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最強女帝の現代転生  作者: フジタヒロシシ
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女帝の過去話

自己紹介パートが長くなりすぎました。おつきあい頂いたかた、ありがとうございます。


さて、魔法の理論は良いとして。


わたしはおそらくは夢の中の、胡乱な意識の狭間において、次の思考を巡らせる。

現状の、今世での『小林(こばやし)アキ』と魔法の理論については、記憶の混濁も落ち着いた。

ただ心配なのは、思考の回路が、おそらくは前世のものより、ずっと小林アキ側に近いということがある。

精神年齢は二〇〇歳を大きく超えているはずなのに、自分で言うのもなんだが、やや短絡的で直情的な、どちらかと言えば十五歳に相応したものとなっている。

まあ、元が高度な思考をしていた、とは必ずしも言及できないが。


ここで一度、前世での記憶に誤りがないか、おさらいしておこう。





わたしの以前の名前は、残念ながらこの世界の言語と発音では表せない。

まあ、わたしが修得しているのは、日本語と英検二級くらいの英語くらいだ。もしかしたら、この世界のどこかでは、表現できる言語があるかもしれない。

強引に日本語で言うならば、『暁《あかつき》』という意味がある、『ベスラィーン』のように発音する、そんな名前だった。


生まれながらにして王族。

王位継承権は第一位。わたしの世界では、王は世襲制で、男女の差なかった。長幼のみが全てだった。

だから物心ついたときから剣と魔法とあらゆる学問を叩き込まれた。

特に魔法は、優秀な魔法使いの数十人を師事し、成人の折には、その全員を凌駕する腕前となった。

世界(、、)の理を正しく理解していれば、別に難しいことではないはずだが、師たちに言わせれば、わたしが大変な異常であったらしい。


当時の世界の魔法は、野戦でも白兵戦でも攻城戦でも有用だった。

弓や弩など投擲用の武器は、魔法が発達した世界では、極端に廃れていた。

前世では、今世のように十万とか百万を超すような大規模な動員などなかった。精々が数千同士の戦争とあらば、魔法の方がずっと使い勝手が良かった。

なにせ、武器を作る材料も手間もないのだ。それも上等なものを生み出そうとすればするだけ、熟練の技が必要となる。

ならば、職人よりも魔法使いを育成した方が、ずっと効率的だったのだ。

だから大魔法使いと呼ばれるような、わたしのような連中は、常に戦場を駆け巡った。


不肖のわたしが帝王として世界を統べられたのは、優秀な部下 と人民、わずかの権謀術数と運、そして、魔法の強さがあった。

謙遜はすまい。

炎は大地を埋め焼き尽くし、軍勢を全て燃やした。

水は都市を丸ごと押し流すくらいの量を用意することができたし。

雷は天を裂き、千を超える者共の頭上に、寸分違わず降らせることができた。

ああ、分かっている。口だけではなんとでも言える。

実際に使ってみれば、わたしの力量を証明出来そうなものだが、現代日本でそんなことは不可能だ。

我が家が火事にでもなったら、お目にかけて見せよう。


とにかく。

わたしは魔法の力が強かった。

人並み以上の努力はしたが、まさか尋常を超える程度になるとは思わなかった。

もしかすると、『神』のような超常めいた何者かに、魔法の才を授けられたのかもしれない。





戦場には、成人してから臨んだ。

とはいえこの世界のように、明確に何歳から大人、という定義はない。

男は精通、女は初潮を迎えると、成人と認識されていた。

この世界に比べると、かなりの早さで成人することになった。

そして王族は、王位継承権の順序に関わらず、血煙漂う戦地に送り込まれる。

幾多の戦場を生き抜いたものだけが、王となるに相応しい。

わたしは大変に幸運なことに、大小の怪我はすれど、命に関わることはなかった。


わたしは齢にして十二の時分、初の戦場でひとを殺めた。

魔法でなく、剣で敵を突き刺して殺した。

部隊が奇襲攻撃を受けて、混乱した際の出来事である。

当時のわたしは、どうしようもなく若輩だった。

魔法は有用であるものの、使用には当然のように高い集中力が必要になる。

わたしは混戦のなかで、初めての命のやり取りに、酷く狼狽し魔法を使うことが出来なかった。

だから、その場で討死しなかったのは、本当に幸運だったのだ。

二〇〇年を経てなお、あのときのひとを殺めた手の感覚を忘れることは出来ぬ。

そしてその初心を忘れなかったからこそ、わたしは世界を統一できたと信じて疑わない。





前世で最も幸福を感じたのは、わたしの帝国が、世界全ての長になった瞬間に違いない。

名だたる先祖たちの弛みない努力が報われた。

長きに亘る戦乱がすっかり消失して、平和が訪れたのだ。

実際のところ、統治後の色々な問題が生じたりしたが。

わたしにとっての幸福とは、あの瞬間で間違いないであろう。


反対に、不幸な事柄とはなにか。

誰よりも幸運に恵まれて然るべし、前世のわたしの人生において、最大の幸福は、すぐにひとつが思い浮かぶ。

そして最大の不幸も、直ちに思い当たる。

生涯独身であったことだ。

今世でそんなことを言ったら、単なる『喪女』と謗りを受けるに違いない。

――まあ、その通りではあるのだけれど。

王として、帝として、また世襲世界であることは、子をなしていない権力者にとって悩ましい問題である。

わたしはその大問題に、生涯のほとんどを無視して過ごした。

部下のいかなる諫言も聞かなかった。

言い寄る男どもは、まるで羽虫のようになよなよ(、、、、)しい。あるいは餓狼のように、満たされない欲望を求めるがごとくに見えた。

そんな連中に、()い男、なんて感じることはできなかった。

恋愛感情のない結婚と出産など、若かりし頃のわたしには想像だにできぬ恐ろしいことのようだった。

後継者の問題など、わたしの一時の感情の前には、微々たるものだったのだ。

だから当然のように、老齢に至り大事が出た。


後継ぎはどうしようか。

五〇となったときである。

当時の世界では、平均寿命は大体四〇辺り。国家に携わる人間はもう少し長いが、大枠は大して変わらない。

わたしな、異常だった。

最初の(、、、)後継ぎはすぐに決まった。一番上の弟である。

歳はわたしより四つ下で、四〇歳を過ぎた当時の男性としては、驚異的な若々しさを持っていた。

彼はわたしが五六歳のときに死んだ。

次は、兄弟たちが高齢になってきたこともあり、三番目の弟の長男を後継とした。

強力な魔法を得意として、歳もまだ二八と、働き盛りだった。

そんな彼は、わたしが八四歳のときに死んだ。

次は、二番目の弟の孫が後継となった。わたしの兄弟たちは、すでにひとりも存命していなかった。

孫息子も、わたしが一一三歳のときに死んだ。

そんな風に、あと三人ほど、帝位継承者が入れ替わっては、先に死んでいった。

後継者の最期を看取るとは、大変な無念である。

それを幾度となく繰り返した。

最大の不幸と呼んで、なんの差し支えがあろうか。


確かに、自分が死んだ後に、国がどうなるか心配でならなかった。

譲位をしようとも思わなかった。

秦の始皇帝が不老不死の薬を追い求めた理由は、わたしにはよく解る。

代替わりをした途端、国が乱れる、という話は、前の世界でも腐るほど聞いていたのだ。

実際に長きを生きてみたら、なんのことはない、わたしがいなくともなんとでもなったであろう。

きっと、何故早く死なないのか、と陰口を叩く人間もいたに違いない。

わたしは老害と思われたくない一心で、政務を取り仕切り続けた。続けるしか、長い生で残されたものはなかった。


生涯独身で、無駄に長寿だった。

それはわたしにとって、最大の不幸であった。




だから今世では、まずは恋愛をしてみたいと思う。

そこからだ。

普通に恋愛をして、結婚をして、子を産み育てる。前世で経験しなかったことだ。

幸いにして、全世界には数十億の男性が存在する。

きっと前世と今世の記憶が交ざったわたしでも、満足できる(ひと)がいるはずだ。



ああ、幼馴染もいた。

両親公認の仲である。勿論、互いに恋愛感情とかはない。

寛人(ひろひと)曰く。

わたしは、一緒になるのでなくて、好き嫌いとかでもなくて、護ってやりたい存在らしい。

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