リサちゃん、煤人間に会う。
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「今日はリサが『やりたい』ってずっと言ってた、魔法について教えるわ」
マグゴート討伐見学の翌日、私とプラナは朝早くから町外れの空き地に向かい、遂に、念願の魔法についてプラナから教わる。
「待ってました!剣振る、野蛮!」
その言葉を聞いたリサが、両手を上げながら飛び跳ねている姿を見て、プラナは剣を振るリサの姿を思い出しながら、クスクスと笑う。
「まぁ、リサは筋力が無いからね〜。魔法の才能が、私的にも嬉しいわ」
この世界に来て約一年、魔法についてもある程度の知識をリサは得ている。
まず、魔法を語る前に“魔素”について説明する必要がある。
魔素とは、この世界に満ち溢れた“元素”であり、生き物を魔族に変容させる毒であり、魔法を編む為に必要不可欠な物でもある。
わかり易く例えるなら“酸素”に似ている。酸素も単体では毒であり、火を生成するのに必要不可欠だ。
その魔素を体に取り入れると、自身の血液と溶け込み合い、“魔力”と呼ばれる物質を作り出す。その、血液と共に全身に流れる魔力と、空気中の魔素を編み、初めて魔法が使える。といった仕組みだ。
魔力を使いすぎると、貧血や脱水に似た症状に襲われるのだが、その理由は、血液に含まれる魔力が少なくなり、脳が“血を失った”と勘違いを起こすからだそうだ。
前置きが長くなってしまったが、魔法とは、体内の魔力を放出し、空気中の魔素と編む事で生まれる“現象”である。
だが、今しがた、プラナが言った通り魔法を使えるかは“才能”による。
簡単な物……前、解体の時にプラナに見せてもらった“水生成”位であれば、殆どの者が使える。だが、戦闘で役に立つ程の火力を持った魔法を使うとなると話は別だ。
「才能ありますように」
「リサなら多分大丈夫よ。特に……」
プラナはそう言うと、ハッとした表情を浮かべて「何でもない」と首を振った。
そして、軽く咳払いを済ました後、リサに魔法を編む前段階である、自身の魔力を扱う方法を伝える。
「良い?まずは、体に流れる魔力を感じ取るの。正直、これが一番難しいのだけれど……ヲルガみたいな事言うけど、感覚と気合いでどうにかするしか無いわ」
二ヘラと笑みを浮かべ、両手でサムズアップすると
「じゃあ、頑張って!」
その眩しい笑顔に満面の笑みで応えると、私はそっと目を閉じて、自分の世界に入り込む。
頑張って。そうは言われたものの、大前提として、異世界人の私の体に魔力が流れているか定かでは無い。体に魔素は取り込んでいる筈なので、何かしらの変化はあるかも知れないが、今まで大した変化は何も……
いや、体の変化なら、この世界に来た時からある。もし、この体の異常が魔素による物……“魔法”だとしたら、私は既に、魔法を使えているのでは無いか?
そう考えついた瞬間、首元や腰、手首や足首に、チリチリと何かが肌を撫でる感覚を覚える。
これが魔力なのか?でも何処か、感じたことのある様な……
その感覚を失わない様に、ゆっくりと目を開けて、自身の掌を前に出して見詰めるとーー
「…………なっ!燃えてる!??何で!どどど、どうしようプラナ!なんか私の手から燃えた灰が出てきてる!」
チリチリする場所から、何故か赤く色付いた灰が舞い上がり、私の周囲を漂っていた。
「おおお、落ち着いてリサ!母国語出てるから!私理解出来ないから!取り敢えず落ちつ……ええい!〈水生成〉!〈発射〉!」
プラナは水生成で作り出した拳大の水球を、何度も私の腕や胸、足やお腹に発射するが、それでも、身体から出る燃えた灰は収まらず、それどころか私の口内からも溢れ出してくる。
「プラナ!どうしたら良い!?口からも出てきたんだけど!全然消えないんだけど!」
「と、取り敢えず私に分かる言葉で喋って!」
「勝手に出てくる!止める方法求む!」
咄嗟に出てくる一般的では無い言い回しの原因は、言語の先生であるミーファの影響だ。
「取り敢えず魔力を編むのをやめて!そ、そうだ!深呼吸しよう!」
プラナに言われた通り、私はひとまず大きく息を吸い込みーー
灰が喉を擽った所為で、思い切り咳き込む様に息を吐き出してしまった。
その結果、口から大量の煤が吐き出され、空き地一帯を黒いヴェールで覆いながら、私とプラナの全身を真っ黒に染め上げる。
「グハァ!目がぁ!……っ!ゴホッ!き……気管支に入った……!」
一寸先も消えない黒い霧の中、目の前からプラナの雄叫びが聞こえ、その後、何度も咳き込む音がする。
「プラナ!大事無いか!」
「大丈夫じゃーー!ゴホッゴホッ!か、〈風生成〉!〈発射〉!」
プラナは掠れた声で魔法を唱えると、上昇気流が起こり辺りの煤を空高く舞上げる。
そして、空き地に幕を張った黒いヴェールが完全に消え去ると、黒く染まった地面の上で両手を突いた、真っ黒の人型が姿を現した。
「煤人間!」
「私よ!変な名称を付けないで!あぁ……どうするのよこの服……」
人間姿を模った煤は、目と歯だけを白く浮かび上がらせて、着ている服を見て悲しみの声を上げる。
捲れた服から覗く腹は色白で、煤と綺麗なコントラストを描いている。が、煤まみれになる前の、この世界では珍しい白色の服の方が、彼女の真紅色の髪に合っていた。
「プラナ真っ黒。理由求めます」
「リサがやったんでしょ!……って、何でリサは煤で汚れていないのよ!おかしいじゃない!」
言われてみれば、私の方には煤による汚れが一切無い。服も、手足も、煤を出した口周りでさえ、煤汚れ一つついていないのだ。
そして、嬉しいことに、いつの間にか漏れ出ていた燃えた灰が収まっていた。手足、首、腰、先程までのチリチリとした感覚も治っている。何故か、体も軽く、視界も晴れ渡っている。まるで、上質な睡眠を取った後の様に気分が良い。
膝を突いて項垂れるプラナをそよに、軽い腕を振り上げながら、その場で何度も飛び跳ねていると、遠くから複数の衛兵が駆けつけ、私達に叫ぶ。
「いきなり黒煙が上がったが何があった!そこの君!無事……煤人間だ!」
「さっきから煤人間って何なのよ!衛兵さん!私冒険者で、人間だから!」
地面を両手で叩きながら訴えるプラナの姿を見た衛兵達は、さらに声を上げた。
「煤人間が煤を出したぞ!抜刀!そこの少女の救出を最優先にしろ!」
「だぁぁ〜〜〜!〈水生成〉!」
苛立った声を上げながら立ち上がると、、プラナは自分が作り出した水球に、顔を突っ込んで両手で擦り、顔についた煤を落とす。
「私は人間!黒煙は魔法の事故!後、煤人間って何なのよ!」
顔と前髪を濡らして、本来の色を取り戻しながらプラナが叫ぶと、ようやく衛兵達も落ち着きを取り戻し、剣を収めて再び声を掛ける。
「それを早く言わないか!……ったく、この件はギルドに報告させて貰うからな。空き地の掃除もやるように」
そう言って、衛兵達は元いた場所へ戻って行った。
そして、衛兵達の言葉を聞いたプラナは、再び地面に膝を突いて項垂れると
「何で私が……やったのは私じゃ無いのに……」
「ごめんなさいプラナ。私、失敗した。魔法使う、諦める」
「いいの……いいのよリサ……だけど、ちょっとだけ待って。本当、少しだけ待って」
結局、プラナはその場から立ち上がる事は無く、騒ぎを聞き駆けつけて来たギルドマスターに担がれて、私と共にギルドへ戻るのだった。
後日、町では突如現れた新種の魔物“煤人間”の話で持ち切りになり、町の人々が怯え、冒険者達が固唾を呑む中、私とプラナは黙々と空き地の煤掃除を行うのだった。




