出し、肩を震わせる。
「いやでも……まさか……ね」
リサは今までの考えを頭を振って捨てると、死体から背を向ける。
そして、数歩だけ離れると、再び振り返って死体に駆け寄り、2つに別れて地面に付いた両方の頭から、金色の瞳を抉り出すと、小さい石箱に入れてポケットに押し込んだ。




