リサ、困惑する。
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時刻は朝7時。本来の授業開始時刻より2時間も早く寄宿棟からでたリサは、先日指定された本館裏の広場に赴いた。
その場所には、花壇や低木、樹が規則的に配置されており、色鮮やかにその空間を飾っていた。
庭園ーーそう呼んだ方が正しいだろう。その庭園の中央に向かって伸びる煉瓦道は、他の場所から伸びる煉瓦道と混じり合い、広い十字路を作り上げて、その中心にある大きな噴水が、まるでリサを歓迎するかの様に、水のアーチを作り出し、辺りにひんやりとした空気を送り出す。
「7時になりましたね〜。リサさん、おはようございます」
「おはよ〜、ラズリー」
噴水の水の切れ目からリサを見つけたラズリーは、可愛らしい笑顔を向けると、挨拶しながら歩み寄る。その姿を見たリサは、片眉を上げながら首を傾げると、ラズリーの姿をまじまじと眺めた。
彼女は、これから山に登ると言うのに、普段と変わらぬ装いをしている。白の袖の無いロングワンピースの上から濃紫のローブを羽織り、靴はローヒールのシンプルな黒パンプス。とても、山を登る人間の服装とは思えない。
だが、そう思うリサも、他者から見ると、今から山を登る人間の服装には程遠い装いをしていた。
肩が出たバルーン袖の白ブラウス、サスペンダーとコルセットが付いた黒のフレアスカートは、腹部に並んだ6つの黄金色のボタンを朝日を映し出している。そして、枝に引っ掛けたらすぐに破れそうな、フリルの白い靴下に、厚底ローヒールのストラップシューズを履き、足首に巻かれた大きなリボンを後ろにいる物達に見せつけていた。
それらの上から、光消しの為に煤で黒く塗られた胸当てと、新しく買った、これまた黒く塗られたグリーブを装着していた。腰には皮ベルトを巻き、愛剣をぶら下げている。そして、それら全てを覆い隠す様に、フードがついた焦茶の外套を纏っている。
周りの生徒は、普段と違う装備のリサを見た後、外套を押し上げる様に突き出た細剣を見て、嘲笑を送る。
アイツ、魔法士なのに剣を使うのか。そう言いたいのだろう。
魔法職の者達は、出来るだけ身軽になる様に、金属の防具や、走るのに邪魔になる剣を、身につける事は少ない。
先制攻撃、支援、状況把握。魔法職の戦術はこの3つが基本となっており、近接戦は全て前衛職に任せる場合が殆どだ。敵に接近された時は全力で逃げ、それがダメなら、護身用の短剣で応戦する。
態々剣で戦うという事は、自分は攻撃魔法が使えないと言っている様な物で、それが、シオン魔術学校に通っている同じ生徒ーーしかも、普段気に食わない奴が、自分でそう吹聴しているとなると、自然と笑みも溢れるのだろう。
だが、彼女達の邪念の一切を悟る事がないリサは、ラズリーに新しく買ったグリーブを見せて自慢していた。
「見て見て!防具屋で昨日買ったんだ〜!しかも、山に行くって言ったら、光消し?の為に、胸当てと一緒に黒く塗ってくれたんだ〜。格好いいでしょ?」
「やる気満々ですね〜。それなら、無事に実習をクリア出来ますね〜。……それで、後ろの“アレ”何ですか?」
ラズリーはリサの後ろにある“ソレ”を指差す。それに釣られる様に振り返り、指差された“ソレ”を見ると、再びラズリーに視線を戻して“ソレ”の説明を始めた。
「これはリュックだよ?色々詰めたら重くなっちゃって……持つの大変だから“運んできた”の」
リュックの中身は、飲料水が6L、燻製肉2kg、ハンモックに固形燃料、解毒のポーションを2つを入れて、総重量約10kgとなっている。一応、食べられる野草や木の実を記した紙も入っているが、重量に含む必要は無い。そこに、身につけている武具の重量を含めると、全体で15kg近い荷物になってしまった。それでは、緊急時にリサの筋力で咄嗟に動く事が出来ず、行動が遅れて、危険な状況に追い込まれる可能性がある。
そう考えたリサは、普段の狩りで、遠くで殺した魔物や魔獣を近くに運ぶ魔法を思い出し、リュックを運びやすい様に氷の箱に入れると、6人の小人を創り出した。
その結果ーー協力しながら氷篭を頭の上に持ち上げる6人の小人が、リサの後を追う様に歩く、何とも言えない状況になってしまった。
そして今、リサに追いついた6人の小人は、氷篭を掲げながらリズミカルに、腰を左右に振っていた。
「運んでって……ああ、前に狩場で見せてくれたやつですか〜。ですが、何で腰を振っているんですか?」
「う〜ん……それは私にも分からないや。私のイメージを勝手に引き出したのかな?」
リサはそう言いながら、氷篭に腰を掛けて両手を尻の横に突くと、右足を前に組む。それでも尚、リズミカルに踊り続ける小人は、まるで、自分達の女王様を崇め立てている様だった。そう感じさせる雰囲気を、リサは持っているのだ。
自然と、嘲笑する者達は視線を逸らして、気まずそうに近くの者と会話を始める。気品に当てられ、先程までの自分の態度に、顔を赤く染めながら。
「あ、リサちゃんだ。おはよ!」
「ん?あ、おはようビル。……って、荷物や装備は?」
寝癖を揺らしながら、眠気混じりの顔で、ビルは此方に手を振って歩いてくる。その姿は、普段の学校生活の時と変わりなく、全身制服に身を包んでいる。そして両手は、何も持っていない事を示すかの様に、ズボンのポケットの中に仕舞われていた。それを指摘されたビルは、惚けた顔をして首を傾げると、何でもない様にこう言った。
「大魔導師に装備は要らないし、身の回りの物は魔法で作れるでしょ?食べ物は現地調達出来るし。それに、これは実習だよ?リサちゃんの方が大荷物過ぎるよ」
信じられない。リサはそう思いながら目を見開く。実習とはいえ、5日は野営をする事になり、狩場の状況も不明で、食材が簡単に手に入るか分からない。そして、更に仕事や課題を熟さなければいけない状況で、よくもまぁ、荷物も用意せずに軽い気持ちで挑めるものだ。正直、ビルの事は評価していたが、その評価を見直す必要がある様だ。そう考えるが、よく見ると、周りの生徒達も皆、武具は着用しておらず、マグラビット1匹で埋まりそうな巾着を手に持っている程度で、自分の様に、大荷物を持った者が1人も見当たらない。その事を訝しみながら、リサはラズリーに視線を送ると、ラズリーは何か察した様に、諦めた様に首を振る。
察しが悪いリサでも分かる。自分が間違っているのでは無く、周りの生徒達の認識が甘すぎる様だ。それは、物陰に集まって話し合いをしている、教員達の様子からも見て取れる。
そして、生徒全員が集まったのを見て、噴水の前に集まる様に呼び掛けたケイルは、集まった生徒達を見て目を見開き、ビルの姿を見ると瞬時に顔を赤く染め上げた。だが、すぐに落ち着きを取り戻すと、顔色を元に戻し、「少し待て」と皆に声を掛けると、話し合いをしていた教員達に混ざり合う。そこに、ラズリーが向かうと、彼女も話し合いに参加し始めた。
暫くした後、話し合いを終えた教員達はその場から散り、ケイルは皆の前に、ラズリーはリサの元へ戻ると、ケイルが咳払いをして皆の注目を集める。
「ゴホン……あ〜、知っての通り、今から裏山で共通実習を行う訳だが……。お前達、6日間山の中で過ごすって意味、分かっているのか?」
それに応える様に、周囲から笑い声や、自信に満ち溢れた声が聞こえてくる。それを聞いた数人の教師が、何故かクリームを見詰めて震え上がっているが、理由は定かではない。逆に、ラズリーはクリームに対してしたり顔を浮かべていた。
「そうか……分かっている様であれば、此方から言う事はない。だが、本来此方が予定していた、生徒達の組み合わせを変えさせてもらった。君達は元を知らないから関係無いと考えるかも知れんが、一部の生徒には大きく影響する変更内容だ。では、今から班を伝えるので、呼ばれた者は順に並ぶ様に。まず1班はーー」
そうして、呼ばれていった者達は列を作り、1列、2列と列が出来ていく。リサは、自分の名前が中々呼ばれないので、いつ呼ばれるのかと心待ちにしていると、おかしな点に気が付いた。
最初に出来た1班の人数は5人。そして、次の2班の5人。別におかしな事ではない。1年生の生徒の数は、合計24名。5人組4つと、4人組1つで分けられても、それが妥当だと考える。だが、次に出来上がった3班の人数は4人。その次の4班も4人。そして、5班として3人呼ばれた時、リサは残ったビルと、少し離れた場所にいる女性とを見て、この3人で組むのかと、少々ガッカリしていると、信じられない言葉が聞こえてきた。
「最後、プリルナ。お前達4人で5班だ」
「え?」
「は?」
リサとビルは、それを聞いて、同時に情けない声を上げると、互いの顔を見合い目を見開く。
そして、ぎこちなくケイルの方を向く2人は、どういう事かと、ケイルを見詰めた。すると、ケイルは当たり前だと言いたげに、両手を腰に置くと、ビルに対して怒りを混ぜた声色で話し掛ける。
「お前は元々1人で実習する予定だったんだ。しかも、アレだけ用意しろと言った荷物も持たずに……!お前、本当に話を聞いていたのか!?」
話すに連れ、声を張り上げながら、顔を赤くするケイルは、完全にご立腹である。
流石に、ケイルに同情する。話も伝え、忠告もした筈なのに、それを理解した上で、何も用意せずにこの場に来たのだ。もし、自分がケイルの立場であれば、同じ様に、怒声を上げていただろう。リサはそう考えつつ、隣でヘラヘラとしてるビルを睨み付けると、何故自分も同じ扱いを受けているのか、ケイルに質問した。
「ねぇケイル、何で私も他の人達と別扱いなの?」
だが、ケイルは他の生徒達を一瞥すると、頬を掻きながら言い淀む。
「あ〜……、ビル1人じゃ可哀想だろ?だから、リサにはビルと一緒に特別班として行動して貰おうとな。詳しい事はラズリーに聞いてくれ。ーーお前達!今から実習内容と、課題内容を伝える!聞き逃すなよ!」
全てを押し付けられたラズリーは、ありえない!と言った表情でケイルを睨むが、それを無視して話を切ると、声を張り、生徒達に向けて、今回の共通実習の全容を伝えた。
「実習内容は、各自の教師から聞いての通り、6日間の野営実習だ!今から向かう山の奥で、自給自足で6日間過ごして貰う!」
それを聞いた生徒達の様子は変わらない。寧ろ皆、張り切っている様にさえ感じる。本当に、今の言葉を聞いていたのか。何故、今の言葉を聞いて、意気揚々と、手ぶらの自分達を見ていられるのかが、リサには理解出来なかった。
“自給自足”。つまり、食材や寝床、生活に必要な物は全て、自分で用意しなければいけないのだ。しかも、それは実習の内容であり、課題や仕事はまだ伝えられていない。
そして、リサの考え通り、ケイルは本題である課題内容を、皆に伝えた。
「その6日間で行ってもらう課題、それはーー教員の“護衛”だ!」
その言葉に、リサも周りの生徒同様、目を見開いて唖然とした。
「お前達の師匠の中から1人、護衛対象として、お前達に同行する。お前達は、その教師を魔獣や魔物から守り、飯と寝床を用意しなければいけない。当たり前だが、護衛対象である教師達は、お前達に手を貸す事は無い。実習が続行不可になる状況に陥った場合のみ、教師はお前達を助けるが、その場合は失格になるからな」
成程。この実習は、護衛依頼を想定した遠征訓練なのか。そう理解するリサであるが、勿論、護衛依頼などこなした事がない。しかも、ヲルガ達と行動している時は、護衛をして貰う側として、常に行動していた。
これは、確かに訓練になる。だが、問題は、パーティが2人であるという事と、その相方が、野営をする為の準備を、何も用意していないという事だ。
2人だけでは、護衛としての仕事をこなす事はかなり厳しい。対象を守る事に手一杯になってしまい、現地の食料調達や素材収集に手を割く事が出来ず、不寝番の時は1人で周囲を警戒しないといけない為、ネズミ1匹の見落としが、パーティ全体の命に関わる状況になる可能性も出てくる。それなのに、仲間が何も用意していないビルなのだ。正直、初日リタイアもあり得ると、リサは肩を落とす。
「自分の教師から自身の仕事を聞いて、準備が整った班から、山へ向かう様に。場所は護衛の教師が教えてくれる。では」
そう言い残すと、ケイルはその場から離れ、騒々とする生徒達を横目に、リサ達の元に来る。そして、ビルの前に足を止めた瞬間、怒鳴り散らす様に声を荒げて説教を始めた。
「お前は!何を!考えているんだ!言っただろ!?6日間野営するから、その分の物資を用意しろと!何故お前はそれを聞いて、手ぶらで此処に来たんだ!……他の生徒もだが。ーー少しはリサを見習ったらどうだ?……で、気になってたんだが、そのゴーレムは何故踊ってる?」
怒りながら困惑するという器用な表情を見せながら、ケイルはリサに対して声色を優しくしながら尋ねる。
「私のイメージが、勝手にそう動かしてるだけ。それにしても、見損なったよビル。ちゃんと説明して貰ったのに、何も用意しないなんてさ」
溜息混じりにそう言ってやると、まさかリサにも言われるとは思っていなかった様子で、ビルはあからさまに動揺して見せると、言い訳を始めた。
「い、いや!護衛するとは思ってなかったし、食料は現地で用意出来るでしょ!?寝床は魔法で創り出せるし、魔術士用の防具は高くて買えないよ!それに、野営自体は数え切れない程経験してるし、リサちゃんも見てるから知ってるでしょ?」
まるで用意してきたかの様に、スラスラと言い訳をするビルだが、確かに、彼の言う通りでもある。
ガルガラに来るまでの半月の間、何度も野営を行なっているが、その時に、ビルに野営の心得がある事は分かっている。食材も、寝具も、態々持っていく必要が無い事も、リサは理解しているし、実際に自分もそう思っている。だが、武具に関してはそこまで高く無い。そもそも、魔術士用の防具は1流が身に付ける物で、2流以下は、革や厚布で作られた防具を装備しているのだ。それに、草木を掻き分けたり、獲物を解体する為の刃物を用意していないのは、ただの怠慢だ。
それだけで、ビルの言い訳が、本当にただの言い訳だと証明できる。それに気付いているからこそ、ケイルは腹を立てているのだろう。
だが、用意していない物は用意していないのだ。どれだけ責めても道具が湧き出る訳では無い。
ラズリーは、ケイルとビルの間に入って、互いに距離を置かせると、
「話はそれ位にして下さいね〜。クリーム先生も見ている事ですし……」
クリームに視線を送りながら、ケイルに声を掛ける。すると、ケイルは唇を引き締めながら押し黙ると、肩を張ったまま数歩、後ろへ下がった。
正に、虎の威を借る狐だ。ラズリーも、借りれる時に借りておけ。と言った表情でニヤケ面をしている。そうやって、都合のいい事をしているから、当の本人から反感を買っているというのに。それに気が付かないのは、もう才能だろう。
自分を悪の首領の様に扱われ、クリームは周囲の空気を歪める。それはただの錯覚であるが、周りが歪んで見える程の存在感を放っていた。が、ラズリーそれをケイルに対して発している物だと思い込み、そのままの勢いで、リサに実習中の仕事内容を伝える。
「リサさん、課題以外にも、師匠から与えられる仕事があるのは覚えてますか?」
「うん」
「良かった。その仕事内容ですがーー攻撃魔法を使って魔獣の討伐。つまり、攻撃職としての行動をすれば良いですよ〜。ですが、物質操作での攻撃は一切禁止です。魔物相手にも、攻撃魔法を使う様に」
「剣は?」
「緊急時と、咄嗟の時の使用は認めますよ〜。物質操作も同様です〜」
剣を使わず、物質操作も行わない……。基本の魔法士としての行動を求められているのだと、すぐに理解した。だが、このパーティには普通と違い前衛職はおらず、前提として、リサは攻撃魔法が扱えない。煤魔法と氷柱爆弾は、攻撃魔法と言えるが、敵味方問わず壊滅させてしまうので論外だ。
だが、問題はもう1つ……ビルの仕事内容にあった。
「ビル、お前は攻撃魔法を一切使うな。リサの援護に徹しろ。そして、特別班のパーティリーダーはお前だ。いつ、どこで、どの様に動くか、お前が決めて、皆に伝えるんだ。分かったか?」
「まぁ……俺が攻撃魔法を使ってたら、訓練にならないもんね。何でパーティリーダーも任されたのかは分からないけど、分かったよ」
2人はリサに同意を求める事なく話を進めてしまった。
いや、そもそも同意を求める必要なんて無い。これは試験であり、実際のパーティ、実際の依頼では無いのだから。だが、それを分かっていても、ビルの仕事内容に非を唱えたいリサであるが、それをグッと堪えて肩を落とす。
攻撃魔法が使えない攻撃職に、旅支度をしていないパーティリーダー。であれば、護衛は誰になるのか。この流れで、誰かは聞くまでも無い。
「では行きましょうか〜。道は私が教えますから、護衛、お願いしますね〜」
こうして、リサとビルのパーティは、脳味噌胃袋の健啖家ーーラズリーに導かれるがまま、学校の裏山の奥へと足を踏み入れるのであった。




