追憶1
珍しいわね、間話ちゃんがこんな所に来るなんて。
でも、本編とは関係無かったらちょうど良かったわ、ゆっくりしていきなさい。
遠い遠い遥か昔。私がまだこの世界に来たばかりの頃。3人の冒険者に出会った。
顔も、名前も、彼らが成した偉業も、今となっては思い出せない。だが、暖かく、優しさで満ち溢れた、私が目指した理想の人物達だった事だけは覚えている。
これは、私が忘れた私が書いた、私の知らない3人の冒険者の話。
残忍で冷酷な魔女が愛した、勇敢な者達の英雄譚の、その一端である。
ーーーーーーーーーー
「ワイバーン討伐?俺達3人だけで?ふざけるのもいい加減にしろよ!」
短く切り揃えられた金色の髪を逆立て、星4冒険者ヲルガは自分達の泊まる宿に届いた召喚状を机に叩きつけ、目の前に座る二人に怒鳴る。
「私に言わないでよ!文句ならこの街の準男爵に言ってきて!」
同じく、星4冒険者のプラナは、腰まで伸びた真紅色の髪を踏まない様にソファに広げ、ヲルガの怒声に怒声で返す。
「ここで文句を言っても何ともならん。それに、この街には俺達以外の星4冒険者は居らず、星3冒険者の中でも手練れの者は逃げて行き、残った者は足手纏いにしかならない初心者上がり。……どちらにしても、俺達が依頼を受ける羽目になってただろう」
丸太の様に太い腕を回しながらそう言うのは、彼らと同じ星4冒険者のガルダーだ。
「確かにそうだが、召喚状を送り付けてくるのが腹立つ!まぁ、報酬はかなり上乗せされているし、前金も貰えるから……正直嬉しいが」
「前金3金貨と報酬金5金貨。合わせて8金貨が、準備と武具修理代でどれ位消えると思う?」
「前金は全て準備に使うだろうし、メインの剣は買い直しになるだろうな。怪我をすれば更に嵩む。まぁ、手元に残るのは、多くて金貨1枚と思った方がいいだろう」
「くっそ〜〜!魔導士が居ればこういう時の魔道具代が浮くのに!……リサが居ればなぁ」
ヲルガは頭を掻きむしった後、後悔する様に、自分が可愛がっている女の子の名前を呟く。
「ヲルガがリサに『魔法学校に行け』って言ったんでしょ!馬鹿高い入学費まで払って」
だが、それを勧めたのはプラナやガルダーも同じ。高いと言った入学費も、「ヲルガだけに良い所は見せられない」と言って3人で割って払ったのだ。
「2人共、雑談は後にしてまずは準男爵の元へ行くぞ。話はそれからだろう」
ガルダーは犬歯を見せ合い唸り合う2人を横目に、呆れた声を上げながら召喚状を手に取ると、立ち上がって宿を出る準備を始める。
ヲルガとプラナは暫く睨み合うが、気が済むと直ぐに支度を整えて宿から出る。
その後、召喚状に従い準男爵の屋敷に赴いた3人は、依頼を受ける旨を準男爵に伝えて、今持っているワイバーンの情報を聞き出した後、屋敷を後にした。
「ワイバーンの棲家は確認済み。若い個体で、人間の動きには慣れていない。思ったよりは難易度は低いな、星3パーティ3組居れば余裕を持って倒せるレベルだろう」
ヲルガ達は、宿に帰る途中にある酒場に立ち寄り、各々好きな料理を摘みながら、先ほど聞いたワイバーンの情報を元に作戦会議をする。
「すぐ近くの平原の丘の岩場でしょ?まぁ、街からでも偶にワイバーンが見えていたから、棲家は近いのかと思ってたけど……逃げられたら終わりよ?」
「あの足場では馬も使えん。その場から動かさずに仕留める必要があるな」
2人の言う通りだ。丘までは馬で行けるが、ワイバーンが棲家にしている岩場には馬が踏み入る事が出来ず、誘導作戦も使えない。人の足では絶対に追い付けないから、逃げられるだけだ。
そして、ワイバーンの棲家は、先程も言ったが街の近く。逃げる方向によっては大惨事になりかねない。態々ワイバーンも人の多い場所へ逃げるとは思わないが、最悪を想定して行動しなければ、冒険者は長生きできない。
ワイバーンは魔獣でも魔物でも無い“動物”。そして、大きくて凶暴な動物を狩る方法は、遥か昔から存在し、今の生物にも有効だ。
だが、残念な点は“防具を全身買い直さなければいけない点”だ。そして、精神的にも一番やりたく無い。
だからこそ、魔法士や魔道具を使って、ワイバーン最大の武器である翼を奪い、大人数で一気に叩くのだ。
「なぁ、俺達平等なパーティだよな?」
ヲルガの言葉を聞いて察した2人は、ニコニコと笑い、ヲルガを褒め始める。
「いやいや!リーダーであるヲルガが一番偉いわよ!平等なんて……滅相もないわ!」
「そうだな!ヲルガが居なければ、俺は星4冒険者にはなれなかっただろう!それに、最初に星4に上がったのはヲルガじゃ無いか!よ!先輩!」
「おい!都合良い時だけ俺を上げるなよ!……仕方無いなぁ、依頼が無事に終わったら、すぐにハグしてやるからな!」
ヲルガは豪快に笑いながら、その場で両手を広げて2人を見る。
「2対1よ。諦めさない」
「それとも、自腹切って俺の分の防具一式、買ってくれるのか?」
が、先程とは打って変わって冷たい反応を返されたのを、遠目で見ていた周りの客は、変わった奴らだと鼻で笑っていた。
プラナとガルダーは、軽く食事を済ませるだけで満足して店を出たが、ヲルガだけは、名残惜しそうに他の客の料理を眺めて歯軋りを立てていた。
依頼後数日は匂いも味もしない生活を送らなければいけない悲しみに、瞳を潤ませながら。
次の日、3人は早速行動に移った。
最初の数日間は、街を覆う石囲の上からワイバーンの生態を観察して、いつ棲家を出て、いつ戻ってくるのかを入念に調べ上げた。
次に、プラナが1度だけその岩場に向かい、遠目からワイバーンの棲家を確認する。自分の臭いが染み付いていない、誰かが使い古した、中古の武具に身を包みながら。
その後は街でヲルガ用の防具一式を買う。勿論、使い捨ての為、値が安い中古品だが。
拘束用の魔道具数点と、念の為に魔法結晶を幾つか買い込み、治癒のポーションを6本と、前金の3分の1を占める再生のポーションを1本だけ購入した。
結果、前金の金貨3枚では足りず、パーティ資金から金貨2枚を使い、やっと準備が整った。
そして、討伐日当日。ワイバーンが、予定通り丘の岩場から飛び立つのを確認すると、3人は街を出発する。
ヲルガは捕獲用の魔道具と、〈アイスランス〉の魔法結晶一つ。そして、弩を一機。
プラナは〈アイスランス〉の魔法結晶二つ、弩一機、閃光弾1発。そして、普段使っている愛剣。
ガルダーは〈アイスランス〉の魔法結晶一つ、普段使っている大盾と大斧。そして、大量の水が入った樽を2つ、背中に担いでいる。この水は戦闘には使わないが、この討伐で一番必要な物だ。
「あぁ……行きたくねぇ……。どうせ6時間は帰って来ないんだ、もう少し遅くてもーー」
「万一を考えなさいよ。ヲルガも、今回だけで終わらせたいでしょう?」
「はぁ……嫌になるぜ。今から“糞まみれ”にならねぇといけないとか……」
数日前、プラナが確認したのはワイバーンの棲家だけではない。ワイバーンの棲家付近に“ある物”があるかの確認もしていたのだ。そして、残念な事に“ソレ”はあったらしい。
使い古した武具でも金属の臭いは消えず、侵入者の臭いも同様、どれだけ洗っても消える事はない。であれば、どうするか。
答えは簡単。“その者の臭いを体や武具に塗りたくり、己や武具の臭いを消す”。
そして、その臭いを一番発し、尚且つ、こちらの臭いを完全に消す物は一つだけ……
ワイバーンの糞だ。
だが、想像通り……いや、想像以上に臭いソレを、自身の臭いが完全に消える位に身体に塗りたくるという事は、つまりそう言う事だ。
まだ街に入れてもらえるだけ有難いと思える程には、丸一日は悪臭を放つ事になる。
だが、魔法士が居ればそれをする必要も無い。だから“昔の狩り方”なのだ。
それでも、確実で安全な手ではあるので、誰かが“汚れ役”をやらなければならない。
重い荷物を運んでいた所為か、無意識に足を遅らせていたのか定かでは無いが、丘上の岩場に着くまでにかなり時間が掛かってしまった。だが、空にはワイバーンの姿は無く、準備する時間は余裕である。
「あそこが棲家。後、あっちに前は糞があったから、そこに行けば良いわ。私達は風下に待機してるから」
出発前にプラナが見せた見取り図通りの場所に着くと、針岩に囲まれて袋小路になった場所を指差し、ヲルガを向かわせる。
そして、プラナとガルダーは、針岩に囲まれた広場が見える風下の場所に向かい、プラナは空を、ガルダーは周囲の岩陰を警戒して時を待つ。
一方、ヲルガはプラナに言われた場所に辿り着くと、辺りを確認して目当ての物を見つける。
そして、少しの葛藤の後、顔に布を巻きつけ、両手に革手袋をはめると、防具を脱いでソレを掬って取る。
鼻で浅く息を吸い、段々とその臭いに耐性を付けながら、顔を顰めて防具に塗りたくる。チェストプレート、クーター、グリーブと順に塗っていき、嗚咽を吐きながらソレを身に付けていく。
汚物の所為で中々ベルトが上手く締められず、クーターとグリーブを装着するのに手こずったが、何とか着ることができた。
そして、魔道具が入った巾着にソレを塗りたくった後、革手袋を外す。
「うぷ……あ、あぶねえ。腹に物入れてたら確実に出てた……」
全ての準備を終えると、針山の隙間に身を隠し、ワイバーンが早く来てくれることを切に願いながら息を殺す。
待つこと数時間。ヲルガの願いが届いたかどうか分からないが、遠くの空にワイバーンの姿が見え、今日の夕食だろうか、馬を足で掴みながら此方へ飛来する。
「こりゃ僥倖。うぷ……」
食事中をゆっくり狙える。それだけでも、今回の依頼の成功率がかなり上がる。
十数分後、針山に囲まれた広場に降りてきたワイバーンは、辺りを警戒する素振りを見せないまま、案の定、その場に転がした馬の死体を喰らい始める。
ヲルガは針岩の隙間から顔を覗かせ、プラナとガルダーに視線を送ると、2人の頷きを合図に捕獲用の魔道具を一気に投げる。
「キョェ?……キェァァァァァ!!」
ワイバーンに当たった球体型の魔道具は、花を咲かせる様に網目状の中身を広げると、ワイバーンの動きを封じる。
粘着性のあるその網は、翼と身体、足と地面と、互いに絡め取る。
そして、魔法結晶を掲げると魔力を軽く注ぎ、暗号である魔法名を唱える。
「アイスランス!」
瞬間、魔法結晶は砕け散り、中に込められた魔力を一点に集めながら、空中に鋭い氷の槍を生成した。
「発射!」
第二の暗号と共に、氷の槍はワイバーン目掛けて飛んでいき、魔道具で拘束出来なかった、大きく広げられた右翼の翼膜を貫く。
そして、最後に弩を取り出し、ワイバーンの胴目掛けて懸刀を引く。
「ッギャアァァァァァ!!」
ワイバーンの金切り声を合図にガルダーが物陰から飛び出し、左手には大盾、右手には大斧を構えながら、勢い良くワイバーンに突進する。瞬間
「ガルダー!3、2、1、今!」
後方に居るプラナの合図と共に、辺りを激しい閃光が襲う。プラナが弩で、ワイバーンに閃光弾を放ったのだ。
両翼は使えず、右腕は根本から吹き飛び、拘束具で身動きが取れない中、視界を奪われたワイバーンは、咆哮を上げながら上を向く。
そこに、ガルダーの振るった大斧が吸い込まれると、呆気なくワイバーンの首を跳ね飛ばした。
後には血の雨が降り、傘代わりに大盾を掲げるガルダーだけが、広場の中央に佇んでいた。
「流石ガルダー!まさか、ワイバーンの首を跳ね飛ばすとは思わなかったぜ!プラナのアシストも完璧だ!まぁ、俺の作戦のお陰だがな!」
ヲルガの言葉に2人は反応を示さない。代わりに、水の入った大樽二つをその場に置いて、そそくさと丘から降りて行ってしまった。
「ふざけ……ふざけるなお前ら〜〜!!」
その声は辺りにこだまする事無く、広々とした夕焼け空に消えていった。
ーーーーーーーーーー




