リサ、魔竜と対峙する。
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リサは、羽織っている外套を脱ぐと、隣で放心状態のまま膝を突いているラズリーの肩に掛け、念の為に氷壁で覆い隠してから、伸ばされたビルの手を取る。
「リサちゃんだけでも動けて良かったよ」
それは本心だろう。だけど、本当はリサでは無く、ラズリーの力を借りたいと思っている筈だ。
リサが、魔竜の名を聞いて正気を保てている理由。単純に能天気だから、と言うのもあるが、リサがまだ、この世界の事……特に、力の均衡について疎いという所が一番大きい。魔竜の名前を聞き、生まれた場所を考えて、普段より強い個体になっている事も理解しているし、自分ではどうにもする事ができない相手だという事も理解している。
ーーだが、ヲルガ達であれば。
その思いが、リサに蛮勇ではあるが、動く気力を与えてくれた。
「だけど、攻撃魔法は期待しないでね?」
「うん。悪いけど、そっちは元から期待してないんだ。……取り敢えず、魔竜の近くまで“移動”するから、手を離さないでね」
「期待してないって……少しは期待しーー」
そう言いかけた時、浮遊感と、立ち眩みの様な感覚を覚える。そして、女性の顔が眼前に現れた様な錯覚に襲われながら、無意識に瞬きをすると、一瞬にして視界に映る景色が変わった。
先程までと同じ様な空き地。だが、周囲の草木は焼け爛れた様に枯れ落ち、辺り一体にはキツイ腐敗臭が漂っていて、空が薄紫色に変色していた。
一体此処は?リサはそう思いながら、首を空き地の中央に向けた。
「ーーっ!」
腐敗した様に落ちる肉片。無数の穴を空けた翼膜。血の様に漏れ出た黒い魔素は、地面に滴り落ちると、再び肉体を構築し、胸にある巨大な核を妖しく光らせる。模った生物の色合いからはかけ離れ、毒々しい紫色の身体を揺らし、魔素という毒を纏っていた。崩壊と再生を延々と繰り返して、満身創痍の姿をした、生命を感じさせる吐息を吐いたソレ。
ーー魔竜。不完全なその姿を見せつけるかの様に、天を仰ぎ翼を広げるその姿は、咆哮と共に大気を震わせた。
鼓膜が破裂するのを防ぐ為の防御反応か、殺意に怯えて音を拒絶したのか、リサとビルは、思い切り耳を塞ぐと、肩を竦ませながら、無意識に全身を強張らせると、その場に固まる。
それを見た魔竜は、足をひしゃげながら立ち上がり、リサの数倍はある大きさの体を起こして見せると、半分以上の肉が垂れ落ちた前足を、ヌンチャクの様にして大きく振りかぶり、リサ達のいる場所に向かって、水平に薙下ろす。
2人共、咆哮による硬直で身動きが取れず、ビルもリサから手を離してしまっているので、先程の様に移動が出来ない。
回避出来ない。そう考えたビルは、水色の魔法陣を描き出し、千切れ掛かった腕に魔法を撃ち込もうとするが、その前に、リサが首元から大量の火花を飛び散らせながら、2人を覆う氷壁を創り出した。
そこに、地面を抉りながら薙ぎ払われた魔竜の腕が衝突すると、氷壁が、周囲の空間を分割する様にヒビを入れ、ぶつかった魔竜の右腕は、不快な音を立てて千切れると、幾つもの木々を薙ぎ倒しながら、そのままの勢いで森の奥へ飛んでいった。
その飛んでいった右腕は、空気に溶ける様に溶けて消えると、周囲の無事だった木々を腐らせる。
それだけでは無い。その右腕は、新たに小さな魔素溜まりを作り出し、周囲の木々と置き換える様に、樹木型の魔物を4体生み出した。
幸いな事に、飛ばされた腕がリサ達から離れていた事と、樹木型の魔物はその場から動けないという事で、此方に干渉してくる事は無い。
だが、今の様に周囲に魔素溜まりを作られ、動ける魔物を生み出されてしまった場合、リサ達は詰む。
魔竜が周囲の魔素を吸い取っているので、魔竜の近くで魔素溜まりが生み出される事は無いが、魔素の濃い大きな肉片を遠くに飛ばされた場合はーーそれだけは避けたい。
やっと、身体の制御を取り戻した2人は、止まった呼吸を再開して体勢を立て直す。
リサは一回り小さい氷壁を内側に張り直すと、ヒビの入った氷壁を霧散させ、周囲を輝かせる。そのまま、先程から出続ける視界端の火花を無視して、ビルに作戦を聞く。
「ビル!私は何したら良いの!?」
「攻撃を防ぎながら、奴の動きを抑制してくれ!出来るか!?」
「やってみる!」
リサは、再び振り下ろされた魔竜の左腕の攻撃を氷壁で受け止めると、自分の腕程の大きさもある、煤の入った氷柱を3本、左腕の付け根に深く突き刺し、爆発させる。腕を千切るまでとは行かなかったが、肩の肉を半分近く吹き飛ばしたお陰で、魔竜の左腕はダラリと下がり、使い物にならなくなった。
その隙を縫って、一回り大きい氷壁を創り出すと、内側の氷壁を霧散させ、今度は、魔竜の動きを封じる為に、物質操作を行い、魔竜の下の地面を泥化させとうと試みる。がーー
「ぐぬぅ!地面が魔竜の魔素を吸いすぎてる!これじゃあ、此処ら一体の地面に干渉出来ない!」
物質操作は特定の条件下では使えない。その条件とは、周囲の無機物が、自分より魔力の多い何者かの支配下にある場合だ。そして今、周囲の地面が魔竜から漏れ出る、魔竜の意志を持った魔素を大量含んでおり、リサの魔力の伝達を絶ってしまっている状況だ。これでは、リサが得意とする戦法は封じられたも同然。リサは、この危機的状況で、1つ限りの切り札を失ってしまった。
その間にも、魔竜は周囲の魔素を喰らって両腕を復元し、その両腕を空に掲げて、今度は身体ごと氷壁に倒れ掛かる。
「あやややややや!それは流石にむーー」
その瞬間、腕を掴まれる感覚と、眼前に女性の顔が現れた感覚を感じ、無意識に瞬きをする。すると、いつの間にか魔竜の左腕側に移動しており、視界の左端で氷壁が砕け散る所が見えた。
「リサちゃん!さっきの氷柱で魔竜の手足吹き飛ばして!」
ビルの指示を聞いて、リサは氷壁を創り出すのを止め、全力で魔竜の手足に氷柱を撃ち込み、爆破させて、肉を吹き飛ばしていく。
「一体いつまで続けるの!?」
リサはビルに怒鳴る様にそう言いながら、左翼の根本にも氷柱を撃ち込み、翼付根を吹き飛ばすと、支える物が無くなった左翼は、自重で引き千切れた。
それを見て「ナイス!」と声を上げたビルは、そのまま言葉を続けて、リサに指示を出した。
「そのまま奴の動きを封じてくれ!1分だけでいい!その間に、俺が魔法陣を描き出して、奴の核を砕く!その間俺は動けないし、攻撃も出来ないから任せた!」
「了解!」
すると、ビルはそのまま目を瞑り、魔法陣の描き出しに専念し始める。
魔竜の周囲の地面に、魔力で出来た線がゆっくりと円を描き出すのを見て、リサはビルの前に氷壁を創り出すと、大量の火花を首元から散らしながら、そのまま左へ走り出す。
そして、魔法の線が描き出した円の外側に沿って、魔竜の周りを走りながら、手や足、翼や顔などに、幾つもの氷柱を突き刺しては爆発させ、支えを失い地面に突っ伏しても尚、再生する手足の肉を吹き飛ばしていく。
だが、魔竜は手足を失っても尚、体と尾だけでのたうち回り、周囲を無差別に攻撃しながら、魔法陣から出ようと必死に踠いている。
リサは魔竜が暴れない様、氷壁で囲んで応戦するも、2、3度の体当たりですぐに割れてしまう為、魔竜は着実に魔法陣の端に移動する。
氷壁では駄目だと理解すると、大量の煤を服の下から放出し、進路を塞ぐ様に幕を張る。
その幕に魔竜の頭が触れた瞬間、大爆発が起こり、周囲の枯れ木を爆風で吹き飛ばして地面に浅くクレーターを作り出すと、血肉を飛び散らせながら、魔竜を魔法陣の中央へ押し戻した。
そのまま魔竜は仰向けに倒れ、胸の魔石を空に向けて剥き出しにすると、吹き飛んだ頭を再生させる為、身動きを取る事無く、地面に染み込んだ魔素や、最初に出来ていた魔素溜まり、そして、少し離れた場所にある魔素溜まりからも、一気に魔素を吸い始め、激しく核を光り輝かせる。
その時ーー
「リサちゃん!魔法を撃つから離れて!」
ビルの合図と共に、リサはその場から距離を取り、ビルのいる氷壁まで退避する。
すると、地面に描かれた魔法陣が白色に輝き出し、それを複製する様に、無数の魔法陣を天に伸ばしながら描き出す。そして、魔法陣の円に合わせて、薄らと白い膜が張られると、ビルは呪文を唱えた
「〈神槍・黄泉之針〉」
その瞬間、魔法陣の中央に黒く細い筋が浮かび上がり、周りの景色を歪めながら、音も無く、魔竜の核を貫いた。




