10
閉じていた瞼を開き、ぼんやりと無を眺める。
(これで三回目……か。そろそろ数えるのも面倒になってくる数だなぁ)
「よ……っと」
視点を無から天井へ引き伸ばすと、足を振り子の様に揺らして仰向けの体を転がる様に起こし、そのまま立ち上がる。
十本にも満たない蝋燭の心許無い灯りが大部屋全体をうっすらと照らす中、まるで嵐が過ぎ去った様に散乱した室内をゆっくりと見回す。
机やソファは勿論の事、部屋の隅に佇んでいた棚も無惨に薙ぎ倒されており、布切れや短刀、コインといった小物が吐瀉物の様に、棚の口から漏れ出ていた。
まるで廃墟の様な部屋。そこには、私以外に人の姿は無い。気配すら感じられない。クルルが落としたリュックと、ガルダーが床に盾を落とした時に空いた穴だけが、確かに人は居たのだと教えてくれる。
「夢……な訳無いよね。その方が嬉しいけど……って、声が戻ってる?」
何重にも重なって聞こえていた気色悪い声が、いつの間にか普段の可愛い声に戻っている。それを確かめる様に、何度か「あー」と発声確認をするが、やはり声は一つしか聞こえない。
「声が戻ったのは嬉しいけど……もしかして、また言葉が通じなくなるんじゃ……それは困るなぁ」
あの意訳石と呼ばれる物がどの様な物で、どの様な原理で言語を翻訳してくれているのかは分からないが、あれが無いとヲルガたちとの会話が困難になる。
そう思い、意訳石が置かれていた机の上に目を向ける。が
「──あ、机、ひっくり返ってるんだった」
離れた場所に蹴飛ばされた机は足を上に向け、床を上に乗せていた。
「と、とりあえず石を探さないと。コップがあっちに飛んでいってるし、石もそこら辺にあるはず……その前に明かりが欲しいかな。石黒いし」
その為に、ソファに置かれた水晶を回収しようと視線を移すが、そのソファも机同様ひっくり返っており、水晶も何処かへいってしまっていた。
「仕方ない……」
意訳石だけでは無く水晶まで探すとなると、かなりの手間が掛かる。そう考え、水晶は早々に諦めると、代わりに左ポケットから拳大の丸い水晶を取り出した。
手で触れた瞬間から青白く輝き始める丸い水晶は、六角形の水晶と大差ない輝きを放ち、部屋全体を冷たく照らす。
「うん、いいね」
いくら暗闇でも目が利くとは言え、モノクロの世界で黒い物体を探すには骨が折れる。だが、これだけ明るく周囲を照らせるのであれば問題無い。
両手で包む様に丸い水晶を持ちながら、コップが転がっている部屋の隅へと移動する。
青白くライトアップされた薄暗い部屋。誰も居ない、廃墟の様に荒んだ部屋で、自分に連動して動く影が何とも言えない気配を放ち、若干の恐怖を覚える。
「お化け屋敷みたいで怖くなってきたかも……。あ、あった」
意訳石は丸い形をしていたので、どこかに転がっていっているかもと思っていたが、運良く木箱に入った状態で壁際に転がっていた。残念な事に木箱の蓋だけ行方不明だが、態々探す必要も無いだろう。
早く意訳石が見つかったので、次いでに水晶が見つかれば良いと考えて部屋の中を一周してみるが、どこにもある様子は無い。意訳石とは違い大きいので、何かの下敷きになっているとは思えない。であれば、誰かが持ち出したと考えるのが妥当だろう。ヲルガが水晶の事を気にしている様子だった事を考えると、今はヲルガの手元にある可能性が高い。
私は拾い上げた意訳石を木箱から取り出すと、空の木箱を右ポケットに仕舞い込んだ。
意訳石に触れた瞬間、淡く輝く意訳石を見て、左手に持った丸い水晶と見比べる。
水晶も意訳石も彩度や明度は違えど、何方も青系統の光を放っている。何故触っただけで光を出すのか不思議だが、タッチパネルの様に人体の静電気に反応しているのだろうか。
『声は……うん、変になってるね。よくある即時翻訳機なのは分かるけど、スイッチとか、マイクやスピーカーは何処にあるんだろう?』
意訳石にはボタンは無く、小さな穴すら開いていない。充電用の差し込み口が無いのは、太陽光電池が主流な今は不思議では無いが、電源を入れ、音を拾い、発する機構が見当たらないのは不思議だ。
『……って、今はそんな事どうでもいいか。ヲルガたちを探さないと──』
そう口に出した瞬間、目を覚ます前……気を失う前の出来事が頭を過った。
何かを察したクルルに襲われ、私が“化け物”であると暴露された後、私は気を失った──いや、“死んだ”と言った方が正しいかも知れない。森で出会った猪の化け物の時や狼の時と同様に。
『三回ともお腹を狙われるって、みんなお腹が好きなんだなぁ』
呑気で間抜けで他人事の様な馬鹿な独り言。その震えた声は、外の喧騒に消えてゆく。
一回目も二回目も、私を喰らった化け物たちは、水晶を残してその場から消えていた。
そして、三回目である今回は、喰らわれる事は無かったものの、腹を貫いた本人はリュックを残してその場から消えた。ガルダーが床に投げ捨てた盾や私の水晶は残される事無く、クルルのリュックだけが、この部屋に取り残されている。
必ず何かを残して消えた、私を襲った者たち。消えた者たちは、一体何処へ消えたのだろう。
考えても分からない。だが、今回は前回と違って“目撃者”が居るはずだ。自分たちの荷物を持ってこの場から立ち去った、消えた者の仲間が。
もしかしたら、共に何処かへ移動した可能性もある。それは、あの場にいた全員が消えた事と同程度の低確率ではあるが、そうであると願いたい。
……何方にしても、私が化け物だと彼らに知られている事には変わり無いが。
『とりあえず外が騒がしいから、確認の為に出ようかな。もしかしたら「家の中に化け物がいる〜」なんて騒いでるかもだけど──』
その喧騒の中に、ヲルガたちは居るだろうか。クルルは居るだろうか。もし居るとしたら、私は再び腹を貫かれるのだろうか。
そう思うと、自然と手足が震えだす。青白い光も震え、影たちも震える。色も相まって、この部屋全体が私の心の内を映し出している様に感じる。
死の恐怖は無い。あの痛みが、あの苦痛が、私の足を棒にする。
恐ろしい。そう、思った。思っていた。なのに何故か、いつの間にか震えは止まり、恐怖が薄れていった。
何もしておらず、考えも変わっていない。それなのに、心を蝕む恐怖が、まるで漂白されたカレーのシミの様に薄くなり、消えてゆく。
自分の心のはずなのに、強制的に感情を改変された様な、居心地の悪い感覚。だが、その感覚に対してだけは、恐怖すら覚えない。
『──ふぅ。外に出て、襲われそうなら頑張って逃げよう』
自分の心を深く考えるのは辞めた。いくら考えても無駄だと感じたのと、目の前の問題を解決する事が先だと考えたからだ。
タンタンと、木の床を靴底で鳴らしながら大部屋との境界が無い玄関まで足を運び、そこで両手が塞がっている事に気が付く。
扉の取手は、捻る必要も下げる必要も無いただの取手。人の住まう建物という性質上、野外へ出る為の扉は基本外開き。であれば、両手が塞がっていても問題は無い。そう考え、左肩を扉に当ててもたれ掛かる様に力を込めるが、扉は微動だにしなかった。
扉の内側には、鍵や閂といった扉を固定する物は見当たらない。試しに、取手に左小指を引っ掛けて全身を使って引いてみるが、やはり開く気配は無い。
『……外から鍵が掛けられてる?でも何で……あれ?それっておかしくない?』
違和感の正体を確かめる為、近くにある上開きの木窓に拳を当てる。
『……やっぱり開かない』
私が気絶する前は確かに開いていた。だが、今は全ての窓が閉まっており、内側から開ける事も出来ない状態になっている。勿論、内側には鍵や閂、棒などで固定はされておらず、その機構も無い。
──鳥籠。この建物を、内側から改めて見た感想がそれだった。
ただ、鳥籠の方が、この建物と比べたら幾分かマシだろう。飼い主が真っ当な人間であれば。
もし、ここが鳥籠で、私が鳥だったとしても、人を意図的に閉じ込める様な建物を作り、そこへ外部の人間を誘い込む様な飼い主は御免だが。
『でも……私だけを閉じ込めたって事?ヲルガたちは?村長と手を組んでる様には見えなかったけど……』
私を閉じ込めた人物が村長とは限らないが、村の人間である事は確かだ。この建物自体、村長の物で、村の物なのだから。
だが、それだと私だけが閉じ込められている状況には納得出来ない。ヲルガたちが手を組んで、見ず知らずの子供を普段から連れてきているのであれば分かるが……そうだとしたら、彼らは役者だ。
私は所詮子供。人生経験が浅い分、演技や腹芸には疎い。女故、同年代の男子と比べればある程度の嗜みと経験はあるが、その程度。結局、本人に会わない限り本当の事は分からない。
『……そう言えば、気絶する前、村長ってこの部屋に居たっけ?名前なんだっけ……あ、プラナとガルダーだ。あの二人と一緒に部屋から出てきたのは見たけど、これその後見てない気がする……』
私が肉盾にされる前、村長は確かにプラナの背後に居た。だが、私が背を向けプラナが悲鳴を上げていた時、村長の声は聞こえなかった。怒号や悲鳴に掻き消されたか、言葉を失っていたか、もしくは──
『建物から逃げ出していた……とか?』
あの村長ならやりかねない。なんせ、こんな建物を作らせ、そこに住まう様な人間なのだから。
『だったら、ヲルガたちも建物の中に居るかも。……居るとしたら書斎かな?』
私は窓から離れて大広間を後にすると、一番最初に訪れた書斎の扉を開き、外から中の様子を伺う。だが、そこには誰も居なかった。
『居ない……他の部屋かな』
扉を閉め、廊下を見回す。大広間から左右に伸びた廊下。私が居るのはその右側の廊下だ。その廊下の左の壁には、書斎を含めて扉が三つ。反対側の壁には開かずの木窓が二つある。
扉の枚数的に、各部屋を総当たりで調べてもそこまで時間は掛からないだろう。そう考えて突き当たりの扉を開いた。
その瞬間、鼻を突く刺激臭と、誰もが嗅いだ事のある悪臭が一気に溢れ出した。
咄嗟に鼻を摘み、室内を見ない様に顔を逸らしながら扉を力強く閉めると、いつの間にか止めていた息を再開する。
『臭すぎる!……開ける前から薄々と分かってたけど、この部屋はトイレだったのね。流石にこんな場所には隠れないでしょ』
中を見たわけでは無いが、あの中に長時間居るくらいであれば、木窓を破壊して外に出ているだろう。あの大柄なガルダーであれば、そのくらい可能だろう。
悪臭にげんなりしながらも、次は廊下の一番手前の扉に向かい、ノックをせずに開く。
部屋の中はベッドとサイドテーブル、クローゼットと本棚が置かれたシンプルな寝室。パッと見では人の姿は無いが、それより気になった物があり、室内に足を踏み入れる。
『この本棚の本……“普通の本”だ。書斎には無かったのに』
木板では無く、布表紙の古典的な本。背表紙には刺繍が施されており、どれも見たことの無い模様をしている。
本棚には不規則に本が並べられており、所々に中途半端な隙間がある。人によっては歯痒い並びだろうが、この本棚の持ち主同様、私は気にもならない程度だ。
『異国の本……持ってたら格好いいだろうなぁ』
眼鏡を掛け、異国語の書かれた本を片手に持つ自分を想像する。が、その想像の中の私に「のんびりしてないの」と喝を入れられた。
『……次の部屋行こ』
どうせ文字は読めないし、読めたとしても本には然程の興味も無いので、無駄な妄想を追い払って部屋を出る。
右側の廊下の部屋は全て確認したので、次は反対側、左側の廊下へ足を運ぶ。
左側の廊下の突き当たりにある壁の扉の先が台所であるという事は、お酒を持ってきた女性が出入りしていたので知っている。だが、右の壁にある三つの扉の先がどの様な部屋かは知らない。
想像では、客室が一つか二つあると思っているが、考えるより見た方が早いだろう。
一番手前の扉を先程同様ノックをせずに開く。室内は先程見た寝室と大差無いが、此方の部屋の方が幅が狭く、本棚が無い。
『……あ!』
室内にあるサイドテーブルの上に見慣れた物が置いてあり、私は思わず声を上げるとそちらに駆け寄った。
『……やっぱり、私の水晶だ!て事は、ヲルガがこの部屋に居たのかな?』
サイドテーブルの上に置かれていたのは、六角形の水晶。私がソファに置いていた物と同じ物だ。そして、サイドテーブルに近づいたお陰でもう一つ、見つけたものがあった。それは、サイドテーブルが張り付いている壁の一部の切れ込み。
『あれ?この壁もしかして……窓?同じ丸太だったから気付かなかった。……まぁ、開かないよね』
木窓が壁と一体化しているとは考えもしなかった。窓と壁は別の作りだと、大広間や廊下の木窓を見て思っていたからだ。
『じゃあ、さっきの部屋にも窓はあったのかな?あったとしても開かないだろうけど』
悪態染みた独り言を呟きながら水晶に視線を移し、それを手に取る為に右手に持った意訳石をポケットに仕舞う。仕舞おうとした。だが、ポケットに入る前に手のひらから滑り落ちた意訳石は床に落ち、咄嗟に動かした右足で蹴飛ばしてしまい、ベッドの下へと転がってしまった。
『あぁ!やっちゃった!』
咄嗟にその場にしゃがみ込むと、床に手を突いて頭を床に押し当てベッドの下を覗き込む。すると、意訳石は簡単に見つかった。
蹴飛ばしていたが、奥に行かずにすぐ手前に落ちていたのだ。いや、“奥に行けず”手前で止まってしまったと言った方が正しい。意訳石、私の蹴飛ばしたそのすぐ奥にあった物。いや、者のお陰で。
『ぴやぁぁぁぁ!!おおおお、お、おば、おば!』
『どわぁぁぁぁぁ!!!なな、な、なんだいきなり!』
丸い水晶の光を反射する二つの瞳を覗き込んでしまい、叫び声を上げながら背後にのけぞり丸い水晶をベッド下に投げ付ける。
それに驚いたベッド下の主人は、ベッドを何度か宙へ浮かしながら大声を上げる。反応から察するに、幸い丸い水晶は“彼”には当たらなかった様だ。
『ああ、あ、ああ……あ、危なかったぁ〜』
何がとは言わないが、彼に丸い水晶が当たらなかった事に対する安堵では無い事は確かだ。
私の声を聞いて、ベッドを揺らしながら這い出て来た“ソレ”は、右手に持った丸い水晶と意訳石を私に差し出してきた。
『ほらよ。ったく、危なかったのはこっちだぜ』
『あ、ありがとう“ヲルガ”』
私はヲルガにお礼を言いながら丸い水晶と意訳石を受け取った。するとヲルガは、ズレてしまった胸当てや手足の装備の位置を直しながら奇妙な質問をしてきた。
『お前……リサ、だよな?』
『え?うん。そうだけど……何で?』
全く意図が組めない質問に、そうだと答えると、ヲルガは『そうだよな……』と呟いて考え事を始めてしまう。なので、此方からヲルガに対して質問を投げ掛けた。
『ねぇ、他の人たちはどうしたの?一緒じゃ無いの?まさか、閉じ込められたのヲルガだけ?』
『いや、俺ら全員閉じ込められてるぞ。入り口みてみろ』
そう言いながらヲルガは部屋の扉を指差した。私は首を傾げながらもそちらに顔を向けると
『うぉ怖』
『そ、その反応は止してくれ。心にくる物がある』
部屋の扉の裏。扉を開けて部屋に入ってきた時に死角になる場所に、ガルダーが静かに佇んでいた。隠れ場所に隠れ方、それに加えて、私が部屋に入った時から無言で私を見ていた事に気が付き、思わず敬遠の態度を取ってしまう。その態度に傷付いたのか、ガルダーは肩を落としながら止める様右手を前に出し、顔に影を落とした。
『ご、ごめんね。それでプラナは?』
『あ、あぁ、そこのクローゼットの中に隠れている。おいプラナ、良い加減出て来い』
ガルダーの言葉に反応する様に、クローゼットの扉が内側からゆっくりと開かれた。そして、扉からゆっくりと出てきたプラナの顔が私を見つけると、震えた声でヲルガと同じ様な質問をしてくる。
『ほ、本当にあの子なの?』
『あの子って……?あぁ、私はリサだよ。宜しくね、プラナ。あ、後ガルダーも』
プラナの言うあの子とは誰かと一瞬考えたが、プラナとガルダーにはまだ名乗っていない事を思い出し、あの子と言うのが自分の事だと理解すると、すぐに自分の名前を名乗った。
ガルダーは『宜しく』と軽く手を上げると、そのまま腕を組んで壁にもたれ掛かる。一方プラナは安心した様に溜息を吐くと、クローゼットから出て私の隣に腰を下ろし、突然私の頭を撫で始めた。
『良かった……本当に良かった……きっと神様に愛されてるのね』
何故彼女が喜んでいるのかは理解出来ないが、すぐに神様という単語が出てくる辺り、プラナは信仰深い人なのかも知れない。と、思いながら嬉しくも照れ恥ずかしい気持ちに浸っていると、まだ一人姿を表していない事に気が付いた。
『えへへ……あ、そうだ。ねぇヲルガ、クルルは居ないの?』
その瞬間、部屋の空気が凍りつき、プラナの私の頭を撫でる手が止まった。
『……もしかして、私が気絶した時何かあった?』
空気を察して重ねて質問をすると、ヲルガが口を開いた。
『覚えて無い……いや、見ていないのか?それとも……気付いていない、のか』
詮索するように、尋ねる様に言葉を呟いたヲルガは、何かを理解したのか最後にそう決めつける。
私が何を気付いていないのか。それがクルル関係である事は確かだ。だが、見当が付かない。
覚えていない。見ていない。それらの単語は、クルルの身に何かあった事を示唆している。そして、それが私に関係がある事も。
『何があったの?気絶した時、一瞬だけ花が見えたけど……あれは何だったの?』
『花……?気絶した時って、リサにはアレが花に見えたのか』
『アレ?』
アレとは何か聞き返す。だが、ヲルガが答える前に、プラナが私の頭を抱き寄せると、ヲルガに対してこう言った。
『この話は止めましょうよ。それより、この家から出るのが先じゃ無い?ガルダーもそう思うわよね』
『そうだな、子供に聞かせる話では無い』
『ちょ、ちょっと待って!子供に聞かせる話じゃ無いって、どういう意味?ねぇ、クルルに何があったの!?私に関係あるんでしょ!?』
クルルがリュックを置いて消えた原因は、完全に私にある。それは確定しているが、何故子供に聞かせられない様な事態に陥るのか。その理由を絶対に知らなければならない。何故か、その考えに駆られる。自責の念を感じる様な相手では無いし、寧ろ何かあったとしても自業自得だと、普段なら思うだろう。だが、今回は違った。“知らなければならない”。そう、強く思ったのだ。
私の強い意志を汲み取ってくれたのか、ヲルガは他の二人の制止を無視して私の問いに対して口を開いた。
『……クルルは。クルルは、リサの腹を貫いた後“死んだ”よ』
『……え?』
後頭部を鈍器で殴られた様な強い衝撃に襲われ、視界がチカチカと点滅する感覚に襲われる。
『元々振り切れていた針が、リサに危害を加えたのをキッカケにぶっ壊れたんだろう。“跡形も無く燃えて消えた”ぜ』
段々と見える物が白いモヤに包まれ、ヲルガの声が遠く離れてゆく。
クルルが死んだ。
私を襲った者は、私が気絶している間に漏れ無く消えた。何かを残して綺麗さっぱり消えていた。
死んでいた。逃げた訳でも、隠れた訳でも無く、死んでいたのだ。
原因は分からない。だが一つ、確かな要因がある。化け物やクルルを殺した、決定的な要因。それは
『──私。私が、殺した……』
ヲルガは水晶をマンイーターボアの物、四つ目の猪の化け物の物だと言った。丸い水晶は狼たちの数と同じ数が辺りに落ちていた。近くに居たガルダーは無事で、クルルだけがリュックを残して消えた。
意図的に。標的を決めて。私に襲いかかった者だけを殺す。それが出来るのは、私に襲いかかった者か、“私”しか居ない。
それを理解した瞬間全身の血の気が引き、視界が完全に白く染まると、体から勝手に力が抜けてプラナに倒れ掛かる。
『リサちゃん?リサちゃん!?しっかりして!!リサちゃん──』
その呼び掛けを最後に、私はプラナの腕の中で意識を手放した。




