突飛な想像
「はっ!」
目の前にはカンナがいた。当然、羽は生えておらず、どこかに行こうともしていなかった。
「すまない。想像が飛躍していた」
カンナが不思議そうな目でこちらを見てくる。いけないいけない。夢を見るのは全てが終わってからだ。
「女神様に何を祈ろうか考えてたんだ。色々と思いを巡らせた結果『カンナと一緒に旅ができますように』って祈ろうかなと」
「あ、ありがとうございます!」
カンナは照れた様子で女神様へお祈りを始めた。彼女に倣って俺も目をつむろうとするとカンナが少し驚いた様子で体をはねあげる。
「どう…」
した、と声を続けられなかった。再び目を瞑った彼女の祈る姿がとても綺麗だったから。触れてはいけないものだと俺はとっさに判断し、彼女に倣って俺もお祈りを始めることにする。願いは先ほど話題に上がった「カンナと一緒に旅ができますように」。女神様に思いが通じるように、心から願いをこめて。
夢の世界、羽が生えた世界、か。ほんとにそんなところがあったらカンナは苦しまずにすんだんだろうか。
「せめてここから連れ出せたらな」
俺はカンナに聞こえないぐらいの声でつぶやく。カンナは隣でまだ一生懸命に女神様へお祈りをしているみたいだ。そんな敬虐—なのかはわからないけど—な幽霊の少女もかなりの時間がたった後に顔をあげる。
「長かったな。そんなに多くを願ってたのか?」
「はい。いっぱいお話をしてましたから」
「お話?」
誰か周りにいるのだろうか?否、そんなはずはないだろう。カンナが誰かと話していたなら俺にも聞こえてるはずだ。ならば、心で会話していたのだろうか。テレパシーみたいな。
「ちょっとだけ女神様の声が聞こえてきたんです。いままでここにきてもそんなことはなかったんですけど。いろいろとお話してたんです」
「声が聞こえた?」
少なくとも俺には何も聞こえていない。どういうことだろうか?
「『ごめんなさい』って。確かに聞こえたんです。私も少しびっくりしちゃって」
「だから最初の時に驚いてたんだな」
体が跳ねた理由を知って少し安心する。体調が悪いとかじゃなくて良かった。それはそれで安心できるのか?
「見てたんですか?」
「すまない。綺麗だったから、見とれてた」
「…え?」
「変なことを言った。忘れてくれ」
少し変な空気になる。俺が変なことを言ってしまったからだろうな。何とかして別の話題に変えなければ。
「お話ってどんなことを話してたんだ?」
「あ、はい! 『どうして謝るんですか?』って聞いてみたんです。そしたら『あなたをこの地に縛り付けてしまったから』って言われたんです」
「『縛り付けてしまった』?」
縛りとはカンナがこの土地から出られないことを言っているのだろうか。今の俺が考えても仕方のないことだろうが。
「はい。女神様はそういってました。でも、どんな声をかけても返事はなかったんです。だから、一方的にですが女神様にいろんなことを話してました」
「そうか。会話の内容は俺が聞いてもいいのか?」
「えーっと…恥ずかしいので。すみません」
少女は顔を赤らめてうつむく。人に話したくないことなのだろうが、だからと言って謝るのはこの子の癖なのだろうか。
「いや、謝ることじゃない。遠慮なしに聞いてしまってすまない」
「あ、いえ! 聞かれたことは嬉しかったので! その、すみません」
また少女は下を向いてしまった。
「だから謝ることじゃ…まあこの問答は置いといて、そろそろ帰るか」
「そうですね、いい時間ですし」
少女は顔をあげて空を見上げる。太陽の位置とかから時間がわかったりするのだろうか。
「早いところ戻って作業開始ですね」
「まだまだ仕事は多いしな。案外早く見つかるかもしれないが」
「ふふふ、そうかもしれませんね」
カンナは微笑む。こんな所は年相応な少女だ。箸がころんだら笑ったりするんだろうか。
「ではかえりま…あ! そうです!」
「カンナ?急にどうしたんだ?」
話をしている途中にカンナが狛犬のほうへ駆けていく。狛犬の横にいる少女の後ろ姿に俺の疑問を投げかけた。
「ジンさんも来てください!」
カンナは狛犬のさらに奥のほうへ駆けて行った。どうやら森の中に道があるらしい。
「どこにつながってるんだ?」
「ついてからのお楽しみです! すぐ着きますから!」
カンナが俺の質問に声をあげて答えてくれる。そんなやり取りをして大体三十秒後。少し開けた空間に出る。
「ここは……」
そこは丁寧に整理された一つの庭のような場所だった。空からの日差しもこの庭に届くようで周りの木々に囲まれた所と比べるとそれなりに明るい。
川が横に流れ、一つの大きな大樹が真ん中にそびえたつ。足元を見ると綺麗に刈り揃えられた芝生が俺とカンナの足を包んでいた。大樹を挟んで川の反対方向を見ると、手作り感の溢れる花壇が並ぶ。
「私の大事な場所です」
「カンナが作ったのか?」
「はい。最初は気を紛らわすためでした。でも今ならジンさんを招待するためだったって、そんな気がします」
カンナはこちらに笑顔を向けながら誇らしげに説明をしてくれる。そんなはずはないだろうがそういってくれるのは素直に嬉しいものだ。
「俺なんかが大事な場所に招待されても良かったのか?」
「いいんですよ。それにジンさんだから招待しようって。ジンさんにここを知ってもらいたかったんです」
「俺だから?」
唐突に俺の名前を呼ばれたが、まだ慣れてないせいか反応が少し遅れる。
「私が死んでから初めて会話した人ですから」
「そうか」
そうだ。この少女は死んでいる。女神の作った肉体に意識を入れているだけに過ぎない。言い換えるとするならば存在する幽霊だ。
「よくここまで綺麗な空間が作れたな」
「大変でした。でもまだ完成してないんですよ」
「そうなのか?こんなに綺麗で落ち着ける場所なのに」
改めてこの空間を見渡すが変なところは特に見つからない。常に整理されているであろうことが節々からわかる。
「あ、ありがとうございます」
自分が作った世界を褒められて照れているのか彼女は少し下を向いていた。心が少し落ち着いたのかカンナは再び顔をあげる。
「でもまだまだ殺風景じゃないですか。これだけ広い場所なんですから何か遊具があったらいいなーっていつも思うんですよ」
「そういうものなのか?」
「はい。今だってジンさんを招待したのはいいですがベンチのような座ってもらえる場所がないですし」
カンナは周辺を見渡した後申し訳なさそうにこっちを見つめる。俺がずっと立ちっぱなしなのを心配してくれているのだろう。
「疲れてるわけじゃないんだし気にしなくてもいいぞ。さっきも言ったが体力には自信があるんだ。でも芝生に腰を付けるのはダメなのか?」
「いいですけど、汚れませんか?」
カンナは芝生を優しくなでた。表情から、とても大事に育てたであろうことが伝わってくる。
「気にしなくてもいいと思うぞ。これだけ綺麗なんだし、ここで横になったら絶対気持ちいいだろう。横になってもいいならぜひともそうなりたい」
「そうですか?」
カンナは芝生へと寝転がった。つられて俺も横になる。芝生が優しく包んでくれてとても気持ちいい。
「あっ、ほんとうだ」
横から声が聞こえる。心地よさに思わず声が漏れたのだろうか。
「横になったことなかったのか?」
「はい。横になろうとしたことすらなかったです」
この芝生を大切に育てていたからベットにすることを考えることはなかったのだろう。そんなところへ俺が横になってもいいのか今更ながら確認を取ってなかったことに後悔した。
「そういえば俺まで横になってしまってよかったのか?」
「もちろんいいですよ。こんなに気持ちいいんですから」
芝生の布団にうっとりしているようでカンナは目を瞑りながら返事をしてくる。
「カンナが手入れしてたおかげで他の芝生と比べると格段に気持ちいいな」
「あ、ありがとうございます」
カンナのほうは向かなくてもどんな顔をしているかわかる。きっと照れているのだろう。返事からも顔が赤いことが想像できる。俺はしばらく何も話しかけずに芝生に寝転がりながら空を見上げていた。