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7話:ああ見えて、うちの子はできる子なんだ

「ねぇ……本当に行くの?」

「ん……ダンジョン? 行くよ」


 村人から教えてもらった最短ルートで黙々と進むクロトを、小走りで追いかけるメル。メルの村を出てからはずっとクロトの横に並んでいた彼女だったが、思うところがあったのか、少しクロトの足取りよりかは遅れ気味になっていた。


「ねぇ、ロロ」

「おや、なんだい」


 スタスタと変わらない足取りで進むクロトについていく傍ら、質問する矛先を変えたのか、同じくクロトの後ろについて行っていたロロに声を掛けるメル。


 ロロはいつもと変わらない、穏やかな口調でそれに答える。


「……クロトって戦えるの?」

「おやおや……まあ無理もないか」


 メルが気になっているのはそこだ。


 今更ダンジョンに入るのが怖い、なんて言わない。だが正直それもまだ当分先の話だと思っていたメルは、急遽参戦することになった、この臨時クエストに不安を感じていた。


 一番の不安要素、それはクロトの実力に関してだ。


 メルに彼を侮ったり、貶めるような意思はない。だが、メルは彼が戦っているところを見たことがないのだ。


 おまけに彼の死霊術師としての適性は「人間」のテイム。彼の駒となり、戦闘を行うべき「人間」がここにはいないのである。それは戦士が己の武器を持たず、素手でダンジョンに挑もうとするようなもの。


 クロトだって、戦力が整えば潜ると、そう言っていた。まだその時ではないのではないか。メルはただ心配だった。


 クロトは優しい。だからこそ、見捨てられなかったのではないか。

 彼に救われた少女は一人心を痛める。


 自分自身は救われておいて、いざ危なくなったら、やめようという。それは決して後ろめたさを感じる類のものではないはずなのだが、メルは言葉に出せないでいた。


 メルはまだ少し死霊術の知識を齧っただけの、ただの村娘だ。クロトの歩みを止めるほどの実力も知識も、まだまだ足りない。


「見えた」

「……! あれが……ダンジョン」


 どうやら考え事をしているうちに、目的地についてしまったようだ。反射的にメルの足が強張る。


 禍々しく口を開けたダンジョンが手招きしている。


 多くのダンジョンは、入り口こそ地上にあるが、そこから下へ下へと潜るタイプである。生息するモンスターのタイプもダンジョンによって全く異なり、それにより難易度も異なる。


 ダンジョンの深さや広さもまちまちで、中には未だに全体像が把握できていない、超巨大なダンジョンもあるらしい。


 人々は街を拠点とし、ロマンを求めてダンジョンに潜る。


 モンスターから採れる素材もそうだが、ダンジョンによっては、そこにしか生成されない鉱物や、万病の薬とされる薬草なども生えている。


 貴重なものほど値が張るし、ダンジョン内に一体しかいないと言われる、ダンジョンの主を倒せば、巨万の富を得ると言われていた。



「メル」

「……!」

「僕から離れないでね」


 ダンジョンの入り口の一歩手前、足を竦ませる彼女に淡々と告げるクロト。


 現状彼女が戦闘で役に立てることはない。だが、クロトはメルにそこに残れとは言わなかった。メルもメルで、いよいよ腹を括ったのか、生唾を飲み込み、神妙な顔で頷いた。


「見てるといい」

「ロロ……」


 先ほどと変わらない歩幅でダンジョンの入り口を跨ぐクロトを、おっかなびっくり追うメル。その横に付いたロロからは久々の軽口が飛び出した。


「ああ見えて、うちの子はできる子なんだ」




 戦闘音が響く戦場。薄暗いダンジョン内で、モンスターと切り結ぶのはクロトだ。


 手には今まで持っていなかった、黒に染まった鉈を持っている。クロトの対面に見えるのは《コボルト》だろうか。


 犬面の化けものであり、前かがみな姿勢もあってか、クロトよりもやや小さめな印象を受ける。だが牙が生えぎらついた凶悪な顔と、こじんまりとだが圧縮されたような筋肉には、野生の力強さを感じる。


 ダラダラと涎をたらし、理性を失ったような面持ちのそれは、野生の本能に身を任せクロトに突撃してきていた。


 《コボルト》の手には片手で持つにはバランスの悪い、少し錆びついた大剣がある。身の丈に合わない大振りな剣を、力任せに振りまくるその腕力は侮れない。通常この手のタイプは、クロトのような短めの鉈を持っているのだが、こいつは違うようだ。


 彼らがどこでそれを調達してくるかは分からないが、おそらく()()()()の持ち物も含まれているのだろう。クロトは面と向かっては打ち合わず、あくまでいなし、隙を窺うことに専念しているようだった。


 武器を扱うモンスターは実はそれなりにいる。


 《ゴブリン》や《ミノタウロス》と言った定番のモンスターが例に挙げられるだろう。

 そして、《コボルト》もその代表格の一つだ。


 彼らは《ゴブリン》ほどずる賢くなく、《ミノタウロス》ほど腕力に秀でているわけでもない。正にその中間という位置づけだ。少し経験を積んだ冒険者であれば、決して臆するほどではないモンスターだ。


 防戦一方のクロトに苛立ちつつも、強敵とは判断しなかったのか、とにかく力業でごり押してくる。基本的にモンスターに対して、持久戦を挑むのはナンセンスだ。


 クロトもあまりこれ以上は時間はかけられないと、一歩踏み込む。


「クロト……!」


 少し離れた位置では、メルから押し殺したような悲痛な声が漏れた。


 初めてのダンジョン、そして命がかかる戦闘の真っ最中だ。メルの体は強張り、息遣いも荒い。それでも、目だけは離さないと、じっと見つめていた。


 決着。それはあっさりと訪れた。


 《コボルト》の大振りな一撃を掻い潜り零距離。次の瞬間には、コボルトの首は地面に落ちていた。真下からの鉈の一撃。たったそれだけで、クロトは敵を無効化して見せたのだった。




「どうだった?」

「え? えっと、すごかった……」

「そう」


 メルの元に戻ったクロトの息は全く切れていなかった。


 戦果を喜ぶでもなし、戦闘に興奮を覚えるでもなし。いっそ街でのひとときと同じように話すクロトに、メルは少し異質なものを感じていた。


「《コボルト》って正直、倒しても大した稼ぎにはならないんだよね」

「そうなの?」

「うん」


 再びスタスタと歩き始めるクロトに、メルは慌ててついていく。


 冒険者がモンスターを倒す目的の一つに、素材の収集がある。クロトの手には、亡骸となった《コボルト》の腰蓑から漁ったと見られる、小さい鉱石が握られていた。指でころころと弄んだあと、プレゼントと、メルの掌に落とした。


「いいの?」

「うん、街で加工してアクセサリーにでもするといいよ」


 収集したものを腰蓑に蓄える習性があるという《コボルト》。まれにダンジョン奥深くにしか生成されない鉱石なども持っているが、どうやら今回は大したものではなかったらしい。


「ほかにめぼしいものはないし、肉もまずい」

「食べるんだ……」

「精々牙とか爪を素材にするぐらいだけど、採れる量も大したことないしね」


 何より、捌ける人がいないと、クロトはこれ以上《コボルト》には執着しなかった。彼がモンスターの屍を操るタイプであれば、それも叶っただろうが、ないものねだりをしても仕方がない。



 道を行く傍ら、クロトの《コボルト》講義は続く。


 メルの緊張も少しはほぐれたのか、うんうんと相槌を打ちどこか楽しそうだ。


 元々冒険者志望だったこともあり、順応は早い。これならいけそうだね、とクロトは一人ほっとする。今回戦えないメルを連れてきた目的の一つが、メルの適性を見るためだった。


 口ではどれだけ言っても、結局は実際に体験してみないと分からない。いざというときに何も動けないようでは、仲間としてダンジョンを共に進むことはできない。


 メルはまだ10歳になったばかり。本来であればあるはずの下積み期間をすっ飛ばして、現地訓練を行っているようなもので、そう考えるとクロトもなかなかスパルタだった。



「ウォオオオオオオオォォォォォォォ……!!!」

「これは……!」

「な、なに……!?」


 ダンジョンはいついかなる時も、()()()()()()()()()()()()()()()()


 突如としてダンジョン内に響き渡る雄たけび。


 ここにきて、初めてクロトが焦ったような表情を浮かべた。ロロに目配せをして、声の聞こえた方向に急ぐ。急に走り出したクロトを追いながら、メルは何とか疑問を口にする。


「い、いったいなんなの……!?」

「……《コボルト》と戦うときに、何よりも警戒しないといけないことがある」


 息を切らすメルに、あれは《コボルト》の雄たけびだと告げるクロト。

 その次の言葉を聞いたとき、メルの顔はさっと青ざめるのだった。



「奴らは自身が深手を負ったとき、仲間を呼ぶんだ」

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