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思えば、生まれたときから母は気味悪がっていたのかも知れない。
今では数少ない使用人たちからも虐げられるほど実の母や妹に虐待されてきた。
母と同じ紅い髪に、黒い眼をもって生まれた妹エリーザ。
それに比べてアリスは、白髪に紅い眼と言う、もう今ではほぼ見ること
のない珍しい色をもって生まれたのだった。
それが気味悪がっていたひとつの原因であるかも知れないし
幼い頃から、天才的な頭脳を持っていたからかもしれない。
いつも朝は、この広大な公爵邸の掃除を終わらせなければご飯はない。
昼は、自由時間ではあるが、妹のエリーザや、母の八つ当たりの対象となり
最低でも5回ぐらいは殴られないと昼ご飯や夜ご飯がもらえない。
アリスの一日のなかでもっとも最低な扱いを受けるのが夜だ。
無理難題を押し付けて、アリスが困っているのを見ている、ただただ
残酷なだけの時間。だから、アリスは五歳の時から、仕事の
合間で、魔術を使えるようにしてきた。どんな問題でも対応できる
ように。
(でも、それももう終わる。)
逃げようと思ったのは六歳の時だ。もうここにいたら壊れてしまうと。
必死に母や妹の様子を観察して、逃げられるタイミングを押し計らってきた。
お金や携帯食、それらをすこしずつ集め、隠す。この一年は
そんな毎日だった。
公爵邸を出るための道のりはいくつかあるが
そのどれもは母の命令により、固く閉ざされて、門番にには母の息がかかっている。
そんな状況なのだがローブで身を隠したアリスは陽も昇っていないほど
早い早朝に、いまにもスキップしそうなそんな軽い足取りでひそかかに
歩く。一番目立たず草がたくさん生えている裏口付近にひっそりと近付いた。
門番に気づかれないようしかし、素早く、地面に転移魔法陣書く。
アリスがいま考えられるなかで最適解だったのがこれだった。
魔術が使えることは知られていない。だからこそ転移をするのが
逃げ出したという発覚を送らせることができる。
(もう、もうすぐ。あと少しでこの地獄からでられるなんて夢みたい)
震える手で、書き終えた魔法陣にゆっくりと魔力を込めて行きーー。
パリン。 甲高いなにか、割れる音が辺りに響いた。それと同時に
魔力、魔法陣が一瞬にして消える。
「……え?」
目を瞬かせて、辺りを見回す。はっとした様子で、上を見た。
「嘘……昨日までは……確かに魔力阻害結界なんてなかったのに」
目の前に絶望と言う闇が迫ってくるようだった
すでに本館のほうでは、騒がしくなってきている。
この結界を張った人物といえば、魔術学園の首席であるエリーザ
しか思い浮かばない。
絶望するも虐待されたがゆえに立ち直りが早くなった
アリスはすぐさま次の逃亡案プランBを実行する。
(こうなったら、実力公使で、逃亡よ!)
裏口の扉をぶっとばし、門番を下敷きにしたまま外に出ようとする。
外に足を踏み出したその刹那、あまたの鎖が出現しアリスを空中にとらえるのだった。
もちろんそれだけで諦めるようなアリスではない。鎖の属性を
解析する。
(これは……水属性ね。なら、業火を)
詠唱をしようとしたとき母と、エリーザが走ってくるのが
見えた。アリスは今度こそ希望が潰えたことを知るのだった。
バシッと鞭の音がち地下牢に響き渡る。
もうさっきから同じをばかりを聞いていて頭がおかしくなりそうだ。
(もうどのくらい時間がたったの?)
先程から、ずっとアリスの体を鞭で叩いている。
もう、何度も何度も。痛いと、そう悲鳴をあげていた
のも最初の頃の話で、いまは喉が渇れ果てて、
涙も渇れ果てているのだった。
「あっはは、ねぇお姉さま、いまどんな気持ちなの?
惨めな気持ち? わたくしの気持ちはあなたに一生わからないような
気持ちなの」
嬉しそうにビシビシと鞭をアリスに打つ。
なにをエリーザにそうさせているのか全くわからない。
「……や、めて……」
そう、懇願する度に嬉しそうに笑う。
狂っているみたいだった。
「なん、で」
「わからない? そうでしょうよ! あんたみたいな天才は!」
そう問えばいきなり罵る。情緒不安定な妹の様子を見ていて、
ふと乾いた笑い声がする。
「な、なに、笑ってるのよ! いまは私が上なの! 頭をたれなさいよ!」
(私が笑っているのね、私も理性が保てないのかしら)
ふといきなりアリスの頬を叩いたエリーザは、
もういいと呟いた。
背を向け地下牢を去っていく。
アリスは傷だらけのままだった。今度は母が来るのだろうか。
ギュルルル~とアリスのお腹がなった。最近はずっと食べていないのに。
エネルギーを消費したあとだ。あとすこししか自身の命は持たない
気がする。
(……あいされたかったなぁ)
朦朧とした意識の中アリサはそう思った。ひたすら母から逃げたけど結局は
捕まってしまった。今までにないほど傷つけられた。身体中がひたすら痛くて、
早く楽になりたくて。 それでも、昔の夢を諦めることができないのだった。
静寂な中、天井に向かって手を伸ばした。ジャリジャリ鎖を引きずる音だけがする。
(そういえば、声に出せば夢が叶えられる確率が高まると読んだことが……。)
もう、大声を出せるほどの気力も残っていなくて、声はとうに枯れていた。
それでも、願うのならばと力を振り絞って声を出そうとした。
「……ぁあ……。たぁす……けぇぁ……。」
けど、その喉から愛してほしいという願いでも、楽になりたいと言う願い
でもなかった。ただ、ただ、助けてほしい。
アリサの目から、もうでないと思っていたはずの涙が溢れてきた。
(ああ……生きたい。生きたいのに)
もう動けなかった。
「…………皇女殿下」
「ぁだ……れぇぁ」
誰かになにか言われて答えないといけない気がしてもう全然でない
声を出した。もしかしたら、助けを求めたかったからかも知れない。
「お迎えに……上がりました」
その言葉を最後にアリスの意識は深く沈んでいった。
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