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最強女帝の現代転生  作者: フジタヒロシシ
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小林アキ

自己紹介パートとは、どのように書けば正解なのでしょうか。


「アキー? 具合はどう?」

「ぎぼぢわるい」

心配そうな母の声に、そう答えておいた。


わたし、小林(こばやし)アキの誕生日は散々なものだった。

突然の激しい頭痛と嘔吐感。

立ち上り歩くことさえ困難で、食事ものどを通ったものから順に吐き出すという体たらくだった。

春と共に高校入学を迎える前の、母親としてはかなり気合の入ったであろう誕生日。

いつもより大きめのケーキはほとんど手がつけられなかったし、ステーキなんて匂いだけで三回は吐いた。

辛うじて薄いコンソメのスープだけは飲めたものの、僅かばかりの時間の後に、ほとんど全て出てしまった。


母親は慌てて救急車を手配しようとした。

手の施しようがない。何か酷い病気に違いない。医学に疎い母はそう判断した。

誕生日会に立ち寄った幼馴染は、早々に家に帰された。

激しい頭痛と嘔吐感なんて、脳卒中の危険がある。普通で考えれば。

ただわたしは、そのときの痛みが全く病気によるものでないと知っていたので、頑なに、病院には行かない、救急車なんてもってのほか、寝ていれば治る、と言い張った。


わたしの剣幕が尋常でなかったのか、母は救急車も呼ばず、病院にも連れていかなかった。

いや、普通に考えれば、娘が激しい頭痛と吐き気の症状を見せれば、引き摺ってでも病院に連れていくものだろう。

正直助かったと思う反面、自分の母親がどこか抜けている感が伝わった瞬間だった。

で。現在は、自室にて療養中である。


頭痛も嘔吐感もほとんど治まった。

先ほど具合を尋ねられた際に口にした答えは、勿論仮病だ。

十五歳の誕生日を迎えて三日目。

大体の事情は飲み込めた。見当がついた。

わたしは、十五歳になったと同時に、前世の記憶を取り戻したのだ。


なぜ生まれてすぐでなく、こんな時期に記憶が戻ったのか。

考えれば当然である。

だって、二〇〇年生きた(とはいえ、最後の数十年はほとんど寝たきりで意識はなかったが)記憶が、産まれたばかりの零歳児の脳に納まるはずがない。

零歳にして発狂するか、折角の戻った記憶を即座に失うか。

やってみないと判らないが、きっとどちらかであろう。

まあ、わたしとしては、精神年齢二〇〇歳にして、他人にオムツを換えられたりするという思い出が残らず幸いである。


さて。取り敢えず、現在のわたしの状況を整理しよう。

だいぶマシになったといえ、前世と今世の記憶が混濁し、三日ばかり寝込んだのだ。

はじめから、まずは今世でのわたしを整理しよう。


わたしは小林アキという。

小林多喜一(たきいち)という、国語か歴史の教科書にでも出てきそうな父と。

雅弓(まさみ)という、なんの変鉄もない母との間に生を受けた。兄弟はない。ひとり娘である。

父は日本政府の外交官で、一年の大部分を海外で過ごす。

対して母は、その昔はやはり国家公務員だったらしいが、妊娠出産の機会に退職。以来、長らく専業主婦をしていた。

わたしが手のかからなくなってきた三年前頃から、データ入力の仕事を始めている。

都内で、それなりに広い一軒家に、家庭菜園付きの庭、アルフォード一台、パンクしにくい自転車一台を所有。無論自転車はわたしのものだ。

平均的な日本人よりはかなり裕福な、そんな家庭が、小林家だった。


ただわたし自身は平凡だった。

幼少の頃からのびのびとした自由な教育方針の下、有名私立幼稚園なんて行かなかったし、塾にも今現在まで通ったことがない。

ピアノやら書道やらの習いごともしなかった。

最低限の宿題と予習復習、テスト勉強はしているが、これと言って他にはなにもしていない。

だから中学時代までは平均くらいだった。

(ちなみに、前世の記憶は戻ったものの、今世との学問文化の水準が違い過ぎて、なんら役に立ちそうにないだろう)

ただ、部活だけはやっていた。あくまで過去形である。

やっていたのは剣道部。しかも平凡なわたしにしては、相当な強さだった。

小学校から中学校にかけて、都内の大会で優勝五回、準優勝三回。全国大会は最高で三位表彰。全て個人戦だ。

残念ながら団体戦は、女子部員がわたし含め二名と、先鋒と大将しか組めなかったため、良い結果は残せなかった。

前世でも剣技の類いは得意だった。記憶が戻る前でも、受け入れる身体は、それを感じていたのだろうか?

しかしながら、剣道なんて汗臭い。モテない。わたしはそう考えた。

剣道で高校からスカウトされたり、推薦とか貰ったりしたが、結局は辞めてしまった。

家族や幼馴染は驚いたようだが、大して反対しなかった。とことん娘に対して自由にさせるらしい。


さて。ちょいちょい出てきている幼馴染とやら。

わたしには同じ学年の幼馴染がいる。酒井(さかい)寛人(ひろひと)という。

これがまた、古典のような、典型的な幼馴染であった。

家は隣同士。生まれたときからほとんど一緒。

学友から二人の仲をからかわれること幾多知れず。

互いの両親は、わたしたちがもう結婚するみたいに、式の日にちまで相談しているらしい。

これでふたりが美男美女であれば、遥か昔に滅んだはずの少女漫画みたいな展開となるが、残念ながら、わたしは普通の日本人の顔をしていた。


黒髪に黒い瞳。視力が低めのため眼鏡を掛けている。目付きはあまり良くない。

鼻は低く、唇は薄い。化粧なんてしたことがない。

身長は日本人の平均よりやや低いくらい、女性らしい凹凸も少なかった。

美肌美白とは縁遠く、日焼けでもないのになぜか色黒。

残念ながら普通か、もしかしたら平均よりやや下か。そんな容姿だ。

ただ不満などない。

前世のわたしも、若い頃はこんな身体をしていた。ほとんどそっくりだ。

記憶は戻っていなかったが、身体(うつわ)は既に、前世を踏襲していたのかもしれない。

なにより。普通に恋愛するのに、特別な容姿など必要なかろう。


あと、趣味があった。剣道ではない。

読書である。

やはり、以前の記憶は、何かしらの影響を及ぼしているのだろう。

好きな本は恋愛小説。俗に言う『ケータイ小説』なんてライトなものから、ハーレクインのどぎつい(、、、、)のまで雑多に読む。

加えて。異世界転生ものの小説。

大抵が男主人公の物語で、剣と魔法と権謀術数の世界を、大のつく活躍をして生きていく。そんな小説が、好きだった。

寛人には、これのどこが面白いのか、など言われたが、ひとの好き嫌いに明確な理由など存在しない。特に趣味、という範囲においては。

ただ実際に自分が異世界転生者であると判っても、いまいち感動が薄い。

なんてことはない、それはわたしが、剣と魔法と権謀術数の別の世界からやって来たからだ。


現代日本では、剣なんて携帯しているだけで、銃刀法違反で即逮捕。

権謀術数は、政治家にならない限りは、一市民にとって生涯無縁な代物だ。

わたしは現在でも魔法は使える(昨日の夜、寝る前に試してみた)が、科学の発展した世界では必要がない。

火? ライターで点ければ良い。

水? 蛇口を捻れば良い。

大体にして、わたしの前世で使われていた魔法は、以前の文明が未発達な世界だからこそ重宝された。

アフリカや中南米の未開宅地ならいざ知らず、日本では少しの必要もない。

精々この国で使うとすれば、地震を止めたり、台風を消したりするくらいだろう。


――十年前の大地震は、辛いものだった。

あのとき、わたしは、記憶が戻っていないに関わらず、

『自分に魔法が使えれば良いのに』

と、心底悔いた。それに意味があるとも思えないのに。


とにかく、日常生活で魔法など使わない。使う必要がない。

普通の恋愛をするのに、魔法を使いこなす道理はない。

寛人に言ってみようものなら、すぐに白眼視され、やれテレビの観すぎだとか頭打ったのか、まだ調子悪いのか、と言われる。

万が一信じてもらえても、情報が漏れたりしたら、研究機関の対象だのマジシャンだので引っ張られる可能性があるだろう。

わざわざ明文化されていない魔法を、人前で使うわけにはいかないのだ。

――ただ、一応、前世と今世で同じ魔法が使えるか。後で試してみよう。


わたしは一度、ベッドの上に身を起こす。

時計を見ると、午前八時を過ぎた頃。

学校が始まっていたら、大変な寝坊の時間だが、幸いにして入学式もまだの春休み期間だ。

若干の頭痛が残っているのは真実だから、このまま惰眠を貪っても、なんら悪いことはない。

精々が母親と、矢鱈に心配症の幼馴染に影響があるくらいだ。

午前中はもう少しごろごろとして、午後からは、今世の身体の調子と魔法の確認をしていこう。


わたしはいまいちとベッドに横になって、あれやこれや考えながら、春の微睡みに身を委ねていった。

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