女帝の高校生活スタート②
わたしの高校生活とは何年前のことか。こんな学校、あったら良いな、と思って書いてます。
酒井寛人とは、教室は別だった。
中学生の時分、クラスが八つもあるのに彼とは三年間同じ教室であり、大変なからかいを受けたのは、まだ記憶に新しい。
わたしたちが入学したのは、東京は新宿からから電車で一時間半ほどの地方都市にある、私立高校だ。
幼稚園から大学までを擁する学校法人の一角である。
一流とまではいかないが、誰もが一度は名前は聞いたことはある、くらいの有名校。
進学向けの特進クラス、一般向けの普通クラス、名の通りのスポーツクラスがあり、わたしと寛人は普通クラスに属する。
総生徒数はこの校舎で二千人超。分校も合わせれば、万に届く。少子化問題が声高に叫ばれる現代において、大変なマンモス校と言える。
場所は神奈川とのほとんど県境にある八王子市、と言えば、大抵のひとは想像してくれるようなところだった。
一応国家公務員の独り娘、もっと良いところに、とは誰かが思っているかもしれない。
しかしながらわたしとしては、家から近いという動機を叶えてくれて、且つ無理しなくても入学できる、という環境は魅力的だった。
都内に位置するから、それなりに就職も進学も有利だし。
「ねえ、アキ」
「なに? 恋」
「部活入らないの?」
そして現在は、友人の恋と昼食を摂っている。彼女とは、クラスが一緒だった。
かなり規模の大きい学校だから、きちんとした食堂がある。
しっかり料金は取られるものの、味はなかなかだ。
母もわたしも、お弁当を作る時間を省けるので、入学してから重宝させてもらっている。
今日のおすすめランチはたらこスパゲティとのことなので、迷わず選んでみた。
大葉の萎び具合が気になるが、サラダもついて四〇〇円ならば及第点であろう。
「アキ、訊いてる?」
「訊いてない」
意図して恋の話題を無視して、あまつさえそんな返答をする。
すると口を尖らせて、ちぇー、なんて言った。拗ねた。
彼女は弁当を持参していて、わたしが注文をして、料理を持ってくるまでの間に完食してしまったようだ。
手持ち無沙汰になり、質問をしてくるのだが、特に部活に入る気のないわたしにとっては、どうでも良い内容なので、スルーしていた。
まあ、友人に対する態度ではないので、わたしはスパゲティの上の大葉を除けながら、相手をすることにした。
「いまのところ、部活は考えてないよ。面白そうなのないし。恋は?」
「わたしはどうしようかな、て感じ。一応気になるのはあるんだけど」
話に乗ったので、恋の顔色が戻った。
ややテーブルに身を乗り出して、わたしの顔を見る。
ちなみに、彼女も最初、わたしがてっきり剣道部に入るものだと思っていたらしい。
それがこちらの意向を知って、やはり大層な驚き方をした。
最初は絶対続けた方が良い、なんて言っていたが、現在では何かと他の部活の話題をしてくる。
「ちなみに、なに部?」
「オカルト研究部」
恋は多分に、わたしを誘って、一緒に見学に行きたいのだろう。
大体にして彼女が口にするのは、『興味はあるけど、独りでは入りたくない』部活ばかりなのだ。
言い寄る恋に連れ添って、何度か行ってはみた。
どうせ暇なのだし、面白そうなのものがあれば別に入っても構わない。
ただ恋の選択はあまりにキワモノが多かったので、いまだ入部には至っていない。
一番まともなものでワンダーフォーゲル。次いで新聞部、ファッション部と続く。
オカルト研究部は、残念ながらこれまでの中で最も怪しい。
「パス」
「ちょっと、まだ何も言ってないじゃない」
「みなまで言わなくとも、判るよね。わたしオカルトとか、そういうのはダメなのよ」
「嘘だー。中学のとき、よく一緒にホラー映画観てたじゃない」
勿論、わたしは嘘を言っている。
世間一般に言われる『恐ろしい』ものは、わたしの得意なもののひとつだ。
しかしながら、中学時代と現在では事情が違う。
下手を打てば、わたしの存在そのものがオカルトなのだから、断るのは当然だ。
「とにかく。そんなところ、わたしは行かないよ。恋がひとりで行きなさい」
いくら心霊現象や宇宙人、魔法に興味があったところで、女子高生がオカルト研究部とはこれいかに。
就活のときにも、『オカルト研究部に所属していました』なんて言えるわけがない。絶対に面接官にひかれる。
そりゃあ興味が全くないか、と問われれば、それも嘘だ。
中学生のときには確かに、恋と並んで怪奇現象オタクだった。
――まさか前世の記憶に引っ張られていたのか、とは、最近になって思い当たったことだが。
「ご無体な。いいじゃん、入部すると決めたわけでもないし、アキに無理矢理入れ、なんて言わないからさ」
「うーん」
ちなみにわたし、以前は決断力に優れていた。
一国の主なのだから、即断即決は当然必要な能力である。
ただ転生してからというもの、それが如実に衰えているのだ。
年相応になったといえば、まだ聞こえは良いだろうか。
まあ、前世では命を賭けた事柄ばかりだった。
友人もいるにはいたが、対等な立場ではなかった。
今世において、今のうちは、優柔不断と呼ばれても罪はないはずだ。
「マック奢るから、マック」
「なんか安くない?」
「じゃあモス!」
「オニポテとチキンはつくの?」
「ぐぬぬぬ。いいよ、つける!」
だからこういうやり取りも、こういう平和な世では、当たり前なのだ。
結局、わたしは恋と一緒に、オカルト研究部なるものに見学に行くことになった。
彼女は周到に、既に活動日と活動場所まで調べていた。
運良く――あるいは悪く――、今日は活動日であるらしい。
早速、放課後に向かうこととなった。
わたしは別段、なんの警戒もしていなかった。
単なる見学の付き添いである。何を身構える必要があるだろうか。
いまのわたしは、女帝なんて大層な代物ではない。
外交官の娘であれ、有名人てことはなかった。小林多喜一なんて国の小役員を、知っている高校生が知っているはずもない。
わたしは平凡な、一般的な高校生より、やや剣道が強いくらいの女子生徒だ。
オカルト研究部の見学に行くことくらい、なんのことはないのだ。
何故かわたしは、自分にそう言い聞かせていた。
まるで嫌な予感を拭い去るように。
午後の授業の合間をぬって、恋とは軽い打ち合わせをした。
彼女はわたしと違い、既にクラスでは人気者の類いであるらしく、十分の休み時間では話し相手がたくさん寄ってくる。
さらにその間隙を見て、恋はわたしに一言、告げる。
「じゃあ、ホームルームが終わったら、3のBの教室ね」
わたしは首肯する。どうやらそこが、当該の研究部の活動場所らしい。
生徒数が多いこの高校では、それに比例して、色々な部活動が存在する。
二千人の多種多様、十人十色な欲求を満たすには、数多の部活動が容認される必要がある。
野球部やサッカー部なんて世間的に部活の代表格とされるものには、当然部室があった。
わたしは全く知らなかったが、ワンダーフォーゲル部も全国的に有名だったらしく、きちんと専用の部屋を構えていた。
それから新聞部、ファッション部だって、教室とは別の部室を与えられていた。
ただオカルト研究部は、どうやらこの高校における貢献度は低いらしい。
特定の活動場所は、3のBなる、一般の教室を間借りしているらしい。
以前に恋から貰った、この学校のパンフレットの頁を繰って、当該部活の項を見る。
このパンフレット、入学と同時に、希望者に配布されるものだ。
短い高校生活を有意義に過ごすため、部活に興味のある生徒に配布される。
わたしは最大派閥と思われる帰宅部でいいや、なんて考えていたから、パンフレットは貰わなかった。
それがまさか、僅かながら手垢が付くほどに読み込むことになろうとは、入学当初には考えに及ばなかった。
『オカルト研究部
部員 七名
活動場所 3のB教室。
主な活動内容 世の中の【不思議】を探求し、解明すること。
主な課外実績 特になし。
部長 佐伯海美』
そう簡単に、パンフレットには記載があった。
ちなみに、他の部活は、これに数倍する『主な活動内容』の説明文がある。
マイナーな、およそ一般的な高校生には取っ付き辛いものほど、顕著にその傾向だった。
文章の後には実際の活動写真らしいものも多数掲載されている。
また野球部やらサッカー部なんかは、『主な課外実績』の欄が長い。
ここ十年での輝かしい実績が、つらつらと並び立てられている。
大多数の生徒はこういうのを見て、自分は凄いところに入学してきた、なんて高揚感を得るのだろう。
しかし。
果たしてオカルト研究部には、本当に勧誘する気があるのか、と疑うくらいには派手さがない。
そういえば、入学式の後に催された部活動説明会でも、彼らと思わしき連中の姿は見なかった。
『見ればわかるでしょ、オカルト研究部なのよ』なんて雰囲気が漂う。
確かに、入部希望者は是が非でも入りたいのだろう。
逆に入りたくない奴は、どんな勧誘があり、どんな魅力があったとしても、絶対に入らない。
この手の部活動の常である。
わたしはパンフレットから視線を上げて、眼鏡を掛け直した。
それから立ち上がり、自分のロッカーから体操着を取り出して、他の生徒たちと一緒に教室を出た。
次の授業は体育だった。
ふと。
グラウンドまでを向かう途中で、ひとりの女生徒とすれ違った。
何人も行き交う廊下では、やはり何人もの不特定多数とすれ違うことになる。
ただその女生徒は、他と様子が違った。主に容姿が。
顔形は、ほとんど一瞬だったから垣間見えない。記憶に残るほどのものではない。
しかしながらその頭髪は、普通であれば誰しもが目を引くものだった。
紅いのである。それはもう見事なまでに。
わたしの他にも、何人かはその姿を見て、すれ違う後ろ姿を追っていた。
「高野先輩が気になる?」
「そりゃあ、アレだったらね。恋は知り合い?」
わたしの視線の先を見ていたのか、恋が声をかけてきた。
わたしが質問すると、恋は首を縦に振る。
「高野姫子先輩、二年生。あの髪は、別に不良とかじゃなく、生れつきらしいよ。
先生たちも悩んだらしいけど、女子の生まれもっての髪の毛を、黒く染めなさい、なんて言えないから、あれで通しているみたい」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「本人から直接訊いた」
恋は人付き合いが良く、好奇心が旺盛。持ち前の高い社交性は、それだけでウケが良い。
確かに彼女ならば、好奇心にかられれば、多少の失礼を覚悟で訊いてしまうだろう。
『なんで髪が紅いんですか?』と。
わたしは恋という人物の性質に感心すると同時に、やや呆れた面持ちでいた。
急に知らぬ一年生から話し掛けられ、戸惑いを見せる高野先輩の姿が想像されてしまったからだ。
「――そんな顔しないでよ。高野先輩、いいひとだよ。いきなり髪のこと訊いても、いやな風にしなかったし。それに」
「それに?」
「オカルト研究部。あのひと、オカルトの部員なんだって」
――――なんとなく、恋がオカルト研究部を志向した理由に合点がいった。
それと同じくして、わたしも、なにやら興味が湧いてきた。
他人の身体的特徴をどうこう言って、どうこう思って、というのは決して良いことではない。
だが不覚にも、ほとんど直感的に思ってしまった。
なんだか面白いことになりそうだ、と。
果たしてわたしが運命的な出会いをするのは、その日の放課後のことである。