リサちゃん、町を歩く。
先程とは打って変わって、プラナと私が先頭を歩き、ガルダーが中央、そして、ものすごく遅れて、顔色を真っ青にしたヲルガが最後尾を歩いている。
顔色の方も先程とは違い、プラナはかなり元気を取り戻していたが、逆に、ヲルガは見ての通りだ。ガルダーの顔色も少し悪い。
私も最初は顔を白くしていたが、よく考えたらアレはヲルガが悪いと気が付き、普段通りの顔色に戻した。
その後暫く無言で歩き続けていると、プラナが前を見て声を発する。
『トリト村に行く冒険者かしら?……ちょっとヲルガ、いつまでもそんな事してないで早く来なさいよ』
『いや、喋るのもキツいんだが?少しは手加減しろよ。……俺達のホームじゃ無いから、下手に情報は渡したく無いな。ガルダー、リサ連れて街道から外れろ。意訳石の範囲から余裕を持って遠ざかれ』
お腹を押さえながらヨタヨタと歩くヲルガは、前からこちらに向かってくる冒険者を見ると、姿勢を正して真面目な顔をする。
『分かった。お嬢、少し草原を散歩しようか』
いつの間にかお嬢呼びになったガルダーに手を引かれ、街道から遠ざけられる。
ヲルガとプラナは先程までの険悪な雰囲気を全て捨て、その場に残ると、私の方を一瞥して軽く手を振ってきた。私も手を振り返すが、2人はもう此方を見ていない。
ガルダーは、何故か『あ、あ』と声を上げながら、ヲルガ達を視界の端に捉えつつ歩いて行く。私が『どうしたの』と聞くと『発声練習だ。お嬢もやったらどうだ?』と言われたので、ガルダーの真似をして『あ、あ』と声を発する。
暫く歩くとガルダーは発声練習を止め、更に歩みを進めると、その場に座り込んで私を膝の上に乗せる。
『さっきは怖かったな……だが、見たか?あのヲルガの吹っ飛び方!傑作だったぜ!』
ガハハと大口を開け、豪快に笑うガルダーの声に驚いた付近の魔物達が、関わりを持たぬ様にノソノソと離れて行く。
私は、魔物達のその行動に笑みを浮かべながら、ガルダーの胴に背中を預けて空を見上げた。
チラホラと白い雲が漂う水色の空。群れを成した鳥達が、陣形を組みながら何処かへ飛んでいくのを眺め、ここが本当に異世界なのかと考える。
私の世界とは違う生物に、存在しない元素、時代遅れの調度品に、聞いたことの無い言語。そして、言葉を訳す不思議な石。コレだけ聞いたら、自分がいた世界とは別の世界だと感じるのに、この綺麗な景色はそう感じさせない。
地面に目をやり、目の前に生えた白い花弁の花を手折ると、鼻先に近付けて香りを嗅ぐ。
『冒険者は、この花の事を“悪魔の花”って呼ぶんだ』
私の手から優しく白い花を摘み上げると、ガルダーは私にそう教えてくれる。
『どうして?』
『この花は魔素を栄養源に育つんだ。だから、根や花弁には多くの魔素を蓄えてる。適切に処理すればポーションの材料になるが、そのまま食うと魔素過多でぶっ倒れる』
『それだけ?』
『お嬢は勘がいいな。それだけじゃ無い、魔素過多が行き過ぎると、体内外に魔結晶が生成され、激痛に襲われる。最悪の場合、死ぬか……魔人になる』
そう言うと、手に持ったその花を地面に置き『だから、知らない物を口元に近付けるのは止めておけ』と忠告する。
ポーション、魔結晶、魔人。どれも知らない単語だ。だが、それが何かと尋ねたら、驚かれるのは私の方だろう。だからこそ、ここは異世界なのだ。改めて、それを実感する。
ガルダーの言葉で、ふと思い出した、私が森で行った奇行ーー“落ちてた魔石を食べる”行為について何となく尋ねてみた。
『ガルダー、魔石を食べたらどうなるの?』
『魔石を食べる?ん〜〜……魔人になら影響はあるかも知れないが、魔族以外の普通の生物には何の影響も無いだろうな。便と一緒に出て終わりだろう』
『そっか……』
ホッと、安堵の息を吐くと、ガルダーは再び豪快に笑い、私を抱き抱えたまま立ち上がる。
『今はどこの村にでも、身体の魔結晶を消滅させる薬がある!万一があっても気にする必要は無い!さぁお嬢、ヲルガ達の元へ戻ろう!』
そう言って私を地面に下ろすと、手を取って街道まで戻る。
ヲルガとプラナは先程の冒険者達と話し終えた様で、その冒険者達の姿は小さくなっていた。
『ところで、ガルダーは何でリサの事をお嬢って呼んでるんだ?ウガ村長の真似か?』
『名前で呼ぶよりも、お嬢呼びで相手した方が、格好良く見えるだろう?か弱い乙女を守る守護者の様で』
『何馬鹿言ってるのよ。それにしても、今後もこの対応だと疲れるわね。次からは護衛依頼と説明しましょうか』
3人は手慣れた様に今後の相談をすると、話が纏まったのか、私に軽く説明してくれる。
『いいかリサ、お前は異国のご令嬢で、俺達はその護衛任務を受けた冒険者だ。意訳石について尋ねられたら、秘密事項だと答えろ。後、回答に困った時申し訳秘密事項だ。いいな?』
『分かった。秘密事項だね』
『よし、良い子だ!じゃあ出発するか!』
こうして再び町に向かって歩き出した私達は、その間何度か他の冒険者とすれ違いながら、何事も無く目的町である〈テリ〉に辿り着くことができた。
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成人の腰あたりの高さの石塀に取り囲まれ、その間にできた開閉式の木の柵の前に、道中で見た衛兵と似た格好をした男性が2名佇んでいた。
町の外から見ても分かる綺麗に整備された道は、不規則に石がはめ込まれ、木と石で出来た建物はテレビで見た異国の建物によく似ていた。
良く考えれば日本の建物が異質なだけで、こういった造りの建物の方が一般的なのだろう。それでも、私にとっては珍しいものである事には変わり無く、目を輝かせながら町を見つめる。
すると、柵の前に立つ男の衛兵が手を上げながら此方に近付き、話しかけてくる。
『冒け……何だこの声は?』
衛兵は慌てながら自分の喉に手を当て、何度も自身の確かめる様に意味の無い発声を繰り返した。
『悪い、星3冒険者のヲルガだ。依頼で異国のご令嬢を護衛している、この声は意訳石の影響だ。至急、ギルドに行かなければならない。要があれば……タグを渡すから、後でギルドに来てくれ』
ヲルガは自分の名前と職を伝えると、自分の首に掛けていた、小さなプレート付きの首紐を衛兵に渡す。
『星3!?……タグも本物、ベテランなら依頼内容も納得だ。後でギルドを訪問する。それまでタグは預かるぞ』
『分かった。数時間はギルド内で世話になっていると思うが、居なけれな受付に聞いてくれ』
衛兵にそう伝えるヲルガは、懐から小さな巾着を取り出し、中から10円玉の様なコインを摘み上げると、それを5枚衛兵に渡す。
『確かに。ようこそテリへ』
その、祝福にも似た歓迎の言葉を授かると、私達は開け放たれた柵の横を通り、小さな町〈テリ〉に足を踏み入れた。
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町の中は外から見た通り、道は綺麗に整備されていて歩き易く、町並みも豊かなのだが、何故か、至る所から肥溜めの様な悪臭が漂ってくる。
森の中で嗅いだ、気絶する程の悪臭と比べれば可愛い物だが、それと比べられる程度には臭かった。
特に、異様に空いた建物間に建てられた長細い小屋の横を通った時、目に染みる程の悪臭に襲われ、思い切り鼻を摘み、口呼吸すらやめて悶絶する。
『……ぐじゃ!ぐじゃい!じぬ!ヲルガだずげで!』
『ざわぐなリザ、じぎなででゅ』
そう言うヲルガも、自身の鼻を赤くなる程思い切り摘み、小屋の横を走り抜ける。
私もその後を追う様に小屋の横を走り抜け、それでもまだ臭う異臭に顔を顰めつつ限界まで息を止める。
全く声を上げないプラナとガルダーはどうしたのかと、後ろに振り返り2人を探すが、いつの間にか姿を消していた。
大通りから脇道に入った時に逸れてしまったのか?そう考え、ヲルガにその事を伝えると
『どうせギルドに来るだろ。さ、近道通ったからもうすぐだぜ!』
その言葉を聞いて、もしやと思い、ヲルガに質問を投げ掛ける。
『遠回りすれば、臭いの嗅がなくて済んだ?』
『あの2人はそうしてるだろうな。香り袋や当て布も持ってねぇし』
その時初めて、プラナがヲルガを“気を使えない男”と言った事に納得する。
急ぐ必要も然程無く、態々仲間2人と逸れてまで、悪臭の原点である場所の真横を通って近道を選ぶ。しかも、何も知らない私を連れて。
私は眼を潤ませながら頬を膨らませ、ペタペタと足音を鳴らしてヲルガの真横に移動すると、ヲルガの脇腹を小突く。
『いてっ』
『プラナに言い付けてやる』
『良いだろコレくらい……ほら、着いたぞ。ここが“冒険者ギルド”だ』
ヲルガに言われて指を差す方を見ると、そこには、他の建物と雰囲気の違う、木造建の大きい建物が佇んでいた。
私の背の2倍はある大きな扉の上には、アーチ型の看板が掲げられており、図形に似た文字で何か書かれている。
『ヲルガ、あの看板なんて書いてあるの?』
『ああ、そのまんま、ギルドって書いてあるんだ。左からギ、ル、ド、な』
そう教えてくれたヲルガは、私の手を取るとそのまま歩き出し、大きな扉のドアハンドルに手を掛けると、それを引いて扉を開ける。
『入るぞリサ』
私はそのままヲルガに手を引かれ、ホテルの受付の様な内装の部屋の中に足を踏み入れる。
この世界の“魔族”とは、魔物、魔獣、魔人といった、魔素に蝕まれて変異した生物の総称である。
魔獣は獣が、魔人は人が、魔物は魔素その物が、怪物に変容した存在である。
魔獣や魔人は赤黒い角や牙を、魔物は紫色の魔結晶を生やしている。




