女帝の高校生活スタート④
絶対におかしい。変だ。不可思議だ。
わたしは放課後までの間、あらゆる疑問符を浮かべながら、授業を受けていた。
教師の話もまるで耳に入らない。
福井恋をはじめ、何人かに、上の空の意識を指摘されたが、そんなことは些末なことである。
専らわたしが思い悩むのは、あの体育の授業の、体力測定での一幕だった。
わたしが出した一〇〇メートル走の記録。
それは後から携帯電話で調べたところ、日本記録を塗り替えるものだった。
世界記録にも肉薄するような、有り得ないもの。
当然、計り間違いとストップウォッチの故障とが重なった事故ではあるが、それにしたって出来すぎだ。
後に計測しても、高校一年女子の平均を遥かに超えるタイムだったのだから、変に思われて当然である。
加えてハンドボール投げがくる。
こちらは非公式競技なため、正確に世間一般の記録と比べることは出来ない。あくまで基準となる値があり、偏差値で表されるものだ。
ただおそらくは平然と、同年代と比べて高水準な記録を出してしまった。
後に続いた女子たちを見ると、ほとんどが13から15メートルの記録で、わたしに次いでの好成績は恋の22メートルだった。
はっきり言ってしまうと、この身体はなにかの間違いで出来ている。
人間の身体は脆く壊れやすく、無意識に限界まで力が出せないように制御が掛かっているらしい。
近現代のスポーツは、その限界にいかに近付けるか、を課題と目標にし、取り組まれている。
仮にわたしが、かつての記憶を呼び戻したことにより、肉体の限界まで力を発揮できるとしたら?
それを真とするならば確かに、二つの記録にはある程度の合理性が出てくる。
女子高生としては破格であるとしても、全人類的な記録には及ばないのだから。
しかしそれに対する肉体への反動がない。
もしかしたら、明日には全身の筋肉痛がわたしを悩ませるかもしれないが、当面としてはなんら痛みもなく、数時間を経過したら疲労感もない。
脚の筋肉が痙攣するとか、肩が脱臼するとか。
当然考えられるリスクがまるでないのだ。
――必死になるあまり、無意識で魔法を使っていたか?
それはありえる話でなかろうか。
最初の一〇〇メートル走は、人生で最初くらいは、本気で走ってみようと思った。早く走ってみよう、という意識の他には、わたしにはなにもなかった。
ハンドボール投げについてはどうか?
あのときのわたしは、確実に目標の場所までボールを投げられるよう、調整していた。
そこに過不足はなく、思い描いた通りの記録が出たのだ。
もしかしたら、風を操り、飛んでいくボールを無意識にコントロールしていたやもしれぬ。
肩の周囲の筋力を変化させ、想像の通りにいくよう、強化していたかもしれない。
――当面のわたしとしては、当時に全くそんな意識はなかったと自認しているのに。あくまで自分が『普通でない』という事実を必死で否定したいがために、そんな考えを巡らせていた。
あるいは。
あの『神』とやらの手違いか。
前世の記憶が戻ると同時に、なにか肉体的な制限が解除され、または強化された。
それを知らされていないわたしは、つい、新しい肉体で力を出しすぎてしまった。
わたしの好んでいた異世界転生ものの伝奇では、よくある話だ。
うん、そうに違いない。
わたしは半ば無理矢理に思考を取り止め、都合の良いように解釈した。
でなければ到底説明できないことなのだから、しようがない。
ただ一度生起した事実は、どうやってもねじ曲がらない。
目撃者も数十人いる。
まさか事情を説明して回ることもできない。
『普通の恋愛』をしたいと願い、叶うと思って期待していた今世は、どうやらそう簡単にいかないらしい。
※
「今日は止めておく? オカルト研究部」
今日の授業が全て終わり、迎えた放課後。
恋が話しかけてきた。
わたしはそちらに顔を向ける。
彼女が廊下側から声を掛けてきたものだから、わたしには、教室の外に待機している上級生らしきたくさんの姿を、しっかりと捉えてしまった。
恋はちらちらと廊下を気にしながら言う。
「なんか、いっぱい待ってるみたいだし」
「――いや、いいよ。行こう、オカルト」
今日だけで、きっと一生分以上の部活の勧誘を受けた。
もういらない。
まあ本当なら、意地を張らずにさっさとどこかの部活に入って、適当な理由を付けて止めてしまってもいい。
それに、実際にあの体育の授業を見ていた生徒は、あの廊下で待っている諸先輩方の中にはいないのだ。
やはり噂は間違いであった。そう思わせれば良い。
自分の肉体の異常性を認めたら今からなら、おかしな記録を出したりしないだろう。
身体的能力に優れた期待のホープが、実際に競技を行うと、大したものではない。なんて、よく聞かれる話ではないか。
ただわたしは、この場で、先輩方への回答はしないと決めた。
あんなに多くの部活動が、あんな人数を揃えてやってきている。
どこかひとつに『興味ある』態度を見せては、それはそれで角が立つ。
――いつか見学に行きますが、今日は友だちと用事があるので――
取り敢えずの回避、保留。前世では一度もしたことはなかった。
が、普通の高校生ならば、当然の言葉であろう。
わたしは必死に考えた言い訳を、頭の中で繰り返しながら、恋に返事をしたのだった。
結局、諸先輩方は諦めてくれた。今日のところは。
見学の日程を細かくアポイントメントされたり、連絡先を抑えられたりしたが、なんとか恋と脱出に成功した。
いくらかわたし個人の犠牲はあったように思われるが。
――大体、女子を勧誘するのに、男子の先輩が来て、あまつさえ連絡先教えろなんて、常軌を逸している。そんな手合いに付き合う時間などない。
「本当に良かったの?」
「なにが?」
「あのひとたちの部活行かなくて。アキが目を付けられたりしないか心配だよ」
3のB教室へ向かう途中で、恋はそんなことを言ってきた。
目を付けられるのはわたしでなく、どちらかと言うと恋の方だ。
脱出の口実に、恋との約束を持ち出したことを、わたしはその言葉で後悔した。
まあ、陰湿な嫌がらせなんかしてくるようなら、考えはある。
大体にして、一部の先輩に至っては、連絡先まで貰っているのだ。
そう安直なことをしでかしたりはしないだろう。
「運動系は、もうこりごり。熱いし臭いしモテないし」
だからわたしは、笑いながら応えた。
恋はこちらを少なからず心配してくれているのだ。それを払拭するのは、当事者のわたしの役割だ。
「部活で活躍した方が、モテると思うんだけど」
恋はこちらの気遣いを感じたのか。やや苦笑しながら言う。
なるほどそういう考えもあったか。
わたしは一瞬そう思ったが、いまはその可能性を考慮するときではない。
ともかく今日の最後の目的は、オカルト研究部の見学にあるからだ。
※
「新入生? 見学?」
3のB教室では、部長の佐伯海美先輩が迎えてくれた。
彼女はすらりと背が高く、髪は艶やかで長い。腰まである。
瞳はくっきりとしているし、鼻は高いし、色白。
有り体な言葉で表現すると、大変な美人だった。
ただその先輩は、わたしたち二人を怪訝そうな面持ちで見ている。
よほど見学者が珍しいのか。まさか見学者が来るとは思わなかったのか。
そのどちらとも言えるような顔をしている。
「はい、オカルトに興味があって。どんなことをしてるのかなーと思いまして」
対して恋は、もっと歓迎されると思っていたのか、考え得ぬ展開にしどろもどろといった具合だ。
熱烈歓迎、とはいかないまでも、もう少し喜んでくれて良いのではないか。
「ふーん。物好きね、二人とも」
「はい。よく言われます」
ただ流石は社交性の高い福井恋、見学を許されたようだ。
確かに、入学式からやや時間は空いている。
本当に興味があったのなら、もっと早くに見学に来ているはずだ。
この時期の部外者の訪問が珍しいのは、ある意味当然なのだろう。
特にオカルト研究部なんて、キワモノには。
案内された教室の中には、四人の先輩と思しき姿があった。
同級生らしい人物はない。
うち二人は四つの机を合わせて囲み、佐伯先輩と同じようにきょとんとした顔でこちらを見ている。
全員女子だった。
それと。
独りだけ、何故か別のところの机に座って、何やらノートに書き物をしている。
わたしたちの入室を、特に気にかけた様子もない。
酷い猫背で机に向かうその姿には――正確に言えばその髪には――覚えがあった。
高野姫子先輩である。
「一応、紹介するね。
わたしは部長の佐伯。こっちの不良娘が留辺蘂。んでちんちくりんなのが木内。最後にぼっちの高野。わたし以外はみんな二年」
「一年C組の福井です」
「同じく小林です」
佐伯先輩の紹介は的を射ていた。少なくとも、一目で誰が誰か判別できる特徴を捉えている。
対外的には、もっと言葉を選ぶ必要があるだろうが。
ただ留辺蘂先輩と木内先輩は、ようやく事情を察したのか、苦笑しながら会釈をしてきた。
わたしたちも合わせて簡単すぎる自己紹介をし、お辞儀した。
「他に何人か部員はいるけど、みんな幽霊。オカルト部だけに」
「海美、面白くない。あと、誰がちんちくりんか」
「悪かったな、不良で」
互いの顔を合わせたところで、笑顔が見られた。
誰も敬語を遣っていないことから、彼女らの仲の良さが伺える。
木内先輩は、確かに小柄な体型だった。顔形もどこか幼さが残っているようで、中学一年生、と言い張られれば判らないだろう。綺麗で艶のある黒髪を纏めて、頭の上で団子にしている。
留辺蘂先輩は、そもそも外見とかよりその名前が気になる。知り合いには絶対にいない。髪は時間が経ってプリンになってしまった金、結構きつめの化粧をしていて、なるほど不良ぽい人相だ。
高野先輩は、特になにも喋らない。
紅い頭髪はやはり一番に気になるものであるが、横顔から覗ける容姿は、整ったものがあった。
化粧気はないが、整えられた眉と長い睫毛は、どこか彼女の意志の強さを感じられる。
やや垂れ目がちだが、おっとりのんびりという風ではない。
「オカルト研究部なんて名前は付いてるけど、実際は年に二回、自費で合宿に行くのが主な活動。普段はうちらみたいに、仲良し連中が集まってお茶会しているよ。
まあ、真面目にオカルトやってるのは高野くらいかな」
はあ、と恋は気のない相槌を打つ。
拍子抜け、というより期待外れの感が強い。
オカルトなど大それた名前がついているから、もっとおどろおどろしいものを想像していたら、仲良しのお茶会ときた。
こちとら中学まではホラー好きで通ってきたのだ、想像と現実との落差は激しい。
「そんなこと言うから、新入生が入ってこないのよ。最近は折角やる気出してるのに、悪い噂が広がったらどうすんのよ」
木内先輩は愛らしい顔を歪めて、きつい口調で部長を叱咤する。
対して、手をひらひらと振りながら、「これ以上悪くなることないよ」なんて返事があった。
※
それからしばらく。
あまりにもアレな部活動ではあったが、折角足を運んだのだ、一応詳しく話を聞いていこうとなった。
早く帰ろうとすると、部活動の勧誘にまた捕まるのでは、とも思っていた。
四つの机に二つが合体され、お客ということで上座に案内される。
留辺蘂先輩が、見かけによらずきちんと給湯室でお茶を淹れてきてくれたのは、正直驚きだった。しかも美味かったので、なおのことである。
聞けば、普段こそ仲良し同士の集まりだが、夏と冬には合宿がある。
夏は海か山登りを多数決で採り、冬は大抵温泉地に行くらしい。
合宿先では二泊三日、天体観測やら史跡巡り、肝試しに早朝の寺参りなど行う。
各自テーマを予め用意し決めておいて、合宿時に研究と考察をし、纏めあげて発表する。
普段いない幽霊部員も、合宿の前後では途端に活動に参加するようになるとか。
半分は完全に遊びだが、もう半分は、字面だけだとだいぶまともに聞こえる。
ちなみに数年前から男子はひとりの部員もないらしい。
わたしと恋は、合宿先での写真や、そのときに纏められた過去のレポートなど数点を見せてもらった。
おちゃらけているお遊びの写真が出てくるかと思ったら、有名な心霊スポット、流れ星の落ちる瞬間、など意外と真面目だった。
レポートも、昨年に佐伯部長が纏めた『ジャパニーズホラーとは』は、とても合宿先で作成されたとは思えないほどのボリュームで、分かりやすく読みやすいものだった。
学校からは、僅かながらでも部費が、各部活動に割り振られている。
その額は、毎年度の高校に対する貢献度合い(例えば大会の成績とか)で決められる。
オカルト研究部とはいえその例に漏れず、なにもしていないとあれば減額されるし、部の存続も危ぶまれる。
締めるところは締める、という方針のようだ。
ただそれにしても。
年がら年中研究をしているのも息が詰まるが、年に数度しかしっかりとした研究を行わない、というのはこれいかに。
わたしと恋は一通り説明を聞くと、互いの顔を見合わせた。
『どうする?』というものである。
それは入部するかどうかでなくて、『今日は帰ろうか?』という合図だ。
仲良し同士で集まり楽しくやるのは魅力的かもしれぬ。
ただわたしたちが仲良くできるかは別問題だ。たちというか、主にわたしが。
元々が見学の付き添いだ。
いくらプレゼンテーションされようが、初めから入部する気などわたしには一切ない。
恋はわたしと一緒なら、とあるいは考えるかもしれない。
だが、言っては悪いが、こんな部活より、三年間を有意義に過ごせるものがたくさんあるはずだ。
「そういや小林、なんかすげえ活躍したんだって?」
わたしたちが帰り支度をしようかと考えた矢先、留辺蘂先輩からそんな言葉が聞かれた。
運動系の部活のひとならともかく、全く関係ないひとにまで伝わるとは、この学校の情報網は侮れないらしい。
「いえ、活躍とまでは――単に、少し足が速くて、ボールを他の人より遠く飛ばしたくらいです」
「あれって、小林さんの話だったの?」
木内先輩も食い付いてくる。
あまり新入生を歓迎する雰囲気ではなかったが、入るなら入るで喜ばしいことだろう。教室を出ていく足を留めておいて、色々話をする気らしい。
あるいは、単純に、新しい話し相手が欲しいだけか。
次いで部長も話に乗る。
彼女は噂を知らないらしく、「なんのはなし? なんのはなし?」としつこく訊いてくる。
わたしはややうんざりしながら、先の体育の授業の話をする。
別にここでだんまりを決め込んだところで、この高校ならばいつかは知れわたるだろう。
佐伯部長は、端から見ても判るくらいに目を輝かせて、こちらの話を聞いていた。
いくらオカルト研究部といえ、実は魔法を使ったかもしれないとか、転生者なので身体の扱いに自信があるとか、口が裂けても言えない。
だから、勧誘してくるであろう運動部向けの作り話をする他なかった。
そして作り話の中に恋の記録も織り交ぜて、わたしの話の後に付け加える。
少しでも、大袈裟に噂が広まるのを防ぐためだ。
あれやこれやと突っ込んで訊いてくる三人の先輩たちに、やや辟易しながら、説明をしていく。
「――こら、三人とも。アキちゃんたち困っているじゃない」
すると、いままで黙りを決め込んでいた高野先輩が、急に助け船を出してきた。
初めて聞いたその声は、どこか耳朶から脳に染み入るような、静かであるが、抗いようがない、不思議な雰囲気がした。
今世では経験のないその様子に、わたしは瞬きをする。恋や他の連中は、もう聞いたことがあるからなのか、特に驚いた風でない。
「いいじゃないか、ヒメ。たまの来客くらい、話し込んだって」
部長は口を尖らせながら、高野先輩に反論する。
ヒメ、というのは高野先輩の愛称だろう。
特異な風貌も相まって、妙にさまになっていた。
「部長は強引なんだから。初対面の新入生が、わたしたちみたいな怪しい上級生と、落ち着いて話せるわけないでしょ」
「怪しいとはなんだ。怪しいとは」
部長と高野先輩は、三年と二年だ。なのに、ほとんど同級生と思えるほどだった。
というか、先ほどまで黙々としていたひとが、急に会話に割って入ったのを、部長は驚いているような気配もある。
「すまんな、怪しい先輩たちで」
「良かったら、また遊びに来てよね」
二人が睨み合いをするなか、片や留辺蘂先輩と木内先輩は、自分たちに対して自覚があるのか、そう言った。
わたしたちは教室の中のそれぞれの顔を見回してから、苦い笑いを挨拶として辞すことにした。
あまりいい印象は、このときは持たなかった。
※
違和感があった。
わたしは校舎を出てすぐに、恋と別れた。
彼女の家とうちとはまるきり逆方向だった。
「今日はありがと。モスはいつ行く?」
「恋の暇なときで良いよ」
「じゃあ、今度の日曜日で。また夜にでも連絡するね」
そんな挨拶をしてから、わたしは独り帰路に就いていた。
寛人はいない。流石に帰宅部と剣道部では、帰る時間が一緒になるとかはあり得ない。
まあ、一緒の時間になったところで、流石にこの歳で仲良く登下校もないだろう。
取り敢えず、日曜日の外出は楽しみにしておこう。
さて。
学校を出てからというもの、どこからか湧いてくる違和感を、わたしは拭えずにいた。
オカルト研究部の見学をしてから、なにか心に引っ掛かる。
すぐに思い当たらないから、どうせ大したことではないのだろうが、奥歯にものが挟まったような感覚は、あまり好ましくない。
見学の際の記憶を反芻する。
違和感といえば、高野先輩。
まあ、あの髪は日本中どこにいても、溶け込むことはないだろう。良くも悪くも、大変に目立つのだから。
あとは留辺蘂先輩。
名前である。確か、北海道の地名で、そんなところがあった気がする。まさか姓として聞くとは思わなかった。
でも、名前を聞くまでは、特に他と変わったところは見られなかった。ちょっとした不良など、どんな高校にもいる。
佐伯部長は大変な美人だった。
読ませて貰った昨年のレポートは、分かりやすく読みやすい、それでいてしっかり内容が詰まったもの。彼女には才色兼備という言葉がすぐに思い当たる。
木内先輩は幼く可愛らしい容姿だ。わたしも実年齢より下に見られることが多いが、彼女はさらにその下で認識されるだろう。
四人とも、それぞれに個性が強い。
その誰もが、オカルト研究部なんてマニアックな部活動に所属しているとは思わないだろう。
違和感の正体とは、そのことだろうか。
あの教室のあの空間に、あの四人が集まっている、それ自体が不思議である。
彼女らは仲良し同士らしい。一体全体、どういう経緯で知り合い、仲を深めていったのだろう。
そんなことを考え始めていると、違和感は気にならなくなってきた。
どうせオカルト研究部に行くことは、金輪際ないだろう。
部員たちはそれぞれに個性的だったから、学校で見掛けたら挨拶くらいはするが、おそらくそれ以上の関係にはなるまい。
むしろわたしが気にすべきは、明日以降の、自分のことではないか。
明日の放課後には、体育の教師に呼び出されている。
休憩時間には、また懲りずに、色んな部活の連中が勧誘にやってくるのだろう。
逃げで打った『いつか見学に行く』、という約束も、全部を反故するわけにはいかない。
ああ、憂鬱だ。
寛人の顔が思い出される。あの白眼視で『なにをしたんだ、小林アキ』とか、また言われるのであろう。他人の気も知らずに。
※
家に着く直前。
ふと、わたしは思い出した。
違和感の正体が、パズルのピースがかちりと嵌まったように現れた。
同時に、ぞくりと、背筋に寒いものを感じた。
あのとき、『アキちゃんたち困っているじゃない』と言っていたのは誰だった?
――高野姫子である。
では、『わたしが小林アキ』であることを言ったのは、誰だった?
――わたしは、言っていない。
自己紹介では、ただ『同じく小林です』とだけ言ったのだ。
恋がいつものように、彼女らの前で自然とわたしを呼んだか?
――判らない、言っているかもしれないし、言っていないかもしれない?
――もしかしたら、体育の授業で噂が立ったから、名前は知っていたのかもしれない?
全てはわたしの推測である。勿論、記憶違いもあるだろう。
ただ前世で培った、確信めいた予感は、はっきりと結論付けていた。
高野姫子はホンモノである。