リサ、杖を頼む。
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ゼシール魔道具店はガルガラの中央、「貴族街」と呼ばれる、高級な店が立ち並ぶ1角に店を構えている。一応「冒険者街」と呼ばれるガルガラの南部側に店を構えているとはいえ、ーー両開きの大きな扉、入り口にある雨除け屋根と支柱に施された細かな装飾、曇り一切無い窓ガラス。ーーその外観は、名も無い冒険者が立ち入る事を拒む様な、厳かな雰囲気を醸し出しており、リサは自分に場違い感を抱いてしまう。
店の外から覗かせるガラス張りの飾り棚には、杖やローブを基本に、首飾りや耳飾り、指輪に宝石類が並べられており、その殆どが、リサの予算額を遥かに上回っていた。中には、リサのポケットに入った金貨だけでは、到底買えない様な品まである。
ショーウィンドウと呼ばれる場所には本来、購買意欲を掻き立たせる様な物が置かれている物だと把握していたリサだが、それらの絢爛豪華な装飾品を目にして、一切の欲を感じる事は無かった。
本当に、この場所で合っているのかとリサはラズリーを見る。もしかすると、普段の何かしらの仕返しに、私を不釣り合いな店に連れて行き、笑い物にするつもりなのでは無いか。そう訝しむが、近くの食事処を眺めて頬を緩めるラズリーの顔を見て、思い過ごしだったと自分に溜息を吐く。
「ラズリー?」
「あぁ、ごめんなさい。入りましょうか〜」
今の呼び掛けは入店の合図では無く、目的地を確かめる為の呼び掛けだったのだが、何の躊躇いも無く扉を開けて中へ入っていった所を見ると、目的の店はこの店で間違いない様だ。
中からは、「いらっしゃいませ」と穏やかな男性の声が聞こえて来た。その声に応える様に、ラズリーが男性に話しかけていた。
リサは一度だけ深呼吸をすると、扉の取っ手に手を掛けてから体重をかける様に引く。
踏むのを憚ってしまう程豪華な、赤い泥落とし用の敷物に足を乗せると、リサは綺麗な内装に思わず息を漏らしてしまう。
天井に等間隔で吊り下げられた照明は、リサが絵本でしか見た事がない、銀色のシャンデリア。それがまず、リサの目に飛び込んで来た。
白茶の木の床と天井に、温かみのある茶色の壁。部屋の中央に並べられた黒色の飾り台は、赤い敷物の上に置かれた硝子向こうの宝石達を、色鮮やかに見せびらかしていた。
店の右端には婦人服や法衣、それに合わせた手袋や帽子などの魔法士や魔術士用の服飾が衣桁や木人形に飾られており、反対の左側には、細長い木箱が棚に積まれている。それ以外にも、リサの背丈より長い棒も置かれており、棍棒の様なそれは、様々な形の物が置かれていた。
リサは、店内を粗方見回すと、再び吐息を漏らして目の前のラズリーに視線を戻す。
リサが店内を見回すのを待っていたかの様に、入り口横に立っていた男性が入店の挨拶をした。
「いらっしゃいませ。本日はどの様なご用件でしょうか?」
あまりにも礼儀正しい男性の立ち居振る舞いに、リサはたじろぐ様に石箱を胸に寄せると、男の左目に2重の円が一瞬だけ浮かび上がる。
(あ、観察眼だ。ラズリーから聞いてなかったら、目に円が浮かび上がってるなんて、絶対に気付けないや)
そう思うと同時に、ラズリーの時の様に呪いの道具だと騒がれるかも知れないと考え、無意識に、石箱を男性の視線から隠す様に背を向ける。
その時、丁度ラズリーが此方を振り向き、リサを笑顔のまま見詰める男性に声を掛けた。
「その子は私の弟子なんです〜。今日は、その子の杖を見繕いに来たんですよ〜。なので、スードラーさんを呼んでくれるとありがたいです〜」
その言葉を聞いた男性は、ラズリーに向き直ると頭を下げて、
「承知いたしました。店主のスードラーをお呼びいたしますので、その間、店内をごゆるりと御覧ください」
そう言うと、店の奥へ歩いて行った。
それを見送ったリサは、石箱を胸の前に抱き寄せながらラズリーに小走りで歩み寄ると、小声で話し出す。
(ラズリー!私、こんな高級なお店だなんて知らなかったんだけど!予算は金貨2枚って伝えたよね!?)
(リサさんの金銭感覚がおかしいだけで、金貨2枚は十分高いですよ〜?私の教員としてのお給料、いくらか知ってますか?月に金貨3枚ですよ〜?)
(そうなの?でもそれ位か〜……。じゃ無くて!このお店絶対金貨2枚じゃ足りないでしょ!そこに置いてある宝石の値段見てよ!金貨6枚だよ!?)
リサはすぐ隣にある飾り台に置かれた、翠色の大粒の宝石を指差してそう言った。大きさ的にはリサの持つ核宝石と大差無く、よく見る杖に嵌め込まれている物とも、大きさは変わらない。と言う事は、杖を買うには最低でもそれ位の金貨が必要という事になる。
(リサさん、それは純度の高い本物ですから……って店主が来ましたよ〜)
リサとラズリーは会話を止めて店の奥を見ると、扉から出てきた男性は、2人の元に歩み寄る。
両側面を刈り上げて、短く切り揃えた青髪に、2mはありそうな身長。そして、病的な程痩せこけた頬の上の黒ずんだ下瞼を、眼鏡の下にチラつかせながら、目尻と口の皺を更に色濃くする。そして、開口一番に放った言葉は2人を驚かせた。
「お待たせお嬢ちゃん。で、そこの師匠を呪い殺す魔道具を作れば良いのかい?」
「や、やっぱりそうだったんですかぁ〜!?」
「違う!杖を作るの!ふざけてると本当に作ってもらうよ!?」
両手を上げて怯えた仕草を取るラズリーに、リサは頬を膨らませてそう言うと、男性とラズリー両方を睨む。
「冗談はそれ位にしてーー」
冗談にしてはタチが悪い。ラズリーもラズリーで、本気にしているのか分からないが、私から距離を取るのはやめて欲しい。リサは睨む目はやめずに話を始めた男性にのみ視線を移す。
「杖を買いに来たと聞いたが、素材持ち込みのオーダーメイドと見て良さそうだね……。全く、面倒だ。子供は子供らしく、安物の玩具で我慢すれば良いものを……」
「え……?」
リサはその言葉に唖然として目を丸めると、助けを求める様にラズリーの方を見て固まる。
「リサさん、大丈夫です。この人は口が悪いだけなので〜。取り敢えず、その石箱を渡すといいですよ〜」
今の台詞を聞いて、この空気感で石箱を渡せと?そう考えたリサであったが、何故か此方に手を伸ばす男性を見て、言われた通り仕方無く、抱えていた石箱を手渡した。すると、男性は店奥の高机の上に石箱を置き蓋を開け、中から樹木型の魔物の車枝を取り出した。
車枝は、幹側に伸びていた肘程の長さのある本枝の先を、5本に分岐させており、その先の枝の全体は、リサの掌と同じ位の大きさがある。本枝はリサの持つ愛剣の柄より少し太いが、どうせ加工するだろうと考えての物だ。
全体的に見て、人間の肘先の木乃伊の様な見た目をしているそれを見て、男性は小さく呟くと、
「トレント……変異種か?かなり強い意志を持った魔素が流れているな……。面倒だ。実に面倒だ。お嬢ちゃん、これをどこで?」
リサにこの素材をどこで手に入れたのかを尋ねる。
だが、魔竜の事を正直に答える訳にもいかないので、その部分は端折りながら答えた。
「魔素溜まりから生まれた魔物から取った物だよ。場所はガルガラの北東の方」
「お嬢ちゃんがこの魔物を倒して回収したのか?」
「そだよ。一応仲間も居たけど、それを倒したのは私1人だね」
「ふむ……」
男性はリサの返事に鼻音で返すと、高机に優しく枝を置き、問題の核宝石を石箱から取り出してリサに見せる。
「こっちは何だ?魔物の核の様にも見えるが……化け物でも殺したのか?」
「そっちは私が作った宝石。杖の材料になるかも知れないから持ってきたの」
「自分で作った……?作り方は?」
男性の質問に、先程の仕返しを思い付いたリサは、間髪入れずに冗談を口にした。
「金貨100枚」
「分かった」
「「え!?」」
だが、男性はそれに対して突っ込みを入れる事なく、そう一言返事をすると、一度核宝石を石箱に戻して店の奥へ行ってしまった。
リサとラズリーは驚いて互いに声を上げると、小声で話し出す。
(ラズリー、あの男の人って冗談が好きなタイプなの?)
(分からないですけど〜、私が知る限りでは口が悪いおじさんとしか……。おじさんですし、冗談も好きなのかもですね〜)
(なんか、凄い振り回されてばっかりなんだけど……これなら素直に、ギルド管轄の魔道具店に行けば良かったかも……)
(紹介した私が言うのも何ですが〜、面倒ですよね〜。って、口癖がうつっちゃいました〜)
暫く2人で話し合っていると、扉が開かれて男性が出てきた。
そして、高机に置かれてた石箱に枝車を仕舞うと、石箱を持って2人に声を掛ける。
「来てくれ、裏で話す」
返事を待たずして扉の奥へ消える男性の姿に、互いに首を傾げ合いながらも、素材が持っていかれてしまったので仕方なく、後を着いて行った。
案内されたのは応接室。店内と同じ様な煌びやかな内装を見て、リサ達は息を呑む。
「座ってくれ」
膝下の高さの長机に石箱を置き、入り口から見て右側の赤い長椅子に腰を掛ける男性は、対面の長椅子を手差して促す。それを見たリサとラズリーは案内通りに腰を下ろすと、長机に置かれていた紙を見る。
「これは?」
リサは紙を覗き込み、一番上に書かれた文字を読む。
ーー誓約書。そう書かれた紙には、下の方に長々と文章が書き連ねられていた。
「誓約書だ。お嬢ちゃんが、先程の宝石の作り方を偽り無く教え、私がその対価を支払うといった旨が書かれている。他にも、作り方を他のーー」
「ちょちょちょ!ちょっと待って!さっきの嘘だから!仕返しで冗談を言っただけだから!」
「作った物では無いのか?」
「あいや、そっちじゃ無くて、金貨100枚って方!簡単な作り方だし、他に作ってる人は幾らでも居そうな物だから!ね!ラズリー!」
ラズリーは動かない。その様子を見て察してしまったリサは、ラズリーが下手な事を言い出す前に作り方を男性に早口で伝えた。
「魔結晶を砕いて溶かして魔力を注いで固めただけ!いっぱい溶かして色々飛ばして、とにかくいっぱい魔結晶を溶かすの!」
「あぁぁぁ〜!なんで言っちゃうんですか〜!?金貨100枚が貰えるチャンスだったんですよ〜!?リサさんのバカぁ!」
やはりラズリーは儲ける気満々だった様で、大声でリサを非難しながら右腕を掴み、リサの身体を左右に揺らす。
「魔道具だって魔結晶や核を使って作るんでしょ!?だったら、私と同じ事をしてる人だっているでしょ!?」
それを聞いた男性はリサの発言を否定した。
「魔道具は、制作する魔道具に合った、適当な大きさの核に魔術を用いて刻印を刻む物。魔結晶は、核の魔素を補填する為の素材だ。態々溶かして魔力を注ぎ込むなんて手法、聞いたことも無い。まず、魔結晶を溶かすのに、どれだけの魔力を消費しなければいけないと思っているんだ?」
リサは男性の説明を聞いて大人しくなると、ラズリーを見て震えた声でこう言った。
「ラズリー、もしかして今、私、金貨100枚を手に入れる機会を逃した感じ……?」
「だから言ったじゃ無いですか〜!」
悲しむ2人を横目に、男性は長机の上に置かれた誓約書を手に取ると、火魔法で誓約書を燃やしてみせた。そして、そのまま言葉を続ける。
「面倒だ。面倒だが……話を聞いてしまった以上、恩を返さねばならない。これは紙面の取引では無い。私の信条だ。嫌なら断れ」
そう言いながら石箱から素材を取り出し両手に持つと、それをリサに見せる様に前に伸ばす。
「面倒だが、杖を作ってやる。対価はもう貰っているが、払うと言っても、お嬢ちゃんが払える額じゃ無い。嫌なら断れ。だが、よく考えろ。2度も機会を逃すなよ」
「えっと、よく分からないんだけど……ラズリー、翻訳お願い」
「タダで宝石の作り方を教えてくれた代わりに、タダで杖を作ると言っているんですよ〜。借りは作らない。そう言っているんです〜」
リサはハッとした表情を浮かべながら男性を見て、
「良いの?」
そう聞くと、
「決めるのはお嬢ちゃんだ」
と、男性は答えた。
そんな物、決まっている。青髪の男性の言う通り、2度も機会を逃すつもりは無い。リサはニコリと笑みを浮かべて、男性に伝えた。
「じゃあ、お願いする!機会を逃したくは無いからね!ーー私はリサ」
「ーー私はスードラー。面倒だが、魔道具作りに手を抜くつもりは無い。期待して待て。出来次第、学校に伝える」
リサとスードラーは握手を交わし、無事、リサの目的であったオーダーメイドの杖の製作を取り付ける事が出来た。




