リサ、曇り夜空を見上げる。
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リサ達は予め聞かされていた事だが、実習を中断して、本館の庭園に集められた生徒達に向けて、男性教員から実習の中断と、それに合わせて暫くの間休校すると言う事が伝えられた。他の生徒達には、実習を中止した詳しい説明は無く、休校する事についても理由の説明は無かった。その事を、保健室の椅子に座っていたリサは、つい先程、庭園から話を聞いて戻ってきたビルから説明された。
あんな出来事、生徒達には話す事など出来ないだろう。もしかすると、生徒達に説明した男性教員も、詳しい内容を聞かされていないのかも知れない。何せ、詳しい理由を知っているケイルは、実習中止と休校の事だけを、付近の先生に伝えて、山の中へ行ってしまったのだから。
「教えてくれてありがとう。ラズリーには私が付いているから、ビルはもう行っていいよ」
同じ班だったとはいえ、ラズリーと関わりが然程無い彼を、止め続けるのも良く無い。彼は彼で、大型の魔法を行使して疲れている筈だし、それ以外にも、森の中を走り回っていたのだから、肉体的疲労も大きい筈だ。そう考えたリサは、ビルにそう声を掛けると、有難いと言った様子で、ビルはニカリと笑う。
「なら、俺は自分の部屋に戻って休ませてもらうよ。リサちゃんも、無理はしちゃダメだよ?」
ビルは、リサの隣の椅子に置いてある、所々汚れた自分の制服のジャケットを掴み取ると、保健室を後にした。
それを、手を振りながら「ありがとね」といって見送ると、スカートのポケットから、砂で汚れたティーバッグを取り出した。
「……残念」
それをベッド脇の屑篭に捨てると、ポケットに残った他のティーバッグも摘み出して、屑篭の中に入れていく。
手持ち無沙汰になってしまったリサは、その場に一度立ち上がると、自分とビルが使っていた2つの木の丸椅子を、ベッドの足側に退かし、ラズリーの右側に氷の揺籠を創り出すと、水のクッションを敷いてから、深く腰を下ろして足を宙に浮かせる。そのまま、何も無い木の天井を見上げて、ラズリーが起きるまで呆然と時間を潰した。
あれから何時間経ったか分からないが、まだ外はまだ明るい。だが、窓から差し込む日差しの角度的と色的に、そろそろ陽が落ちる頃合いだろう。
腹時計が鳴らす目覚ましの音を聞き、目の前で何かが動く気配を察知して、リサは意識を覚醒させると、ベッドの上で座っている人物に声を掛けた。
「ーーラズリーおはよう。私の言葉、聞こえてる?」
その言葉に反応を示す様に、窓の外を眺めていたラズリーは、ゆっくりと首を動かして、右側にいるリサの顔を見つめた。
「リサさん……?あれ、私は一体何を……?ここはーー」
突然、顔色を真っ青に変えたラズリーは、ベッドから落ちそうな位の勢いで、リサの方に体を伸ばして、バランスを崩すと、一度リサの膝に思い切り顔を埋めた後、顔を埋めたままリサの腰に両腕を回す。
「ごめんなさいリサさん!」
大きく傾きかけた氷の揺籠は、新たに創られた氷の膜によって、床に固定される。それでも、体勢を崩して下に体重を掛けるラズリーの体を、リサは咄嗟に抱き抱えるが、そのまま前のめりで体勢を崩してしまい、ラズリーの頭を腿と胸当てで挟みながら、2人共揺籠から床へ落ちてしまった。
しかも、脇机の上に置かれた石箱が、衝撃で落下してリサの頭上に落ちる。
「あ゛いっだぁ〜〜っ!!!」
床を叩く衝撃音と共に、何かが折れる音が聞こえた。恐らく、石箱の中に入った魔物の枝が折れてしまったのだろう。そう考えているリサの瞳には、不意の衝撃によって無意識に涙が浮かび上がり、振り落とされたソレは、ラズリーの頸に当たって弾けた。
ラズリーは一度、体を軽く跳ねさせると、床に手を突いてベッドから降り、リサの隣に腰を下ろした。
「いったぁ〜い。リサさん、しっかり受け止めてくださいよぉ〜」
アヒル座りで、腿の間に左手を突きながら、自分の頭を摩ってそう言うと、目の端に浮かんだ涙を光らせた。
演技臭いと思いながらそれを無視して、床に落ちた石箱を2つ拾い上げると、氷の揺籠を霧散させてから、ベッドに腰を掛け、ラズリーに話し掛ける。
「平気そうで何よりだよ、本当に。正直壊れちゃったかと思ったからさ……」
石箱を開け、中身の枝が無事な事を確認しながらそう言うと、無傷の中身に胸を撫で下ろして、脇机に石箱を置く。
ラズリーを見ると、彼女は床を見ながら項垂れて、どんな表情をしているのかは、リサからは見えなかった。確認することも出来るが、それをする程、リサは非道では無い。
お互い無言のまま時が進み、暫くして気持ちの整理が付いたのか、ラズリーの方からリサに声を掛けた。
「あの後……私が気を失った後……何があったんですかぁ?」
ラズリーは、自分が発狂した事に気付いている様子は無く、魔竜の事を知らされてすぐに、気絶してしまったのだと勘違いしている様だった。リサにとっては都合が良いことなので、それを訂正すること無く、ビルがケイルに話した内容と全く同じ内容を、ラズリーに伝えた。
「そうだったんですかぁ〜、リサさんも気絶を……。それで、ビル君は何処に?」
「疲れたからって部屋に帰ったよ。後、学校は暫く休校。今は山に行ってるから話は聞けないけど、ケイルから、先生達に向けた説明があると思うよ。それまでは、今の話は他の人には内緒にしてね?生徒達は勿論、念の為に先生達にも」
「分かってますよぉ〜。私はリサさんと違って、立派な大人なんですから〜。ですが、休校の間の指導はどうなるんでしょうかね?私的には、6日位休みを貰いたいんですが……」
その発言は、普段のラズリーから発せられた物であれば、“怠け者”と罵っていた所だが、今回に限っては、リサも、ラズリーの休養が必要だと考えていた。そもそも、休校中に魔法指導があったとしても、リサは数日間、ラズリーを休ませるつもりでいる。……本人がやりたいと言うのであれば、話は別である。
「1日まともな物が食べられなかった分、お仕事を休んで、美味しいお店に行かないとですよね〜」
が、今のラズリーの発言で、先程までの考えは、心配と共に全て吹き飛んだ。
精神を安定させる為に、食を求めている可能性も捨てきれないが、普段が“アレ”なので、どうしても心配する事が出来ない。
複雑な感情を表に出さない様に、作り笑いを浮かべる。
正直言ってしまうと、ラズリーのその発言は、リサも考えていた事である。この後貰える“臨時収入”の額によっては、普段より少し良い物を食べようと思っていた位だ。
だが、それは活躍した自分へのご褒美でもある。そう、自分の事を棚に上げつつも、リサはラズリーに同意した。
「良いね〜。私も何か美味しい物食べようかな〜。あ、後さ、今度杖を買おうと思ってるんだけど、素材持ち込みで。ラズリーお勧めの魔道具店とかある?」
樹木型の魔物の素材を回収したのには理由がある。オーダーメイドの杖を作ってもらう時に、少しでも値段を安くしてもらえる様に、杖の柄の素材として、回収したのだ。
一応、他の人が持つ、杖に嵌め込まれた宝石に当たる素材も持っているが、そちらは使えるかは不明である。握り手部分の素材は無い為、その場で素材を選んで買う事になるが、それらは、実際に店に行ってからの話だ。
「ありますけど〜……教えるのは明日でも良いですか〜?私も、まだ少し気怠くて……筋肉痛で全身痛いのもありますし、もう少し寝ていたいんですぅ」
ラズリーの言葉に、リサはハッとして、ベッドから立ち上がると、ラズリーに手を差し出しながら謝罪した。
「ご、ごめんねラズリー。気が利かなくて」
自分とした事が。病み上がりというわけでは無いが、精神的に追い詰められて、気を失ったばかりの人相手に、何の配慮も無く普通に接してしまうとは。ラズリーの雰囲気が、あまりにも普段と大差無いばかりに……。
「気にしないでください〜。リサさんも今日は疲れたでしょう?私は良いですから、部屋に戻って、ゆっくりしてくださいな」
再びベッドに横になるラズリーからは、腹の鳴る音は聞こえない。代わりに、可愛らしい寝息の音が聞こえ、彼女は毛布を上下に揺らし始めた。
リサはそれを見ると、足音を殺しながら、そっと扉を開けて、保健室を後にする。そして、落ち掛けた陽の光を横目に、寄宿棟へ戻る為に庭園を横切ろうとすると、丁度山から帰還したケイルに出会った。
彼は、リサを見つけると手を振って呼び止め、右肩に掛けたリュックを見せると、
「これ、実習場所に忘れていたぞ」
と言って、リサの前にリュックを置くと、続けてラズリーの事を尋ねた。
「ありがとう、ケイル」
「気にするな。それより、ラズリー先生の様子はどうだ?」
「さっき起きて、眠いからってまた寝たよ。様子は普段と変わらなかったけど、一応、数日は休んだ方が良いかもね」
その言葉に、ホッとため息を吐くと、頷く。
「そうだな。その方が良いだろう。ではリサ、私は急いでいるからこれで。君もしっかり身体を休めるんだぞ?」
そして、ケイルは足早に本館の中へと入って行った。
それを見送ると、氷篭にリュックを入れて、その上に座ると、氷の小人達に自分ごと運ばせて自室に戻ると、その日は狩場に赴く事無く、自室の窓から雲が覆った夜空を見て燻製肉を齧る。




