リサ、山を登る。
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山に入る前、リサは、ラズリーと小声で会話をした。
(リサさん、ちょっと良いですか〜)
(どうしたの?ラズリー。トイレなら今のうちに行ってきてよ?)
(違います!実習の話です。今回の実習中、リサさんは、探索に関する事全て、口出し禁止でお願いしますよ〜?全て、ビル君に任せて下さい)
(えぇ〜……分かったよ。その代わり、ラズリーも、私じゃなくてビルを頼ってね?)
(分かりました〜)
その会話をしたのが、約1時間前。そして今、課題である教師護衛の任をこなしながら、ビルを先頭に、中央にラズリー、殿にリサを置いて、隊列を組みながら森を歩いていた。
道は殆ど整備されていないが、何度も行き来する場所だからだろうか、獣道に近い道ではあるが、割と通りやすい道になっていた。それでも、育った草木が道を塞いでいる事も屢々。その度にビルは、常時展開している風の魔法陣から、風の刃を発射して、道を切り開いていた。
剣など要らないと言っていたが、確かに、あそこまで正確に攻撃魔法を操れるのであれば、剣は不要である。正直、羨ましい。
だが、今の段階で信頼できるかというと、当たり前だが、全く出来ていない。リサは、氷篭の上に張った、薄い水の膜に腰を下ろしながら、一切背後に気を配る事をしないビルを見て、溜息を吐いていた。
そして、出発前にラズリーと話した内容。それを思い出しながら、前を歩くラズリーを見詰める。
歩き始めてまだ1時間。それだと言うのに、ラズリーは背を丸めながら、息を荒げていた。ワンピースから覗かせるストッキングは、戦闘を行ったかの様に穴が開き、時折パンプスを睨み付けては、今まさに溜息を吐いている。
少し前、ビルに休憩を申し出たが、まだ出発してからそんなに経ってないという事と、休むスペースが無いという事で却下されている。それ以降、氷篭の上に座るリサを羨ましそうに見詰めては、溜息を吐いて正面に向き直るのを繰り返していた。
素直に乗せてと言えば良い物を。そう思っても、此方から言わない理由は、自分が座り続けていたいと思っているからだ。決して、意地が悪い訳では無い。ただ、本当に辛そうにし始めたら、流石に譲るつもりではいるが。
だが、リサが一番可哀想だと感じているのは他にある。
ーー“虫”だ。
山の中なのだから当たり前ではあるが、多種多様な虫が、這い、飛び、跳ぶ。奴らは、道にいる人間など気にする事なく辺りを動き回り、大きな気配を察知して飛んでいく奴や、前を見ずに跳んでくる奴。更には、枝葉から足を滑らして落ちてくる奴まで居る。そして、此方を捕食対象として寄ってくる奴も、少なからずいるのだ。
そして、奴らは何度も、ビルとラズリーに悲鳴を上げさせていた。顔に当たり、口に入り、髪に留まり、手をくすぐる。幾ら、山で狩りをする事に慣れたリサでも、奴らにだけは慣れる事は無かった。だが、リサはこの山に来て一度も、虫に集られていない。その理由は外套にある。リサの羽織る外套は、虫の嫌う臭いを発する香草や、虫に効果のある毒花の蜜を混ぜた液体を、たっぷりと染み込ませてあるので、虫除けの効果を持っているのだ。フードを被れば、上から落ちてくる虫も大した事ない。顔部分には、煤でヴェールを作ってある為、前から飛んできたとしても、顔に当たる事もない。だが、その分視界が狭くなってしまうのが欠点だ。
それを補う為、リサは自分の正面左右に、幾つかの氷の鏡を創り出し、前後左右と頭上を、視線を動かさずに、確認できる様にしていた。
その気になれば、入り組んだ木々の向こう側も、この魔法を使って確認できる。
そんな姿のリサを見て、ラズリーは涙を堪えていた。
かれこれ2時間近く歩き続け、その間に何度も休憩を申し出たが、休める場所が無い事は自分でも分かっている。しかも、リサはラズリーが最低でも3時間は山道を歩ける事を知っているし、出発前に頼らないと言ってしまった手前、その篭に乗せてくれとも、言い出し辛い。何度か声を掛けようと振り返ったが、煤で顔を隠してしまっているので、表情が読み取れず、言葉を発する事も無い。もしかすると、何か怒っているのかも知れない。そう考えると、ラズリーは自然と溜息が出てしまう。
お気に入りのストッキングは破れ、パンプスのヒールは歩き易さを求めてへし折り、口に入る何かを何度も吐き出しながら、手の甲にある虫刺されを撫でる様に掻く。
リサと前に行った狩場は、もっと楽だったのに。ピクニック気分で過ごせると思っていたのに。そう考えていると、数日前、クリームに言われた言葉を思い出してしまう。
「弟子が冒険者であったとしても、貴女が冒険者になった訳ではありませんよ?」
広場で集まった時、クリームにドヤ顔していた自分を、無性に殴りたい欲求に駆られ、やり場の無い怒りは、地面を強く踏んづけた。
クリームに怒られても構わないーー今からでも、学校に戻ってケイルと交代しよう。そう考えたラズリーは、後ろを振り返りながら立ち止まると、ヴェールの奥に隠れたリサの顔を見詰める。すると、リサも同様に立ち止まり、前2人に向けてこう言い放った。
「ーーお客さんが来たよ」
心が折れていたラズリーには、何の事かすぐに理解する事が出来なかったが、続けられた言葉でその意味を理解した。
「蜂型魔物2体、接敵10秒前。ビルは護衛対象を守って」
そう言って、リサは体を半回転させながら氷篭から飛び降りると、背後から飛来する魔物と対峙する。
氷の小人達はそれに合わせて氷篭を地面に下ろすと、ラズリーの前にピラミット上に重なり合い、万一の壁役として立ちはだかった。
それを見たビルはラズリーの背後に立ち、青、翠、黄の小さな魔法陣を幾つも浮かべると、氷の小人達を見て
「何で無理矢理、元素魔法を覚えさせるのか……得意分野を伸ばせば良い物を……」
と、小さく呟く。恐らく、誰にも聞かせるつもりでは無かったであろう、その独り言は、真正面にいたラズリーの耳に届いた。
(問題はそこじゃ無いんですよ〜……)
ラズリーは、その独り言に心の中で返事を返しながら、リサを見る。
蜂型の魔物は、木々の隙間を縫いながら、此方に物凄い速さで飛んでくる。何度も何度も進路を変え、決して直進することの無い蜂の魔物は、魔法士の得意とする距離を軽く超え、近接の間合いまで近付くと、左右から挟む様にして、リサの頭部と腹部目掛けて、産卵管を突き付ける。
「あ!危なーー」
ラズリーが声を上げて、咄嗟に石弾を生成した瞬間、リサの首元から大量の火花が飛び散った後、空間が歪む程の熱波が辺りを襲い、皮膚の表面と髪を焼いていく。そんな中、ラズリーは薄目でリサを見つめると、リサを包む様に青白い炎が渦巻いていた、
蜂の魔物は勢いを殺せずに、そのまま炎の膜にぶつかると、一瞬で姿を消して、核と魔結晶を歪な形に変形させながらリサに投げ付ける。
「あたっ、いてっ」
顔とお腹に当たった核の所為で、間抜けな声を発してしまう。そして、左手で軽く患部を撫でて怪我が無いかを確認すると、炎の熱で一度融解してしまった、歪な形の核と魔結晶を拾い上げ、後方に居る2人に「終わったよ〜」と声を掛けた。
ラズリーは、赤みを帯びた顔に水生成で水を掛け、変に縮れた前髪を軽く払うと、黙ったまま此方を見つめて微動だにしない。何か怒っている様にも感じるが、怒られる様な事は一切していない。物質生成では無く魔力を使って炎を創り出し、蜂型の魔物に対して、カウンターではあるが攻撃魔法を喰らわせたのだ。それの何処が不満なのだろうか。
何か問題でもあったのかと、ビルに視線を送ると、ビルは普段と変わらぬ態度でリサに近づき、ケラケラと笑いながら肩を叩く。
「流石リサちゃん!言われた通り攻撃魔法で見事、魔物を倒すなんて!後は、魔獣相手にこれが出来るかが問題だね!」
ビルの言葉を聞いて、そう言う事かと納得する。ラズリーは不機嫌なのでは無く、魔物相手だったから、大した反応を見せなかっただけなのだと。
だが、今のを魔獣相手にやれと言われたら、正直出来る気がしない。魔獣を狩る事に抵抗がある訳では無いが、殺す必要が無い相手と対峙してしまうと、どうしても魔法の威力や耐久度が下がってしまうのだ。その点、細剣や、普段使っている氷剣は、誰と対峙しても、火力も耐久度も変わらないので、自分に合ってる。
やはり、元素を創り出した魔法は、自分に合わないのかも知れない。だが、そうなると、攻撃魔法が使えないので、星3冒険者になる事が出来なくなってしまう。そう考えたリサは、顔に影を落とす。
ラズリーやビルからは、煤で隠れていて表情は読み取れない。だが、何か勘付いたビルは、更に言葉を続けた。
「でもさ、態々元素魔法で攻撃しなくても、リサちゃんには物質操作や魔力操作があるんだから、ある物を利用して攻撃したら良いのに。それも立派な攻撃魔法なんだからさ」
「立派な……攻撃魔法?」
「そうだよ?攻撃魔法って“相手の命を削る魔法”の事を言うんだよ。それが、物質操作であれ、元素生成であれ、相手を攻撃する意思があり、命を削る事が出来れば、それは立派な攻撃魔法だよ!」
ビルは、リサを励ます様に、両手を広げながら声高らかにそう言った。
だが、もしビルの言う事が正しいのであれば、やはり自分は攻撃魔法を使えていないのだろう。攻撃する意思。その意思があるかと言われると、無いと答えられる。
リサの中で、攻撃=無害の相手に害を為す行為。という風に結び合ってしまっている所為で、自身や周囲の生き物に、敵対行動を示す相手以外に攻撃する事を、非としてしまっている。そもそも、食事といった“道楽”の為に魔獣を狩る時でさえ、今でも躊躇してしまう程だ。元の世界にいた時には無かった感情。命を直に見て、命を直に奪う世界に来たからこそ、生まれてしまった邪念だ。自然に生きる動物が抱くことの無い、人間のエゴ。リサはそれを理解しているし、そのエゴの所為で攻撃魔法が使えない事も理解していた。いや、理解させられたのだ。攻撃魔法という物を知った時にーー。
だから、ビルの励ましも一切心に響かない。あれを攻撃魔法だと認められても、何も嬉しく無いし、何も得るものは無い。
「あれは攻撃魔法じゃ無いよ……ごめんねラズリー、約束破って」
漏らす様に、ビルの祝辞を撤回すると、ラズリーに向かって頭を下げた。
「…………良いですよ〜。私も、少し急かしてしまいましたね〜、これじゃあ、教師失格ですかね〜?」
「そ、そんな事ないよ!多分。……ビルもゴメンね?励ましてくれてありがと」
「ーーいや、気にしないで!でもそっか……攻撃魔法ではないのか」
最後の方が聞き取れかなったが、ビルも笑っている事だし、問題無いだろう。
リサは、半面が溶けてしまった小人達の前に屈み、順に頭を撫でていくと、魔力を注いで形を形成し直す。その後、6人の小人に氷篭を持たせた。そして、リサ達3人はビルを先頭にして再び歩き出すと、1時間後、日が昇り切る前に、何事も無く目的地に辿り着く事が出来た。
リサちゃんの周囲で起きた出来事を、簡潔に書き記す事が出来ず、申し訳ない。
ただ、リサちゃんの事をもっと深く、知って貰いたいと思っての事なのです。
観測者としてはまだまだ未熟者ですが、温かい目で見守っていただけると幸いです。




