神社
二人で神社に向かう。道中、周辺を見渡せばどこもかしこも草木が好き放題伸びており、あれためて誰も住んでいないことを実感する。俺が今まで見てきたところだけではなかったんだな。
「昔は、ここもにぎわっていたんですかね」
「どうだろうな」
「私には、この村に人がいた記憶がありません。生まれてまだ数か月でしたからね。でも私が生まれた時でさえ、この村に残っていた人は少なかった。最後まで残っていた人がここを去るときはどんな心情だったのか。私には想像することすらできません」
「ここの土地にいる女神様も寂しいだろうな」
「そうですね」
俺は顔もわからないここにいた住民や女神様を心の中で少しだけ思い浮かべた。ただの自己満足でしかないけど。
「つきましたよ。牡羊神社です」
石碑にでかでかと『牡羊神社』と書かれてある。天満宮とか稲荷神社とかではなく、ただただ牡羊神社と描かれていた。
「神社の名前も牡羊なのか」
「女神様と関係ありますからね」
「たしかにそうだな。由来が同じなら名称も同じになるか」
俺は鳥居に一礼して境内に入った。こうするのがいいと何かで聞いたことがあるからだ。
「真ん中は幽霊が通るから端を歩くんだったか?」
「幽霊じゃなくて神様ですよ、田中さん」
田中さん。
「手水は湧水を使っているのか。水がちゃんと溜まってるな」
「ひしゃくまで残ってますよ」
俺はカンナが指さしたほうをみた。そこにはずっと昔におかれてあったのが放置されているのかボロボロになった金属のひしゃくがおいてあった。
「さすがに使えないだろ。何十年も放置されてたんだろ」
「この柄杓、苔が生えちゃってます。本当に使わないんですか?」
カンナがキラキラとした目でこちらを見つめている。
「心なしか使ってほしそうに見えるのは気のせいか?」
「き、気のせいですよ。田中さん」
「田中さん」
田中さん。
「柄杓が使えないとなると、手ですくうのはダメなのか?」
「いいんじゃないですかね?両手を清めて行えば大丈夫だと思います」
手水に柄杓がない神社とかも探せばあるのだろうか。いつか旅をしてみるのもいいのかもしれないな。
「どうやって両手を清めるんだ?」
「うーん、この湧水で洗うだけでいいんじゃないですかね?」
「口はゆすがなくてもいいか」
綺麗に見えるとはいえ、長年放置されてたんだ。何が入っているかもわからない。手を洗う程度なら大丈夫だろうが。
「あれ?私、幽霊ですけど清めてしまったら成仏しちゃいませんか?」
「変な話だがありえなくもないな。女神様が言うところの『思い出』を見つけるまではやめといたほうがいいか」
なんだかんだこの子がいなくなったら本当にこの村には誰もいなくなってしまう。誰もいない村はとても寂しいだろう。
「田中さんに近づけなくなるのは嫌です」
「さっきも言ったが田中さんって言われるのすごい違和感を感じるんだが」
名前とかだったらまだ違和感はないんだろうが田中は名字のほうだろう。名字を受け入れるのはかなり時間がかかりそうだ。
「でも、もしかしたら田中さんかもしれませんよ?」
「確かにそうかもしれないんだが、名字だとどうしてもな」
「普段はなんて呼ばれてるんですか?」
同じ仕事仲間やあの人から呼ばれている名称を素直に教えることにした。
「『十三番』って呼ばれてたな。名前もなかったし俺の番号で呼ばれてた」
「『十三番』ですか。名前らしくないですね」
「そもそも名前じゃないからな」
あくまで職場での呼称だ。『十三番』の当て字は特に聞いたことないのでそのまま名前にするのは難しいだろう。
「そうだったんですか。じゅうさんばん…」
カンナは悩み始めた。俺の名前を考えてくれるのはうれしいがカンナのネーミングセンスを信じていいものなのだろうか。
「あんまり難しく考えなくていいからな。今決めなくてもいいし」
「そうです! 略してジンさんはどうでしょう!」
ジン。あれ?意外といいのではないのだろうか。ジン、仁、尋。俺もカンナと一緒のカタカナでいいかな。
「悪くない名前だな。ジンでカタカナ二文字だと慣れるまでも早そうだし」
「ではジンさんですね! これでお互い名前が決まりました!」
カンナとジン。確かに悪くない名前だ。神がいない少女のカンナと十三番のジン。うん。しっかり来る。案外カンナのネーミングセンスも悪くないのかもな。
「ありがとな」
「急になんですか」
「名前を決めてくれたんだ。そりゃ礼も言うだろう」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
カンナにお礼を伝えると顔を伏せてもじもじし始めた。さっきも似たようなことがあったしお礼を言われるのに慣れてないんだろうか。
「カンナ。ここの女神様はご利益とかなにかあるのか?」
俺は感じる空気がこそばしくなって別の話題に切り替える。
「祈る人が一番願ってること、だそうですよ」
「開運とか商売とか普通はあるんじゃないのか?」
決まっていない神社とかもあるのだろうか。柄杓がない神社を探すのも兼ねて探すのも面白そうだ。
「他の神社とかだとそうなんですがここは少し変わってるみたいです。同じ神様の他の土地もそんな感じなんですかね」
「同じ神様が愛した12の土地か?」
「ですね。星座の名前を関する土地。ここからいけるところにあるのなら行ってみたいですよね」
カンナの話を聞いていると俺も興味がわいてきた。
「他の土地に関する伝承とかは残ってるのか?」
「そんなに残ってないんですよね。『天秤の土地は夢の世界』とか『魚の土地の住民は羽が生えてる』みたいな感じでしか残ってないんですよね」
「夢の世界?羽が生えてる?」
俺は夢の中で羽が生えてる世界を想像してみる。
「ジンさんー! こっちまできてください!」
「カンナ?なんで空を飛んでるんだ?」
「なんでって、羽があるからに決まってるじゃないですか!」
カンナは後ろを向いて背中に生えてる羽をこちらに見せてくる。
「だが俺には羽がついてないぞ?」
「大丈夫ですよ! ジンさんにも羽が生えてます!」
「え?」
俺は背中に触れてみる。そこには柔らかい感触の羽があった。心経もつながっているようで触覚も伝わってくる。
「本当だ。いつの間に」
「ではジンさん! 一緒に旅に行きましょう!」
「カンナ?この土地から出られないんじゃなかったのか?」
「ここは夢の世界ですから! そんな垣根なんてないんですよ!」
カンナはそう言って、飛び立って…
「ジンさん?」