リサ、特訓する。
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「再来週の休み明けから共通実習?」
リサはラズリーの研究室、もとい自室で、食べ始めようと手に持ったカツサンドを宙に止まらせながら、ラズリーの言葉を復唱する様に聞き返すと、返事を待たず、カツサンドに小さい歯形を付けた。
学校内の購買で、ラズリーが買ってきてくれたカツサンド。本来であれば、挟まれたチキンカツは揚げたてでサクサクとしており、それを挟むバケットは、歯応えが良くモチモチとしていただろう。だが、先の女生徒との話し合いで、時間を取られてしまい、カツの衣とバケットは、カツの熱気とソースの水分でふやけてしまい、衣とバケットを同じ物へと退化させていた。
噛んだ時に溢れ出る熱い肉汁も、今は皿の上で光沢を放っている。だが、口に入れた時の旨味だけは変わらず、リサは唇の端を黒く汚しながら、満足した笑みを浮かべる。
ラズリーも、リサと同じ物を購買で買っていたのだが、買って早々に胃袋の中に収めてしまっている。今は、カップに入れたお茶を啜りながら、カツサンドを頬張るリサに対して、再来週に行われる“共通実習”についての説明をしていた。
「共通実習は、1年生の生徒全員で学校の裏手にある山に遠征に行って〜、そこで、決められた課題を達成しながら、6日間過ごすんですよ〜。簡単に言うと、生徒達の実力を測るテストですね〜」
ラズリーが説明した“共通学習”は、毎年、シオン魔導学校に入学した1年生向けに行われる実技、実践の試験、及び訓練である。
内容としても、ラズリーが説明した通り、学校裏手にある山の中で6日間過ごしつつ、各師匠に指定された仕事や、全員に課せられた課題をこなすと言った物である。
仕事や課題の内容は、当日、現地に着いてから生徒達に伝えられる。そして、師匠が決める仕事と言うのは、予め決められた班の生徒達の師匠が、話し合って決める事になっている。だが、ラズリーはそんな話し合いなど必要ないと考えていた。何故なら、先日リサと共に冒険者達の狩場に赴いた際、リサの行動に幾つか疑念を抱き、それを正すべきだと思ったからだ。
リサ自身、それに気付いている様子も見受けられなかった。余程、学校に入学する前に組んでいたパーティが優秀だったのだろう。あの様子だと、リサはそのパーティの中で、守ってもらう立場だった可能性が高い。かと言って、戦闘技術が低いわけでも無く、寧ろ高い方であり、体力も十二分に持ち合わせていて、探索能力もある。だからこそ、正すべきなのだ。
そう考えながら、空になったカップにお茶を注ぐ。
視線を上げると、カツサンドを口一杯に頬張ったリサと目が合い、その口の横に付いたソースを、自分の唇を指しながら指摘すると、リサは恥ずかしそうに肩を縮こませて、口に入ったカツサンドを飲み込むと、丸机の上に置いてある自身のハンカチで口元を拭った。
「山で6日も過ごすのかぁ〜。となると……毛布に固形燃料、保存肉に水3日分と、あ、剣と防具も必要だよね。最近着てないから今の内に慣らしておこっと」
指を折りながら持っていく物を考えて、リュックの大きさや物資の重量、そして、買うべき物とそうでない物を決めて行く。こういう時、昔ガルダーに教わった、野営で必要な最低限の物資の情報が役に立つ。本当であれば、何も持たずに山を6日間駆け回っても良いのだが、出来れば、年相応の普通の女の子として振る舞いたい。正直、今の状態でも怪しい所ではあるが。
生徒の中には、リサの様に冒険者の者も居る。皆、若いのに、並の冒険者が稼ぐには、かなりの年月が掛かる額の学費を払って此処にいるのだ。そう考えると、リサも俄然やる気が湧く。
「楽しみだなぁ〜。保存肉は前日の休息日に仕込むとして、量はどれくらいあれば足りるかな?場所も詳しく知らないし、6日も同じ場所を拠点にするってなると、お肉は現地調達出来なさそうだし……あ、冒険者と違って、食べれる野草を採ってきてくれるコレクターも居ないのか……。図書館で軽く調べるかな」
「あ〜、リサさんって、バリバリの冒険者ですもんね。分かってはいるのですが……普段の言動を見ていると、それを忘れてしまいますよ〜」
少し、教えるのが早かったかも知れない。ラズリーは、リサのしっかりとした計画を耳にして、そう感じた。一応、リサの同学年には冒険者が数人居るのだが、ラズリーの知る限りでは、全員星1で、実力も成績も中位以下の者しか居ない。所謂、ボンボンの道楽パーティで、暇つぶしとストレス発散の為に、狩りをしている者ばかりなのだ。最初は、リサもその内の1人だと思っていたのだが、狩りに対する真剣な態度を見て、彼等とは違うと、最近になって理解した。
だが、やはり言動や仕草がボンボンにしか見えない。元ボンボンなのか、頭がポンなのか、まぁ、十中八九後者であろう。が、それさえ無ければ、立派な冒険者として見られるのだが……。
ラズリーは、いつの間にか空になったカップの底を見つめると、軽く身震いして書斎机から席を離れる。
そして、リサに
「トイレに行ってきます」
と、声を掛けると、部屋から離れていった。
リサはそれを見送ると、自分の手元にある空いた皿を持ち、自室の隣に備え付けられた戸無しの入り口を潜って、申し訳程度の調理場へ向かうと、流し台の中で、水生成で湯を生み出して皿を洗うと、木製の皿立てに立て掛けて、濡れた手を乾かす。
部屋に戻ると、丸机に置かれた空のカップを見て、書斎机に置かれたティーポットを取りに行くと、中身は既に飲み干されていた。
通りで、トイレが近い訳だ。
ラズリーは、食事や飲み物ーー飲食物が近くにあると、周りが止めない限り、際限無く胃に収めていく健啖家だ。あの体の何処にあの量が入るのかと、リサは首を傾げるが、もしかしたら、脳みその代わりに、頭に第2の胃袋が詰まっているのかも知れない。それ位、彼女は食に汚い。
自分も食に拘る方ではあるが、美味しい物を食べたいと言う欲求であり、大量の物を食べたいと言う訳では無い。トイレの帰りが遅いのも、恐らく食堂か購買に寄って、食べ物を調達しているからだろう。いつもの事ではあるが、この後魔法の指導をする事を、ラズリーは理解しているのだろうか。
リサは仕方無く、自分のポケットからティーバッグを取り出すと、それをカップの中に入れ、水生成で湯を沸かし注ぎ入れる。
そして、出来上がったカップの中身を一口啜る。と、部屋の扉が優しく開かれ、それと同時に、部屋の中には肉と甘辛いタレの香ばしい匂いが充満する。その匂いは、先程腹を満たしたリサも、食欲を唆られる程、芳醇な香りだった。
その匂いは、ラズリーの左手に持ったサンドイッチから放たれており、皿に垂れた茶色のタレは、黄金色の幕を張っていた。
そのままラズリーは書斎机に腰を下ろすと、満面の笑みでそのサンドイッチを頬張った。
本当に、良く食べる。食べ過ぎな程に。その上あまり運動をしないのに、何故か身体には余分な脂肪は付いていない。一部を除いて。
このまま止めずにいると、第3、第4の食事タイムが訪れる事になる。そう考えたリサはカップを丸机に置いて、後で行う指導について、何をするのかを尋ねる。
「ラズリー、今日は何するの?」
ラズリーは口の中にある物を嚥下すると、口元にタレを付けたまま、この後何をするのかの説明を始めた。
「今日はですね〜、訓練場の確保が出来たので、そこで攻撃魔法の特訓をやります。ほら、入学試験で模擬試合をした、あの場所ですよ〜。建物からも離れて、塀に囲まれたあの場所ならーークリーム先生に怒られる事も無いでしょうし……」
最後の方が小声になったのは、無意識の物か、恐怖による物か。どちらにしても、ラズリーはクリームの事をかなり恐れている。単純に、性格が合わずに苦手意識を持っている。と言うのもあるのだろうが、前に怒られた事を引きずっているのもあるのだろう。話し方や、人前での立ち居振る舞いだけを見るのであれば、割と似た雰囲気を持つ2人であるが、内面は真逆と言っていい程違う。片や、食べ物の事しか頭に無い健啖家。片や、規律と礼儀を重んじた堅物令嬢。正直、互いに仲良くしろと言う方が無理だ。そんなリサの考えも知らずに、ラズリーは手元に残ったサンドイッチの最後の一口を、口の中に放り込むと、これでもかと言う位咀嚼して、名残惜しそうに嚥下した。そして、ハンカチで口元を拭うと、「さてと」口にして徐に立ち上がった。
「そろそろ訓練場に行きましょうか〜。早く行かないと、時間も勿体無いですし」
それはこっちのセリフだ。リサは、喉元まで出かかったその言葉を飲み込むと、溜息を吐きながら、呆れた様に笑みを浮かべて、そうだねと呟いた。
訓練場に着くと、そこには誰も居らず、リサ達が貸し切る様な形になっていた。場所が確保出来たとは、この場所を貸し切ることが出来たという意味だったのか。確かに、この広さでは、複数の師弟が魔法の特訓をするのは厳しいだろう。とは言っても、一組だけで使うには有り余る広さはあるのだが。
人の高さの倍近い高さのある煉瓦塀は、所々新しい物に変えられており、細かい傷や汚れが付いた他の煉瓦と、ハッキリとした境界線を作り出している。
地面の方は頻繁に平されているのだろう。目立った凹凸も無く、煉瓦塀と違って魔法が着弾した様な跡も見受けられない。これであれば、態々物質操作で平す必要も無さそうだ。
リサ達は、訓練場の中央へ向かう。
そして、前と同じ様に、ラズリーが目の前に岩壁を生成して見せた。それ見たリサは、つい出来心で、物質操作で地面を波打たせると、地面に生成された岩壁が、呆気なく割れてしまった。
驚く事では無い。地面に固定されて創り出された、ただの岩の塊だ。それが、土台を曲げられて尚、固定された面の形を保とうとして、自壊したのだ。普通に転がった岩であれば、この様な結果にはならないが、魔法で生成された岩壁は、本来の岩とは違い、地面と下手に結合してしまっているので、こうなってしまうのだ。
ラズリーも、割れて霧散した岩壁を見て、驚く素振りは無い。だが、折角生成してやったのにと、頬を膨らませながら、リサの目を睨み付ける。
どうせ、岩壁を的にして壊すのだから、怒る事はないだろう。寧ろ、壊せた事に対して褒めるべきでは無かろうか。とは言えず、悪気があって壊した事も事実であり、素直に謝ると、再び同じ場所に岩壁が生成された。
壊さないでね、といった視線を送ってくるが、それを無視して岩壁を見る。そもそも、壊す為に生成したのでは無いか。壊せなければ、逆に文句を垂れる癖に。
リサは石壁に軽く手を触れる。ひんやりとしていて気持ちがいい。肌触りも滑らかで、幾らでも撫で回したく感じるが、これをベッドにしたいとは思えない。それであれば、マグゴートの毛皮に包まり、地面の上に寝た方がマシだ。実際、野営時にはそれをやる訳だし。
それに、自分には水生成と氷生成を利用して、何処にでもベッドを創る事が出来る。だがそれも、人前ではやるつもりは無い。
岩壁を十分撫で回すと、後ずさる様に岩壁から距離を取る。
魔法を発射する位置はラズリーが決める。地面に足で線を書いて、ここからだと促された。
距離は大体10mといった所か。だが、これでもまだ、近接戦闘を得意とする者達の間合いである。
ーー1秒。近接戦を得意とする者が、この間合いを埋める為に使う時間だ。
魔法の1秒は、剣の1秒と比べると、行動が限られ、尚且つ、試行時間も圧倒的に短い。
相手の動きに合わせて、最適の手を打ち、相手の首を取る。剣だろうが、魔法だろうが、それは変わらない。だが、魔法はそこに加えて、魔力を編んだり、魔法陣を生成したりと言った動作が加わってしまう。自分の得意魔法を瞬時に発動できる者であれば、そのハンデは埋められるが、2流同士の一騎打ちであれば、圧倒的に近接が有利なのだ。それ未満の腕前では、勝負にもならない。
では、何故そんな距離で魔法の訓練を行っているのか。それは、リサが攻撃魔法を未だに使えていないのが理由だ。本来の距離からでは、訓練にすらならないので。
前の様に氷柱であれば、瞬時に生み出す事が出来、攻撃魔法としての威力も十分にあるのだが、それ以外の、四大元素や複合元素の属性では、全くと言っていい程、火力が出ない。
物理的に傷を負わせ易い石魔法でさえ、耐久度が卵程度しか無く、ぶつかっても一方的に砕けてしまう。
水や風に関しては、一切火力が出せない。水でクッションを作ったり、風で自分の体を支える事は出来るが、それだけの操作が出来るのに、攻撃として使えない。
恐らく、リサは無意識下で、攻撃をする事自体を避けているのだろう。そうラズリーは考える。
先日見た魔物討伐の際に使った魔法。あれは、自然の力を利用して、自分の意思とは関係無く火力が出ていた。本来、物質操作の攻撃魔法とはそういう物なので、問題無いのだが、リサがそれを、攻撃魔法として見ていないのが問題だ。
しかもあの魔法は、知能の無い魔物相手だから、気兼ね無く使えているだけで、生き物相手にあの魔法を使う事が出来ないそうだ。
それでは、攻撃魔法として認められない。
そして、前の指導で見せたあの氷柱。あれに関しては、ただの生成魔法でしか無かった。あれは単純に、岩壁より強固な物を創り出し、魔力操作で無理矢理捩じ込んだだけに過ぎない。爆発も、氷柱の中の火薬が爆発しただけであり、魔法の爆発とは程遠い。
そう。リサは、一度も攻撃魔法を行使していないのだ。
もし、学校に入学してすぐに、攻撃魔法を行使出来る様になっているのであれば、そもそも入学する必要は無いにだが。
リサは、魔力操作も物質生成も、飛び抜けて優れている。この歳でここまで精密に魔法を編む事が出来るのは、天賦の才があってこそだ。
それなのに、他者への攻撃を是としないリサの本心に、ラズリーは歯痒い思いをしていた。
(惜しい……本当に惜しい。それさえ無ければ、今からでも1流の魔法士として活躍出来るのですが……)
その考えは、リサには届かない。口で伝えたとしても、自分自身でその事に気付き、向き合わなければ意味が無い。まだ、教えたばかりだ。教え始めたばかりなのだ。学校に在学する2年間で、学ぶ機会は幾らでもあるのだ。もしかすると、再来週の共通実習にでもーー
「ラズリー?」
「ーーごめんなさい、お腹が一杯になったので眠気が……。今日は火魔法の練習をしましょうか〜。ほら、リサさん、構えて」
促され、リサは岩壁に向き直ると、右手を翳しながら悪態を吐いた。
「ちゃんとしてよねラズリー、一応私の師匠なんだから」
その言葉に、欠伸と伸びで返す。
リサは呆れた様に溜息を吐くと、〈火球〉を唱えて岩壁に発射した。
その、火生成で生み出された物と大差ない火球は、陽が落ちても尚、岩壁を一度も傷つける事は無かった。




