梅雨空の佐川さん
暑い。
教室に着いてそうそう言うのも嫌だけど、暑い。
机はなんだか湿って気持ち悪いし、窓は閉められないからジメジメした風邪だけが外から入ってくる。
教室の後ろのドアから誰かが入ってくる音がする。段々と足音は僕に近づいて、服の裾を引っ張られる。
「おはよう」
「おはよう……って冬服?」
今は6月。誰一人として冬服なんて着てこない。というかそんな厚着は普通できない。
「変…かな?」
不安げな瞳で上目遣いに僕に答えを求めてくる。そんな彼女の猫のような愛くるしい瞳に射抜かれて、否定することが出来ずにいると彼女はそっぽを向いて隣の席に座ってしまった。
「佐川さん?」
「………。」
拗ねてしまった。ここは素直に謝ろう。
「ごめん。服、似合ってるよ」
「許してあげない」
そっぽを向きながらも耳は紅く染まっていた。
授業のチャイムが鳴る。
ーーー教科は日本史。
一体誰が真面目に聞くのだろうと思いつつも、僕は必死に前で話す教諭の話をノートに書き写す。
ふと、隣を見ると佐川さんは案の定目を閉じていた。
器用にシャーペンは握って顔は前髪で隠れているので傍から見れば寝ているとはすぐには分からない。
プロジェクターが揺れるという理由で閉められた窓のおかげで部屋の湿度は最高潮だった。
後ろの湿度計は今にも振り切れそうな数値を示している。汗が背中を伝う感覚が数分おきに感じる。
「足利学校というのがあるが、この学校の歴史は1666年まで遡り………」
明らかに関係ない話に進んでいくのを感じて先生の話を流していく。もうすぐ脳内の半分は暑さに侵食されていく勢いだ。隣の佐川さんは何事もないように眠りこけているし、羨ましい限りです。
「この、学校というのは我が校の礎であり……」
あれ。
ふと佐川さんの異変に気づいた。髪で隠れてあまり見えないからなんとも言えないが、顔色が悪い気がする。
「佐川さん、佐川さん」
コソコソ声で声をかけるが返事がない。ゆっくりと机を揺らしたり、椅子を引こうとしたりしても一向に起きない。
仕方ないので肩をゆっくり揺らすと、目を開けた。
「佐川さん、佐川さん。顔色、悪いよ。大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
言った瞬間机からよろけそうになる。
これは危ない。そう思った僕はすぐに先生に声を掛けて保健室に佐川さんを連れていった。こういう時の行動力だけは人一倍あるのが僕の唯一の魅力と言っていい。
「佐川さんやっぱり無理して来たんじゃないの?」
「そんな事、ないよ」
返事とは裏腹に彼女を支える腕からは佐川さんの熱が伝わってくる。
保健室には誰もおらず、ベッドに彼女を横にする。
それでも息が荒い。どうしよう。
あたふたしていると、佐川さんはゆっくりと起き上がって急に服を脱ぎ始めた。
直視することもできず、すぐに目を背けた。
「佐川さん、急になんで脱ぐの?」
「えっ、だって暑いし」
「なんだそれ!」
思わず彼女の方を向いてしまった。白いブラウスが書いた汗のせいで妙に艶のある印象に早変わりした佐川さんは、にやけていた。
「エロいって思ったでしょ」
「っ!」
やられた。
そんな反応をしてしまったせいで余計に彼女は僕をからかってきた。
「ほら、もっと見ていいよ。それとも、直接…」
「見ないよ!それより、暑いなら来てこなければいいじゃん」
「それは……」
よし、何か裏があるんだな。言葉のシーソーはこっちに傾いた。こっから逆転の一手を、
「君に、見て欲しかったから」
「え、」
「だからもっとちゃんと見てよ」
思考が止まった。汗を流して透けるか透けないかのブラウスを着た彼女は僕の心を射止めてしまった。
「はい、私の勝ち」
ゆっくりと彼女に抱き寄せられる。
柔らかな感触と汗と甘さの混ざった匂いが僕の脳を蕩けさせる。
次に彼女の顔を見た時、満ち足りた顔をしているのを最後に、彼女は教室へ戻って行った。
え?え?
混乱とぶつけようのないこの感情で誰もいない保健室で一人、悶えるしか無かった。