小さい段差
「空を飛ぶことはできませんが少し浮くぐらいならできますよ」
「そうなのか。なんだか狸型ロボットみたいだな」
不思議道具とか出したりしないだろうか。実は体重が130kgあったりとか、そんなこと言ったら怒られそうだから言わないけど。
「狸さんよりは飛べますね。大体地面から4インチぐらいです」
「なんでヤードポンド法なんだ。センチメートル単位で教えてくれ」
この村には二人しかいないからいいものの、この場にヤードポンドアンチがいたら大変なことになっていただろうな。
「大体10cm強ですね」
「小さい段差程度なら躓かずに進めそうだな」
階段とかは登れなさそうだけど、少しだけのでっぱりとか窪みとかには躓かないで移動できそうだな。
「結構疲れるのであまり飛ばないんですけどね。見せる人がいないですし、かくし芸にもできないです」
「疲れる?」
「集中してないと飛べないんですよ。厚底の靴をはいてるのをイメージして、そのまま維持しないとずっと浮くことはできないんです」
俺はかなり厚い靴をはいてる姿をイメージしてみた。なるほど、確かにこれは確かに集中力がいる。
「幽霊もいろいろと大変なんだな」
「でも面倒なことは何もないです。ご飯も食べなくていいですし温度も感じません。ただ、毎日いつも同じで退屈です」
ずっと一人とは、普通の人なら狂ってしまうだろう。なのに、この少女は今こうして平気でいる。いったいどんな思いでここに立っているのだろうか。人の気持ちがわからない奴に彼女の気持ちを計ることができるわけがなかった。
「退屈な時はどうしてるんだ?」
「歌ったり、本を読んだり、ぐらいですかね。できることも限られてますので」
一人でできることとなるとかなり限られてくるだろう。俺も一人でいるときは瞑想ぐらいしかすることがない。
「どんな本を読んでたんだ?」
「12年以上前の本ばかりですね」
少女は思い出すように好きな作品の名前を何個かあげてくれたが、どこかで聞いたことあるような本だったが内容は知らない作品ばかりだった。
「すまない。学がなくてさっぱりわからなかった」
「そんなものですよ。どれも少し古いですからね。あとはこの地に関する伝承が描かれた古文書とかですかね」
数年間は新しい本が入ってきてないから古めの作品ばかりになったんだろうな。
「だからこの地の伝承とかを知ってたんだな」
「昔ここに住んでた人でも知らないことまで知ってる自信はありますよ」
少女は胸をはる。この流れで気になっていたことも聞いてみることにしよう。
「ここから出ようとしてみたことはあるのか?」
「何度もあります。でもダメでした。この村から出ようとすると意識がなくなって、目を覚ますと神社の中にいるんです」
「神社?」
「はい。ここより山のほうに一社だけ。後で行ってみます?」
この村にも神社はあるのか。少し気になるな。
「そうだな。女神様に挨拶もしたいし後で行ってみるか。って、ここから外に出られないのか?」
「そういうことになりますね」
平然と少女は言ってのける。村に閉じ込められていることが当たり前かのように。
「君は平気なのか?」
多少、酷な質問だとわかっていても、俺は彼女がどう思っているのかを知りたかった。
「平気、なんでしょうか? 自分ではよくわかりません」
自信なさげに答えが返ってくる。そうか。この子には満たされたことがないから哀しいって感情も浮かばないのだろうか。
一人に慣れてしまうと、一人でいることが当たり前になってしまう。現に俺もなのだが。この村にくる際も俺一人を臨んだわけなのだから。
「誰かが来てくれると信じて毎日この村で暮らしていました。そしたら、あなたが来てくれました」
俺は少女に、ずっと一人だった少女に思い出をあげることができるのだろうか。
「だけど不安もあります。人と会話なんてしたことなかったのでどんなことを話せばいいのかとかわかりませんから」
「別に問題は…ないとは言い切れないが大丈夫だろ」
「そこはないって言い切ってほしかったです」
少女は笑う。裏にある哀しさを隠すかのように。あるいは、初めから哀しさなんて存在しなかったかのように。
「本当に幽霊って謎が多いな」
「そうですか?」
「おなかがすかないんだろ? 温度も感じないときたら多分実体がないんだろう。でも今物を動かせている。どういうことなんだろうな?」
「女神様の力、とか?」
少女が自信なさげに答える。女神様の力か、
「ご都合主義だな」
「でもご都合主義よくないですか?」
「ああ。俺も大好きだ」
もしも本当にご都合主義なら、女神様。どうしてこの子に幸せを与えてやれないんだ。本当にご都合主義なら、もっとこの子が幸せになる方法もあったんじゃないのか。どうして、この子は寂しいことに気が付けないほどに孤独だったんだ。女神様…。
…
……
………
俺も、なのか。