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人型人外恋愛系

異形の王子と異界の花嫁



「はあ?

 ふざけてんの?」


 これは、異世界より召喚された妙齢の女性が、婿と押し付けられた異形の王子を宰相である壮年男性から紹介された直後に放った第一声である。




 建国当初、己を慕う臣下と共に荒地に放逐された初代王は、大悪魔を召喚し、自らの身を差し出して豊穣を望んだ。

 そして、王は悪魔より呪いをかけられ異形と化し、その代償として実りある地を手に入れた。

 ただし、それは呪われし者の死によって失われてしまう、まやかしの豊かさでしかない。

 初代王の没後、荒地に戻った王国で父の秘密を知った王子は、家臣団の反対を押し切って、再び大悪魔を召喚する。

 彼は、呪いを個人でなく血筋に与えるよう悪魔に乞い、結果、それは成功した。

 ただし、呪継者(じゅけいしゃ)は常に一人だ。

 対象が亡くなった瞬間、その時に最も若き血族に呪いは引き継がれる。

 つまり、初代王の子孫が一人でも存在する限り、王国は半永久的に繁栄し続けるということだ。


 無論、無辜(むこ)の民には、これらの事実は伏せられている。

 彼らは、初代王が天の使いより加護を受け、それにより奇跡が起こったのだと信じ込まされていた。

 当然ながら、醜い呪継者の姿が民草の眼前にさらされたことはない。


 異形の子は、当初、あらゆる危険から遠ざけるためとして、王宮の奥深くに大切に匿われ敬われていた。

 が、十を越える代を重ねた頃合いには、国の豊穣は当然共にあるものという意識が蔓延し、周囲の者はすっかり感謝を忘れ、いつしか守護からただの隔離へと軟禁の名目が変わってしまう。

 成り立ちこそ伝えられているが、王の一族は明日の我が身に降りかねぬ呪いを恐れるばかり、貴族はその見目のおぞましさに呪継者を蔑むばかりとなってしまったのだ。


 それから更に時が経った、冬の日。

 王国はとある流行病の猛威に見舞われた。

 死を運ぶその病は、平民のみならず、多くの貴族、そして王族をも見境なく飲み込んでいく。

 ようやく事態が終息した頃には、王国の人口は半数以下にまで激減していた。

 王族も、厳重に秘されし呪継者を除けば、幼き少年が一人と、病からの奇跡的な生還を果たした青年一人のみとなってしまった。


 青年は新たに王となったが、しかし、後遺症で子の望めぬ体となっていた事実が判明する。

 また、少年は未だ一桁の年齢で、婚姻を結ぶにも足りぬ身である。

 だが、再びの脅威に備える意味でも、早急に血族の数を増やさねばならない。

 よって、ここに至り、王より年下だが成人している現呪継者に、嫁取りの必然性が生じてしまったのだ。


 とはいえ、呪いについての情報は隠匿されており、大々的に相手を募る訳にもいかない。

 しかし、王国の秘密を知る貴族は、娘を異形の贄と差し出すことを拒んだ。

 感情だけの問題ではなく、彼らは流行病で困窮した自らの領地を立て直す手札の一つとして、彼女たちを残しておきたがったのだ。

 産んだ子は王子として扱われるが、娘自身は死を偽り呪継者と共に軟禁され、ただ孕み腹として消費される。

 一応の報奨はあるが、当然、その有様では娘を差し出した貴族が王の外戚を名乗ることも許されない。

 であれば、むざむざ大事な駒をくれてやろうと考える者はいなかった。

 更に、当主が急な病に没したことで、呪いの事実を知らぬ貴族家も増えており、不用意な打診は国に新たな混乱を招きかねないと、王宮側は慎重な事前調査を余儀なくされている。



 花嫁探しは難航し、暗礁に乗り上げ、結果、最終的な上層部の判断として、悪魔頼みに異形と相性の良い女を召喚するという、およそ正気とは思えぬ決が下された。

 病で人は減っても、この地の豊作自体は続いており、儀式に際しての貢ぎ物には困らなかった。


 ただ、よもや女が遠き異世界から現れようなどとは、誰も予想だにしていなかったのである。


 召喚当初、扱いに困り果てた面々だったが、縁者が皆無であるならば使い捨てるも容易く、世の常識を知らぬのであれば言葉巧みに御しやすい、いかにも都合の良い存在だろうと、彼らは僅かな時で開き直り、笑みをもって彼女を歓迎した。


 耶馬溪(ヤバケイ)モナと名乗る黒髪黒目の女は、とにかく大人しかった。

 突然、見ず知らずの世界に拉致されながら、嘆きも怒りもしない。

 翌日、与えられた客室で「異形の妻となり可能な限り多くの子を産め」と命ぜられた時ですら、彼女は驚きつつも従順にその役目を受け入れたのだ。


 王宮上層部は、女の態度を不気味がりつつも、悪魔の人選が正しかったのだろうと、誰も深く考えることをしないでいる。

 国の現状を思えば、彼らには他に頭を働かせるべき案件がいくらでもあったからだ。


 そして、呪継者と隔離宮で夫婦生活をするにあたって、必要かつ偏った知識を十分に施したと彼らが認めた半月後、宰相イーガン・ドゲントセント侯の案内で女は異形の王子と対面した。


「モナ殿、こちらが本日より貴女の夫となるメガナーバス王子で……」

「はあ?

 ふざけてんの?」


 途端、彼女はそれまでの慎ましやかな様相が嘘であったかのように、顔面を激しく歪め、壮年の案内人に暴言を吐き始めたのである。


「どうして私がアンタらみたいな傲慢で性根の腐った人間たちの命令を、ここまでずっとホイホイ聞いてたと思うわけ?」

「なんだと?」


 たかが異界の平民女ごときに唐突かつ無礼千万な誹りを受け、丁寧な態度を崩して気色(けしき)ばむ宰相。

 だが、同時に彼は彼女の豹変ぶりと発言の内容を訝しみ、すぐに自らの感情を抑えて話の続きを促した。


「どういうことかね」

「召喚される時、悪魔からお前の望みを叶えてやると言われた。

 つまり、私は、私の欲望のためにアンタらに従っていたんだよ。

 それなのに、こんな裏切り方をされるなんて……っ」

「待て……望みだと?」


 悔しそうに唇を噛むモナを前に、想定外の答えを耳にしたイーガンが目を丸くする。


「悪魔がお前にそう言ったのか。

 我々は何も聞いておらんぞ」


 問う宰相へ、眉間に皺を寄せたままの彼女が深く頷いて返した。


「あぁ、そうだろうね。

 そんなことは、最初に召喚された時のアンタらの様から分かってたさ。

 それでも望みが叶うならと、黙ってたのは私だ。

 だから、そこは別にいい」

「では、何をもって裏切りなどと断ずるのだ」

「何をもって、だとぉ?」


 次の瞬間、異界の女は困惑顔で起立したままの王子を勢いよく指差し、吠える。


「同情的な視線や流れ伝わる風の噂から、どれだけ醜くおぞましい生物が出てくるのかと思いきや……なんだ、このガッカリ男はっ!?」

「は?」


 咄嗟に理解が及ばず、宰相イーガンは脳を介さぬ疑問の声を零れさせた。

 そんな壮年男性に構わず、モナは我慢ならぬとばかりに不満を爆発させる。


「たかだか、肌の色が紫で、眼球が黒くて、耳が尖ってて、ところどころ肌に鱗が点在してて、悪魔的角が二本と恐竜っぽい尻尾と蝙蝠っぽい翼が生えてるぐらいで化け物気取りたぁ、片腹痛いわッ!

 普通の人間にちょっと付属パーツがついてるだけじゃねぇか!」

「はあ?」

「ええっ!?」


 さすがにこの意見には、宰相のみならず、ここまで沈黙を保っていた王子も、共に驚きのリアクションを見せていた。

 が、やはり彼女は彼らの反応に取り合わず、好き勝手な主張を垂れ流し続けている。


「しかも、アンタらの話じゃ、一応王族の一員として教育されて人語も解した上で、それなりに常識もあるらしいし、顔つきはおっとり系の美形だし、体だって細マッチョと称される具合に引き締まってるし……私ちょっと変わってる人間なのアピールしたい女向けのただの色違いイケメンだろうがコレは!?」


 いかにも偏見甚だしい不適切発言である。

 これは、イケメン系人外と化け物系人外の供給量の違いに嫉妬しているが故の悪態だ。

 だが、どんな原因があろうと他人の好みにケチをつけていい理由にはならない。

 彼女の性根は控えめに言って、あまり美しくなかった。


「最低でもキ○グハサンとかイヴァ○雷帝レベルまで異形化してから怪物名乗れや!

 こちとら伊達や酔狂で人外好き名乗ってんじゃねぇんだよッッ!

 私ゃ拗らせすぎてパ○シィやエジソ○みたいなガチケモ勢すらヌルく感じるようになっちまったド末期バケモノスキーやぞ!?」

「だ、誰? 何?」

「……異界の話は分からん」


 耳慣れぬ奇妙な名前や単語を連発されて、王子の当惑が深まっている。

 宰相のイーガンは、重要性のある内容ではなさそうだと、早々に理解を放棄し、すでに流し聞きの体勢だ。


「絶対ずぇえったい、他に受け入れられる女がいたってぇのに、アホらしい!

 敢えて私みたいなジョーカー的カードを切らなくても、ちょっと虐げられてる系少女でも与えときゃ、人間よりアナタの方が怖くないとかって、勝手に仲良くなるパターンきてたわ!

 むしろ、そっちのが王道だし物語的な人気も出たわ!

 たかだかオプション付きイケメンの嫁にするために、わざわざ異世界から末期の女ぁ拉致召喚とかしてんじゃねーよボゲェ!

 なぁにが、『異形の婿が欲しいか』だ、あのクソ詐欺悪魔野郎!

 秒で頷いた私がバカみたいだろうがぁーーーーーっ!」


 そこまで語りきってから、モナは自身の膝に手をつき、ゼェゼェと荒く呼吸を繰り返す。

 男二人は、洗練された貴族女性であれば有り得ない、異界の女の粗野で口汚い叫びにドン引きしていた。


 妙な緊張感を孕んだ沈黙の中、女の息遣いだけが室内に響いている。

 少しずつその音が小さくなってきた頃、ふと彼女が口元を手で塞ぎ、何事か呟きを落とした。


「いや、待て。

 まだだ、まだ諦めるのは早い」


 言い終わると同時に、モナは真剣な面持ちで宰相を見上げ、先程までの取り乱しぶりは何だったのかという落ち着き具合で、一つの質問を投げかける。


「ドゲントセント卿……こちらの王子様、変身能力などは?」

「変身?」


 いかにも初めて耳にした単語であるかのように、壮年男性の片眉が跳ね上がった。

 直後、異界の女の瞳の温度が急激に低下する。


「あぁ、はい、分かりました、ないんですね。

 ガッッッデェェェェム!!」

「ひえっ!?」


 前兆なく豹変するモナに、王子が肩をビクつかせた。

 これでは、どちらが化け物か分かったものではない。


「……おかしな毒でも盛ったのですか?」


 ついには四つん這いで床を叩き悔しがり始めた彼女を遠巻きにして、眉尻を限界まで下げた王子が宰相へ遠慮がちに囁き尋ねた。

 あまりにも常軌を逸した態度に、薬物使用を疑われてしまったのである。

 だが、彼のこの発想を失礼だと、モナを庇える者はおそらく誰もいまい。


「いいえ、まさか。

 アレには健やかな御子を多く産んで貰わねばならぬのです。

 少なくとも私の管理下で、その様な逆臣の奴き振る舞いを許した覚えはありませんな」

「ということは、彼女の世界では、ああした言動が正常なのでしょうか」


 とんだ誤解が異世界に広がろうとしていた。


「モナ殿、どうやら王子に不服があるらしいな?」


 立ち上がり壁に寄り掛かって項垂れている異界の女に、宰相イーガンが不穏な気配を漂わせながら語りかけた。

 途端、姿勢を正した彼女は皮肉げな笑みを浮かべ、次の言葉を紡ごうとしていた男に先んじて、早口で台詞を述べる。


「おおっと、下手な脅しは止して下さいよ。

 一度引き受けた以上、無責任に手のひら返すような真似は致しませんとも。

 人生全部賭けた大博打に負けたんだ、軽く愚痴くらい吐いたって罰ぁ当たらんでしょうや」


 はすっぱな態度でモナはそう吐き捨てた。

 この女、面の皮の厚さがとんでもない。

 宰相は思わず拳を握り、皺の重なる己の額に数本の青筋を走らせる。


「神は罰さずとも、王侯貴族への不敬罪で処分可能な範囲には十分以上に当てはまっておるのだが?」

「おや、ご冗談を。

 悪魔に頼んでまで求めた駒を独断で潰したとあれば、今後のお立場に差し障りましょう」

「なんだと?」


 イーガンの殺意を前にして、女は萎縮するどころか、貴婦人のように楚々と微笑みつつ、鋭く切り返してくる。


「こうした私の本性を知るのは貴方だけ。

 であれば、身勝手な断罪の代償として、周囲よりの糾弾は免れますまい」

「貴様! そこまで計算して……っ!」


 宰相は戦慄した。

 ただの狂人かと思えば、予想外の小賢しさを見せつける異界の女に、今更ながら警戒心が泉のごとく湧いてくる。


「くそっ。悪魔め、厄介な者を召喚してくれおって」

「別に逆らおうってんじゃありませんし、私が貴方がたに都合の良い存在である事実に変わりはないんですから、それでいいでしょう?

 しょせん無力な小娘一人ぽっち、何も出来ゃしませんよ。

 たとえ、命と引き換えに与えられた花婿が、私の理想から大きく外れていようとね」


 大仰に肩を竦めるモナとイーガンの冷めた視線が交差する。

 と、そこへ気落ちしたようなテノールボイスが場違いに割り込んできた。

 王子だ。


「……あの、何だかスミマセン」

「えっ?」


 宰相の後ろから、ションボリと俯く異形の青年が歩み()でた。

 彼の唐突な謝罪の意味が分からず、モナの頭上に数個の疑問符が浮かぶ。


「私が中途半端な見目をしているせいで、困らせてしまって……」

「あっ、ええ?」


 男の口から紡がれた、まさかの理由に、女は驚き戸惑った。

 確かに花婿の容姿に不満は漏らしたが、それでも彼女には、彼という人間そのものを攻撃するような意図はなかったのだ。


「いや、アナタ自身には一切罪はありませんから。

 どうか謝らないで下さい、えーと、メチャネガティブ様?」

「えっ……」

「メガナーバス王子だ。

 どう間違えば、そうなる」

「あぁ、こりゃ失礼」

「いえ」


 陰鬱に影を負う青年に呼応してか、モナの気勢も急速に萎んでいく。

 いかにも狸親父なイーガンと正反対の、純粋無垢そうな若者が相手では、さしもの末期女も強くは出にくいようだった。


「逆にこう、メガナーバス様もこんな特殊性癖の捻くれ悪女あてがわれちゃって、申し訳なかったですね。

 残念ながら、私もむざむざ死にたくはないので、我慢してもらうしかないんですけど」


 気まずげに後頭部を掻きながら彼女がそう告げれば、刹那、勢いよく顔を上げた王子が両手を祈る形に組んで、必死に喉を震わせ始める。


「そんなことはありませんっ。

 私は、その、この姿になってから、初めて普通の人間だと、そうおっしゃっていただけて、と、とても嬉しかった、ので、貴女が相手で良かったと、こっ、心より思っておりますっ」

「この王子、チョロ之助すぎでは?」


 頬の紫色を濃くして、恥じらいからか涙目になりつつも懸命に言葉を重ねる異形の青年に、モナは真顔でクソのような感想を垂れ流した。


「ひゃあっ!?」

「ドゲントセント卿。

 挨拶が終われば、そのままこちらで新婚生活が開始される手筈でしたね?

 では、お互い問題はなさそうなので、もうお帰りいただいて結構ですよ」


 ごく自然な動作で王子の肩を抱き寄せ密着し、異界の女は壮年の男ににっこりと笑んで見せる。

 当然ながら、己を追い出すような不穏な発言をされて、安易に無視できる宰相ではない。


「……貴様、何を企んでいる?」

「なぁんにも。

 メガナーバス様の妻でいる以上に長生きできる場所など、この世界のどこにもなさそうですからね。

 大人しく夫婦仲を深めておりますよ。

 ねぇ、旦那様?」

「わひゃいっ!?」


 イーガンに据えた目を向けられる前で、モナは尖る耳に唇を近付け、ぬるい息を吹きかけつつ囁いた。

 他人と接触経験の少ない異形の青年は、それだけで脳内パニックを起こして、体を緊張に震えさせている。


 これでは、どちらが与えられた贄か、全く分かったものではない。


「……その言葉が真実であれば良いがな」


 女を疑ってはいても、己が長居したところで釣果はないと判断した宰相は、捨て台詞を残しつつも、未練なく隔離宮から去って行った。


 王子を抱いたまま彼を見送ったモナは、数秒後、深く息を吐き出して己の心身を軽く解す。


「んあー、つっかれたぁ」

「あ、あの、モナ様」

「はい、どうなさいました?」


 メガナーバスが彼女の腕の中で子犬のように震えつつも遠慮がちに呼びかければ、異界の女は幼児を甘やかすような声でそれに応えた。

 怯えも嫌悪も含まぬ眼差しに、異形の王子は背中の羽をギュッと折りたたんで赤い虹彩を左右にウロつかせる。


「ええと、なぜ宰相にわざと御自分を疑わせるような真似を?」

「おや、気付いちゃってました?」


 意外だという感情を隠しもせずに、モナは真っ直ぐ気弱な表情の青年を見上げた。

 少し考えるように首を傾げた後、彼女は人差し指を唇に当て、内緒ですよと前置きをしてから、紫の耳に己の吐息を分け与える。


「……あの人はアレで王家への忠誠心が高そうなので、彼の手駒に厳重に見張られていれば、それだけ暗殺される危険も減るかと思いまして。

 私が邪魔な勢力、絶対いるでしょう?

 正面から守りの強化を頼んでも予算やら政治の兼ね合いやらで渋られるかもしれませんが、この方法なら目を増やさぬわけにいかないでしょうから」

「…………そんなこと、考えつきもしませんでした」

「そりゃ、こんな所に閉じ込められて、偏った教育を受けていらっしゃったのですから、無理もありませんよ」


 パチパチと瞬く瞼は、通常の人間のソレよりも僅かに分厚い。

 モナはその様子を興味深げに眺めながら、肩から腕を外し、今度は彼の両手を握って、言った。


「そうだ。

 メガナーバス様も立ちっぱなしでお疲れでしょう。

 あちらのソファにでも移動しませんか?」

「え?

 あ、そ、そうです、ね?」


 慣れぬ濃厚接触の連続に混乱するメガナーバスは、錆び付いた思考回路の中、ただ頷くことしか出来ない。


 初めて訪れた場所であるのに、末期女は、まるで部屋の主人であるかのように堂々と青年をエスコートして歩く。

 先に王子を掛けさせ、すぐ隣に彼女が腰を下ろせば、彼は前方に回した尾を両手で掴み、落ち着かなげに視線を彷徨わせていた。


「それじゃあ、今日から夫婦ということで。

 改めて、よろしくお願いします、メガナーバス様」

「ふぇっ!?

 は、はいっ。

 こちらこそ、あの、お願いし……まっ、あ、でもっ!

 貴女はこれで本当によろしいのですか。

 望まぬ男と、こっ、子を成すなど、その様な……っ」


 あまりに今更な問いである。

 ここで嫌だと主張したところで他に取れる選択肢があるわけでもないのに、色んな意味で甘い男だと、モナは笑みを深くした。


「大丈夫ですよ。

 真っさらな新雪を踏み荒らすのも、また興奮するタチなので」

「えっと?」


 ゲスの極みのような彼女の例えが理解できず、王子は無垢な瞳で小首を傾げる。


「……可愛い人」


 そんな彼の頬に指を添え、鱗部分を重点的に撫でつつ、異界の女は己の唇に舌を滑らせ舐め濡らした。


「貴方となら仲良くやっていけそう、ということです」

「っそ、れは、その……光栄です」


 紫の皮膚を濃く染めて、異形の青年はサッと太い尾を顔面に押し当て表情を覆い隠す。

 おそらく二人の考える「仲良く」の内容については大きく隔たりがあるが、それを指摘する人間は、この場に誰もいなかった。


「ねぇ、旦那様。

 もう少ぅしだけ深く、貴方に触れてもようございますか?」

「ふぁっ!?

 っえ、あ、はひっ、ど、どうぞ……っ?」


 もちろん、これより後、異形の王子は異界の花嫁に美味しくいただかれることとなる。






 こうして、何だかんだ睦まじい夫婦となった二人は、主に妻の頑張りによって、最終的に七人もの子宝に恵まれた。

 あの手この手で我が子が十二になるまでの養育権を宰相から勝ち取ったモナは、夫と常時イチャつくことで彼らに異形への忌避感をなくし、また兄妹の絆を深めることで、今後呪いを継ぐであろう幼き子が悲観なく過ごせるよう環境を整えていく。

 王宮上層部にとっては、癖が強く扱い辛い王子王女が増え、元凶の花嫁の存在は煙たがられがちだったが、異形の青年は彼女を得たことで、歴代の呪継者たちとは比べものにならぬ幸福に包まれた人生を送った。

 時が流れ妻に先立たれてしまった後にも、彼は子や孫の頻繁な来訪を受け、穏やかな老年を過ごしたのだという。





 そんな、ちょっぴり逆転的な特殊イチャラブカップルのお話。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 分かる!分かるぞー! ケモイラスト見に行ったら耳と尻尾付けてるだけ お、おう、可愛いけどさぁ。期待した時の予測と違うわけよ マズルは?全身覆った体毛は?耳が頭部上方に付いてる? 人形態?何…
[良い点] ハサンはいいよね…いい(無くなる語彙力) そして、多少の鱗や角では満足できない性癖ぃ…あと、ちゃっかり美味しくいただくな(´・ω・`) でかい蛇とか蛸とか触手だとエロゲかSAN値直葬待った…
[良い点] 再読! ヒロインがガチ人外好き(ゲス)なのがグッときた! 創作ありがとう
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