作業に戻ろう
掃除しても全然片付く様子がない。少女とも相談して一度休むことにした。
「幽霊も疲れるのか?」
「体力的に疲れることはないんですけど精神的に少し疲れましたね。単調作業だったので」
「そういうものなのか。幽霊って言っても何もかもが便利なわけじゃないんだな」
俺は座り込む。体力はまだまだ余裕があるが俺も少し休まなければ気が滅入る。本当にここに探し物があるのかどうかもわからないのだから。このままじゃ気分が落ち込むな。
「休憩がてらこの村を案内してくれないか?」
「え?いいですけど、疲れてるんじゃないですか?」
「体力はまだまだ余裕があるんだ。だけど俺も精神的に休みたくなってな。だったら散歩が一番だろ?」
体を動かすのが俺のストレス発散法なのもあって、少し体を動かしたい気分だ。散歩がちょうどいいだろう。
「なるほど。では先ほど話した神社にでも行きますか?」
「そうだな。案内よろしく頼む」
「はい! まかせてください!」
少女が前を歩き始める。俺は小さな背中の後ろ姿についていった。
「ついでに他のところにもよっていいですか?」
「どこか行きたいところでもあるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。ただあなたにこの村のことをもっと知ってほしくて。ダメですか?」
「ダメじゃないぞ。むしろこっちからお願いしたいぐらいだ」
俺もこの村のことが少しずつ気になりかけている。今となっては二人しかいない村。なのに、どこか居心地がいい。
「じゃあ、行きますね」
少女が振り返らずに先に進もうとしたので慌てて追いかけた。彼女は今、いったいどんな顔をしているのだろうか。確認することはできなかった。ただ、笑顔だったらいいな。
「つきました!」
「ここは、図書館?」
少し古めかしい木造建築の建物に入ると本の森に紛れ込んでいた。
「そうです。村の人たちから寄贈された本とか村の古文書とか。そういうのがずっと残されています」
「村の人たちがいなくなる前に別のところに運ばなかったのか?」
「そうみたいですね。理由まではわかりませんが。でもおかげで私はいろんなことを知ることができました」
少女は『ギリシア神話』の話だとか『三国志』の話だとか、図書館で知った面白いことを教えてくれた。難しい話で眠ってしまいそうだったが、何とかこらえた。
「君にとって、ここは大事なところなんだな」
「それです」
「え?」
「『君』って呼ばれるのなんか嫌です。なんだか壁があるみたいで」
確かに名前ではなく二人称で呼び合うと壁がある気はする。何とかしたい気持ちは俺も大いに同意できる。
「でもお互い名前がないじゃないか」
「だからここに来たんです。何かいい名前はないかなって。名前を見つけようって言ったのは私ですから」
「ああ、なるほど」
確かにこれだけ資料があれば何かしらのアイデアになりそうだな。
「でも、とりあえず今は他のところを案内しますね」
「いいのか?」
「はい。きっと焦ることでもないと思いますので」
刹那、一冊の本が目に入ってきた。
「『神のいない村』?」
他の本とは違う。明らかに一冊だけ存在感を放っていた。その本だけ、とてもボロボロだったから。手に取って年季を確かめてみるとざらざらした感触だけが伝わってくる。
「『神のいない村』はこの村の伝承の一つですね」
「でもこの村には女神様がいたんじゃないのか?」
俺は同じ棚の本を見渡す。手にしている本以外は全て神や女神の存在を肯定しているものばかりだ。
「そうなんですよね。なのでこの伝承には謎が多いんです」
「どんな内容なんだ?」
「この地は神に見放されているから神がいないんだってお話です。女神様だって出てきません」
俺は本を手に取ってペラペラとめくる。少女は色んな本の背表紙をゆっくり眺めていた。
「他の土地の伝承が混ざったんじゃないのか?」
「そんなところでしょうね」
本を閉じて元あった場所に戻す。
「神のいない村か…神…無…」
呟きに反応したのか、ふと一つの名前が思い浮かぶ。
「君の名前、カンナとかどうだ?」
ふと、振ってきた。いやこの本にインスピレーションを受けただけなのだが。
「カンナ…神無月とかの神無ですか?」
「いや、神がいなかったら君の存在と矛盾するだろ?だからカタカナで『カンナ』でどうだ?」
名前の由来をたどると神無なのだが、語感がいいので難しいことは考えないようにした。今が10月なのはたまたまだ。
「カンナ…カンナ…」
少女は自分に言い聞かせるようにうつむきながら俺が考えた名前をつぶやく。何度か同じ単語を繰り返した後、勢いよく顔をあげる。
「いいですね! 気に入りました!」
「俺が提案しといてなんだが、いいのか?」
パッと思いついたものだからすんなり受け入れられて少し驚いた。悪くない名前だとは思うがもっと熟考すると思っていた。
「はい! ありがとうございます! 田中さん!」
「田中さん?」
聞きなれない名前が呼ばれて聞き返す。田中さんと呼ばれる人物がこの村にいるのだろうか。俺たちのほかに誰もいないものだと思い込んでいたが。
「私の名前が決まったのにあなたの名前がないのも変なので。田中さん」
「他にもっとないのか」
「いいじゃないですか。田中さん、神社に行きましょう!」
少女は嬉しそうに図書館を後にした。田中さんは決定なのか。