リサ、御伽話を聞く。
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ラズリーと別れた後、昨日とは違い、先頭はリサが歩き、その後ろに続く様にビルが歩いている。何故、隊列を変えたのかというと、リサが物質操作で前方の通り道の地面を平しながら、同時に生い茂る草を取り払い、整備された道を作りながら、森の中を探索出来るからである。しかも、前方に浮かせた氷剣が、ミキサーの刃の様に勢い良く回転しながら、進路を塞ぐ枝葉や蜘蛛の巣を、悉く斬り飛ばしてくれるので、自分も斬り飛ばされないようにーーと言うのは冗談だが、態々前を歩く必要が無いと判断したビルは、リサの後ろを歩いているのだ。
そして、前を歩くリサは、自分の膝上に上空を映し出す氷鏡を置き、その上空には、逆さに向けた傘の様に、8枚の氷鏡を創り出している。こうすれば、手元にある鏡を見るだけで、自分の周囲を頭上から確認出来るので、探索範囲が大きく広がるのだ。とは言っても、木の葉が邪魔になり、地面が確認出来る事は少ない。だが、今回探している物ーー魔素溜まりを探すだけであれば、木々に隠れた地面を見る必要は無い。
リサは、プラナから魔素溜まりについて、詳しく教えてもらった事がある。どちらから言い出した話かは分からないが、少なくとも、プラナはリサに教えるつもりでいたらしい。
魔素溜まりとは文字通り、魔素の溜まった場所である。自然災害の副産物として、その場にできる事もあれば、大量の魔素をその場に放出し、人為的に作る事も出来る。
魔素溜まりからは多くの魔物が生み出され、尚且つ、普通より大量の魔素を使って肉体を構築しているので、強い個体が生まれ易くなる。しかも、周囲の生物を変容させてしまったり、近くで数日過ごすと魔素病に罹ってしまう。
そういった性質があるので、魔素溜まりが出来た場所は、草木が枯れて空き地が出来、その場に薄紫色の霧が立ち込める為、森の中を上空から見た時に、紫掛かった木々が禿げた空間ーー魔素溜まりが見えるのだ。その性質を活かして、リサは上空からの視点で魔素溜まりを探していた。
それでは、ビルは必要では無いのでは無いか。そう思われるかも知れないが、逆だ。いつでもリサを守れる様に魔法陣を展開しながら、地上を隈無く警戒して“護衛”してくれているからこそ、リサが集中して魔素溜まりを探せるのだ。
上空の氷鏡が映し出している範囲は、リサの周囲約100m。そこまで広い範囲だと、端の方は、飛んでいる鳥が木々の緑に溶け込む程ボヤけてしまうが、空き地程度であれば認識は出来る。緑の布に茶色の穴が空いている様に見えるのが、空き地がある場所だ。
今回の探索法は、元いた拠点から真っ直ぐ30分程歩いて、その場から左に直角に曲がり、100m程進んだ後、元いた拠点に戻るといった探索法を取っている。簡単に言うと、地面に風車を描く様に、拠点を中心とした探索を行っていた。
そして、約1時間の探索を終えたリサ達は、何の成果も得る事なく、ラズリーの居る拠点に戻ると、広場の中央で膝を抱えながら地面に座るラズリーと目が合った。
「ただいまだけど、まだ魔素溜まり見つけて無いよ〜」
そう言いながらラズリーに手を振り、再び別の場所から森の中へ入ろうとすると、ラズリーはいきなり立ち上がり、リサの元へ駆け寄る。
「リサさん、私もついて行きますぅ。何も無い場所で1人は、つまらないので〜」
それを聞いて、拒絶する様に嫌な顔を浮かべたのは、リサで無くビルの方だった。だが、嫌な顔を浮かべるだけで、口では何も言わない。そんな彼を見て、リサは心中を察する様に目を見て頷く。
リサもビルも、彼女が2人に着いていくと発言した理由を察している。
“退屈”だからだ。
疲労に殺されかけて駄々を捏ね、空腹に殺されかけて駄々を捏ね、そして今、退屈に殺されかけて駄々を捏ねているのだ。いや、駄々を捏ねようとしている。
その後の展開は分かっている。此処に再び戻ってくる頃に、今度は疲労で駄々を捏ねるのだと。そして、その後に腹が減ったと駄々を捏ねるだろう。
面倒な人だ。2人はラズリーを見てそう思った。
置いて行っても、彼女が拗ねるだけで、本当に退屈で死ぬわけでは無い。もし、死ぬとしたら、この場で大型の魔物や魔獣の大群に襲われた時だろう。そうリサは考えて、置いていこうと決断した。その時、魔素溜まりの性質を思い出す。
魔素溜まりは、魔物を多く生み出し、その魔物達は普通の奴と比べて強い。だが、魔素溜まりが近くにある筈なのに、魔物の姿を一切見ていない。そんな矛盾に首を傾げると、ビルに声を掛けた。
「ねぇビル、さっき森を探索してた時、魔物の姿って見た?」
その言葉にビルは首を横に振って答えた。
「いいや、魔物も魔獣も見てないよ。…………あ」
そこで、漸くビルも矛盾に気が付き、険しい顔をしながら顎に手を置いた。
「魔素溜まりが無い可能性も……だとすると、あの魔物達は人為的に?学校とは無関係。だけど、人為的だとするなら、学校の関係者か……」
ぶつぶつと呟くビルを横目に、リサはこの場をどう動くべきか、頭を素早く回転させていた。
自分1人であればかなりの速さで森を駆け回る事が出来る。が、正直、それを人前でやるつもりは毛頭無かった。だが、そう言っていられる状況か分からない以上、選択肢を減らす事もしたく無い。魔素溜まりが無ければ万々歳だが、昨日の魔物の事を考えると、正直それはあり得ないと考えている。ビルが呟いた人為的という発言も、視野に入れるべきかも知れないが、仮にそうだとしたら、リサには打つ手がなかった。
方法は、ある。だが、やりたく無い。そう葛藤していると、ビルが2人に声を掛けた。
「リサちゃん、ラズリーさん、緊急事態の可能性もあるから、魔法を遠慮無く使わせて貰うけど、見た物は他言無用でお願いね」
すると、ビルは自分の背中側に、翠色の、授業で見た事ない図形を使った複雑な魔法陣を描き出すと、フワリと地面から浮いてみせた。
ラズリーは目を見開きながらそれを見詰め、あり得ないと言いたげに、その魔法の正体を口にする。
「ひ……“飛行魔法”?そんな……消えた筈の古代魔法を、何でビル君が……?」
「言ったでしょ?俺は大魔導師だって。……今はそれより、魔素溜まりの有無を確認するのが先だ。大丈夫、すぐ終わるから」
そう言うと、ビルはその場から一瞬で姿を消した。飛んでいったのでは無く“消えた”のだ。
「……あれ?消えた。どこ行ったんだろう」
辺りをキョロキョロと見回すリサに対し、ラズリーは先程までビルが浮いていた空間を、ただ呆然と眺めていた。
まるで、御伽噺に出てくる、魔法使いに出会った主人公の様に。
そして数十秒後。背後に何かの気配を感じたリサは、咄嗟に氷剣を周囲に浮かべて、剣の柄に右手を置きながら素早く振り返った。
「まて!俺だリサちゃん!」
そこには、先程まで姿を消していたビルが、両手を上げながら突っ立っていた。
「こんな時に驚かせないでよ!」
声を荒げて怒るリサに対し、「急いでたんだ」と謝るビルは、自分が確認してきた物を2人に共有する。
「まず、最初の考え通り、魔素溜まりを見つけた。此処から学校の反対側に向かった場所にある。だけど、問題はそこからだー魔素溜まりの近くに何故かワイバーンの死体が置いてあって、それを模った魔物ーー魔竜が、俺の目の前で丁度生まれた」
それを聞いた2人は言葉を失った。
魔竜ーーそれは、竜種、特にワイバーンを模って生まれた大型の魔物だ。その強さは、星4冒険者が徒党を組んで討伐に挑み、犠牲を出しがら漸く倒せるといった、魔物の中でもかなり上位の魔物である。そもそも、ワイバーン自体が獣の中でかなり強い種族であり、星3冒険者達が徒党を組んで倒す相手だ。それの完全上位互換。更に言えば、今回の奴は、魔素溜まりにある魔素を全て使って、自身の肉体を生み出した、正真正銘の化け物である。それこそ、御伽噺に出てくる、後世に語り継がれる様な。
ラズリーはそれを瞬時に理解してしまい、その場に膝から崩れ落ちると、真顔の状態で涙を流しながら、引き攣った笑い声を上げ始める。
そして、普段脳天気のリサでさえも、隣で狂ったラズリーに気付く事なく、虚空を眺めて佇んでいた。
唯一、その事を2人に伝えたビルだけは、まだ狂っていないリサの元へ駆け寄ると、肩を掴んで激しく前後に揺らし始める。
「リサちゃん!魔竜は生まれたばかりで、魔素の量も足りて無いのか肉体は不完全だった!今なら倒せる!俺の魔法があれば倒せるんだ!だから手伝ってくれ!」
その声に、ハッと目を見開くと、忘れていた呼吸を再開して、足りてない酸素を満たす為、肺を大きく膨らませ、余った空気を思い切り吐き出す。
そのまま、ビルの目を見つめるリサは、一瞬だけ虚空を視界に捉えると、意識をハッキリさせる為に、もう一度深く深呼吸して、乾いた音を立てながら、自分の頬を両手で叩く。
そうして、頬を赤く染めたリサはビルの目をもう一度見つめ直し、無理矢理作り笑いを浮かべると、
「ーーもう大丈夫!それで、天才の私に手伝って欲しい事って何?」
剣の師匠の姿を思い浮かべながら、蛮勇を絞り出して高らかにそう言った。




