リサ、暴走する。
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魔竜討伐から数日後、リサはビルと共にケイルに呼び出され、本館にある談話室へ足を運んでいた。内容は聞かされていないが、教師陣が山の捜索を終えた事から、魔竜についての話だろう。それと、“臨時収入”の話も。
雑談しながら歩くリサ達は、2階にある談話室の前に着くと話を止め、ビルが扉をノックして部屋の中に声を掛けた。
「ビルです。ケイルさんに呼ばれて来ました」
すると、部屋の中からケイルの声が聞こえてきた。
「入れ」
リサとビルは、「失礼します」と一声掛けてから両開きの扉の右側を開けて、談話室の中へ入る。
個人のお茶会を開いても十分な広さのあるその部屋は、赤茶色の木製の床と天井に、謎の絵画が掛けられた白茶の壁。部屋の奥隅には観葉植物が置かれ、その反対側の壁には、ギッシリと詰まった焦茶色の大きな本棚が佇んでいた。部屋の中央には、膝下の高さの洋風な長机が置かれており、それを挟む様に、これまた洋風の長椅子が置かれている。そして、リサ達から見て長机の右側には、洋風椅子が置かれており、その下には、床を傷つけない為にか、赤色の絨毯が敷かれていた。
リサ達は、椅子から立ち上がったケイルに目をやる事無く、対面の長椅子に腰を下ろして此方を見つめて来る、異様に耳の尖った金髪の老夫を眺めていた。
その老夫は、リサとビルを交互に見やると、ソーサーごとティーカップを持ち上げ、中身を啜る。
リサは、その老夫を見たビルの顔付きが、少しだけ変わった事に違和感を感じながらも、此方に話しかけて来たケイルに目をやった。
「リサ、ビル、よく来たな。此方のお方は〈フォレアスターク・リードリック〉様だ。この、シオン魔導がーー」
「ーービル?ビルとな?……ククク、クカカカカカ!まさか貴殿がビルの名を語るとは……!ククククク…………」
ケイルの話を遮る様に、フォレアスタークと紹介された老夫はいきなり声を上げると、ビルの名前を笑い始めた。
その時、ビルから殺気を感じたリサは、その場から咄嗟に離れるが、その時目に映ったビルの顔は、今まで一度も見た事無い怒りの感情を露わにしていた。
「おいフォレアス、俺の両親が一生懸命考えて付けてくれた名を笑うな。老い先短い余生をここで終わらせたくは無いだろ?」
フォレアスタークは直接殺気を向けられても尚、笑いながら膝を叩き、笑い涙を浮かべる。そして、急に落ち着きを取り戻して涙を親指で拭うと、
「カカカカ!まさか親から頂戴した名だとは!運命とは面白い物よ。……で、ビルよ、無差別に殺気を振り撒いておるが、“背後”、気を付けんと」
ビルの背後を指差した。
ビルは、バチバチと、不可解で最近幾度も聞いた音を聞き、訝しみながら後ろを振り向くと、幅広い廊下の反対側、付近の窓を煤で覆い尽くて廊下に帳を降ろしながら、左右の廊下に煤の塗られて氷壁を創り出す、暗闇の中、首元の火花で顔を照らし出したリサの姿が目に飛び込んできた。
「リサちゃん……?」
「殺気に慣れておらず、無意識に過剰反応を起こしてしまったのじゃろう。それ以前に、貴殿の殺気は強すぎるのじゃ。ほれ、儂の隣に居る童を見てみぃ」
ビルは再び室内に目をやると、先程まで立っていたケイルが、椅子に腰掛けながら白目を剥き、失禁していた。
「ケ、ケイルさん!?」
「もし、あのお嬢ちゃんが部屋の中に居て、同じ様に殺気を向けられておったら、大変な事になっておったじゃろうなぁ……。いや、そちらの方が良かったかも知れんな。幼き乙女の秩序を守る為に儂と貴殿の記憶を消すより、あの煤を掃除する方が大変そうじゃ」
そう言いながら、カカカと笑い声を上げると、長椅子の座る位置を変えて、少しだけケイルから遠ざかる。
ビルは、フォレアスタークの軽口に返事をする事無く、顔から大量の冷や汗を流しながら、忘れていたリサの魔法を思い出した。
先日、魔法陣を描き出すのに必死で気にしていなかったあの魔法。試験の時に見て、リサは強いのだと知ったあの魔法。それを思い出し、衝撃を与えない為にその場に棒立ちしながら、何も知らない呑気な老夫に語りかける。
「おい、フォレアス、俺の後ろの女の子、もしかして気を失ってるのか?」
「じゃろうな。気を失う寸前に展開した魔法にしては、隠蔽性が高いのう。じゃが、首元の火花で位置がバレバレじゃわい!クカカカカ!」
「フォレアス、下手な事をされる前に伝えておくが、あの煤に刺激を与えるなよ?」
ビルは、自分の足元を囲う煤を見て、固い声でそう伝えた。
フォレアスタークはその言葉に首を傾げ、ビルに視線を移す。そして、彼が極度の緊張に顔を引き攣らせて冷や汗を流しているのを見ると、何事かと尋ねる。
「どうしたのじゃ?貴殿らしくもない」
「ーー不完全だが、魔素溜まりで強化された魔竜の頭を、首の根本から吹き飛ばした魔法……。その魔法が今、廊下に展開されている。……って言ったらどうする?」
「……同じ量か?」
「一角にも満たない」
それを聞いたフォレアスタークは深い溜息を吐き、上げかけた腰を長椅子に下ろした。
「貴殿の所為じゃぞ。お嬢ちゃんに声を掛けるかどうかして、目を覚まさせてやるんじゃ」
「……そうだな。後、俺はビルだ。貴殿じゃ無い。俺の事はちゃんと名前で呼んでくれ。“リードリック様”」
それを聞いたフォレアスタークは、笑みを噛み締める様に顔を歪めて、ビルから顔を背けた。
(性格悪過ぎるだろコイツ……)
ビルは呆れた様に深く溜息を吐いた後、ゆっくりと首を後ろに向け、リサに呼びかける。
「おいリサ、聞こえるか?リサ」
「(何?)」
返って来たのは言葉にならない寝言。だが、此方の声に反応した事には変わりなく、このまま話を続ければ、目を覚ますかも知れない。そう考えたビルは、もう一度リサに呼びかけた。
「リサ、さっきは俺が悪かった。だから、この煤を消してくれない?このままだと、みんな御陀仏だよ」
「(……分かった)」
すると、周囲の煤がリサの元へ集まり、霧散する事無くリサの身体に吸収されていく。そして、氷壁が霧散した後、リサの首元の火花が収まり、その場に座り込んだ。
氷壁の反対側に居たと思われる教師や魔法学者が、何があったのかと慌てて談話室の方に歩み寄ってくるのを見て、ビルは面倒そうな顔でリサの元へ行き、そのまま優しく抱き抱えると、談話室からフォレアスタークが出て来て、周りの者に声を掛ける。
「この子らを試す為に、ちと荒事をさせて貰ったのじゃが……迷惑をかけたのう」
フォレアスタークの言葉を聞いた教師達は、引き攣った作り笑いを浮かべた後、蜘蛛の子を散らす様に皆その場から離れていった。
「さて、残る問題は……色々垂れ流しておる童じゃな。息は問題なくしておるようじゃし、このまま放っておいて、儂らは別の部屋に移動するかのう。お嬢ちゃん……リサじゃったか?その子の話も聞きたいからのう」
談話室の扉を閉め、逃げ遅れた職員に声を掛けるフォレアスタークは、その部屋の後始末を彼女に頼み、「こっちじゃ」と言うと、ビルの返事を待たずに歩き出してしまった。
このまま無視してラズリーの部屋に行ってもいいのだが、それはそれで後々面倒毎に巻き込まれそうなので、ビルはリサを抱き抱えたまま、フォレアスタークの後を追って3階へ向かった。
3階にある1室。フォレアスタークの自室へ向かったビルは、部屋に入った瞬間顔を顰める。
まるで書庫の様に大量の本と本棚が置かれたその部屋は、紙とインク、そして老人特有の体臭が合わさった臭いが充満しており、お世辞にも良い空間とは言えない物だった。自分も、こんな臭いの部屋を作り出していたのかと考えるビルは、余計に顔を顰めて腕の中で眠る様に気を失っているリサを見る。
「フォレアスターク様、ソファは無いんですか?リサを寝かせたいのですが」
「そこら辺に創れば良いじゃろ。まさか、そこまで衰えた訳でもあるまい?」
「ちゃんとした場所で寝かせたいの。ボケ老人にはそれが分からないのかな?」
煽りには煽りで返す。それ位で無ければ、この性悪ジジイは調子に乗る。ビルは実体験を元に強めの言葉を言い放つと、部屋の端に置かれた長椅子にリサを寝かせた。
すると、丁度リサが目を覚まして、辺りを見回すと衝撃的な事を口にした。
「紙で出来た棺桶みたいな臭いがする……!」
なんとも的を射る発言に、ビルは腹を抱えながら大笑いを始め、本棚の陰で見えない場所にいたフォレアスタークは、口を大きく開けてショックを受けていた。
そこに、更に続けてリサは追い討ちをかける。
「何でここ、こんな臭いしてるの?もしかして霊安室でも近くにある?それか、解体場が近くにあるとか?……で、何でビルは笑ってるの?」
「アハハハハハハハ!いやいや!リサちゃん本当に最高だよ!これはお礼を言うべきだね!ありがとう!」
「はぁ……どうも」
何が何だか分からないリサは、とりあえず返事だけしておくと、今から何をするのかビルに尋ねた。
「ねぇビル、話し合いはどうなったの?ビルが怒ってからの記憶が無いから分からないんだけど」
「ああ、エルフのお爺ちゃんが居ただろ?あの人が俺達に幻惑魔法を掛けて、俺達を試したんだ。それで、今日は話し合いは無しになった。幻惑魔法を使うなんて、ケイルさんも想定してなかったらしくてさ。怒っちゃって」
ビルは咄嗟に出て来た嘘でリサを誤魔化し、本棚の陰でショックを受けながら此方を見つめるフォレアスタークを、リサの視界に入れない様に立ち位置を変えて、部屋の外へ促す。
そして、死人の様な臭いが立ち込めた部屋から出たリサ達は、寄宿棟へ向かうと、各自自室へ戻った。




