リサ、実習2日目。
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夜の間、昼間とは打って変わって、辺りは静まり返っていた。
それもそうだろう。徒党を組んだ魔物が、ここら一帯を縄張りにしていたのだから。本能を持った魔獣達は遠くへ逃げている。
付近の魔物に関しては、蜂型の魔物以外、恐らく蜂型の魔物に排除されているだろう。それだけの知能が、奴等にはあった。だが、近くに魔素溜まりがあるなら、夜間に新しく生まれた魔物が、広場に来てもおかしくない。そう考えていたリサ達であったが、危惧していた事は一切起こらなかった。
不寝番は、ビルとリサで交代して行っていた。先にビルが、大体5時間の睡眠を取った後、ビルと交代したリサはその後、朝日が昇る直前まで、ビルに背を向けて氷篭の中に寝転がっていた。
そして、合計約10時間程経った時、ラズリーが目を覚まして腹を鳴らしたのを合図に、3人は挨拶を交わして焚き火を囲って座る。
「それで、今日はどうするの?あ、そういえば、他の先生が魔結晶を回収しに来るんだっけ?」
「そうですよ〜。そして、言い忘れていましたが、その後は別の場所に移動しますぅ。他の班と、拠点を入れ替える感じですね〜」
その言葉に、リサとビルは軽く笑みを浮かべながら、喜びと安堵を混ぜた溜息を吐いた。その後、ビルは「でも」と言葉を続ける。
「この拠点は他の生徒達は使えないよね?それでも拠点の数は足りるの?」
そう聞かれたラズリーは、右手の指を折って数を数えた後、今度は左手の指を折って数を数え、ニコリと笑った。
「そうですね〜、元々予定していた班の数が6班なのでーー足りないですね〜」
元々の予定が6班ーーつまり、変更前と変更後の班の数は変わらないと言う事だ。人数の割り振りは、元々ビルを1人で組ませると言った旨の発言をしていたので、今と然程変わりは無かったのだろう。だが、“一部の生徒に大きく関わる変更”の言葉通り、リサにとっては大きな変更だった。元々予定していた班を知らないが、何故こんな極端な組まされ方をしたのか。リサはラズリーの言葉を聞いて、出発前の事を思い出すと、何故自分も特別班に組み込まれたのかを尋ねた。
「ラズリー、昨日の出発前に、ケイルが何か言ってたよね?詳しい事はラズリーが教えてくれるって言ってたけど、あれってなんだったの?」
「それはですね〜、リサさんを普通の班に入れてしまうと、全体のバランスが崩れてしまうからですぅ。リサさんも見たでしょう?他の生徒達ーービル君も含めて、野営用の荷物を誰1人として、持っていなかった所を。そんな事、今年が初めてですよ〜……教師側も、少し気が緩んでいたのかも知れませんね〜」
ビルが気まずそうに視線を逸らすのを、リサは見逃さなかった。
だが、やはりあの状態は教師達も想定していなかったらしい。あの慌て振りをみれば一目瞭然であるが……。
そもそも、あの場には、野営荷物だけでは無く、ビルの様に防具や武器を身に付けていない者もかなり居た。冒険者風の者達は、皮の胸当てや手袋をしていたが、それでも、大した荷は持っておらず、リサの様に外套を羽織っている者など、誰1人としていなかった。
教師の気が緩んでいるのでは無い。生徒達の認識が甘いのだ。ラズリーも本当はそれに気付いて居るが、優しさからか、生徒達を庇う様な発言をしている。
ビルも、それに気付いている様で、その場から徐に立ち上がると、リサとラズリーに完全に背中を向けながら、そっと2人から距離を取る。
まだ、出発前の様に言い訳しないだけまだマシだ。これを機に、人の助言は素直に聞き入れ、最低限の準備をする様になればいい。と、普段より小さく見えるビルの背中を見詰めながらリサは思った。
その後、ラズリーの指示でその場に待機しながら、燻製肉を齧って時間を潰す事約2時間。少し先の草むらの揺れを察知したリサとビルが咄嗟に立ち上がり、瞬時に臨戦態勢を整えると、木々の隙間からケイルが姿を現した。
「……ケイル、おはよ」
リサは小声でケイルに挨拶して、剣の柄から右手を離すと、ニコニコと笑いながら手を振って見せる。
それを見たケイルは満更でも無い顔をしながら頷くと、リサ達に合わせる様に小声で、この場に来た目的を3人に伝えた。
「ラズリー先生から聞いているかどうか分からんが、核と魔結晶の回収をしに来た。それで……ん?魔物を倒してないのか?」
辺りを見回し、核や魔結晶が見える所に置かれていない事を確認すると、呆れた様な、諦めた様な……想定通りといった感じで首を傾げてビルを見た。
「約束通り、俺は倒してないよ。核は魔結晶はあそこ、台の中に入ってるよ」
氷で出来た杯型の台を指差して、促す。ケイルはビルから顔を逸らして、そちらに歩み寄ると、中に入った大量の核を見て驚愕の声を漏らす。
「な……!何故こんなに……。先日まではここまでーー」
その背後から、普段と違い真面目な顔つきで、ラズリーは魔物の件を伝える。
「ケイル先生、この付近に、魔素溜まりが出来ている可能性がありますぅ。総数28匹、統率を取る程の知能も持っていたので、ほぼ確実かと〜。ビル君曰く、他の生徒の実力では、この拠点は危ないらしいですぅ」
それを聞いたケイルは、再び核に向き合うと、無作為に上にある核を手に取り、じっくりと見詰めて、
「核の魔素量も、先日確認した魔物より多いな……。魔素溜まりがあるのは間違い無いとして、ーーこの数を、ラズリー先生の生徒1人で相手したのか?」
その言葉を聞いて、何故かラズリーは誇らしげに胸を張ると、
「私の弟子ですから〜!これ位、朝飯前ですよ〜!」
と、まるで自分の業績かの様に、鼻を高くして威張ってみせた。が、ケイルはラズリーの態度を全て無視すると、手に持った核を台の上に一旦戻し、リサを見詰めて「流石だな」と優しく笑う。
それを見た、リサの隣に居るビルは、つまらなそうに口を尖らせて、頭の後ろで指を組みながら文句を垂れた。
「ケイルさんさぁ、俺の時と全く態度違わない?」
「当たり前だろ。指導もまともに受けないし、人の話も聞かない。確かに魔法の才と知識は凄い物だが……。それに比べてこのお嬢さんは、指導をしっかり受け、話もしっかり聞き、何より可愛らしい。お前と態度が違うのは当たり前だ」
その瞬間、ビルとラズリーの、ケイルを見詰める目付きが変わった。
「うわぁ……女の子好きの変態みたいな事言うね……」
「ケイル先生……何も知らないのに、そんな事言わないでくださいよ〜?」
ビルは軽蔑を、ラズリーは怒気を孕ませ、ケイルにそう言うが、普段の彼等の行いを見て、どう言う人物か知っているケイルは、馬鹿馬鹿しいと溜息を吐く。そして、再び背後の核に目をやると、持ってきた革の様な袋にそれらを分けて入れていく。
リサは、明らかに袋の体積よりも多く、収納されていく核や魔石を見て、首を傾げると、ケイルの隣に歩み寄って、その黒い袋を見詰めた。
「ケイル、この袋は?」
「ん?拡張袋を知らんのか?」
核と魔結晶を全て収納し終えたケイルは、隣で袋を見詰めて質問してきたリサに、手に持った黒い袋を翳すように見せると、その袋についての説明を始めた。
「これは魔道具の1種だ。外側の黒い革が魔道具で、その中に大きな革袋が入っている仕組みだ。ほら、内と外で革の見た目が違うだろう?」
そう言われ、革袋の中を覗き込むと、外はテカリ気のある材質の黒革なのに対し、内側は鞣された大型の魔獣の茶色い革になっていた。
「黒い革袋の内側に他の革袋を入れて、それを、魔道具生成や錬成術を使って作り出したのが、この拡張袋だ。欠点を上げるとすると、中に入れた物の重さはそのままだから、下手に重い物を入れると、袋が破ける所だな」
そして、2つの拡張袋を右肩に抱えたケイルは、ラズリーを見ると、今後の実種に関する話を始めた。
「さて、ラズリー先生。あまり時間が無いので簡潔に聞くが、君は、君の弟子が倒した魔物を、他の生徒も倒せると思うか?」
ラズリーは、人差し指の第一関節と親指の腹で、挟む様に唇を撫でながら少しだけ考えると、
「他の生徒の実力を知らないので〜……。ですが、範囲殲滅力のある攻撃魔法と、それと同じ範囲の、複数体に向けた拘束魔法を同時に使えて、且つ、魔物自身が自滅する程の、威力を持った攻撃を防げる防御魔法を、その場にいる全員を囲える広さに展開出来れば、可能かと〜」
「……無理だな。個々で分担しても、精々君の弟子が倒した半分の数で、なんとかだろうな。防御魔法に関しては、攻撃がどの程度か知らんが。ーービルと……リサ、お前達の試験、及び課題内容を変更する。試験内容は、お互い協力し合い、魔物を討伐する事。課題内容は、魔素溜まりの発見だ。発見後はラズリー先生に従い、魔素溜まりを解消させろ」
その時、ラズリーの顔が絶望に染まった。
だが、それを見て見ぬふりをしながら、ケイルは森の方へ歩き出し、
「私はここに来る予定の班に声を掛けてくる。もしかしたら、すぐ近くに来ている可能性もあるが」
と言って、木々の間に姿を消した。
その姿を見送ったリサとビルは、その場に項垂れるラズリーを一瞥すると、出立の準備を整え始める。そうは言っても、リサのハンモックをリュックに仕舞い、焚き火を消すだけで終わるのだが。
それが終わると、リサは氷篭の蓋の上に座椅子を生やす様に創り出し、その上に足を伸ばしながら座る。その不格好な神輿を、6人の氷の小人が担ぎ上げ、リサの足代わりとして歩き出して、未だに項垂れているラズリーの元へ向かった。
「ラズリーの護衛は終わったから、ここからは自由にさせて貰うね。あ、でも、燻製肉はちゃんとあげるから」
肘掛けに置いた左手で頬杖を突きながら、自然と見下ろす形でそう伝えると、神輿ごと回転してビルに向き直る。
「ビルの事も、パーティリーダーとして扱わないけどそれで良い?」
それに対し「当然」とビルは頷く。
「正直、リーダーって疲れるから嫌だったんだよね。何もやって無いけどさ」
そして、項垂れるラズリーを見て、言葉を続けた。
「だけど、周囲を虱潰しに探すのは大変そうだね。魔素溜まりを運良く見つけられたとしても、その頃にラズリーさんが生きているかどうか……」
「別にここに置いて行っても良くない?護衛の必要無いし、見つけたら呼びに戻れば良いし。それに、魔素溜まりも、そこまで遠い場所にある訳じゃ無いでしょ?あの魔物達、音に釣られて来たみたいだったし」
「まぁ……そうだね。連れて行っても、すぐに休憩になるし。ラズリーさん、俺達、魔素溜まり探してくるから、見つけるまでそこでゆっくりしててよ」
一切反応を示さず、項垂れ続けているラズリーを見て、2人は互いに見合って首を傾げた後、リサは一度氷篭から降りて燻製肉を取り出し、全く動かないラズリーの背中にそれを乗せる。
「それでラズリーの分は最後だから、ゆっくり食べてね」
再び氷篭に腰を下ろし、フードを被って煤のヴェールで顔を覆い隠すと、ビルと共にラズリーを置いて森の中に入った。




