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Fantordina  作者: 藤川つばさ
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名前

「え?」


『ワタシモナンデス』? 言葉の意味を一瞬理解できなかった。さっきも似たようなことがあったな。


「私も、自分の名前を知らないんです。両親がつけてくれた名前があるはずなのに、目が覚めた時に知ることはできなかったんです」


「そうか」


 ここにいる二人して自分の名前を知らない。不思議なめぐりあわせだな。


「なんか、悪いこと聞いたな」


「いえ! 気にしないでください」


 気まずい雰囲気にさせてしまっただろうか。謝罪の言葉をかけると少女がフォローを入れてくれた。


「だったら、お互い名前を見つけませんか?」


「名前を見つける、か」


 俺も何度か名前を考えようと試みたことがあるが、しっくりくる名前は何一つ見つけられなかった。


「何度か名前を探したんですけどね。ダメでした。だったらもう新しい名前にしたほうがいいのかなって」


「名前を決めてくれた両親が悲しむんじゃないのか」


「思い出した時は本当の名前に戻ります。『名前無し子』なんて呼ばれるよりは遥かにいい名前があるでしょう」


 名前のない少女は自虐的な笑みを浮かべる。


「そんな名前で呼ばれたことがあるのか?」


「ないですよ? あるわけないじゃないですか」


 何を変なことを言ってるんですか? 的なニュアンスで少女は答えてくる。


「やっぱり冗談うまいよな」


「そうですかね」


 名前もわからない幽霊の少女と掃除を進める。なんとも不思議な感覚だ。この地域にはこの子と俺しかいないのもなかなか経験することがない出来事だけど。


「雑談なんだがな、この地域についてもっと教えてくれないか?」


「いいですよ。私の知る限りなら」


 彼女が持っている情報は俺が知ることのできなかったことばかりだろう。ならば今回の依頼に役立つかもしれない。


「ああ、よろしく頼む」


「そうですね、まず何から話しましょうか」


 少女は思考し始める。やがて話すことがまとまったのか口を開く。


「この村の女神の話はさっきもしましたよね?」


「覚えてるぞ。君に土産を持って来いって言った神様だな」


「そうです。村の女神様のことですが、好きなものが二つあったんです。一つは歌、もう一つは誰かを思う心。女神様は二つの大事なものを何よりも愛していました」


「なるほど。たしかに慈愛に満ちた女神様だな」


 歌は人の感情をなごませるのに向いている。誰かを思う心はまさに慈愛をあらわしているな。


「ですよね。そんな女神様なんですが昔に一度だけ怒ったことがあるそうなんです」


「何があったんだ?」


「この牡羊村に飢餓が襲ったんです」


「飢餓か。何かで見たな。確か120年ほど前だったか」


 牡羊村を調べた際、この村を襲った大きぼな飢餓が一番大きな事件だった。


「そうです。この村の人たちは飢餓の原因が女神様の調子が悪いと考えたんです。村人たちがどうするべきか相談しあった結果、人柱を出してしまいました」


「誰かが犠牲になったのか」


「はい。小さい女の子だったそうです。でも、女神様は深く傷つき、心を閉ざしてしまったそうです。人柱を出してから数年間、さらに飢餓がひどくなっていきました」


 慈愛の女神様だ。ショックを受けるのも想像するのは難しいことではない。ただ村の人たちも追い込まれていたのだろう。


「村の人たちはどうなったんだ?」


「小さい女の子のことを深く後悔し、村の全員で綺麗に弔いました。そして、大人たちは自分たちよりも村の子供を大事にしたんです。自分の子供だけでなく、他の家の子供にまで」


 一人の少女の犠牲でこの村の意識が変わったのか。慈悲深い女神様がいる村なのになんと皮肉なことだろう。


「飢餓はどうなったんだ?」


「少しはましになりましたが完全に元通りになったわけではなかったです。元々女神様のせいではありませんでしたから。それでも、この村からどんどん人は消えていきました」


「主要産業が打撃を受けたと聞いていたがそういうことだったのか」


 書物には書かれていなかったことを少女は教えてくれた。罪悪感からかはわからないが村の人たちは残さなかったのだろう。


「生きるために都心の方へ移るのを誰も責めることができません。誰も悪いことはしていないんです。ただ運が悪かっただけ」


「最終的にはこの村には誰もいなくなったと」


「私がいますけどね」


 少女ははにかむ。少し哀しい雰囲気を残しながら。


「訂正、最終的には君しかいなくなったと」


「はい。でも今はあなたがいます」


「仕事が終わったら帰るけどな」



「……そうですね」


 少女が少しだけ表情に影を落とす。


「すまない。寂しいことを言った」


「いえ、事実ですから。仕方のないことです」


 二人とも黙ってしまう。この気まずい空気を何とかしようと会話をつなげようとする。


「ここまで手伝ってくれたんだし依頼の品ぐらいは教えてもいい、よな?」


「どうして私に確認を取るんですか」


「そうだよな……」


 空回ってしまった。こんな時どんな会話をすればいいのか。


「でもどんなものかぐらいは教えてもらえたら見つけた時に確認がとれるんですが」


「そうだな。小さな箱に依頼の品が入ってるって聞いたから箱を見つけたら持ってきてくれ」


「わかりました」


 少女の切り替えしに救われて俺は話を合わせる。ついでに依頼内容をもう一度思い出しておこう。


『依頼内容 銀色のクローバー型のロケットペンダント』


『おそらく10cmほどの木箱に入ってます。


 中には小さな子供の写真が入ってます。』


 プライバシーとか何とかで依頼してきた人についてあの人は教えてくれなかった。俺には仕事内容だけ伝えて他のことは何も教えてくれなかった。


思い返せばこれだけの情報で俺が依頼の品を見つけ出せることなんて難しいことだろう。


家が全焼しているなんて予想すらしていなかったぐらいだ。ただ、となりにいる少女のおかげで本当に何とかなりそうにも感じている。


もしこの少女がいなかったら俺は、結局一人じゃ何もできなかった。そういうことなんだろうな。



「はぁ……」


「どうしたんですか?」


 ため息をついてしまったところを聞かれてしまった。


「本当に見つけられるのか不安になってな」


 本音をいうのも情けないので誤魔化すことにした。


「私もいますから大丈夫ですよ! 二人なら何とかなります!」


 また慰められてしまった。一回目を入れていいのかはわからないが。


「そうだな」


 だけど、二人。そう二人なんだ。一人じゃ何もできないんじゃない。一人でできないから二人でやるんだ。俺は少女の言葉を心から受け入れていた。


「ありがとう」


「どうして感謝されるんですか」


 少女が照れ隠しなのか反抗してくる。


「俺がお礼を伝えたくなったからだよ」


「あ! 今のが冗談ですね。『おれ』と『おれい』を掛けた……」


「二文字はダジャレに入らないぞ」


「ですよね……」


 さっきまで笑顔で話してくれていたが今度は落ち込んでしまった。表情がコロコロと変わって疲れないのだろうか。なんだか彼女の顔を見ていたら落ち込んでいたのを忘れてしまっていた。


幽霊なのだと言われても、正直この子を見ていたら生きている人間と何も変わらないんじゃないだろうか。ここで一つ、幽霊に関することを聞いてみよう。


「君って空を飛べたりするのか?」

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